亡霊が思うには


 01

 全ての始まりは、友人の仲吉爽の一言だった。

「準一、肝試しに行こうぜ」

 それはまさに猛暑、八月上旬のことだ。
 数本のホラー映画のDVDを手土産に俺の部屋に入り浸っていた腐れ縁の男は、名前に違わぬ爽やかな笑顔で持ち掛けてくる。
 ああ、また始まった。と、思った。高校の時からの悪い癖、いや、ここまでくれば病気なのかもしれない。

「肝試しってお前……またかよ」
「違う違う、今度はまじなんだって!ちゃんと出るっぽいんだよ、ネットとかでも調べたし!」

 言いながら、どこから取り出したのか雑誌のページを開いたやつは、それをテーブルの上に広げる。
 そのページには禍々しい赤い文字で、『夏本番!曰く付きのマジでヤバイ心霊スポット特集』となんとも胡散臭い見出しがバーンと書かれている。
 俺は雑誌と仲吉を交互に見つめ、「一人で行け」と切り捨てた。

「なんでだよー!いいじゃん行こうぜ!今まで一緒に来てくれたじゃん!!ねーいいだろ?行こうぜー!」

 いいながら、仲吉は雑誌を手に取り俺にぐいぐい押し付けてくる。
 なにが一緒に来てくれただ、朝っぱらから押し掛けて人が寝惚けているところを毎度強引に拉致っていたくせに。

「しつこいっ」
「あぁっ!」
「それ、何回目だよ。つーか、この前撮った写真の現像はどうなったんだ。『今度こそ本物だって!』とか言ってたトンネルの写真の現像は!」
「……うっ」

 先週の出来事を思いだしながら、俺は詰るように仲吉を睨んだ。
 噂の悪霊渦巻くトンネルでは百発百中心霊写真が撮れるとか言って俺を連れて行った癖に、それ以来何事もなかったかのように遊びに来てるし。
 どうせ心霊写真も『パチモン』だったのだろう。仲吉は、言い返す言葉が見つからないのか急に押し黙る。どうやら何も写ってなかったのだろう。都合が悪くなったら露骨に態度が変わるのでとても分かりやすくて助かる。

 仲吉は、いわゆるミーハーな心霊マニアだった。
 おまけにそれっぽい雑誌やテレビを見ては興奮し、それらから仕入れた情報を実行したがる質の悪いマニアだ。
 俺が仲吉と知り合ってからもう何十回心霊スポットを巡ってきたことだろうか。思い出せば出すほど頭が痛くなる。
 仲吉の心霊に関してのこの無駄な行動力を、俺は一種の病気じゃないのだろうかと考えていた。
 そして今、発病している。

「なあ、良いだろ?頼むよ、お前しかいないんだって!一生のお願いだからさ!」

 泣きそうな声でそう俺に懇願してくる仲吉に、俺は眉間に皺を寄せた。
 この台詞ももう何度も聞く。お前の一生は何回あるんだ。
 中々折れない仲吉。こうなったらやつは実力行使をしてくるはずだ。そしてこういう場合数日は拗ねるので面倒臭い。
 正直俺は心霊とかオカルトとかそういうものを信じていない。ホラー映画もお化け屋敷も確かに怖いが、それでも一種の娯楽だと思っていた。
 だから、何故そこまで仲吉が心を惹かれているのかというと謎だが……今ではもう諦めていた。

「……で、そこにはなにが出るんだよ」

 そして、先に俺が折れるのもいつもの事だ。

「準一ー!流石俺の親友!相棒!最高のダチ!」
「本っ当お前は現金なやつだよな……」
「まあまあ、でも今回のは本当なんだって!実際、最近ニュースでも騒がれてたし!」
「……ニュース?」
「ほら、さっきの……ここ!ここだよ、ここ!」

 仲吉はさっきの胡散臭いページを開き、テーブルの上に広げた。
 しっかり付箋がつけてあるそこには、いかにもな廃墟の写真が撮られている。

「見ろよ、これ、やばくね?」

 仲吉は言いながらページに載っているとある写真を指差した。
 お前はやばいしか言えないのかよと思いつつ、俺はやその写真をよく見る。そこにはどこにでもあるような蔦に覆われたいかにもな半壊した洋館の写真だった。そしてお決まりの、白い靄とそれを囲むかのような赤い丸。
 なんというか……ベタだな。
 仲吉にあらゆる心霊スポットを連れ回されてきたお陰か、耐性がついてしまっている俺からしてみれば「ふーん」って感じだった。

