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友達と喧嘩した。
それはそれは中々の大喧嘩で、途中で先生が出てきたものだから余計に話はこじれにこじれ、とうとう「ひとまず頭を冷やしてきなさい」という先生の言葉によって帰らされてしまった。

金曜日の放課後に友達と喧嘩して、先生に呆れられ、学校から帰る頃にはもう夕方。この気持ちがおわかりいただけるだろうか。言いようのない欝々とした気持ち。果たしてどこにぶつければいいものか。今は地面に恨みでもあるかのように踏みしめているけれど、これじゃあ何の解決にもなりはしない。

「………」

足を止めて、今まで歩いてきた道を見る。何の変哲もない、田んぼ道。それでもいつもなら友達と一緒だった。小学校からずっと一緒で、それは中学に上がった今だって変わっていなかった筈なのに。

再び足を進めるが、向かう所は家では無い。
家につくよりも少し手前。これまた田んぼの真ん中に大きな木と共に神社がある。生憎と田舎のここは、信仰心の強い老人はあまりおらず人だってたまに掃除のおじいちゃんが居る位。おかげで、私にとっては小さい頃から最高の秘密基地だった。
長い長い階段を昇った先にある古びた神社に、神様が祭られている気配はない(いやあってもどうせわからないけれども)。

「はーよっこいせ」

友達に「ババクサい」と言われた言葉で賽銭箱の前の段差に腰掛ける。リュックを隣に置いてごろりと寝っ転がれば、桜がもう葉桜に変わっているのが分かった。

「もう五月だもんなぁ」

もうすぐGWに入る。たくさんたくさん遊びに行こうと話していたのが、遠い話の様に感じた。

「……学校、行きたくない」

そもそも原因は何だったか。確か向こうが変な言いがかりをつけてきたことでは無かったか。…とにかくほんの些細な事だった事だけは確かな気がする。

「…………うっ……」

誰も居ないここで気が抜けたのか、ぽろりと涙が零れてくる。一つ溢れてしまえばつられるようにぼろぼろと。それは止まることなく自分の顔を伝っていく。

「うぇ、うう、…っ……」

両腕で顔を覆って視界を覆う。なんでこんなに涙が出てくるのか自分でも不思議だった。それでも、ずっとずっと泣きたかった。大事な友達と、喧嘩なんかしたくなかった。今日だって一緒に遊びたかった。それなのに、どうしてこうなってしまったのか。
むくむくと一気に苦しさと悲しさがこみ上げてくる。もう、学校になんて行きたくない。

「ううぅ、もうやだぁ…最悪だよ……」

ぼろぼろと涙を止めようともせず溢れさせる。柔らかな、春を思わせる風が優しく頬を撫でた。

……―――その瞬間、誰かが隣に座る気配が、した。

「…泣くな」

息が、止まる。

「えっ」

何が起きたのか分からず、咄嗟に上半身を起こせば、隣に人がいた。足を組んで、伸びた腕をゆるりと戻している最中の、人が。

「…ど、どちらさま、ですか……」
「……、……」

相手は何も言わない。それどころか、酷く驚いたような顔をしてこちらを凝視している。はくり、と向こうの口が開くも、何も音を発する事なく閉じられる。

「あ、あの」
「見えるか」

へっ、と間抜けな声が漏れる。向こうの顔は先ほどのように驚いたものではない。声もまた、柔らかくて聞き心地の良い物が聞こえた。

「俺が、見えるか」
「み、見えます」
「……、…そうか…」

相手はとうとう俯いてしまった。さらりと、長めの髪が風で揺れる。見えるってなんだ。あの回答で良かったのか。目の前のこの人は幽霊か何かなのか。私霊感あったのか。頭の中をぐるぐると色々な事が巡るけれど、それよりも相手の見えない表情が気になった。

(高校生、くらい、かな)

褐色の肌、茶色い髪、赤い毛先に見た事無いような学ラン。都会の人なのだろうと、ぼんやりと思う。それから、かっこいい人だなぁ、とも。自分はまだ恋愛云々の事はよくわかっていないけれど、それでもかっこいいと思う。きっと、都会でもモテモテだろう。

「……一つ、いいか」

相手が、顔を上げた。金の瞳が、夕焼けを反射してきらめく。

「何故泣いていた」
「…えっと」

言葉に詰まる。その話はしないと思っていたし、自分の中でも頭の中からポンッと抜けていた。だからだろうか、思い出した時、ずしりと心が余計に重く感じた気がする。

「そんな、大した事じゃないんですけど」

今度はこちらが俯く番だった。そもそもどうして初めて出会う人にこんな話をするのか。いや、向こうが聞いてきているのだから良いんじゃないか、いやでも。

「話せ」

ぐ、と体が固まる。その一言は、言う言わないという自分の悩みを吹き飛ばすには十分すぎた。

「…友達と喧嘩したんです。早く謝ればよかったのに、なんか、流れですっごい喧嘩に発展、しちゃって。こんなに喧嘩したの、早々無いから、へこんじゃって」

言葉が滴の様に溢れては零れて消えていく。思い出すのは友達の事。思えば私がさっさと謝ればよかったのに。相手の言葉にもっと耳を傾ければよかったのに。なんでなんで。ぐるぐると思った事が生まれては消える。

「私が悪いのに、でもその時は意地でも謝りたくなくて。だけど、今になってこんな思いをするくらいなら、友達じゃなくなるくらいならもっと、早く謝っておけばよかった……」

再び決壊したように涙が零れてくる。あぁ、もう。こんな知らない人の前で泣きたくなんてないのに。いや、逆にもうきっと会う事は無いだろうから泣いてもいいか。

「その相手が大事か」

言葉も無く首肯する。隣の青年はそれ以上何かいう事も無く、私も何かいう事は無く、ひたすらにぐずぐずと泣いていた。膝を抱えて、そこに顔を埋める。夕焼けが、やけに胸にしみた。

「…………言葉を尽くせ」

やがて、どれくらい経っただろうか。隣から、言葉が降ってきた。もそりと、顔を上げた。

「相手が大事ならば、それに見合うだけの言葉を出せ」
「言葉…」
「謝罪と、それ以上の感謝をしっかりと告げろ。その為の口だろう」

穏やかに伝えられた言葉に、またもゆっくりと頷いた。言葉を尽くす。こうして言われてみれば簡単な事なのに、どうして今まで思いつかなかったのだろう。そうだ、謝る事が出来なかったのなら、今謝ればいい。ごめんねって。それから、出来るならもう一度遊べるように。

「何だか、すごい元気が湧いてきました。すごい、ありがとうございます」

ぐっと手を握りながら言えば、向こうは何も言わずに立ち上がった。それを見上げると「行くんだろう」と、告げられた。

「いっ、行きます…!友達の所!」

まだ間に合う。きっと向こうはもう家についているだろうけれど、それでもいい。家に行って顔を見て謝りたい。慌ててリュックを背負って階段へと向かう途中で、足を止めて振り返った。

「あのっ…!ありがとうございます!すごい、凄い勇気が出ました!!本当にありがとうございます!!」

向こうは何も言わずにこちらを見ていた。興奮する思いと高鳴る気持ちを持ったまま、階段を駆け下りた。言葉を尽くす、それの為にひたすらに足を回す。



……―――これが、私を彼の出会い。長くて短い、刹那の時の始まりだった。




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いつもいつも完結させてないのに新しい連載物に手を付けてしまってすみません…。
これはもしできたら夏の紅一点で書下ろし付きで出せたら嬉しいと思っている内容なのでそれまでには書き上げたいです…。原稿…うっ、頭が…。
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