ご飯食べよう! | ナノ



「大倶利伽羅!明日空いてますか?!」

廊下の端にまで聞こえるように、大きな声を上げる。数秒開けてから、どこかの部屋の中から、ひょこりと顔を出した目的の人物に私はにんまりと笑った。

「明日、焼肉食べ放題半額ですよ!行きましょう!」

こくりと頷いて再び部屋に戻っていくのが見えて、私も飛び跳ねるように自室に戻った。

私と大倶利伽羅は、食友達である。



:::



事の発端は、半年以上前に行われた「1時間で超特大ハンバークステーキ食べきったら賞金」という大会に出た事だった。

この本丸の料理担当は、私が出した精霊さんによって成り立っている。この方法だと審神者自身に負担がかかるため、やる審神者は少ない上に料理は審神者がやる事が多いと聞くが、他所は他所、うちはうち。なんといっても私は料理が苦手である。だが、それよりも何よりも食べることが大好きなのだ。

1日5食、なんなら7食。おやつ抜きとか何それ拷問。甘いものもすっぱいものも、苦いものだって辛いものだって何でもこざれ。美味しいならばそれで良し。世界は平和。実際は戦争の真っ只中ではあるが。

そんな私の意思を受け継いだのか何なのか、ここの刀剣男子はとてつもない大食いだった。1振り1振りは私ほどではないけれど、平均よりも多く食べる巨体が20数振り。あれ?お米こないだ2つくらい俵で買ったよね?3日前じゃなかったっけそれ?という事がザラであった。

そうなってくると、一つの問題が浮上する。

ここの本丸は常に赤字の危機という事。
何を置いても食材費がとてつもない。こないだ担当さんに聞いたところ、普通の本丸の3倍から5倍はかかっているそうで。さて困った。私はうんうんと唸った。

ならば食べる量減らせば?と担当さんが言ったが、それだけは絶対にしない。だって食べたい時に、食べたい物を食べる。これほど幸福な事があるだろうか、いやない。反語。孤独と空腹は人を殺すのだ。

そんな訳で、最初から食べる量を減らすという選択肢が存在しない中で、私がとった行動は。

「大食い大会に出ます!」

皆が集まっている広間で、ぱんと手に持っていたチラシを叩いた。
そこには赤い字でデカデカと『1時間で特大ハンバークステーキ食べきったら賞金&米俵!!!!』と書かれている。

「このままでは赤字経営が止まりません。ですから、この大食い大会に出て賞金と米俵、ついでに腹も満たして来ようと思います!」
「でも主、これ一本丸から審神者と1振りしか出れないよ?」

聞いたのは燭台切だ。彼もなかなか食べる。一番好きなものはミネストローネ。冬の日の夜、燭台切がお腹空いたというから作ったら、とても気に入ってくれたようだ。また作ろうと思う。話がそれた。

「そうなんです。だからこの中で一番食べれる刀剣を連れていって、大食い大会人の部では私が、刀剣男子の部ではその刀剣に優勝してもらおうと思ってます」

くるりと周りを見渡して、皆も首を回す。この中で一番食べれるのは。
ぴたり、全員の視線がある1振りの前で止まった。当の本人は、表情一つ変えず「馴れ合うつもりはない」とだけ言ったのだけれど。

そうして迎えた大会当日。
審神者界の中でも猛者たちが詰め寄って行われる会場では、多くの人と刀剣男士が気合の入った面持ちで準備をしていた。
そんな中、私と大倶利伽羅は明らかに浮いていた。刀剣男士の中では細身に入る大倶利伽羅と、女の私。周りはどうやら「遊びに来たのかな」程度に認識したようだ。好都合。舐めてくれるなら舐めてくれ。私達は鳴る腹を我慢して、舌なめずりをした。

結果はといえば、端的に言えば圧勝である。

先に人間部門の私が優勝を果たし、満腹になったところで刀剣男士部門で大倶利伽羅が優勝した。余裕であった。だが私と大倶利伽羅には優勝の喜びよりも何よりも、満足感が幸せでたまらなかった。いつもいつも赤字ギリギリの本丸は、ここまでお腹いっぱいになることはない。行っても腹8分目。

