深夜の大倶利伽羅甘味処 | ナノ

「お腹すいた」

月末の書類仕事に追われ、それをどうにか片付けた頃の事。日はとっぷりと暮れて、日付はとっくに変わっている。本来ならここで寝るべきだろう。それでも、お腹が空いてしまった。
10時以降のご飯は太りやすい、なんて聞いたことがあるけれど、今そんな事言ってる余裕が無いくらいにお腹が空いてるのだから仕方ない。頑張った自分へのご褒美にしようと、月末まで書類を貯めた事を棚上げしてそろりと足を忍ばせながら、部屋を出て厨へ向かう。
カップヌードルくらいならあるだろうと算段を付けながら、廊下を進むと、厨が近くなった所で、なんだかいい匂いがする事に気付いた。

「? なんだろう」

誰か厨にいるのだろうか。それなら、せっかくだから一緒に食べたい。というより、共犯にしたい。悪い主でごめんな。翌朝、歌仙さんに怒られるのは一人じゃ嫌なんだ、ごめんな。甘い匂いにつられるように足を進めると、やはり匂いの元は厨からの様で、誰かが居るのは明白だった。
厨には長い暖簾がかかっていて、中は見れない。果たして誰が居るのだろうか。予想として光忠か歌仙だが、わざわざこんな深夜に厨にいるのだから、他の誰かという可能性も大きい。結局、誰かは予想がつかずに、静かに暖簾をくぐる。

「こんばんはー、誰かいる、の…」

バサバサ、と本が落ちる音がした。暖簾をくぐった先、厨の中にある小さな椅子に腰かけて読んでいたであろう本を落としながらも、こちらを凝視するのはまさかのまさか。大倶利伽羅である。

「お、大倶利伽羅…?」

相手も非常に驚いているようで、何も言わずにこちらを見たまま、少しだけ開いた口がゆっくりと閉じる。とはいえ、それよりも気になるのはやはりこの匂い。厨に入った瞬間に、一気に広がる甘い匂いに、思わず胃袋がぐう、と強く主張する。

「えーと、これ、何か焼いてるの?」
「…別に。アンタには関係ない」
「うえぇ。逆に気になるなぁ」

チン、と更に追及を避けさせるようなタイミングで、オーブンが鳴り響く。どうやら焼けたらしい。落ちた本を拾いながら、大倶利伽羅はそこへ向かい、ぱかりと開いた。後ろから覗いて見えたそれに、目を輝かせる。

「クッキーだ!」

綺麗に焼き目のついたクッキーが幾つも並んでいる。形は全部丸だが、どれもおいしそうだし、何よりめちゃくちゃいい匂いする。先程までの比では無い。一気にお腹が空くのを感じて、慌てて棚の物を物色し始めた。このままでは、せっかく大倶利伽羅が作ったクッキーを全て食べてしまう。

「大倶利伽羅ってお菓子作れるんだね、凄いね」

棚をがさごそ漁るが、物の見事に何もない。カップヌードルも無い。嘘だろジョニー。そこまで思ったところで、今日は月末であり、尚且つ週末である事に気付いた。我が本丸では節制の為、買い出しは週に一回行われる。纏めて買った方がお得なのでは?という根拠の無い自信の元行っているが、まさかそれがあだになるとは。次からはいつでも買い物が出来る様にしようと心に決めていると、後ろから声を掛けられた。

「どうした―…んむっ!」

唐突に口に何かを突っ込まれ、驚きながら必死に食べる。あ、これクッキーだ。大倶利伽羅が作ったクッキーだ。やばいめっちゃうまい。なんだこれ、めっちゃうまい!感動しながら食べているが、私の口にそれを突っ込んだ人は目の前で黙って私の食事風景を見ている。何だろうこの状況。だがそれが気にならない程美味い。良く噛んで飲み込んでから、口を開いた。

「すごいよ大倶利伽羅!!!めっちゃ美味しい!お店のみたい!むしろお店のよか美味しいかも…すごいすごい!こんな美味しいの作れるんだ、すごいね!」

語彙力が無くて非常に申し訳ないが、持ちうる限りの言葉で大倶利伽羅に称賛の言葉をかける。いやだって本当に美味しいのだ。これを自分の刀剣男士が作っていると思うと、なんかもう店出す?といった気持ちである。
すごいすごい、とひたすら言っていると、再び口にクッキーを突っ込まれた。やっぱり美味しい。そうして食べ終わって口を開こうとするとまたクッキーを入れられる。なんだこれ、罰ゲームか。いやとても美味しいけれども。嬉しいけれども。

「まっ、待って、大倶利伽羅、ちょっと喋りたい、そろそろ喋りたい」

何個かクッキーを食べさせてもらった後、どうにかその手を止めさせる。大倶利伽羅はこちらの口に持ってきかけたクッキーそのまま自分の口に持っていき、食べながら立ち上がって片づけを始めた。その隣に立って、洗い物だけでもと手伝う。何を喋りたかったのかは忘れた。世の中そんなものである。

「でも本当にすごいね、レシピとかどこで見たの?」

大倶利伽羅が洗った皿や調理器具をタオルで拭いて、棚にしまいながら質問を投げかける。

「…こないだ、アンタが買ってきただろう」
「ん?何を?」
「この洋菓子だ。それで覚えた」

一瞬、大倶利伽羅が何を言ってるのか分からなかった。覚えた?洋菓子を?どうやって?食べて?