「これって結構あんじゃねえの」

 廃墟の住所はイニシャルで微妙にぼかされているが特定することは然程難しくなかった。
 指摘をすれば、仲吉は『よくぞ聞いてくれました』と言いたげに胸を張り、オカルト雑誌同様どこからか取り出したのか旅行雑誌をバーンと掲げた。

「だからさ、一泊しようぜ。旅行も兼ねてさ!」

 本当、仲吉のフットワークの軽さは尊敬に値するものを覚える。
 あまりにも準備がいい仲吉に、俺は眉をひそめる。

「……いつ」

 嫌な予感がする。胸の奥が妙にざわつくのだ。そうしてこういう時、大抵俺の勘は当たるのだ。

「明日!」

 ニコニコと笑いながら即答する仲吉。
 こいつは本当に……。何故前もって言わないのか?とか今更こいつに言っても仕方ない。

「……わかったよ。明日明後日なら休みだからな」
「よっしゃあ!ありがとう準一!愛してるぜー!」
「はいはい」

 こいつもしかして俺が休み取ってるの知ってて押しかけてきたんじゃねーかと思ったが、こいつのことだ。無理矢理休ませることだってあるかもしれない。
 そう考えればまだましだが……まあ、暇だからいいか。
 ちょっとした旅行だと思えば気が楽だった。
 どうせ今度も外れなのだろうから、山で温泉だ。
 仲吉から借りた旅行雑誌をペラペラ眺めていると、風呂から上がった仲吉が後ろから覗き込んでくる。

「何、準一お前も楽しみなの?」
「まあな、温泉とか久し振りだし」
「ばっ、お前メインは洋館だぞー!違うだろー!」

 拗ねる仲吉だが、悪い気はしていないのだろう。やつもなんだかんだ旅行自体好きな方だ、楽しみのはずだ。
「いいからちゃんと髪乾かせよ」と追い払えば、「はーい」と言ってそのままソファーに座る。
 本当こいつは自分の部屋みたいに寛いでんなぁ……。
 思いながら、俺は仲吉から借りていたもう一冊の雑誌を捲ってみる。
 いくつか付箋が貼ってあるページを1ページ1ページ捲ってみれば、『これで君も霊能力者!』と書かれた胡散臭い呪いが特集されているページだったり、都市伝説について読者が投稿する記事だったり、気になるようなものはない。というか仲吉のやつ霊能力者になりたいのかよ……。
 思いながら、俺はさっき何度も見せられたあのページを開いていた。
 レンガが崩れ、中が剥き出しになった洋館……だったものの写真。そこでは謎のオーブの撮影がされたり、いきなり落とし穴にハマった上から大量の土が被せられたり、過去にも謎の事故が多発しているという。
 ……なんだかなぁ。胡散臭い。というか、落とし穴ってなんだ。
 よくよく見てみれば、記者の服の中にいきなり毛虫が落ちてきたりとか子供の悪戯みたいなしょうもない心霊現象(と、呼んでいいかすら怪しい)ばかりのようだ。
 記者はこの後帰ってから謎の腹痛に襲われたと書かれているが……俺はもうそれ以上読む気にはならなくて雑誌を閉じた。

 結局、金縛りに合うこともなければ謎の心霊現象に見舞われることなく夜通しホラー映画鑑賞をしていた俺たちは気が付いたら朝を迎えていた。
 カーテンの隙間から差し込む日差し。小鳥の囀る声。
 そして、付けっぱなしのテレビから流れてくる女の断末魔とシリアルキラーの笑い声。
 ……最悪の朝だ。

