馴れ合ってるけど3 | ナノ




「あ、大倶利伽羅だ。どうした、飲んでく?」

縁側で一人涼んでいた主と目が合う。片手にはお猪口が持たれている。結構飲んだのだろう、頬が赤く染まり、瞳は少し潤みを持っている。

「…いや、お前はもう寝ろ」
「えー!!まだ飲む!」

この主、存外酒に強いのがまた問題だ。細い体には見合わないくらいには飲む。もちろん翌日にしっかりと残るから仕事がある日には飲まないが、生憎と明日は休みだ。止める理由も無い。

「一杯だけ飲もうよー!ね?」

ぐいっと腕を引かれ隣に座らされる。まぁいいか、と思いながらお猪口を一つとる。そこにとぷとぷと酒が注がれるのを見ながら、小さく息をついた。
注がれた酒を一気に煽れば、体の中に熱が入る。これくらいでは酔わないが、もう一杯いくのはやめておこうとは思うくらいには強い酒だ。
さらりと流れる髪をなんとなく撫でる。触り心地の良いこれは、いつも丁寧にこいつが手入れしているのを知っている。この本丸が出来たばかりの時、ここの初期刀が「主も一緒に可愛くなろうよ!」と言い出したのをきっかけに今まで何かをしたことなったこいつが、徐々に徐々に磨いていった結果だ。皆に比べたらまだまだだよ、とは言うものの、俺自身この触り心地を、こうして暇があったら触りたいと思うくらいには気に入っている。しかし他の誰かも同じように触っているのだろうと思うと、これ以上綺麗になるなと言いたくなる。
さらりと撫でる手を、頭の方に変えて、自分の肩に頭をもたれかけさせる。抵抗することもなく、こてん、と肩に頭を載せたコイツは暫く何も発さなかった。
それからじんわりと濡れた感覚を持つ肩に気づかないフリをして、遠くを見る。蛍の飛ぶ綺麗なこの庭が好きだと、コイツは言った。だがそれ以上に、昼時にここで皆が遊んでいるのを見るのが好きなのだと、そこに混ざって遊ぶのがもっと好きなのだと、コイツは言っていた。

そう言ったコイツは、昨日まで本丸に居なかった。

居なかった、のではなく、出掛けていたの方が正しいだろう。
上からの呼び出しと、長期間の会議を命じられたから、少しの間本丸を留守にする。でもその間も任務はきっちり達成していて欲しい。厚樫山などには行かなくていい。無傷で帰ってこれるところでいいから、達成していて欲しい。
そう頼んで、こいつは現世に帰っていった。
そうして2週間ほどたった今日、ようやく帰ってきたものの、今日はずっと宴だった。主が無事に帰ってきたというのと、皆が無事に任務を達成できていたという両方の宴だ。先程ようやくお開きになったものの、実際の所心労と疲れはとてつもないものだろう。
事実、こちらもこいつがいない間、全員ピリピリしていたし、短刀達はたまに主を恋しがって泣き出すし、正直疲れた。戦事を任されている加州と長谷部も疲れたと思うが。
それでも、2週間、こいつがずっと何を言われていたのかなど検討もつかないが、おそらく気持ちのいいものではないのだろう事は想像に容易い。

女であり、更に若くして、戦争の一端を担う審神者となったコイツに当たる風は、優しいものではない。

肩の濡れる感覚がじわじわと広がっていく時に、ぽつりぽつりとそれは呟かれた。

「貴方達が脆いと」
「おままごとの延長線であると」
「戦であることを忘れるなと」
「鉄の塊に情を、かけるな、と」
最後の方は声にならなかった。どうやらコイツが呼ばれたのは、政府ではなく家の方だったようだ。政府にも呼ばれていたのだろうが、どちらかというと家の方が大きかったのだろう。
コイツが神職関係の血を引いていることは知っている。ただ、審神者というより神職の方の家系らしいが、コイツが極端に審神者の力が強かったらしい。そして家から逃げるように審神者になった。しかしそれでも向こうは放っておいてはくれない。歴史上において今非常に大きな役割を持つ審神者が親族から出たという事で、結果を残したくて必死なのだと。主が名声を残し、そしてその末に出るであろう巨額の褒美にあやかりたいのだと。
だがここの主は優秀な審神者としての名声よりも、ここの刀一振り一振りに心を砕く審神者でありたいと願い続けている。そのため、家の方とぶつかることは今までも多々あった。
それでも、こいつは数ある審神者の中でも優秀な部類に入る程ではあるのだが、人間とは強欲だ。

呟かれる言葉に声をかける事はしない。ただ零れるようにいなくなるコイツの声を受け止め、聞いていく。ぽろぽろとまるで雨水のように落ちてくる小さな声を余すことなく聞きとめようと、こいつの受け皿になろうと決めている。

