深夜の大倶利伽羅甘味処2 | ナノ


それからというもの、月末になると私は書類を終わらせた後、厨に向かうという事が恒例となった。二回目はパウンドケーキ、三回目はプリン、四回目はチーズケーキ、五回目はチョコブラウニー。毎度毎度、じわじわとクオリティが上がっているとか、最近は紅茶まで淹れてくれてるとか、私の体重が確実に増えたとか。そんな事は些末な事である。なにせ美味しいから。それだけで毎月私は幸せになれている。
そして今日が記念すべき半年、六回目だった。しかも今日の私は凄い。何が凄いって、いつもなら日付変わって数時間後、酷い時には早朝(その時大倶利伽羅は部屋まで持ってきてくれました)の時とかもあったが、今回は早々に書類を終わらせ、大倶利伽羅が調理するところを見れるのだ!
10時くらいに行ったら早すぎて、大倶利伽羅を待った程。暫くして大倶利伽羅が来た時は、怪訝そうな顔をして「仕事しろ」と言っていた。解せぬ。

「でも、一度ちゃんと見てみたかったんだ。こんなの、滅多に機会無いから」

邪魔にならないように後ろから見るだけだけれど、黒いエプロンをした大倶利伽羅の背中はとてもかっこよかった。

「今日は何作るの?」
「後で教えてやる」
「ん、楽しみ!」

この半年で、大分大倶利伽羅とも話すようになった気がする。とりあえず挨拶は出来るようになった。これは相当な進歩ではないだろうか。おはように初めて返事が来た時はその場に崩れ落ちた。おやすみを言って、頬をつねられた時は何故抓られたのか意味わからなくとも、目玉飛び出るかと思った。そんなこんなで、独特の距離感を保ちながら、ゆっくりと仲良くできていると、個人的には思っている。
やがて、もう焼く工程に移ったのか、エプロンを外して大倶利伽羅は向かいの椅子に腰かけた。大倶利伽羅とこうして厨で会うようになってから、椅子を一つ増やしたのだ。普段は皆も座るけれど、この時間だけは私と大倶利伽羅の特等席になる。

「もうすぐ焼けるの?」
「あぁ」
「じゃあ、焼けるまで…。はいコレ!」

じゃじゃーんと効果音付きで、懐から袋を取り出して大倶利伽羅に渡す。掌に乗る程度の、リボンで口が閉じられた小さな袋の中には、不格好なクッキーが何枚か入っている。

「本当はもっとちゃんとした物あげたかったんだけど…。やっぱり大倶利伽羅みたいにはいかなくて。そんなのでごめんね」
「アンタが作ったのか」
「うん。いつもいつも作ってもらってばかりだから。あ、でもそれ、ちゃんと歌仙さんに見てもらってるから一応食べれるレベルにはなってるよ。大丈夫!」

初めは私よりもはるかに美味しい物を作れる人が目の前にいるので、何かを作る気なんてさらさらなかったし、むしろ、買った物を上げた方がいいんじゃないか、なんて思っていたくらいだった。

「でもそこで歌仙さんから、思いを込めるなら作るのが一番だよ、僕たちがそういう物なのだから、って言われてね」

どれほど不格好でも、作った物に思いは籠るから。初期刀からの言葉を思い出して、自然と口角が上がる。

「いつも美味しい物をありがとう。それから、戦も。すっごい助かってます」
「…戦はおまけか」
「そんな事無いよ!ただ大倶利伽羅とは圧倒的にここでの思い出が多いから…」

言い訳の様にごにょごにょと言葉を続ける。が、大倶利伽羅は最初から冗談だったようで渡した袋をまじまじ見ていた。大倶利伽羅の冗談はたまに冗談か分からない時があるから、こっちは本気で対応してしまうのがどうにも悔しい。しかし、その本気の対応が大倶利伽羅を楽しませていると審神者は気付いていないので、まだ暫く大倶利伽羅の冗談か本気かわからない冗談は続くだろう。

「あ、それ、出来れば明日とかにでも食べてほしいな。なーんて…」

クッキーの事を指すと、大倶利伽羅が一気に眉根を寄せる。今食べる気だったんだろうか。

「いや、あの、さすがに少し恥ずかしいというか。それにほら、まずかったら、捨てずらい、じゃん?」
「…捨てる?」
「あっ、いや、めっちゃまずいかもしれないし、食べた瞬間に吐いちゃうかもしれない」

幾ら歌仙が大丈夫だと言ったからと言って、味覚は人によって違う物。きっと大倶利伽羅の口に合わない場合もあるだろう。それなら捨てても良い。捨ててもいいんだが、出来れば見えない所で捨ててほしい。流石に、目の前で捨てられるのはちょっとへこむので。それらを、非常に拙く、言い訳がましく伝えると、大倶利伽羅は非常に機嫌を悪くしたように、どんどん眉間の皺を深くしていく。