「おい、仲吉、起きろ。朝だぞ!」
「んぅ……?んん……あと5分……」
「何があと5分だ!旅行行くぞって言ったのお前だろ!たらたらしてたら旅館に間に合わねーぞ!」

 寝惚けてしがみついてくる仲吉の頭を軽く叩けば、『旅館』という単語にハッとした仲吉は飛び起きる。

「旅行じゃなくて聖地巡礼だって言ってるだろ!」

 それも違うと思うが、どうやら目を覚ましたようだ。俺はやつを無視し、顔を洗ってくることにする。

 洗面所。濡れた顔をタオルで拭う。拍子に鏡の中の自分と目があい、咄嗟に目を逸らした。
 我顔ながら、この人相の悪い顔は朝に見たくなかった。
 生まれつき、というか父親が目付きが鋭かった。母親もあまり柔和そうという感じではなく、むしろ性格がキツそうな顔をしていたし(実際これが怒るとまじで怖い)遺伝か悲しいことに年頃の妹も目付きはそこらの女の子に比べて悪い。
 それでも両親の血を色濃く受け継いだのは俺らしく、物心ついた時からこの目付きの悪さのおかげで「多々良(タタラ)君怒ってるの?」とか言われるわ、目が合っただけで「うわ、なんか睨まれたし、怖〜」とか言われる始末だ。
 人付き合いは元々苦手なのでそれが余計拍車掛けているのかもしれないが、中学くらいから身に覚えのない不良のレッテルが貼られていた。
 俺としては人とは穏便に接していきたいし、喧嘩なんてまっぴらゴメンだ。
 しかし、成長期とともに身長が伸び、お陰でそのよくわからん不良レッテルは独り歩きし、気が付けば柄の悪い連中に絡まれ、喧嘩を売られ、それを適当にあしらおうとすれば必要以上にビビられその噂はでかくなるという……要するに悪循環だ。
 周りから避けられ、こちらから勇気を出して話しかけてみてもその人間にまで不良たちに目をつけられることを考えたら必要以上の会話をすることも出来ないまま高校に上がり、そこで出会ったのが仲吉爽だった。
 俺にだけではない、仲吉は誰とも仲良く出来る。隔てることや偏見をしない男だった。
 ただ、その代わりかなりのマイペースな上にこの通りのオカルトマニアだ。顔はいいので女子からは最初チヤホヤされるのだがその暴走っぷりについて行けず、やつもやつで浮いていた。
 けれど、仲吉が俺に話しかけてくれたことが切っ掛けで、俺の学生生活は大分変わった。
 街中で大きな荷物を抱えたおばあさんに「手伝おうか」と声を掛ければ逃げられたりもしたが、それでも、仲吉と仲がよかった連中は俺を普通に扱ってくれた。

 ……俺は、なんだかんだ仲吉に助けられている。消極的な俺を連れ出してくれるのはいつだって仲吉だった。感謝してもし切れない。たまにその横暴さにまじでブチ切れそうになることもあるが。
 ……まあ、こんなこと、本人には死んでも言えないのだけれど。

「準一、次使ってもいい?」
「ッ!!お、おう……」
「なーに鏡と見つめ合ってんだよ。めかし込んでるのかー?」
「……馬鹿か、剃り残しがないか見てたんだよ」

 いきなり現れた仲吉に心臓が煩くなる。
 まったく、いつもこいつは……ちゃんとノックしろって言ってるのに。
 ぶつくさ口の中で呟きながら、俺は洗面台を仲吉に受け渡した。

 一泊二日といえ、旅行は旅行だ。それに、心霊スポット……あの洋館に入るためには山の中を歩く必要もある。登山となると中々荷物も嵩張ってくるわけで。
 虫よけスプレーに懐中電灯。万が一電池が切れた時の予備に、途中で仲吉が腹が減ったと喚き出したときに大人しくさせるためのお菓子。
 あとはカメラは仲吉が持ってきているだろうから突然雨が降ってきたときのための折り畳み傘と……絶対仲吉は持ってきていないだろうからもう一本持っていって、土砂降りになる可能性を踏まえてレインコートを……。

「って準一、そんなにいらねえだろ!つか、バッグいっぱいで破れそうだし」
「んなことねーだろ。大体、お前が軽装過ぎるんだよ。夏の天気は変わりやすいって言うし、今日も降水五十パーだし」
「本当お前は心配性だよなぁ準一」
「お前が何も考えてなさすぎるんだよ」
「なんだよそれ、絶対お前が細かいんだって!ほら、そんときはそんときでまたどっか寄って買えばいいだろ?早く行こうぜ」
「あっ!おい、勝手に持っていくなって!」

 というわけで、俺達はマンションを出て、下に停めてある仲吉の車の元へ向かった。
 本当、驚く程仲吉とはあらゆるところで気が合わないんだよな。
 俺が和食がいいといえばあいつは中華が食べたいとかいうし、俺がこっちがいいと言えばあいつはあっちのがいいとか言うし。
 わざとか?というレベルで気が合わないのだが、高校を卒業してもこうして一緒にいるのだから人間というのはよく分からない。
 が、気が合わないからこそ、こうしていられるのかもしれない。


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