ちらりと肩に置かれた表情を見れば、先ほどとは違い前を見つめている。大分落ち着いたようだな、と思いながらまだ耳を傾ける。

「あのね、あんまりにもむかついたから、思わず怒鳴ってきちゃったんだ。もう二度とこの家の敷居はまたぎませんって」

さすがに目を瞬くと、くすりと笑う顔が見えた。それから、ごめんね、と告げられた。

「それは、何に対しての謝罪だ」
「んー、そうだね。色々あるけど、貴方達、というか貴方をずっと縛り付ける事になるに対してかな」

そう告げられて、何だそんな事か、と内心胸をなでおろす。しかし、どうやらこいつは納得がいっていないらしく、色々と呟いている。

「だって、もうあの家に行かないってことは私は死ぬまでここにいるっていうこと。それ自体は良いし、ていうか審神者になるって決めた時点でそのつもりだったし。でも、でも…あぁ、ごめん、本当に、こんなのただのわがままだ」
「問題ない。今更だ」
「そうかもしれないけど…!」

俺は、ぽろぽろとまるで雨水のように落ちてくるコイツの小さな声を余すことなく聞きとめようと、受け皿になろうと決めた。そして、それと同時に、こいつの人生を守るとも決めた。俺自身の魂と誇りと名をかけて、こいつを守り通す。それは紛れもなく俺が決めたこと。そして、俺とコイツの数少ない口約束の一つだ。この本丸ができてすぐに呼び出された俺と主の小さな約束。なんてことは無い、死ぬまで共に在ろうという、それだけの約束だ。

「何をそこまで気にする必要がある。これを決めたのは俺だ」
「そうじゃなくて」

じゃあ何だ、と尋ねれば、少しだけ言いずらそうに顔が俯かれる。

「私を守るのは大倶利伽羅。貴方は私のたった一振りの刀だもん。でもそうじゃなくて、例えば…本当に例えばだよ。戦が終わったりしたら私は皆を刀解する。でも私はこの本丸から帰るつもりはないし、いや、仮に現世に帰れって言われても、それでも私は貴方を刀解しない。ずっとそばに置く」

まるで愛の囁きのようだと思う。胸をじんわりと埋め尽くし、満たしていく。人の身を得てからというもの言葉というものには大分振り回されている。それに気づかず、こいつは言葉をつづける。

「そうなったら、ずっと二人ぼっちだ。貴方の仲間達は皆悠久の眠りにつけるのに、貴方は私のせいでそれが出来ない。もう、貴方を手放すことは正直考えられないから。でも、それは、あまりにも…なんていうか、その…申し訳ない」

話を聞けば聞くほどに、本当に今更だな、と思う。そんなことを気にしていたのならば大馬鹿だ。長い長い息を吐き出せば、溜息長すぎじゃない?なんてことを言われる。誰のせいだと。

周りが眠りについていくのを寂しいと思うなら、二人で寂しくないくらいずっと共にいればいい。朝は二人でおはようを告げてご飯を食べて、掃除でもしていればいい。本丸は広いから、掃除だけで午前は潰れるだろう。午後はゆっくりと買い物にでも行く。たまには甘味でも食べてもいいだろう。夜は共に夕餉を作って、お前は中々偏食だから、作るのが大変そうだが。そして共にそれを食べればいい。それから、縁側でお茶でも飲めばいいだろう。夜は布団を横に並べて寝れば、ずっと一緒だろう。それでまた、朝の挨拶から始める。何も寂しいことなどありはしない。

「俺は、お前がいるならそれで良い」

隣で息をのむ声が聞こえる。そちらを見ると、はらはらと花びらのように涙があふれている。随分と今日は涙腺が緩いと思ったが、そういえば結構酒が入っているのだと、なんとなく思いだした。とめどなく零れるそれをぬぐってやれば、へにゃりと笑う顔が映る。

「大倶利伽羅には、支えられてばっかりだなぁ…」
「それこそ、今更だな」

確かにね。そう笑うコイツを見て、俺の口許にも自然と笑みが零れる。

「ずっと一緒だと、言ったのはお前だ」

最初に出会ってからずっと、本当にずっと共にあってきた。もちろん俺が生きてきた刃生に比べれば短いが、それでもこの期間は目まぐるしく過ぎ去ってきた。そんな中で、周りの関係が変わっても、俺たちのこの関係は変わらない。ただそれだけの事だ。

「ありがとう、大倶利伽羅。ずっと一緒にいようね」

あぁ、それでいい。
小さく紡がれた言葉は、夜の闇に消えていった。

















付き合ってません!!!!!!!!!!!


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