染み渡る | ナノ
しとしとと、白糸のような細く穏やかな雨が降る。もうすぐ春が来るのだと分かるどこか暖かさを持ち得た雫は、ゆっくり本丸を濡らし地面に恵みを与えていた。
きしり。廊下から静かな音がする。わざと私にも分かるようにと響いたその音は、雨の中でもはっきりと耳に届いた。
「……何をしている」
「雨を観察中」
隣から不可解だという視線が突き刺さる。
たしかに、この本丸の主がひとり、縁側でじっと雨を見ていたら否が応でも目に付くだろう。それが、一度触れ合った相手ならば、尚更。
「…催花雨か」
「さいかう?」
私の隣に座りながら告げられた言葉をそのまま返すと、向こうはちらりとこちらに視線を寄越して、すぐに庭先を見据えた。綺麗な横顔に、少し、見惚れる。
「春の雨だ。…花に、早く咲けと促す雨」
「へぇ。初めて知った。大倶利伽羅は物知りだね」
「…ただの知識だ」
あ、照れた。
全く表情は変わっていないけれど、ほんの少しだけの雰囲気の変化を分かるようになった事に、胸の奥が擽ったくなる。
「じゃあきっと、もうすぐに春が来るんだね」
そうしたら桜が咲く。美しく開いた桃色の花の中、佇む大倶利伽羅はさぞ綺麗だろう。今、この瞬間ですら美しく、洗練された刀なのだ。世界はきっと、大倶利伽羅を美しく魅せる為にあるのだと思うほど、彼は桜を魔法の様に纏わせるに違いない。
「春が来て、夏が来て…。そしたらすぐに秋になって冬になって。気付いたらまた、春になってるんだろうね」
「…だろうな」
時の流れは、恐ろしいほどに正確だ。感覚の差はあれど、平等に流れる時の中で、人は抗えない。
「…ね。大倶利伽羅。今晩、暇?」
膝を抱えながら、出来る限りいつも通りの声を出す。彼にはきっと、私の浅ましい考えなんて筒抜けなのだろうけど、それでもせめて緊張してるなどとはバレたくなかった。
「…誘ってるのか?」
「まぁ…はっきり、言ってしまいますと、そうです」
恥ずかしさがピークへと達して、顔を膝に埋める。視界が闇に覆われていると、ふ、と耳元で気配を感じた。
「部屋で、待っていろ」
雨の音にも負けてしまいそうな、小さな小さな声だった。ぞわりと足元から感じた感覚に肩を跳ねさせるが、大倶利伽羅は既に立ち上がりこちらに背を向けていた。
「お、大倶利伽羅」
足が、止まる。肩越しに、金の双眸が光る。
「待ってる…。その、部屋で。大倶利伽羅のこと」
「あぁ。それでいい」
ふ、と、その目が細められて、心臓が跳ねた。
私達の間に、言葉として分かる愛はない。愛はない、けれど、伝わるものがある。それで、十分だと思う。なにせそれはまるで、今の雨のように、穏やかに私に伝わってくるのだから。