逃げろと叫んだ声は、 | ナノ

刀剣破壊描写あります。



バキン。
そんな音を聞いた気がして、ふと目を覚ました。だけど布団から上半身を起こしてみても、周りに何かがあった気はしない。何だったのだろう、と再び眠りに入ろうとした、その時だった。

「あぁ、起きているのか」

襖の向こうから声がした。

「…大倶利伽羅?」

聞きなれたその声はまさしく彼だったようで、入っていいかとの旨を聞かれ断る理由もなく了承すれば、音もなく襖が開いた。

「こんな深夜にどうした、」

の。声は、最後まで紡がれること無く女の喉の奥へと詰まった。理由は簡単だ。大倶利伽羅のその手の中、握られていたのは抜き身の本体、そのものだったから。そして、頭からつま先まで今まで戦っていたとでも言わんばかりに、彼の全身は血に濡れていた。

「なっ、えっ、待って、敵襲でも来たの!?こんな、」

バタバタと慌ただしく布団から抜け出して相手に近付く。それは、審神者として、主として正しい行動だっただろう。夜の暗い中では、髪先や布の先から零れる血が、彼の物か返り血かなどという判別はつかない。
だが、今回ばかりは間違いだった。女はここでこんのすけを呼ぶべきだった。政府に逃げ込むべきだった。

廊下まで来て大倶利伽羅の肩を掴みながら、女はとうとう息を止めた。

「…………ぇ」

呟かれた言葉も、か細く頼りない。現実が受け止めきれない。そう声が物語っている。当然だろう。女の視界に入ったものは、廊下から夥しく広がる、折れた刀の残骸だったのだから。

「うそでしょ………」

へたりとその場に座り込む。
自分の知らない間に敵襲でもあったのか。自分が呑気に寝ている間に彼らは折れたのか。自分が、自分が。
答えのない問いが浮かんでは消える。それらの疑問は、全て女の瞳から涙として現れた。

「……何故泣く」

ぽつりと聞こえた言葉は、純粋に不思議に思っているものだった。ゆらりとそちらを向くと、常通りの穏やかな視線とかち合う。何故。なんて、そんなの。

「アンタの望みはこれだろう」
「……………………え?」

暫く何を言っているのか理解出来なかった。今、隣の刀は何と言った?

「……私が、これを?」

ゆらりと指をさす。廊下からキラキラと散りばめたように続く刀の残骸、欠片。そこにはもうかつていた付喪神が宿っていないことなど、一目瞭然だった。こうならぬよう、毎日毎日戦ってきたのに。これを、私が、望んだ?

「…嘘、言わないで…」

ぼたりと、再び涙が零れた。

「望むわけない、望んでるわけない、私がこんな、彼らを、こんな…!!」
「アンタが」

立ち上がりかけた腰を、大倶利伽羅の視線が制す。

「アンタが言ったんだろう。逃げたい、と」

その言葉に、いつか彼に言った言葉がフラッシュバックする。忘れもしない。あれは、検非違使が初めて出た時の事。今のようにアレらに対しての情報もなく、余りの強さに女の刀も何振りも折れた。死の身近さと、死の漠然とした恐怖、そして怒りが込み上げたのをよく覚えている。だがそれ以上にあの時は悲しさが勝った。彼らを亡くした気持ちと、それを悼む暇も無い事。どうしようもない現実に、苦しみを抱いた。そうしたある晩、いつもの様に検非違使について調べている時だったと思う。大倶利伽羅が来た。
初期からずっと共に居り、女を言葉少なに陰ながら支えた彼を、女は信頼していたし相手もこうして深夜に来てくれる程には、心配してくれていたのだろう。
たわいもない話をしながら、ふと、大倶利伽羅が聞いたのだ。「大丈夫か」と。
女は当然「大丈夫」と答えたが、彼の追求は止まらず、やがてぼろぼろと涙を流しながら言ってしまった。「逃げたい」なんて。

「確かに、確かに言った。でも、アレから検非違使対策が出来て、それから今までずっと、ずっと頑張って、それで、」

頭の中が混乱の色を示す。
逃げたい、そう言った。けれど、そんな事出来ないからと、再び立ち上がり今日までやってきた。大倶利伽羅は、そんな女を支えてくれていたと、そう、思っていたのに。

「じゃあ、もしかして、この、刀達って」
「俺が折った」
「どうして…!!!」

見上げても、相手は穏やかな視線しか向かってこない。あぁ、あぁ。変わらない。いつも通り。私が好きになった、視線がそこに。

「言っただろう、アンタが逃げたいと」
「そうじゃない!!」

怒鳴っても、彼は不思議そうな顔をするだけだ。やがて、何かを思いついたように女に視線を合わせるように膝をついた。血のついた掌が、女の頬を撫でる。

「アンタの足枷は外しただろう。俺も、すぐに外れる」
「な、にを」

血の気が引いた。もうダメだ、目の前の刀が何を言っているのか、わからない。

「いいか、俺が謀反を起こした、それでいい。そういった内容を紙に記してある。末席とはいえ、神の言葉だ。疑われる事は無いだろう」
「やだ、やめて……」

ふるふると首を振る。だが相手はそんな事気にも止めず、抜き身の刀を持って立ち上がった。

「アンタは、もうここから逃げ出していい」
「やめて!!」

腕を伸ばして、相手の動きを止めようとした、その時。
とす、と何かが肩に刺さった。何事かを理解するよりも先に、痛みが体全体を刺激する。刺されたのだ、そうわかる頃には意識は朦朧とし、瞼は重く、起きてなどいられる状態では無かった。

「…しっかりと、逃げろ」

ただ、落ち行く思考の中で、瞼に落とされた優しい唇だけははっきりと覚えていた。

「次は、逃がさない」

これが彼の心の底からの優しさだったと、気付くのは果たしていつだろうか。

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