「………えっ食べただけで?」

思わず相手を凝視してしまうが、向こうは何がそんなに不思議なんだとでも言いたげに眉根を寄せた。

「普通そうじゃないのか」
「いやいやいやいや」

刀剣男士ってみんなそうなの?食べただけでお店の味盗めるの?すごくない?天才じゃん。しかし、すぐに先週辺りに光忠から「アマトリチャーナ作りたいんだけどレシピ調べるためにネット使っていいかい?」と聞かれた事を思い出す。あまとりちゃーなってなんぞと、私も一緒に調べたから良く覚えている。つまり、食べて作れてしまうのは大倶利伽羅だけ。ひぇ、と声が漏れた。

「あのね大倶利伽羅、普通料理ってレシピっていう調理手順みたいなのが書かれたのがあるの。それを見て皆料理するんだよ」
「…俺は俺のしたいようにしただけだ」
「あっ!違う違う、レシピ見ないのがダメとかじゃなくて、むしろすごいんだよ。私なんてレシピ見ても失敗しちゃうのに、食べただけでわかるなんて多分、すごい、本当にすごい事だよ!」

半ば興奮気味に言うけれど、彼は視線をこちらにちらりと寄越しただけですぐにまた皿洗いを再開した。

「でも、本当に美味しかった。こういうの作るの初めて?」
「…あぁ」
「そっか、初めてでこれってとてつもないね。パティシエが泡拭いて倒れちゃう」

実際私は倒れるかと思った。店出しても良いと、あと50回ほど言っていきたい。

「書類頑張った上に、こんな美味しい物があるなんて今日はいい日だ。あ、いやもう昨日か、いや明日?あれ」

時計はもうすぐ3を指そうとしている。流石に眠くなってきたなぁ、と最後の食器を片しながら欠伸をかみ殺した。

「それじゃそろそろ寝よっか。途中まで一緒に戻ろう」

厨を出ると、夏の終わり独特の、少しだけ涼しい風が吹く。胃袋的にはもう大満足すぎて、たまには夜まで頑張って仕事するのも良いかもなんてこんのすけに怒られる事を考えた。
大倶利伽羅達の部屋は二階にある為、階段の前でお別れだ。階段を昇る大倶利伽羅を慌てて止めた。

「今日は本当にありがとう。とってもとっても美味しかった。……もし、また作ったらこそっと教えて、一つだけおすそ分けしてくれると嬉しいな。ごめんね、それだけ。おやすみ」

てっきりすぐ去るかと思ったが、彼はそのまま逡巡するように視線を左に寄せてから、すぐにこちらを見据えた。月色の瞳と、交錯する。

「…また次の月に来い」

返事を一切期待していなかったために、反応に遅れる。彼は今なんといったか。来いと言わなかったか。じわじわとやってくる現実を受け止められたのは、彼が背を向けて歩き出してからだった。

「あっ、ま、待って!」
「うるさい」
「うあ、ごめん」

そうだ、今はもう深夜だった。慌てて口を抑えながら、階段を数段昇って大倶利伽羅に近づく。耳貸して、というと彼は少しだけ背を曲げて耳を近づけやすくしてくれる。

「げ、月末に、いってもいいの…?」

出来る限り小さな声で、耳元で囁く。相手もまた、耳貸せとしてくるので、今度はこちらが背伸びをして近づく番だった。

「そう言ってる」
「月末だよ。きっと仕事終わってないから、深夜になっちゃう」
「…今日だってそうだろう」
「ほ、ほんとのほんとにいいの?」

正直信じ難い。だって相手はあの大倶利伽羅だ。馴れ合わない、触れあわない、喋らないの三段重ねの大倶利伽羅。それが今日はどうだろう。正直、彼がここに来てから一番喋ってるんじゃないだろうか。もしかしたらこれは全部夢で、眠気のままに寝たら全部嘘でした、とか、大倶利伽羅の寝言でした、とかだったら正直泣ける。というより、泣いてしまう。
だけど大倶利伽羅は、再度の確認にうんざりしたような顔をしたまま「しつこい」とだけ言った。

「来たくないなら来なければいい」
「そんなわけないでしょ!」
「うるさい」
「ごめん……」

再度耳を借りる。この時になって初めて、彼が膝まで少し折ってくれている事に気付いた。

「じゃあ来月、楽しみにしてるね」

寧ろそれの為に頑張れそうな気がする。果たして月纏めの書類が終わるかどうかはわからないが、確実にモチベーションは上がる。

「それじゃ、おやすみ。また明日ね」

耳元でこしょりと囁くと、彼は私の頭をするりと撫でると階段を昇って行った。撫でられた所を触れながら、大倶利伽羅が昇って行った階段の先を凝視する。きっと今私の目は落ちそうなくらいに見開いているに違いない。やはりこれは夢ではないだろうか。頭撫でるって、大倶利伽羅が触れるって。

「まじか…」

呆然と呟きながら、熱くなる顔に気付いて深夜で良かったと心底思った。



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