この満腹感。最高。幸せ。

私と大倶利伽羅は、表彰台に立ちながらお互いに目配せをして頷きあった。首にかけられたキンキラのメダルよりも、私達に必要な物はこれだ。この満腹感、たまらない。
それからというもの、私達は気の向くまま様々な大会に出場し、食い漁った。時には他の刀剣男士とも行き本丸の胃袋を満たして帰った。
その甲斐あってか、我が本丸はしっかりと米が買える程になったのだ。1日5食、おやつ付き。素晴らしいスケジュールの中で、私達は過ごしている。

だがしかし、さっき言ったかもしれないが私は1日7食である。もう一度言う、7食だ。そして、それは大倶利伽羅も同じ。本丸の食事スケジュールは5食。どう頑張っても数が合わない。2食足りない。とはいえ、1日7食食べるのは私と大倶利伽羅のみで、他は5食で事足りる。私達ばかりが我が儘言って食事を増やしてもらうわけにも行かない。
私と大倶利伽羅は悩みに悩んだ。悩みすぎて夜しか寝れなくなった。8時間睡眠、これは結構由々しき事態である。

そんなわけで、私達は『給料を使って残り2食を補う』という作戦を思いついた。それから、食べ放題、おかわり無料などという言葉を見つける度に私達は2人で街へ出ている。共に食事をする食友として、共に戦う戦友として。

この、言い表し切れない空腹感を埋めるためーーーー…………!!!!



:::



向かった焼肉店は半額ということもあって、非常に混んでいた。とはいえ、仕事はもう終えているし今日の出陣組も遠征組も帰ってきている。皆にも食べてくると言ってきた。夕飯までに帰るとも。気にすることは何も無い。私は、思う存分食う!
そうして、私と大倶利伽羅は、唸る腹を抑えずにずんずんと焼肉店へと入った。
初めて入った焼肉屋だったが、どうやらバイキング形式のようだ。私と大倶利伽羅はさっそく立ち上がって肉を取りに行く。

「やっぱり肉はいいですね。何よりお腹に残る感じがします」
「麺類だと消化も早いからな」
「そうなんですよ、お昼が素麺だったりする時は戦争ですよね」
「牛タン」
「カルビ!」

私達の会話を聞いて、驚くほどに色気が無いと言ったのはどこの誰だったか。
色気ってなんだ、腹に貯まるのか。貯まらないだろう。ならば私達には一切関係ない。食べて食べて食べまくる。食べ放題だからといって、元を取るなどは考えない。私達の腹をどれほど満たせるかが問題なのだ。

じゅわ、と網に肉を載せれば肉汁がポタポタと炭火に落ちながら赤身をじわじわと減らしていく。端から端に肉を敷き詰め、焼けるだけ焼く。焼き方?ルール?知ったことか。
牛タンの両面が茶色く美しく焼けてくる。隣にはカルビ。分厚いカルビもまた、じゅわ〜!と熱を発しながら焼かれていく。思わずごくりと喉が鳴った。
小皿3つに何も入ってないもの、焼肉のタレ、そしてレモンに分ける。当然、ご飯は大盛り。
焼けた肉をタレにつけて、ご飯に少しだけ載せる。そうして濃すぎず、かといって少なすぎないタレを付けた肉を熱いうちに口に入れて噛めば、途端に肉汁が生まれる。じゅわ、と焼くことによって集められた肉汁と旨みが、自分で噛むことによってどんどん濁流の様に溢れ出す。タレの旨さ、肉の熱さ。たまらない。続けてタレのついたご飯を口に掻き入れれば、ご飯と肉が同時にマッチしながら更に暴れてくる。ご飯はすごい。肉というメインを如何に引き立てせるかを心底わかっているのだ。肉だけではキツすぎるパンチを、後ろから抱きしめてくれるような包容力。いや、彼はただ隣に立っているだけかもしれない。それでも、肉を引き立てせるように1歩後に下がってしずしずと歩く。まるで武士の妻のような慎ましさ。肉は彼がいなくても充分強いが、彼がいればより一層その強さと、内面に潜む優しさを出せるのだ。

