こくはくだいさくせん! | ナノ
好き、とは良い言葉だと思う。自分の気持ちを全て伝えられるし、まっすぐに誤解される事も無く、ありのままを形に出来る、素敵な言葉。本当にその通りだと思う。思う…んだけれど。
「大倶利伽羅、好き!」
「そうか」
それだけ言って、大倶利伽羅は私の横を通り過ぎていく。すたすたと。全く気にしないように。だから何だと言わんばかりに。
「っ〜〜好きだよ大倶利伽羅、大好き!」
振り返って叫んでも、相手は呆れた眼差しと「仕事したらどうだ」の一言を告げて、今度こそ廊下を曲がって行ってしまった。その姿が見えなくなる頃、深いため息を溢れさせながら思わずしゃがみ込んだ。
「あぁあどうして…こんなにも気持ちを伝えているのに、どうして伝わらないの……」
私は大倶利伽羅が好きだ。大好きだ。その気持ちをありのまま伝えているのに、大倶利伽羅はいつもいつも「そうか」しか言ってくれない。最近なんて「うるさい」と言ってくる始末。どういうことだ?こんなにもはっきり伝えてるのに、思いは十分の一も伝わらない。どないやねん。しんどい。おかしい。
「こんなに大倶利伽羅が好きなのになぁ」
「そりゃ君の言い方が悪いからさ」
「うわ出たっ」
「その妖怪が出たみたいな言い方やめてくれ」
後ろに気配を消して立っていたのは鶴丸で、こちらのじとりとした視線も気にせず飄々と笑う。
「うっうっ、どうしたら大倶利伽羅にこの思い伝わりますか鶴丸せんせー」
鶴丸、というよりこの本丸の至る所で私は大倶利伽羅に告白をしているから、皆こうして時々アドバイスをくれる。恋愛初心者の私には非常にありがたい。流石に、夜這いとかどうよ、と言われた時には泣こうかと思ったけど。
「伽羅坊にはもっと直接的にしなきゃダメだぜ?」
「好き以上に直接的にとは一体…」
そんなものがあるならぜひ教えてほしい。ぐーぐる先生も教えてくれなかった、大倶利伽羅という難攻不落の要塞を崩せるもの。
こちらの期待のまなざしを一心に受けて、鶴丸は大きく手を広げた。
「はぐだ、はぐ!」
「……ハグって、あのハグ?」
そうだ!と、鶴丸は目を輝かせる。
「こないだにゅうすでやっていてな、はぐをすると人間はストレスが減るらしい。それにかこつけて、大倶利伽羅にはぐをねだってみたらどうだ?密着した状態で愛を伝えてみると良い。流石の仏頂面も動くだろう」
「ハグ………」
確かに、今まで言葉で伝えた事は数あれど、行動でぎゅっとした事は無かった。というか思いつかなかった。そうか、ハグか……。ハグ…………。
「…で、出来るかなぁ……」
「なんだ?今更照れてるのか」
その言葉に勢いよく立ち上がる。
「いやだってさ!想像してみてよ。ハグって、あのハグだよ?ぎゅってして密着するんだよ?そんなの私出来るかな…?どっ、どうしよう、想像するだけでどきどきする」
脳内で想像して熱くなってきた頬を抑えていると、鶴丸が呆れた眼差しが突き刺さった。
「散々言葉で好きだの愛してるだの、恥ずかしい事言っているだろうに。何を言っているんだ」
「いやいや鶴丸さん、言葉だって初めは恥ずかしかったよ。ていうか、初めて告白する時なんて死ぬほどどきどきしたし…でもなんかいつの間にか伝えるのが当たり前になってて今じゃすんなり…」
初めての告白など、思い出すだけで恥ずかしくなる。確か噛んだ記憶がある。それで今度は初めてのハグ。どんどんハードルが上がっている様な…。
「だが、大倶利伽羅にしっかりと気持ちを伝えたいんだろう?」
「うん。付き合いたいとかじゃなくて、この気持ちがloveで愛してるで、月が綺麗ですねって事を伝えたい」
「ならハグ如きでへこたれてちゃダメじゃないか?」
ハグ「如き」とは…。やるな鶴丸……。これでも爺というだけある。いや、でも実際これくらいでへこたれてはいけない。大倶利伽羅に愛を伝える為だ。
ふるふると首を振った。
