甘くて美味しいのに開いてないケーキ屋の話。 | ナノ


毎日通る道に、開いていないケーキ屋がある。
恐らくチェーン店ではなく、この街にしか無いケーキ屋。おしゃれな看板に、可愛らしい店構え。せっかく通学途中にあるのだから、1度は入ってみたいけれど残念ながら毎日扉の前には「closed」の文字。

同じくこの道を通る友人も開いてる所は見たことないと言う。
もう潰れてるんじゃない?いやでも中は綺麗だよ。でも開いてる所見たことない。などなど。数々の噂が飛び交うケーキ屋は、地味に女の好奇心を毎日刺激していた。

そうして今日も今日とて開いてない、といつものようにその店の前を通った時だった。

「…開いてる」

おいおい友人よ。どうやら店は潰れてなかったようだぜ。

思わず扉を五度見する。そこにはたしかに「open」と書かれた看板が立ってる。ついでに「オススメはモンブラン」とも。
むくむくっと一気に膨れ上がった好奇心と、冒険心が混ざり混ざってドキドキしてくる。女は、教科書で重たいリュックを背負いなおし、カランと鐘の鳴る扉を開いた。

中は、外から見ていたとおり落ち着いた雰囲気のお洒落なケーキ屋だった。
ただ、店員がいない。あれ?やっぱりお休みかな?なんて思ったが、それよりもショーケースにはずらりと並んだ宝石のようにケーキに目を奪われた。どれもこれも見たこと無いものばかり。思わず「すごい」と呟いてしまう。

ショートケーキにチーズケーキ、モンブラン、ロールケーキ、シュークリームとチョコレートケーキ。キラキラちかちか。腹の虫がぐう、と鳴る。余りの美しさに見惚れてしまう。だからだろう。目の前の店員さんが、おかしなものを見る目でこちらを見ていたなんて。

「…いらっしゃいませ」
「へあっ!?」

中腰になって見ていたショーケースから一気に体を起こす。
そこにいたのはどうやらパティシエさんのようで、褐色の肌が白いエプロンによく映えていた。

「あ、えーと、お、お邪魔してます……」

何故だ。何故そう言ってしまった自分。
確実に返答を間違えた事に恥ずかしさを通り越して驚きが溢れるが、目の前の店員は何も気にしないように「ご注文は」とだけ聞いた。

「えっと、とりあえずモンブラン2つお願いします」

入口の看板に書かれていた事を私は忘れていない。オススメは食べるべき。あと、私、とてもモンブラン、好き。とてもとても好き。ちなみに2つ頼んだのも好きだからだ。決して共に食べる相手がいるとかではない。いるなら3つ買っている。別に泣いてない。

「あと、この季節のショートケーキと、シュークリームは2個。あっ、苺のタルトも2つで!」

随分食べるなとか思ったそこのあなた。いいんです。だって、次このケーキ屋いつ空いてるかわからないじゃないですか。だったら食べれる時に食べないと。

「えーっと、あとは…」

右から左へと視線を持っていくと、とうとうアレを見つけてしまった。ケーキ屋と言えばこれ。誕生日と言えばこれ。そう、つまり、ホールケーキ。
果たして食べれるだろうか。ケーキはそう長くは持たせられない。1人ぐらい大学生としては食べ物を残したり捨てたりなんて何があってもしたくない。ならば、食べ切れない量を買うべきではない。だがしかし。だが、しかし!!

この店はいつ開くのかわからないのだ。明日からは1年くらいお休みかもしれない。そうなるとこの美しいホールケーキを食べれるのはあと1年後。……だめだ、考えられない。しない後悔よりもした後悔。出来ることは今やるのが私の信条。…うそですそんなかっこいいものじゃないです。ただひたすらにこのケーキ食べたい!私の心はもう決まっていた。

「あと、この苺のデコレーションケーキ1つお願いします」

店員さんの「コイツヤバイ」って視線は、大分前から感じてたよ。

「…フォークは」
「あっ、1つでお願いします」

おいやめてくれ、この量を1人で食べるのかコイツって視線はやめてくれ!いいんだ、私は食べる事が大好きなんだから。

そうして会計を済ませて商品を貰う時。ふと、壁のカレンダーに目がいった。

「ここって不定期でやってらっしゃるんですか?」
「…いえ、ある程度は」
「あっ、そうなんですか。…ちなみに、次開くのって…」
「来週の午前中」
「えっ、週一で開いてるんですか?」
「…まぁ」

ほほー、どうやらここは午前中にちょろっと開くだけのお店らしい。どうしてそれで経営が成り立つのか謎だが、まぁそこは客の私が気にする所では無い。
どうりで今までどれほどここの前を通っても開いてないわけだ。週一の午前中なんていう短い瞬間に、私はここの前を通った事が無かったし、水曜日の午前中に帰れるような時間割を組んだのは初めてだ。

「ありがとうございます。良い事聞けました」

ならばこんなにも買う必要無かったなぁ、とも思ったけれどそこは友人を呼べば良い。
半分スキップしながら店を出る時は、もう心はるんるんだった。いい店にいいケーキ。そして好奇心が満たされた喜び。最高。

それから、家でケーキを食べてその美味しさに目を見張るのは、数時間後。
そんでもって、そこのケーキ屋に毎週通うようになるのは、あと1週間後。
更に言っちゃえば、そこの店員さんと仲良くなって、何やかんやでお付き合いが始まるのも、もう少しだけ後の話。

ただ、体重が増えた事は、話さなくても良いだろうか。




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