無言でひたすら焼いては食べてを繰り返す。お互いに和気藹々と話したりなどしない。この場は戦場だ、油断した瞬間に殺られる。そう、私達はお互いの肉と相手の肉なんて関係なく、ひたすらに焼いて腹に貯めるのだ。
目の前の刀は仲間じゃない、食友達と書いてライバル、そして同じ食べ物を狙う狩人。そう、言ってしまえば、敵だ。

私の肉は私のもの、彼の肉は彼と、そして私のものだ!!

カッ、と目を見開きながら黙々と肉とご飯を食べ続ける。
そうして2時間経った後の会計後、出禁になったのは言うまでもない。



:::



「え?刀剣譲渡?」

秋に入りかけ、そんな季節のことだった。
思わず聞き返した私に、目の前の狐はふわふわとしっぽを揺らしながら「はい」と答える。どうにもこの狐は、キャラがブレブレで好きになれない。はぐーてお前。何キャラだよ。あと急に淡々とするのやめて。怖い。とか言ってる割に、この狐も充分食う。そのせいか知らないけど、他の本丸のこんのすけよりも少しぽてぽてしてる。そのうちメタボって言われるかもしれない。

「この本丸の大倶利伽羅を欲しいと望む方がおりまして」
「ちょ、ちょっと待って下さい。大倶利伽羅?大倶利伽羅って、あの大倶利伽羅ですか?」
「えぇ。あの寡黙で馴れ合わないと断言しつつやる事はしっかりやってくれる、この本丸一大食らいの大倶利伽羅です」
「あぁ…確かにうちの大倶利伽羅ですね…。えぇと、譲渡?ってなんでまた…」

刀剣男士同士の譲渡は確かに出来る。だが、余り行われないし推奨もされない。第一にそもそも大倶利伽羅はこちらに協力的でよく私達の前に現れてくれる筈だ。
疑問を全てぶつければ、尻尾がへにゃりと力なく垂れる。

「何でも大倶利伽羅だけが来てくれない本丸だそうで…。理由もわからず、そこの審神者自身も頑張っておるのですが…。以前、演練で出会った時からどうしても、と思っていたそうです」
「はぁ…。一体どこにそんな魅力が…というか、いつの演練ですかね」
「午前中にぼろ負けして、審神者様と精霊様が作ったお弁当を皆でヤケ食いして、午後には完勝した日でございます」
「あぁ〜〜〜うっかり朝ごはんと昼ごはんの間の食事を忘れた日ですね」
「そうです。皆でまるで戦のように食事を貪る姿を見て、是非にと思ったようです」
「………………すみません、一ついいですか」

す、と手を上げればこんのすけが「どうぞ」と答えてくる。

「それのどこがよかったんです?」
「わかりません」

わかりませんーーー…………。

執務室を、わけのわからない空気が覆う。果たして向こうの審神者は何を思ったのだろうか。食べる時のあのピリピリとした空気に魅力を見出したのか、いっぱい食べる君が好きという奴か。
最早何に悩むのかもわからずにうぅん、と唸る。

「まぁ、何わともあれ、大倶利伽羅に聞かないといけませんね」
「俺がなんだ」

スラリと襖が開くと同時に、手におやつとお茶を持った大倶利伽羅が入ってきた。ナイスタイミング!と親指を立てれば、それを無視して隣に座ってくる。な、泣いてないよ…。彼は単純に食事以外に興味が無いだけだから。わかってる、泣いてない。