「うん。ハグ、頑張ってみる。鶴丸ありがとう!」
「あぁ。良い結果を期待してるぜ」
ぶんぶんと鶴丸に手を振りながら先程大倶利伽羅が歩いて行った道を行く。
「ハグ…ぎゅっと…ゼロ距離で…。ひ、ひええぇ……」
考えるだけで頭の中が沸騰しそう。だがこれも愛を伝えるため。そう、愛を、彼に、伝える為。
「よし、頑張ろう…!」
既に早まる鼓動を必死に抑えた。
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「と、いうわけで大倶利伽羅。お願いがあるのですが」
大倶利伽羅は本丸の中にある図書室に居た。
初めは私が持ってきた本を持ってきただけの小さな書庫だったが、意外と皆からは好評で、たまに本を増やしたりしているうちに、今じゃそこそこの大きさの図書室となっている。
どうやら大倶利伽羅も本が好きなようで、暇があるとここで本を読んだりしているのをたまに見かける。静かなここは、彼と非常に相性がいいのだろう。本をたくさん増やした甲斐もあるし、なにより本を読んでいる大倶利伽羅はとてつもなくかっこいい。図書館最高。話がそれた。
「…急に何だ」
読んでいた本を閉じて、大倶利伽羅はこちらを見やる。彼専用の座椅子は、ここに一日中籠る事もある彼にと、こないだ送ったものだ。使ってくれているらしく嬉しい限りである。また話がそれた。
「ええとその…非常に言いずらいんだけど…、…」
大倶利伽羅の顔を見て言えない。「ハグさせてください」って、やばい。伝えるの、想像以上に恥ずかしい。
うぅ、と自分の中で羞恥心と戦っていると、するりと彼の長い指がこちらに伸びて、そっと触れてくる。驚いたのは、こちらである。
「…ゆっくり言え。聞いている」
その時の私の気持ち、わかってくれるだろうか。
優しさと穏やかさに満ちた声と指先は、控えめに言っても私の心臓を爆発させるには十分すぎる代物で、思わず孕んだかと思うほど。というか孕んだ。無理。完全に孕んだ。
「大倶利伽羅好き…」
「アンタ、いつもそればかりだな…」
呆れた視線とため息すら私の心臓を一気に駆け抜けさせる。無理、好き。本当に好き。
「…おい、要件は」
「あっ、そうだ。あの、ね、その…、」
うろうろと視線をさ迷わせながら、まだ羞恥と戦う自分の弱さを呪った。ええい、ハグがなんだ。覚悟を決めろ私!強く目を瞑って叫んだ。
「は、ハグを、させてもらいたいんです!」
その後の空気のいたたまれなさったら。
つ、鶴丸〜〜!ハグ大作戦だめっぽいぞ鶴丸〜〜〜!!
まだハグすらしていないが、既にこの羞恥心といたたまれなさと泣きたい気持ちを全て作戦の発案者のせいにしたい気持ちでいっぱいになる。
大倶利伽羅の冷たい視線から逃れるために必死に顔を避けながら言葉を紡ぐ。
「すみませんすみません、冗談が過ぎました全部冗談です」
「おい、来い」
「せめて殴ってくださいそしたら笑って流せるから頼む……………………………ごめんまって」
待って。
目の前の大倶利伽羅に視線を戻す。そこには両手を広げて、こちらを見つめる大倶利伽羅の姿が―――……。
「そら」
「まっっって!?!!」
頭を抱える。そらってなに?なんで両手広げてるの?えっごめん思考が追い付かない。待ってこっち見ないで、可愛いかよやめてくれ最高じゃないか好き…………。
「好きです………」
「何回目だ…」
するのか、しないのか。
首を傾げられて、ンンッと変な声が出た。唇を咄嗟に噛んで抑えても、おかしな顔になっている事は容易にわかる。いやしかしここでハグしないというのは男が廃る…違う、女が廃るというもの。覚悟を決めてそろそろと体を大倶利伽羅に近づけていく。
「…………」
「…………」
だがしかし、やはりというかなんというか。あと、一歩という所で、身体が固まる。どうしよう、予想以上に近いんだけど。これ私ハグ、出来るの?死なない?
