シザンザスを送る4 | ナノ



刀剣を愛する男だった。俺達も与えられた分を倍にして返したいと思うくらいに、彼を愛していた。朝の弱い主のために皆で部屋に起こしに行ったり、共に食事をとって日々好きなものが増えていく感動を味わったり、何気ないことで笑いあう瞬間が酷く愛おしく思えたり、宴が開かれれば笑いが止まらくなったり。…あぁ、嬉しくても涙が出るんだと知った時には驚いたな。いつか遠征の帰りに見つけた小さな野花をあげたことがあっただろう。捨てていいと言ったのに、栞にしてくれているのを見かけた時少しだけ涙が出た。自分の話をしっかりとうなずいて聞いてくれるという事がこれ程に満たされるとは知らなかった。今日の誉は誰が取った、今日の夕餉には好きなものが出た、遠征中におかしなものを見かけた、そんな些細な会話が楽しく思えた。なぁ、覚えているか。俺が一度「こんなに俺の話ばかりじゃつまらないだろう」と言った時アンタは「国広はいつも新しい見方を教えてくれる。俺が同じ道を通っても、同じことをしてもそんな風に見たことはなかった。だからすごく楽しいよ」って言ったんだ。俺は、恥ずかしくなってその後すぐに話を切ってしまったが、あれは本当に…、本当に嬉しかったんだ。今思えば、そう思った事を口に出しとけばよかったな。もっとしっかりと話しておけばよかったな。あれだけ話したのに、もっと話したかったなど、俺も変わった。写しの俺などアンタには不要だと言ったとき、アンタは泣いたな。それから初めて俺を殴った。あの時は結構驚いていたんだ。あぁ、アンタもアンタで驚いてたな。なんで殴った方が驚くんだ、と問えば逆にボロボロと涙を流して。…嬉しかった。
ずっと共に在りたかった。平和を望むアンタと、平和な世を見たかった。アンタがしわくちゃのじいさんになった姿を見たかった。そうしてアンタの夢枕にでも立って言ってやりたかったんだ。「俺は幸せだった」と。アンタいつか言ってたよな。「皆が幸せになってる姿が見たい」と。俺はその姿を見せてやりたかったんだ。アンタのお陰で幸せだと、言ってやりたかった。なのに、なぁ、なんでアンタなんだ。いつもいつも言ってたじゃないか。「痛いの嫌いだ」って。なのに何でこんなにも赤く痛々しい傷をつけてるんだ?痛いの騒ぎじゃないだろう、アンタは手入れじゃ治らないんだ、時間が掛かるんだ。
なぁ、まだ聞いてもらいたい話があるんだ。今日の出陣の誉は俺が取ったんだ。今日の夕餉は俺の好きなものにしてくれると言ってただろう。アンタに、アンタに話してない事が、たくさんあるんだ。いつもみたいに頷いてくれ。「国広は面白いなぁ」って笑ってくれ。アンタが笑えば何でもできる気がするんだ。頼む、頼む、頼むよ。







…なぁ、聞いてるか?



:::



「俺は、俺は…」

勢いのまま振られた刀は私の腕に深々と刺さった。痛みが体中を伝達して周り、のどの奥で悲鳴を上げた。刺す時と同じ速さで抜かれた刀は、ブシュ、とおかしな音を立てて私の腕から血を溢れさした。痛みで一気に意識が朦朧としてくる。恐らく貧血もあるだろうが。

もう、無理かもしれない。今まで気持ちでこらえていたのに、一気にそれが音を立てて崩れ始める。このまま寝てしまいたい衝動を首を振って、それを霧散させる。目の前の山姥切は顔を手で覆って、何かを呟いている。

そこへ、隠しもしない足音がこちらへ向かってきた。

「国広、国広、大変だ!さっきゲートが開いた感じが…刀剣男士がここにきている!それに、薬研が、どこにもいないんだ…!!」
「…そうか」

山姥切がふらりと立ち上がると、私の髪の毛を無造作に持ち上げ、体ごと起こさせて膝立ちにさせた。その瞬間首が変な音を立てる。瞳には先ほどまでの動揺は、どこにも見えなかった。

「国広…?」
「薬研もすぐに戻ってくる、気にするな」
「だがっ…!!」
「心配しなくても平気だ。主は俺が守ると言っただろう」

さわ、と頭を一撫ですると、男の首根っこを掴んで奥の部屋へ追いやった。投げる、という表現が適切になるほどきれいに飛んだ男はどうやら意識を飛ばしたらしい。何も声をあげなかった。それを淡い笑みを浮かべてみた山姥切は私の首筋に刀を突きたてた。ひんやりとした感覚が首にあたり、心底ぞっとする。

「下手に動くなよ」
「え、」

刀がゆっくりと上に上がっていく。それをしっかりとみているのに、体は動かない。動けないというのが正しいが、今私は全てが蒼い瞳に囚われているかのように思えた。両手で刀を構え直したのを見て、あ、ヤバい。と今更ながらに思う。そうして振りかぶられた刀が私に向かってまっすぐ振り下ろされた。



:::



「くそ…どこだ」

手の甲で額の汗を拭う。走り回っているのはいいが、この本丸非常に広い。所々崩れているせいで進めない所もあるため、どうしてもこの本丸の全容が掴めない。全力で走って主の気配を追うも、それよりも穢れが体中にこびりつくように邪魔をしてくるお陰で、わかりにくい。ここにいると、確かに感じてはいるのにまるで空気を掴んでいるようだ。

苛立ちばかりが先に行く。アイツはどこにいる、無事なのか、無事でいろ。

ごぽりと心の奥から溢れだした黒い塊を抑えることなく走る。その間にもどこからか黒い物を落しながら走っているような感覚がして非常に気持ちが悪い。体の中に別の何かがいる感覚。

ぼとぼとと自分の中の何かが落ちて言ってる気がするが、そんなことをきにかけちゃいられない。

「おい、あっちは見たか」
今まで後ろをついてきてるだけだった和泉守兼定が声を上げる。アイツがさしているのは、奥の蔵屋敷のようなものだ。小さな、茶室のようにも見えるが、あそこだけあまり崩れていない。
走ってそこに向かう。近づけば近づくほど、心臓が俺の戸を叩く。内側から急き立てるように、音が大きくなっていくのだ。

そうしてついた茶室の襖を、斜めに切って取り去る。大仰な音を立てて部屋の襖が崩れ去るのをすべて見る事もなく中に飛び込んでいく。どうやら長い間使われていなかったらしく、埃がすごい。だがそれ以上に鼻孔を血の匂いが埋めた。そして一歩踏み入れれば、ほとばしる殺気と共に刀が振りかぶられる。

きぃん、と刀の相対する音を立てると、相手はすぐに後ろに下がった。徐々に収まる砂ぼこりの中で、視界がクリアになっていく。先程刀を交えた相手、山姥切はその白い布をはためかせながら、ちらりと足元を見た。その瞳の向かう先、山姥切の後ろに何かうずくまるものが見える。



ざわり、体の中の何かが揺れた。



砂ぼこりはもう落ち着いている。よく見れば、俺の足元まで血が飛び跳ねているのがわかる。誰の血だ。

乾ききっていないせいか、自分の足裏にねっとりとついた。

誰の血だ。誰の。



もぞりと相手の足元のものが動く。目を凝らさなくてもわかる。あれは、見た事のあるあの手は。



「主」




ばしゃん。




奥底にしまったそいつが破裂した音がした。


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