政府職員の大倶利伽羅 | ナノ

*審神者ではなく政府職員が主の大倶利伽羅です。自分設定盛りだくさん!


「政府職員は、審神者になれなかった落ちこぼれがなるものである」

これを初めて聞いた時、大倶利伽羅は怒りや憤慨よりも、不思議に思ったのをよく覚えている。何を言っているんだと。審神者達の生活が少しでも生活が良くなるようにと、要望に応えられるようにと、毎日休む間も無く走り回っている姿を見て、何故その様に言えるのかと。
だというのに、大倶利伽羅の主たるその政府職員の女は、へにょりと眉毛を下げて「間違ってはないからなぁ」と笑うだけだった。むしろ、そちらの方に腹が立ったのもまた、良く覚えている。

大倶利伽羅の主は、今日も政府職員として働いている。そして、今日もその隣で大倶利伽羅は、女と共に働くのだ。
女の唯一の刀として。

政府職員の大倶利伽羅


朝5時半。先程5回目の目覚まし時計が止められたのを聞きながら、大倶利伽羅は1人コーヒーを飲む。朝はこれが良いのだと、女が言っているうちに大倶利伽羅も毎朝飲むのが当たり前になってしまった。
やがて、隣の部屋から到底女とは思えない叫び声とともに、どったんばったんと激しい物音が聞こえてくる。それを合図に台所へと向かい、もう一杯コーヒーを入れる。ブラックの甘くない、大倶利伽羅と同じ物。独特の匂いが、鼻腔を擽った。

「おはよう大倶利伽羅!寝坊した!」
「そうだな」

開いた襖から出てきたのは、頭もボサボサで最低限の衣服しか身につけてない女。

「今日会議もあるのに、やばい、えっと何からやろう、えっと」

くるくるとその場で回り出した女をとりあえず座らせてコーヒーを飲ませる。ほう、と息をつく。朝の、少しのゆっくりした時間。

「いや待ってこんな暇ないよ、どうしたのびっくりした」
「落ち着いたか」
「めっちゃ落ち着いた。とりあえず顔洗ってくる、ありがとう」

コーヒーを一気に飲み切って、女は再び支度を始める。そこに先程までの焦りは無く、もう大丈夫だろうと息をはいた。やがて、スーツに着替え、化粧も何もかもを終えた女がダイニングテーブルを挟んだ目の前に座る。

「今日は午前中に本丸2件の訪問と、午後からの会議の準備、で、会議が終わり次第報告書の作成と、後はいつもの書類纏め。大倶利伽羅も大丈夫?」
「問題ない」
「よし、じゃあ行こう」

座ったばかりの椅子から立ち上がり、家を出る。外はまだどこか暗く、ぼやけて見える朝日が目に染みた。

「今日はいい天気だといいね」

鍵を閉めた女が振り向きながら笑うが、大倶利伽羅は特に返事もせず歩き出す。とあるマンションのとある一室。これが、大倶利伽羅と女の家だった。


:::


ぱしゃり。冷たい音だった。熱湯のお茶が女の頭から顔にかけてかかる、冷たくて、恐ろしく熱い音だった。

「今更、今更何の用があって来たのですか…!こちらがどれほど言ったって来てくださらなかったのに、今更っ…!!もう、もう彼は折れてしまったのに!!」

大倶利伽羅の主と向き合う形で座る少女の手には、今まで熱湯のお茶が入っていた湯のみが握られている。ようやく成人したくらいだろう。まだ若さが顔に見えるその顔は青白く、目には水が張り、その大きな瞳からは今にも形となって零れそうに見えた。

「…ふざけないで……!」

ポタポタと、大倶利伽羅の主の髪からはお茶が垂れるが、熱がる素振りすら見せずに、女は深々と頭を下げた。向かいの少女の目に、少しだけ怯えが見えた。

「前担当は適切な処分をさせていただきました。本当に申し訳ありませんでした」
「謝っても彼は返ってこない…!」
「申し訳ありません」

ここは、女には関係の無い担当区だ。国すら違う。それでも女がここを唐突に任されたのは、余りにも唐突に政府職員の不正が明るみになり、それでいて余りにも人材不足だから。こちらの国にヘルプが来るくらいだ。向こうの国では、1人の欠員の為にてんやわんやだろう。
不正、というよりも怠慢、だろうか。ここの担当者は一つの本丸のみに力を入れ、ほかはおなざりだった。それが今回、神の怒りを買ったというまでのこと。
政府は当然それを揉み消そうとしたが、何よりももう神の恨みを買っている。あの男は今、人として暮らせているのかすら分からない。まぁ、大倶利伽羅にはどうでもいいことだが。
それよりも、と、目の前で頭を下げ続けている女を見やる。少女の非難の声に、ひたすら謝罪を続ける。未だに主がこうしてどこにでも頭を下げるのには慣れないが「慣れて」と言われたならば仕方ない。今回もまた、そっと息を吐く。