「あのですね、大倶利伽羅。貴方に譲渡の話が来てるんです」

大倶利伽羅の持ってきてくれたお菓子のチョイスはミルクチョコの大袋と、醤油せんべいの大袋。醤油せんべいを手に取りながら大倶利伽羅が「譲渡?」と聞き返してくる。

「そうなんです。何でも食べてる姿に魅力を感じたらしく来ないか?と言われています」
「……」
「そんな顔しないでください。私もよくわかってないんです。恐怖を感じるならともかく、魅力て。個人的には相手方に引いています」
「アンタは?」
「ん?」
「アンタはどう思う」

唐突に意見を求められ、ふむ、と悩むように視線を上に向ける。
そりゃあ、大倶利伽羅がいないなら食費が万で変わってくるしもっと装備の方にお金を費やせるかもしれない。設備だって豪華にできるだろうし、キッチンをIHにすることも可能かもしれない。何ならもっと大きい冷蔵庫を買ったり、キッチンだけ別に作ったり、夜食用のキッチンとかだって作れるかもしれない。
でも。と思う。目の前の彼が、私以外のどこかの本丸で、幸せそうに食べているのを想像する。おなかいっぱいに食べて、あまり変わらない表情を柔らかくさせる。食べ終わった後にキチンと手を合わせて、作った精霊さんにお礼を言う。それから、そこの審神者にも目尻を優しくさせながら、美味かったと言うのだ。精霊さんは、審神者の霊力で生きているから。審神者にもお礼を言うのだ。私ではなく、他の審神者に。
それは、なんというか、すごく、すごく。

「嫌です」
「……そうか」
「あ、でもあの、大倶利伽羅が向こうに行きたいなら全然止めませんし、無理強いは出来ませんから」

言いながらぶんぶんと手を振れば、大倶利伽羅の口からとんでもなく長いため息が溢れる。

「え、なんでため息なんです。やめてください幸せ逃げますよ」
「…アンタのせいだろ」

知らぬ間に私に罪が。小首を傾れば、大倶利伽羅はふいと横を向いてそれ以降何も言わなくなってしまった。
うーん、と思っていると横から「あの」と声がかかってくる。

「申し訳ありませんが、これ、お断りできませんよ」
「え?」

ぴしりと、体が固まる。

「とても偉い審神者様からのお声掛けなんです。ここのような食費で赤字の本丸には、最初から断る権利などありません」
「ちょ、ちょっと。それは、あんまりにも、その、無理やり過ぎませんか?こっちの意見も無視なんて。大倶利伽羅だって寂しくなるって」
「いいぞ」
「ほら、嫌だって。…………え?もっかい言ってもらえます?」

ぎぎぎ、と錆び付いたロボットのように横を向くといつも通りの淡々とした大倶利伽羅と目が合った。

「行ってもいい。そう言ったんだ」
「え、なん、なんで、そ、そんな食事、足りてませんでしたか」

震える声で言えば、またも大倶利伽羅の口からため息。それから大分バカにした視線。あ、この視線知ってる。鍋の締めをうどんかごはんにするかを議論して、ぎゃーぎゃー言った時の目に似ている。つまり、私に対して何故理解できないのか、という視線だ。

「俺が行かなきゃ、ここが危ないんだろう」
「え、そうなんですか」
「えぇ。こんな底辺本丸一瞬でぺしゃんこです」
「こ、この本丸ってそんなダメなんですか……」
「少なくとも普通の本丸は、食費で赤字になったり大食い大会を理由に本丸を休業にしたりしませんし、お腹が減ったからと言って本陣手前で帰ったりしません」
「あぁ〜〜〜〜〜ちょっと皆集合しましょう!今後の話し合いをしましょう!!」

叫んでも誰も来やしない。本気で呼んでないから当然だが、審神者少し泣きたくなった。
まぁ、どうせ話し合ったって育てる野菜をもっと多くしようとかそろそろ本格的に米を育て始めるべき、とかそっちに話が流れるから意味無いんだけど。

「ううぅん。でも自分の不甲斐なさで私の刀剣が持ってかれるのは嫌ですぅ……」
「駄々を捏ねるな。決定事項だ」
「ではそのように向こうには伝えておきます。恐らく明日には迎えが来るかと」