「…アンタからそんな言葉が出るなんてな」
「で、でも本当にまずいかもしれない」

再度言いつのろうとした私を、睨んで黙らせると大倶利伽羅は袋のリボンを解いて、中のクッキーを一つ口に入れた。思わず声が出る。

「あっ、あ、たべちゃった」

もくもくと大倶利伽羅は食べて、やがて飲み込んだ。思わず、息を呑む。

「どう…?」

人に何かを送るとは、こんなにも緊張するものだったか。ぎゅっと手のひらを握って、大倶利伽羅の返事を待つけれど、相手は指先に着いた粉をぺろりと舐めながら「うまい」と言った。

「…へ」

その言葉が余りにも平坦過ぎて、いっそ聞き取れていないのではと思うほど。ぽかんと口を開けたまま、相手を見つめると向こうは呆れた様にため息をついた。

「…うまい、と。そう言った」
「うそだぁ」
「嘘を言ってどうする」

いやいやこの世にはお世辞という物があってだね、と続けようとしたところで、口に何か放り込まれる。この味、知ってる。散々味見した、自分のクッキー。

「どうだ」
「…自画自賛して良い?」
「好きにしろ」
「美味しいです……」

ならそれでいいだろうと、大倶利伽羅はもう一枚自分の口に放り投げながら、オーブンを見に立ち上がった。
その背中を見つつ、開けられたクッキーの袋を見る。本当に数枚しか入っていない、見目も不格好なクッキー。何度やっても焦げてしまって、何度やってもうまく出来ない中で、ようやくできた少しだけうまくできた物。これを、大倶利伽羅は美味いと言ってくれた。食べてくれた。それが余りにも嬉しくて、柄にもなく心臓が早馬のように駆けてしまっている。
明日、歌仙さんに報告したい。食べてくれたよ。心込めて良かった、大倶利伽羅ありがとうって、大好きだよって。果たして、この込めた思いのどこまで伝わっているのかは分からないが、食べてくれただけでばんばんざいすぎて、そんなものどうでもよく思えた。

「…何を笑ってる」
「え、笑ってたかな。ごめん、大倶利伽羅が美味しいって言ってくれたのが本当に嬉しくて」

むにむにと緩んだ頬を戻そうとするけれど、テーブルの上に置かれたものに目を輝かせて、それどころではなくなってしまう。

「け、ケーキ!だ!」

置かれたのは苺のケーキだった。しかもホールである。もう一度言う、ホールだ。生クリームがたっぷりと塗られて、苺もたくさん。これ大倶利伽羅が作ったの、すごい、美味しそう、食べて良い?言いたい言葉がありすぎて、喉に逆につっかえてしまう。ようやく絞り出せた言葉は結局「すごい」の一言だった。

「…切ってくる」
「え、待って、写真撮りたい、あっ、携帯向こうだ、待って待って取ってきていい?」
「だめだ」

さっと取り上げられたケーキは、一瞬で大倶利伽羅の手でいつもの三角形の形となって再び表れた。仕方なしに、泣く泣くケーキを食べる。

「んっま!!」

さっきまでの悲しみなんてどこへやら。余りのおいしさにフォークを止めることなく食べ、なんやかんやで結局ホールケーキをぺろりと食べてしまった。

「あー、美味しかった。すごいね大倶利伽羅、ホールケーキて。これはやっぱり店出すしかないのでは」
「寝言は寝て言え」
「んん、残念」

それでも本当に美味しかったなぁ。いや、いつも大倶利伽羅の作ってくれるものは美味しいのだけれど、今日のは特に。

「なんかスポンジ変えた?すごい美味しかった。生クリームかなぁ」
「…苺は光忠が愛をこめて収穫したやつだ」
「それは美味しいに決まってるわ」

あのイケボをどうしてもやってもらいたくて一度だけ、やって〜〜ママ〜〜!と頼んだ事があるけれど、腰を抜かしたからおすすめしない。あれは本当にすごい。美味しくなるのわかる。むしろ美味しくなりたいと思う。

「でもそれだけかな。あっ、アレじゃない?愛情たっぷり込めたから、とか」

なーんて!と、笑い飛ばそうとしたのも束の間。大倶利伽羅が、こちらを見ている。テーブルに片肘載せて、頬杖付きながら。しかも、口角をうっすらと上げながら。こちらを見る瞳の奥に、揺らめく熱を垣間見て、笑い飛ばす事も出来なくなる。

「今頃気付いたのか」
「そ、れって」

大倶利伽羅が再び私のクッキーを口に入れて、こちらを見てくる。なんだか初めの時を思い出して、それでも、その視線が最初とは明らかに違くて、顔に熱が集まるのが分かった。

「あのケーキ、いつでも作ってやる」
「へ」

クッキーを食べ終わる頃、大倶利伽羅はそう言った。さっきと同じように、ほんの少し、見なければ分からないほどにだけ口角を上げて、囁く様に。

「アンタ好みの甘いやつ」

ぼぼぼっ、と爆発する勢いで熱が溜まったのは言うまでも無いし、それからというもの、月末でなくとも深夜に厨に集まる二人の姿が見えたのもまた、言うまでもない。


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お久しぶりです〜!なんやかんや10月の原稿やらなにやらしてたら更新が遅くなってしまいまして大変申し訳ないです…!
今回はTwitterの方のくりさに祭りに投稿させて頂いたものです!甘いの(物理)目指しました。
ゆっくり更新していけたらと思います。何卒くりさにをよろしくお願い致します!!
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