あなたの涙を呑み込んだ | ナノ


「おい、出るぞ」
「へ?」

穏やかな昼下がりも終わり、直に夕刻へと近づく頃、大倶利伽羅は突然そう言った。目を丸くさせて、何を言ってるのかと尋ね直せば、酷く呆れた顔がこちらに向けられる。

「出ると、言ったんだ」
「あぁ、うん。えっと、どこに?」
「…何処でもいいだろう」
「いや良くないがなって、うわ」

ぐっ、と手首を引っ張られて無理矢理立たされる。そのまま本丸を出るゲートまで向かう足取りに、慌てて声を掛けた。

「おっ、大倶利伽羅、勝手に外出ちゃだめなの、離して」
「許可なら取った」
「うそ、いつの間に」
「ゆっくりしてこい、と」
「誰が?」
「管狐だ」
「うそぉ……」

まさかそこまで用意周到だったとは。そうまでされては何も言うまい。
そもそも、大倶利伽羅がこうして審神者を連れ出すことなんて初めてじゃなかろうか。ならば、たまには言う事を聞いても良いだろう。繋がれた手首を見つめて、目を細めた。

「…で、どこに行くの?それくらいは教えて欲しいな」

もう反対しないから。そう念を押すように言えば、門を操作しながら大倶利伽羅の金の目がこちらを向く。重苦しい音を立てて開かれた門の先は暗く、何も見えない。

「…海、だ」
「うみ?」

門を超える直前に聞こえた言葉を、聞き返す頃にはもう視界は闇に変わっていた。


:::


「うっわ、すごいすごい!ほんとに海だ!」

波打つ音、防波堤、遠くに飛ぶカモメ。夕焼けに染まる赤い海。大きく大きく広がる空に、思わず駆け出した。

「大倶利伽羅、大倶利伽羅!早く来て!海だよ!」
「走るな…」

靴を脱いで、冷たくなった波打ち際を駆ける。スカートで来て良かった。わざと跳ねるように歩いている頃、大倶利伽羅が追いついた。

「おい、靴」
「置いといて!冷たい!やばい、冷たい!」

ぱしゃぱしゃと、水を跳ねさせていた足をふと止めて、遠く広がる空を見る。赤くて大きい太陽が、今にも沈みそうなそれは、境界線が分からなくて滲み出た血のように見える。見える、だけではあるのだが、それでも、綺麗だと思うよりも先に私の頭は、まるで、ち、の。

「って、うわっ!」

ぱしゃん。水が顔に跳ねて、あ、やばいと思った頃には既に尻餅をついていた。

「……まさか大倶利伽羅に水を掛けられる日が来るだなんて……」
「…悪かった」

すぐに大倶利伽羅が近寄って、彼も同じようにしゃがみこんだ。驚いたのはこちらではある。

「あっ!濡れるよ!」
「もう既に濡れているようなものだ。それに、時間になれば迎えが来る」

その迎えはもうすぐだ、と、彼は告げた。

「そっか。もう終わりかぁ」
「……」
「案外短かったな。次はもっと、長い時間が良い」
「…連れてきてやる」
「ほんと?嬉しい、約束だよ」

するりと、大倶利伽羅が頬に触れる。冷たい指先に、冷たい自分の掌を重ねた。

「…ね、大倶利伽羅。約束、また連れてきて」
「あぁ」
「…ふふ。なんだか、普通のデート、みたい」

二人っきりで遊んで、次また遊ぶ約束をする。小学生でももう少しまともなデートをするだろうが、私達にはこれが精一杯だった。
きっと、この夕日が血だと思ったのは、審神者だけじゃない。目の前の刀も、そうなのだろう。そうなってしまった段階で、もう、普通など、遠くの彼方へと行ってしまった。

「ね、大倶利伽羅。キス、してもいい?」

今度は審神者が大倶利伽羅の頬を挟んだ。人の体温とは明らかに違う、そもそも血の流れていない温度に愛おしさを覚える。

「あぁ」
「嬉しいなぁ…本当に、ただの、恋人みたい……」

ぽたりと零れたものは、海だったのか涙だったのか、分かりはしない。それでも、遠くから見たその姿は、どこにでもいる恋人のようだった。


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