「わかった」と大倶利伽羅はスクリと立ち上がって、空になった湯のみとお菓子のゴミをお盆に載せて去っていった。なんだ、なんであんなに淡々としているんだ。私だけこんなにぐちゃぐちゃしてる。おかしい、結構仲良かったと思うのに。

「こんのすけ。本当にどうにもなりませんか?」
「…主様」
「食事も減らします。戦だって…、……結局みんなに頼るしか無いけど、しっかりします。大食い大会だって、どうにかします。少なくともそれで戦を辞めたりしません。私の給料をもっと削って、皆の腹を満たします。…それでも、もう、決定事項ですか……?」

こんのすけは何も答えなかった。それが、どこまでも答えのような気がした。

私のせいで、刀が持っていかれる。私がしっかりしていなかったから。私が食べてばかりだったから。

あぁ、と口から耐えきれず零れた嗚咽が部屋の中に静かに消えながら、溢れ出す涙が、畳を汚した。



:::



「それじゃあ、彼はいただくよ」

翌日、笑顔で来た相手方は、優しそうな好青年だった。年は同じくらいだろうか。泣き腫らした目を、皆から引くくらいに氷で冷やした状態で「よろしくお願いします」と頭を下げた。
既に刀の姿になった大倶利伽羅を渡す。彼が、大倶利伽羅を見た瞬間に瞳が大きく開いてから柔らかく目尻を下げた。それから、ゆったりとした手付きで刀を受け取る。へにょ、と泣いているようにこちらに向かって笑顔を向けてきた。

「…どうか、彼をよろしくお願いします」
「あぁ、大事にするよ。必ず」

ぺこりと一礼すると、彼は背を向けて門に向かっていく。
行ってしまう、彼が、大倶利伽羅が。こんなあっさりと。
とっさに「あの」と声をかける。彼の足が止まって、こちらに振り返った。

「あ、あの、えぇと…彼、大倶利伽羅、すごく大食らいなんです。それこそ、1日で米俵食べるくらい。この本丸で1番。あと、好き嫌いは特に無いです。でも、多分、直接聞いてないから多分なんですけど。酸っぱいものが苦手みたいで。食べる前に少しだけ躊躇、するんです。でも梅干は大丈夫で、むしろ好きです。あの、無理なのはレモンとか、酸っぱいグミとかそういうのなんです。それから…野菜よりもお肉が好きです。鍋は味噌にして上げてください。締めはご飯で。うどんだとすごい顔されるんで。あとパンも嫌いじゃないんですけど、麦パンだけ苦手みたいです。朝ご飯はなるべくご飯にしてあげて下さい。あと、あと…………」

ぼたぼたと言いながら溢れる涙を拭うこともせず、言葉を紡ぐ。青年は、何も言わずじっと聞いてくれていた。それに、少しだけ感謝する。

「好きなもの、たくさん食べさせてあげてください。空腹と、孤独は、人を殺します。どうか、どうか」

しゃっくりをあげながら伝えきる。手の甲でぐいっとぬぐって、顔を上げた。見てるかわからないけれど彼に最後に見せる顔は、笑顔がいい。

「満腹に、してあげてください…!!」

いつまでも彼の幸せを、願った。



:::



大倶利伽羅がいなくなって、早3ヶ月が経っていた。季節は一つ周り、紅葉ももう散りかけだ。

「主、ご飯だ」
「ううー。なんだか食欲が無いです」
「朝と昼の間の飯もそう言っていた。おやつ位は食え」

山姥切がお盆に載ったたくさんのお菓子を置いていってくれる。どうやら彼もそのまま食べていくようで、湯呑みは2つ、座布団を慣れた手つきで奥から出すとそこに座った。向かいあうようにして座り、二人揃ってお茶を飲む。熱いものが喉を降りていく。おいしい。ほっ、と息をつくと山姥切が口を開いた。

