シザンザスを送る3 | ナノ



「〜っ、ぁあ゛!!」
抑えきれず声が出る。相手はそんなこと気にせず、私をうつぶせにして、ひたすらに背中の傷を弄る。少しずつ切られた傷を抉って深くしていっているのだ。殺そうとはしていない、性格の悪い事だ。
それを繰り返し繰り返し、今どれくらい経ったのだろうか。昼夜がないここは、襖からの日差しは差し込まない。お陰で時間感覚はめちゃくちゃだ。

「なぁ、お前なんで言うこと聞かないんだよ」
傷を抉りながら、まるで「今日のお夕飯なに」位の軽さでコイツは聞いてきた。イラついているのがわかる。口調が大分雑になっている。
なんで、かと言われても普通に考えて言う事を聞くわけがないだろう。

「お前が頷いてその通りにやってくれたら、なぁ、もっと早く終わるのになぁ…」
膝を抱えて私の傷口を爪でひっかく姿は最早頭がおかしいとしか言えない。
そう、コイツは頭がおかしいのだ。おかしくなってしまった。

「バカだろ…」
途端、抉っていた手が止まる。前髪を掴まれて一気に顔を上げさせられる。首がぐきん、と鳴った。

「バカ?バカだって?ふざけるな、彼らがどれほど命を賭けてくれてると思うんだ、僕なんかの為にどれほど体を張ってくれてると思うんだ!彼らのした事を馬鹿だというな、僕をっ…僕らを何も知らないのに勝手にバカにするな!!」
いっそ唾が飛んできそうな距離で言われ、むしろこっちの意識が飛ぶ、と思いながらまた床に捨てられる。彼が怒鳴ったことで、後ろに控えていた刀剣男士が立ち上がる。前髪がぶちぶちと音を立てて抜けた。ハラハラと落ちる黒い髪を意味もなく見つめる。

「主、落ち着け」

肩を叩き私から意識をそらさせるが、相手は頭を抱えて膝を曲げて何かを呟いてる。

バカだろう。
君は刀剣を愛していた、知ってるよ。演錬で何度か会ったことがあるから。君が優しい人だというのも知ってる。一人でいる人を見かけると自然と声をかけるような人間だった。いつもいつも平和を願って、刀剣男士を人間の勝手で戦わせることに心を痛めていたのを知ってる。そんな君が、今こうして拳を振るってる。ほら、バカだろう。

「…知ってるよ、お前のこと」

知ってるんだ。

数年前に死んだ、君の事を。



:::



とある本丸が襲われた。歴史修正主義者によって発見されたその本丸は、建物がほとんど壊れ元の状態がわからないほどだった。穢れがあまりにも多く除去作業がなかなか進まず、結局元の時の流れに任せて、徐々に本来あるべき姿を取り戻していく事となった。そう決められて以来、誰もこの本丸に立ち入っていない。立ち入ろうとも思わない。
だから人は忘れていく。記憶を風化させていく。この事件が当時は審神者界隈を酷く混乱させたという事も、この本丸の刀剣男士何振りかが、未だに折れた状態でも生きた状態でも見つかっていないという事を。




「もう、もうダメなんだ。俺は、俺は、」
「主、一旦戻れ。寝た方が良い」
「国広、俺、でも、嫌なんだ、なぁ」
「後は俺がやっておく」

まるで縋るように刀剣男士にしがみつき、なぁ、と言っている姿は見た目と違って相当幼く見える。今にも泣きだしそうな声で言うそれは、何かを必死に願うようにも聞こえた。

「ほら、大丈夫だ。俺がいる、そうだろう」
「あ、あぁ、そうだな、そうだな…」

ふらふらと部屋を出ていく男の肩を持ちながら、刀剣男士の白い布がはためいた。スラリと襖を開ければ、外の様子がほんの少しだけわかる。これがわかったところで何もならないだろうとは思うが、どうしても人は見たことない物を余計に見たがる厄介な好奇心を持っている。

