0402 | ナノ


夜、月夜に照らされながら審神者は本丸へと戻ってきた。長い長いーと言っても朝早くから出て日付の変わらないギリギリに帰ってくる程度のものだがー旅路を経て、ようやく帰ってくる頃には足は痛み、体からは疲労が滲み出ていた。
だが、それ以上に心の中は多くの言葉と感動で満ち溢れ、眠気すらどこかへと飛んでいきそうな勢いだった。

迷うこと無く、とある1室へと向かう。声もかけずに襖を開けば、とある1振りが行灯に照らされながら、金を揺らめかせていた。

「…ただいま、大倶利伽羅君」
「…遅かったな」
「これでも新幹線を早くしてきたんだ。懐かしい世界だったけれど、それ以上に聞いて欲しいことがたくさんあって」

大倶利伽羅は既に布団を敷いており、寝巻きの姿だった。それでも審神者の心内を聞くために待っててくれたのだろう。そう思ってしまえば、雪崩込む様に体は彼を抱き締めるしかなかった。

「君を、見てきたんだ」
「あぁ」
「美しかった。とても、とても美しかったよ」
「いつも見てるだろう…」

呆れ混じりのため息が肩にかかる。だが吐息すらも、今の審神者にとっては胸を締め付けるものでしかない。

「君を見るために多くの人が朝から並んでたんだ」

目を閉じると、すぐにでも思い出せる。電車を降りてそこを曲がり、道路を挟んだところにある立派な寺。柔らかな日差しと風に包まれ、桜は満開になりながら、彼は確かにそこにいた。

「君はとても、とても愛されていたんだね…」

大倶利伽羅を見るために遠くから来た人もいた。朝から並んだ人もいた。誰も彼も皆、一様に大倶利伽羅廣光を見に来ていた。

「もうね、君を見た後、恐ろしい程に語彙力が無くなっちゃったんだ」

ぱっ、と体を離して大倶利伽羅の両肩を持つ。穏やかな瞳は、どこまでも審神者の心を掴んでやまない。

「やばいしか言えなくてね。本当に、君を毎日見てるのに。君はやっぱり、本当に、本当に美しくて、綺麗で……」

もう、何を伝えても陳腐な言葉にしかならないだろう。彼を見たこの記憶は、いつまでも色褪せない。だけど、どう頑張ってももう、どんな言葉で彼を語っても安い物にしか聞こえなくなってしまった。

「ねぇ、大倶利伽羅君」

両手で彼の頬を挟む。ひたりと据えられた瞳に、今すぐにでもまた抱きしめたい衝動に駆られるけれど、それを抑えながら口を開く。

「生まれてきてくれてありがとう」
「…」
「君が生まれて、長く長くずっと大事にされてきて、そうして今君に出会えた事、どうしても奇跡にしか思えないんだ」
「大袈裟だ…」

ううん、と首を振る。大袈裟なんかじゃない。数100年、形を保てる物が果たしてどれほど存在するのだろうか。それも、人に使われ続けた道具だ。地に足をつけ根を張る大木でもなく、風に負けることのない大きな建物でもない。正しく、人に作られ人の為にあり、人の生命に寄り添って生きてきた物。それが、審神者の産まれた時代にまで生きてくれている。
ほら、もう奇跡じゃないか。

「ありがとう、ありがとう。心の底から君が大好きだ、愛してる、生まれてきてくれて、本当にありがとう…!!」

そう言って、再び抱きしめる。ゆるりと背に回された腕の優しさに、一筋だけ涙が零れた。



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0402
薬師寺に行ってまいりました。彼が多くの人に愛され、大事にされ、ここまで生きてきてくれたんだと実感出来る1日でした。
彼の展示にあたって、たくさんの方々に感謝申し上げます。本当にありがとうございました。そして、大倶利伽羅君。生まれてきてくれてありがとう。

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