「昨日は何食食べた?」
「…5食です」
「……重傷だな」
「なかなか…」

大倶利伽羅がいなくなってからというもの、なんとまぁ驚くことに私の食欲が減ってしまったのだ。最初のうちは別に平気だった。1人でも1日7食食べていたし、食べ放題もバイキングも行った。ただ、いつからか、ふとなんとなく思ってしまったのだ。美味しくないなぁ、と。
それからというもの、月1のペースで1食減っていき、とうとう昨日1日5食になってしまった。これは相当ゆゆしき事態だ。本丸の皆も私に困惑を隠せてないし、短刀たちに死なないでと泣きつかれた時はどうしようかと思った。思わず隣に座っていた山姥切に「私、死ぬんですか?」と聞いてしまったほどに。ちなみに山姥切の答えは「このままじゃ死ぬ」だった。私は死ぬらしい。まじか。

「うーん、いやでもまぁ、家計としてはこれが一番いいですよね」
「アンタ、足りない2食は自分の給金から出してただろう。特に関係ない」
「そ、そう思いたかっただけですよ…!わかってます!」

どうだか、と山姥切が茶を飲みながら答える。彼とは初期刀ということで長い付き合いだが、幾分か私の扱いが雑な気がする。いや、まぁ別にいいんだけど。

「そろそろどうにかしろ。短刀たちが毎夜泣いていて一期一振が寝不足だ」
「あー…そう、ですねぇ…」

わかっている。どうにかしなければならない。だが、思い当たる原因なんて一つだけだし、しかもそれはもうどうしようもない。だってもう、会えないのだから。

「山姥切だってわかってるでしょう…」
「なら、どうにかして食を増やすんだな」
「やっぱり山姥切私に冷たくありません?気のせいじゃありませんよね、絶対冷たいです」
「気のせいじゃないか」
「嘘だー!!!」
「何がだ」

あれ、と私と山姥切の体が止まった。今の誰の言葉ですか?山姥切?いや違う、俺じゃない。え、じゃあ誰?
2人で目配せしながら、声のした襖の方へと首を向ける。そこに、当たり前のような顔をして立っていたのはかつては見慣れ、今は見なくなった、あの顔。

「お、大倶利伽羅…!?」

3ヶ月前と変わらない、大倶利伽羅の姿がそこにあった。余りにも信じられない光景に、ふらりと立ち上がって、後ろから回ってみたり、腰布をぺらりと捲ってみたり、彼の頬や体中にぺたぺたと触れたりしてみる。ついでに自分のほっぺたも思いっきり抓った。

「透けない、触れる、痛い…。夢じゃない……?」
「夢なら困るだろう。大倶利伽羅、一体どうした」

呆然とする私の代わりに尋ねたのは山姥切で、大倶利伽羅はどこか酷く言いにくそうにしてから目をふいと横にした。

「………ここの飯のが美味い。から、帰ってきた」

思わず山姥切と目を合わせてから、再び大倶利伽羅を見る。途端にぶわりと足元から溢れ出す喜びと幸せを、私は彼に抱きつくことで表した。

「、おい」
「ありがとう帰ってきてくれて!ホンットにうれしい!!また一緒にご飯行きましょう!焼肉行きましょう!!もっと、もっといっぱい美味しいもの食べに行きましょう!!」

自分でも泣いてるのか、笑っているのかわからなかった。それでも、大倶利伽羅がここにいる。それだけで、あれだけじわじわと死んでいった私の腹の虫が働き出すのだから現金なものだ。

ぱっ、と離れて大倶利伽羅を見上げながら笑う。

「お帰りなさい、大倶利伽羅!」

一瞬だけ大倶利伽羅は目を瞬かせて、すぐにふわりと笑いながら「あぁ」と答えてくれた。

好きだ、好きだなぁ、この笑顔。すごい好きだなぁ。

でも今は皆の足音が四方八方から聞こえてくる方に集中しよう。きっと今日の夜は宴だ。美味しいものをたくさん食べて、満腹になったら皆で寝よう。
空腹と孤独は人を殺すけれど、満腹と賑やかさは人を活かし、そして笑顔にする。

さぁ、ご飯にしよう!

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