ほんの少しだけ開かれた隙間から見えたのは、ただの汚い庭。そしてここがどこかの本丸なのだと知る。すぐに閉じられた襖は、もう何も発さない。誰もいなくなったこの部屋で、今こそ脱出せねばと思うのだが、もう体力が限界を訴えている。目を閉じるとひどい眩暈がする。ぐらりと脳内が揺れて、結果的に吐いてしまうからやめた。
それでも、もう体力が限界でも死ぬわけにはいかない。死んで何かを変える事は、できないからだ。

「…そうだろう、山姥切」

再び開いた襖から入ってきたのは、ずっと私の事をにらみ続けただけの刀剣男士―ーー山姥切国広だった。

彼は静かに部屋に入ると、スラリと彼の本体を抜いた。今までもじくじくと切られたり抉られたりするのに使われていたのは彼の刀だが、持っていたのは彼ではなかった。だがやはり、彼に一番似合う。

「いい加減気付いているな」
「…とうぜん、だ」

喋るとどうしても喉と口が痛くてたまらなくなるが、どうにか声を出す。答えを聞いて山姥切は一つ息をつくと、ラピスラズリ色の瞳を儚げに揺らした。

「そろそろ、言ってくれ。もう主には、時間がない」
「それは、上々だな。私もさっさとココを終わらせたい」

ハッ、と笑って言ってやれば、山姥切の目を大きく開き何かを言おうと口を開く。しかしゆらりと一歩後ずさってから、頭の布を目下まで持っていって表情を隠してしまった。結局言葉は発せられなかった。

「…そもそも、バカにしているのはそちらだ」

ぽつりと呟いてやれば、何を、とでも言うかのように首が揺れた。それを見て、心底憐れだと思う。

「私が簡単にお前らに屈するとでも思ったのか」
「…、…良いから言う事を聞け」
「お前は何も知らないのか、山姥切国広」

無知とは悲しい、知っていれば良かった事を知らないでいるからこうして降りかかる。決して罪などではない「知らない」という事は、どこかでヒトを殺すのだ。

「そうか、知らないか…」

無知とは悲しい。だがそれ以上に、知っているのにそれを知らないフリをするのは虚しい。その奥底に隠した真実を誰かの為にひた隠しにして、必死に取り繕って。そうして隠された現実は、時として残酷な者と変わってしまう。彼はきっと、全てを知っている。なのにそれを隠す。彼の愛する人のために。だがそれはいけない。この世の理を、変えてはいけない。

「じゃあ一つだけ、本当に大事なことを教えてやる」

ハッ、と彼の瞳がこちらを向いた。それから口が小さく動く。何かを呟くが私には聞こえない。彼はきっと、全てを知っている。

「いいかい、山姥切」

わざと子供に言うように喋れば「やめろ」と言っているのが聞こえた。彼にしてははっきりと、それでも喉の奥から絞り出したような声だった。

「よく聞くんだ」
「やめろっ…!」
知っているはずの事を、知らないというのは虚しい。誰かを思って出た筈の言葉は、自然と誰かを傷つける事になる。それが、その人の幸せを願ったとしても、だ。


「死んだ人は、決して生き返らないんだ」
「やめろ!」


山姥切は膝から崩れ落ちて耳をふさいだ。まるで先ほどの彼の主のように子供の様に震えている。畳の上にぼろぼろと透明なしずくが落ちる。

「違う」と呟かれた言葉は、涙に消えていく。

憐れで可哀そうな刀。死んだ主を助けたくて半分堕ちてまでその魂を守ろうとしたのか。気高く優しい、悲しい刀。人の身の弱さも、心のままならなさも一気に知ってしまった、美しい刀。悲しいね、愛する人を助けたいだけなのにね。

「君の主は死んだんだ。受け入れろ」
「ちがう…」
「三年前だ、歴史修正主義者がとある本丸を襲った。政府が駆けつけた時にはもう、本丸も審神者も刀剣男士も、全部もう終わった後だった。ただその本丸から見つかっていない刀がいる。2振りほどだったか…。そしてその審神者の遺体は―――」
「ちがう!!!!」

山姥切は勢いに任せて顔を上げ、そのまま刀をこちらにめがけて振りかぶった。







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