「…来ないのか」
「いやっ、めっちゃ行きたい、行きたいんだけど心の準備?というものが?まだできてなくて」
「遅い」
「ンンンンンン」
大倶利伽羅の両腕が私の背中に回って、無理矢理体をひっ付けさせる。それも中々の力で、ぎゅっと。咄嗟に「ヒッ」って声が出た。ぐるぐると回りまくる思考回路の中、何を言って良いのかすら分からなくない。
「…おい、これでいいのか」
「良いどころか…死にそう…」
「………いい加減薬研に見てもらえ」
その言葉で、うっ、となる。今、私は死にそうなほどドキドキしてるけれどやっぱり大倶利伽羅はなんともないらしい。この状況が嬉しいのに悲しくなってきてしまうなんて、自分わがままかよ…。
「大倶利伽羅は乙女の心を軽率に惑わせるのやめた方がいいよ…」
「何を言っているんだ……」
流石にいつも以上におかしなことをしてるのに、これ以上変な事を言って引かれるのは本意じゃない。ハグが出来ただけ十分すぎるだろう。ぱっ、と体を離した。
「ありがとう大倶利伽羅!急に言ったのにお願い聞いてくれて。大好き!」
体を離して立ち上がろうとした、その瞬間。
「え、」
手首が引かれて大倶利伽羅の顔が近づいた。
目を閉じている暇などあったものではない。ちゅ、と可愛らしい音を立てて触れたのが唇だと気付く頃には、既にそこは離れている。頭が、追いつかなかった。
「なんて…?」
今、彼は何をした……?わっつはぷん…?ほわい……?
目が点になりながら、必死に事態を飲み込もうとしながら口を開く。
「お、大倶利伽羅…」
「…なんだ」
「きすは、好きな人とじゃなきゃ、しちゃ、だめです…」
まるで小学生にでも言うように呆然と言葉を言うが、相手は不可解だというように眉間に皺をよせた。
「なら問題ないだろう」
「はっ……?」
気付くと、再び唇が触れ合う。余りにも唐突すぎる、それ。今度は離れても、空気が触れ合う様な距離感で、彼が小さく口角を上げるのが見えた。
「アンタとなら、問題ない」
「…それって………………」
くらりと、頭の中に熱が昇る感覚がする。なんだこれ夢か。夢なのか、私に都合が良すぎる夢か。そうか納得。
「夢か……」
「現実だ」
「げ、現実ゥ……」
現実だったら余計になんで大倶利伽羅が私にキスを……?
さっきの言葉と相まって、このままじゃおかしなことを考えそうになってくる。良くない、こういうの、良くない。
「…いい加減気付いたらどうだ」
良くない、のに。
「ど、どうしよう大倶利伽羅……」
ふるふると、相手の事を見上げた。 顔も、体も、全身が熱い。いっそなんだか泣きそうだ。
「私、大倶利伽羅の事、すごい、好き…」
緩く孤を描く、金の目と交錯した。
「あぁ、知っている」
私の想いは、とっくに届いていたらしい!
鶴丸「そもそも伽羅坊は最初から拒否なんぞしてなかったぞ。そうか、ってそれもう十分その言葉を受け取っているだろうに。気付かなかったのは主だけだ。伽羅坊は、それも知ってて言葉を受けていたんだよ」