「…もう帰ってください…2度と来ないで…」
「それは出来ません」
「なんで…!」
「貴女が、審神者だからです」

はくりと、少女の息が漏れた。それから1粒だけ零れた涙を見て、ようやく女は立ち上がり、また来ますと言葉を残して部屋を後にする。去る時の襖の向こうから、少女の鳴き声と、それを慰める近侍の声が聞こえた。

本丸を出て、門が閉まった瞬間に女の身体がふらりと揺れる。その肩を抱きながら、大倶利伽羅は目を細めた。
運が悪いことだ。少女ではなく、この女に対して心底そう思う。何せ、関係ない地区を担当した上に熱湯のをかけられ、少女の後ろに控える刀からは殺気を絶え間なく出される。あの殺気と視線の中、息すら出来ていたか分からない。

「あー、ごめん。大丈夫、歩こう」

まだ青白い顔をふるりと振って、どうにか女は歩き出す。鳥居の潜り、階段を降りながらゆっくりと進む女に、舌を打ちたくなった。

「斬らないでくれて、ありがとう」
「…主命だからな」
「……うん」

相手の審神者には手を出しちゃダメ。刀にもそう。例え私が斬られても手を出しちゃ絶対ダメ。でも、守ってくれると嬉しい。
そんな事を言われた日には、いっそ何と返せばいいのかわからなかった。刀に斬るなとは、逆に無茶を言う。が、それを律儀に守っているのだから、主の存在とは大きいものだ。

やがて政府本部まで飛んで戻ると、女は着替えを済ませ、少しだけ休憩しようと廊下の椅子に座った。

「ほいコーヒー」

缶を渡されて、ぷし、と開ける。はじめはこれの開け方も分からなかったが、今はもう誰に聞かずとも開けれるようになった。なってしまった。

「午後はいつもの担当地区だし、その後はいつもの書類作成だから、大丈夫」
「…」
「……まだ、大丈夫」

隣の女を見やって、頭に上着を被せる。間抜けな声に「今なら誰もいない」と言えば、小さく「ありがとう」とだけ聞こえた。それから、少しの泣き声も。聞いてないフリをして、コーヒーを飲む。いつから女はこうして、泣き声を隠す様になっただろうか。出会ってから間もない時は、良く声を上げて泣いていた。帰りたい、もう嫌だ、やめたいと。目を伏せて思い出す。初めてであった時を。泣き腫らした目と、か細い声で己の名前を呼んだ女の事を。こちらを見上げて、またへにゃりと笑った顔を、思い出す。

…――隣の女は先程の少女と大差無い年齢だと、誰が気付いただろうか。

高校の時、唐突だったという。突発的に物の心を励起する力が出てしまった。ごく普通の、そういったものには関わったことすら、見たことすら無い少女が、だ。
ただ、持たざる者が持つ者になるという事は、それは住む世界が変わる事に変わりない。つまり、政府が無視出来ない。少女は家族の元を離れ、政府の監視下に置かれ、高校を辞め、やがて政府直属の職につかされた。しかし、突発的に得た力は不安定で、揺らぎやすい。結局、少女はたった1振りを顕現させただけで、もう他の刀を顕現させる事は出来なくなった。それなのに、もう持たざる者の世界へと、戻る事は出来ない。

『…私、一人ぼっちなの。…だから、友達に、なってもらえないかな』

大倶利伽羅に初めて出会った時、いつものようにへにょりと眉毛を下げて、少女はそう言った。どこか、泣きそうだと思ったのをよく覚えている。

中途半端な出来損ない。政府職員の多くはそういった人間だという。しかし、中途半端であっても、審神者の力は一般人よりも精通しているし、力への理解もある。だからこそ、審神者を担当し彼らを助け、支える。

『でも、この生活嫌いじゃないし、むしろ私に合ってると思うんだけど、どうかな』

やがて毎日着ていた高校の制服とやらを、ある日を堺に着なくなった時に、ぽつりと少女はそう言った。「卒業」したからもう着れないのだと、送られてきた自分のいない卒業アルバムを見ながら少女はそこで初めて静かに泣いた。 それから少女はゆっくりと女へと成長し、大倶利伽羅と共に歩いてきた。


「…大倶利伽羅、ありがとう。もう、大丈夫」

思い出の沼から戻ってきた大倶利伽羅に、女はそういった。上着を洗って返すというのに、同じ家で無駄だろうと無理矢理奪う。
箱庭の様なあのマンションは、大倶利伽羅と女が20歳になった時に2人で選んだ家だ。日当たりが良く、エレベーターがあり、何より下にコンビニがついている所。狭いあの家を、大倶利伽羅は存外気に入っている。

「次の所、行くんだろう」
「うん。行く。行かなきゃ」

立ち上がり、また眉を下げて笑う女の事も、存外気に入っている。

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