晴れ渡る君に花束を。 | ナノ
ぽんぽんぽん、最初はそんな音がした。空耳かと思い気にせずにいれば、じわじわとその音は大きくなってくる。ぽんぽんぽんぽん。やがてその音は、審神者の執務室の前で止まった。
「‥‥いるか」
「あれ、大倶利伽羅?」
膝で歩きながら襖を開ければ、やはりそこに立っていたのは予想通りの人物で。ならばさっきまでの音は彼が立てていたものなのか。諸々を聞きたくて相手を見上げるが、向こうはどこか気まずそうに視線を廊下へと移した。
頭にはてなを浮かべながらそちらを見れば、「へ」と思わず変な声を上げてしまう。
「お、大倶利伽羅。これどうしたの。鶴丸のいたずらか何か?」
そこにあったのは、およそ数え切れない程の花だった。向こうの廊下の角から部屋の前まで、まっすぐ1列に花が咲いている。
鶴丸のいたずらにしては随分と花の命を無碍に扱っているし、それに何よりもこの花、廊下から咲いている気が。
「‥‥、‥‥国永ではない」
はぁ、と1つ大きなため息をつくと、大倶利伽羅は1歩踏み出して、部屋の敷居を超えた。ぽかんとそれを見上げていれば、審神者の足元からぽんぽん、と音が聞こえた。
「っえ、えぇ!?」
咲いていたのは色とりどりの花。大倶利伽羅が歩いた1歩分、きっちり1列に咲いている。再び大倶利伽羅が数歩歩いて、部屋の真ん中にある机の前へと向かう。文机の上には、先ほどまで続けていた書類があるが、進歩は見当たらない。終わる気がしない。いや今はこれはいい。問題はこれじゃない。問題は、大倶利伽羅の足だ。
「もしかして、大倶利伽羅の足から花が咲いてるの…?」
大倶利伽羅が歩いた数歩分の道には、やはり綺麗な花が咲き乱れている。種類はわからないが、どれもこれも見とれてしまうほど。
再び大倶利伽羅は審神者の隣まで歩いてくるが、やはりその間もぽんぽんと間抜けな音と共に花が咲いている。
「気付いたらこうなっていた。どうなっている」
「いやいやいや、わかんない。私じゃないし、そんなよくわかんない事出来るわけないよ」
ぶんぶんと慌てて弁解するが、どうやら端から審神者だと思っていた訳では無いらしく、鼻をひとつ鳴らすとその場に座り込んだ。
「直せ」
「いやこれ手入れで直るの?」
大倶利伽羅の、知るか、という視線にそういう顔をしたいのはむしろこっちだと言いたくなる。だけれども、確かにこれでは困る。まず何よりも音が間抜けすぎる。ぽんぽんって。それ許されるの短刀までだわ。
「うーん、じゃあとりあえず手入部屋行こうか」
立ち上がって歩き出せば、後ろからぽんぽんぽん、と間抜けな音と共に地を這うような舌打ちが聞こえた。
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「で、結果として直りませんでした」
あれから手入れをした。それはもう全力でした。だけれども、何をしても大倶利伽羅が歩けば花は咲き、手入部屋の畳はもう花で1杯だ。
「そもそも手入れで治るのって穢れ刀から受けたものとか外部に与えられた傷だから、治らないのは妥当とも言える、かもしれない…」
腕を組んで考える。目の前には鞘に収められた大倶利伽羅の本体。その隣で胡坐をかくのは大倶利伽羅。見るからに不満気だ。どちらかというとこっちだぞその顔したいの。どうするんだこの花。
「なんかこう、原因とか思い当たりない?」
「あったら伝えている」
「それもそっか…」
うぅーん、と再び悩んだところで原因なんてわかりはしない。そもそも刀が花を咲かすって何だ。何かの術か何かかな?いやいやいや、本当に申し訳ないけどそういった話は聞いたことも見た事も無い。何せ彼らはただの刀であるし、そうした彼らを顕現してる審神者なんてものも、所詮はただの人間でしか無いからだ。
結界を張ったり、術を行使したり、札をぴゅんって飛ばしたりとか。漫画でよく見るヤツなんて、むしろやってみたかった。だが残念ながら、この世界は魂の存在は認めたけれど、どこまでも化学に進化した世界でしかない。非科学的な現象は全て科学的に実証され、認められてしまった。奇跡の存在もメルヘンな事も、もうこの世には残ってない。
「だからきっと、これにだって原因があるんだろうけど…」
生憎と審神者は、見たことの無い事象を解決する科学者でなければ、そういった事に心踊らせる様な好奇心も持ち合わせていなかった。
「そのうち直るんじゃない?」
「おい」
ごすん、とグーが頭の上に落ちる。
っと息を止めたのは一瞬で、じわしわと目尻から涙が零れてくる。
「何すんのさ!」
「直せ」
「直んないんだからしょうがないじゃん!そのうち直るんじゃないの」
頭を抑えながら舌を出して睨めば、向こうはとてつもなく呆れた視線でこちらを見た。
「今すぐ直せ」
「うえぇ、いやそりゃできる限り早く直るようにするけどさ。こうも原因がわかんないなんて」
どうしろってのさ。そう言うと、向こうは視線を右に流してからすぐに改めてこちらを見た。その瞳の意味がわからず首を傾れば、大倶利伽羅の隣に咲いていた花を彼はぶちぶちっと引き抜いた。驚いたのは、こちらである。
「えっ!?なんてかわいそうな事を!いや、まぁ大倶利伽羅のだからいいのかもしれないけど、それにしたってそれは容赦なさすぎでは」
「やる」
「うん?」
やる。2回そう言って、審神者の方へと腕を向ける。手の中には先ほどと寸分変わらぬ花。
頭にたくさんのクエスチョンマークを浮かべながら、花と彼の顔を何度も見比べる。だけども残念ながら、相手は表情の変化がほぼほぼわからないと噂の大倶利伽羅。大人しく受け取る事しか出来なかった。
「えーと…これが問題解決に繋がるの?」
「さぁな」
「えぇ」
これ何の意味があるんだろうか、と思っていればその間に大倶利伽羅は何も言わず立ち上がって、部屋を出ていってしまった。一言だけ「邪魔したな」、そう言って。
どんどん遠ざかるぽんぽんという音を聞きながら、残された審神者は手の中にある花と、咲き乱れる花をどうするべきかと頭を捻らした。
つづく!