2 | ナノ




審神者が居なくなった。

その一言で、広間に集められた刀達はざわめきたつ。焦りと不安、そして怒りが部屋の中へと満ちるのをひしひしと感じた。

「なんでこんな事になったの。アンタ、今日近侍だったんでしょ」
「清光」

加州の声に、咎めるような大和守がかぶる。だがそれは必要な事だ。ふと、瞼を閉じた。

「…経緯に関しては、先程話した通りだ。前田のことも、同様に」

大倶利伽羅の視線の前、大勢の刀の前には1振りの短刀が置かれていた。ほんの少しのヒビが入り、何かの衝撃を受けたら折れてもおかしくない。加州は痛々しいものを見るようにそちらを見てから、すぐに再び大倶利伽羅を睨んだ。

「そうじゃない、なんで前田は刀に戻ってるのって事」
「それに関しては私からお話しましょう」

天井から声がしたと思えば、大倶利伽羅の隣に狐がすたりと降り立った。"こんのすけ"と呼ばれる式神は常に神出鬼没の為、誰も驚く事は無い。きゅるりと、黒い深淵がこちらを向いた。

「前田は貴方が着いた時には既に刀の状態だったのですね」
「あぁ」
「ならそれは確実に審神者が前田藤四郎を刀に戻したのでしょう」
「何でそんなこと…!!」

加州は慟哭する。当然だ。守刀たる前田を意思のない刀に戻すという事は、武器をみすみす捨てる事と同義になる。何故その様な自滅を図ったのか、理解できない。
だが狐は加州を見て大仰にため息をつくと、呆れたように口を開いた。

「恐らくですが、前田藤四郎がほんの少しでも何かをしたら折れる状況に陥った。当然審神者は止めますが、前田藤四郎は静止を聞かない。ならば無理矢理聞かせるしか無かったのでは?」
「それで、自分から敵に捕まったっていうの…?」
「審神者は勘が酷く良い。相手が己を死に至るまでの怪我を負わせないとわかったのではないですか」

加州が悔しげに唇を噛んだ。おそらく、全員が同じ気持ちだろう。馬鹿じゃないのか、と。審神者を守る為に己らが居るというのに、何故わざわざ傷つく道を選ぶのか。
敵の目の前で己を刀に戻された前田は、ここにいる刀の誰よりも歯噛みしているに違いない。

「加州清光、座りなさい」
「…わかってるよ!」

狐の一言に、どかりと加州は座り込んだ。不服そうに、酷く憎たらしげに狐を睨む。

「それで。どうするのさ」
「前田藤四郎が話せない以上、大倶利伽羅のみが手掛かりを持っていますが。大倶利伽羅、鶴丸国永と交戦したというのは本当ですね?」
「間違いない」

肯けば、前に座っていた白い刀が徐に瞳を細めた。

「おいおい。俺はその時出陣していたぜ」
「わかっています。その様な事で争う気はありません。鶴丸国永が居たという事は相手は少なくとも同じ刀剣男士、そして審神者になります。それだけでもう充分でしょう」

そうかい、と肩を竦めた鶴丸は口を閉ざす。狐は言葉を区切りながら、尻尾を揺した。

「相手の本丸に行きましょう」
「行けるのかい?」

声を出したのは燭台切光忠。「ええそうです」と体温を感じさせない声色で狐は続ける。

「ここに来たということはその痕跡はそこかしこに残っています。そもそも大倶利伽羅は鶴丸国永と交戦している。それだけで鶴丸国永の残り香が、大倶利伽羅に残っているでしょう。それを辿るのです」

その様な便利なものがあるのか。恐らく全員がそう思った。それを理解したのかどうか、狐は「しかし」と重ねて言った。

「酷く弱いものです。何せ煙草の煙を追うような物。確実性は無い。次元と次元の狭間に落とされる可能性もある。そもそも本丸の移動は許可されていません。今回は緊急ということで私が申請書を出していますが、実際の力は出せない。なにせ、行った先の本丸が貴方達に合う霊力で満たされているとは限らないのです」

この本丸は、審神者の影響で酷く熱の力が強い。少なくとも雪は滅多に降らない。陽の当たらない場所は無いのでは無いかと思う程、日中は明るく暖かい。そういったせいなのか、ここの奴らは日を好む。
逆に言えば、寒さに弱い。冬は炬燵が常備され、床暖房も当然本丸中に広がっている。冬の出陣や遠征は、地獄と言っても良いほど辛く感じる奴らもいる。
これから行く本丸が、雪や冬の空間であることもある。そういう事だ。

「それにこの本丸を開けることも出来ない。相手の本当の目的が果たして何なのか、こちらは全くわかっていないのだから」

相手はもしかすると刀剣男士が目的かもしれないし、手薄になった本丸を落とすことが目的かもしれない。そう面倒な事はしないと思うが、念には念をという事らしかった。

「つまり?結局どういうこった」

和泉守が焦れて口を出す。隣の堀川が何も言わないため、同じ気持ちらしい。

「…つまり。連れていけても一部隊までです。それも、高練度だけでは固められない」

ここの最高練度はカンスト、一番低くても55。差は酷いが、埋めれないほどでもない。ただ、相手の状況がわからない中で一部隊だけでは確かに心許ないだろう。

「刃選はそちらに任せます。ただ、失敗は許されません。慎重に、ただし早急に。一刻後、門の前で一部隊集まってください。私もまた、それまでに準備を終えましょう」

それだけを言い切って、狐はまた消えた。誰かが重たい空気を切ろうとした時「言い忘れましたが」と、再び姿を表した。

「今回、審神者に怒りを表しているのは貴方達だけではありません。ただし、貴方達に審神者の行動を怒る事は出来ない。まんまと相手の策に嵌められた刀など、言ってしまえば刀解してもおかしくはありません。特に大倶利伽羅。わかっていますね。それでは」

今度こそ、狐は消えた。恐らくだがあの狐、"歴史修正主義者と戦うもの"の味方ではなくどこまでも"審神者"の味方なのだろう。だからこそあの言葉。誰かが言うべきだった言葉を、狐が言っただけの事。
1つ息をついてから、己の中に流れる霊力を確認する。生きている。ならば、やる事など一つしかない。おもむろに、本体を握った。




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