亡霊が思うには


 12

「……で、どういうことなの。これ」

 数分後、物置部屋前に連れてこられた藤也は不満を隠そうともせず俺を見るのだ。
 恐らく、というより十中八九幸喜からはなんの説明も受けていないのだろう。藤也の後ろにいる奈都もまだ警戒しているようだったが、俺の姿を見て「準一さん」と驚いていた。
 そして、そんな二人を連れてきた当の幸喜はというと「んじゃ準一、説明任せた!」なんて一方的にパスを投げてくるのだ。あまりにも雑すぎる。
 正直俺自身なんだこの状況は、と呑み込めずにいたのだがこのまま放っておくわけにもいかない。
 取り敢えず「実はだな……」と簡単な経緯だけ二人には説明することになったのだが、説明を終えても藤也は怪訝そうな顔のままだった。

「……で、なんでそれに俺達まで付き合わされてんのか全くわからないんだけど」
「ま……まあ、そうだよな」
「なんでった、面白そうだからに決まってんじゃん」

「お兄ちゃんの優しさだっての!」と、藤也の肩を抱こうとする幸喜だったが藤也はそれをするりと躱す。そして、藤也は本日一番の大きな溜息を吐くのだった。

「藤也、奈都君。今回は強要はしませんので無理して着いてこなくても大丈夫ですよ」

 そんな花鶏の言葉に、先ほどまで辺りを見渡していた奈都の視線がこちらへと向いた。
 奈都は俺の反応を待っているようだった。花鶏のこの言葉を額面通りに受け取ってもいいのか、そう確認してくるようでもある。
 何と答えれればいいのか迷った末、俺は小さく頷き返した。そういうことらしい、という意を込めたのだがちゃんと奈都に伝わっているかどうかは不明である。
 そんな俺と奈都のほんの一瞬のやり取りを見ていたのか、藤也は「別に」と口を開いた。

「……別に、行かないとは言ってないし」
「藤也君がそういうなら、僕も構いませんよ……お手伝いさせていただきます」

 そんな二人の言葉にはしゃぐ幸喜の横、花鶏は「そうですか」とだけ小さく口にする。
 怒っているわけでも露骨に不機嫌になるわけでもない。それでも、その表情に笑顔がないこと自体がすべてだった。
 花鶏には悪いことしているような気持ちになったが、藤也と奈都もいてくれるならかなり心強い。

 というわけで、全員合意の上で始まった地下の大掃除という名目の地下探索。
 物が多く、お世辞にも広いとは言いにくい物置部屋に流石に大の大人六人も集まれば窮屈ってものだ。邪魔なものを適当に壁際へと追い込み、大分足元が広くなった床の上――そこに取り付けられた地下への扉を花鶏を覗いた皆で覗き込む。

「……こんなところに扉なんてあったんですね」
「あ、見つけたの俺だからな! 視野が狭いお前だったら一生かかっても見つけられなかっただろうな、奈都」
「……」
「お、おい……」

 心配していたことが秒で実現してしまった。
 早速余計な一言で奈都を煽り始める幸喜を咎めれば、奈都は「大丈夫です」と俺を見た。

「それより、さっきの話だとこの扉は準一さんにしか触れることが出来なくて、錠も準一さんにしか見えないんでしたっけ」
「あ……ああ。つっても実際に触ったのは俺と……」
「俺だけじゃね? つかさ、皆にはこの扉どういう風に視えてんの?」
「俺はお前と同じ、鍵がどんな形してるかもわからない」

 こうきの問いかけに対し、そう答えたのは藤也だった。「流石藤也!」と何故だか幸喜は嬉しそうな顔をしていた。

「……僕にも鍵や錠は見当たりませんね。なんというか、床下収納みたいな取っ手付きの扉が見えるくらいで……」
「じゃ、ついでに触ってみろよ」
「は」

 そう奈都が答えようとした矢先だった。いつの間にか奈都の背後へと回っていた幸喜はそのまま奈都の首に巻かれていたマフラーを掴んだ。
 それはあまりにも突然のことで、俺も奈都も反応に遅れてしまう。
 そのまま奈都の頭を引き上げさせる幸喜。そして、幸喜が叩き付けようと奈都の後頭部へと手を回した矢先のことだった。
 ぱしん、と幸喜の動きは伸びてきた腕に手首を取られることによって阻害される。
 鮮やかな着物の裾の下伸びる、生白く華奢でありながらも確かに男の筋っぽい手。その手は幸喜の手首を掴み、そしてそのまま奈都から引き離させた。

「そんなことせずとも、私が教えてあげますよ。……その扉は本来ならば誰が触れても結果は同じです」

「そういう結界が張られていますので」そう、付け足す花鶏は幸喜の手を離せば、そのまま膝を追って座り込む。そして自ら扉に触れるのだ。
 瞬間、音もなく花鶏の指先は溶けていく。痛がることもなく、ただ淡々と消えた指の先を見せて花鶏は「こうなります」と微笑んだ。

「……っ、待ってください。張られてるってことは、花鶏さんがそういう細工をしたわけじゃないんですか?」

 胸に引っ掛かった違和感。その違和感を口にすれば、花鶏は「違います」とだけ答えるのだ。

「それよりも、錠の鍵でしたよね。……準一さん」

 名前を呼ばれ、「はい」と花鶏の前に出れば花鶏に「手を出してください」と促される。
 おずおずと手を差し出せば、既に元の形に戻ったその手が俺の手に重ねられる。そして、掌の上に微かな重みを感じた。
 花鶏が手を離したその下、俺の掌の上には古びた鍵が一本置かれていた。

「それでは、後はお任せしました。貴方になら開けられるのではありませんか?」

 花鶏にも開けられなかったのか。それとも、開けなかったのか。誰が結界を張ったのか。
 聞きたいことは色々あったが、全て飲み込んだ末に「分かりました」という言葉しか出てこなかった。
 花鶏はそんな俺をただじっと見ていた。他のやつらもこちらに注目しているようだった。
 緊張しないわけがない。もしかしたらさっき触れられたのはたまたまで、今度こそ拒まれるかもしれない。緊張したし、怖くないわけでもない。
 そんな周りの目の中、俺は扉の前に座り込んだ。
 ごくりと誰かが固唾を飲んだ、気がした。
 錠に触れる。錆びた、確かに金属の重みがするそれに触れることはできた。痛みはない。
 続いて鍵穴に先程花鶏から貰った鍵を差し込めば、それはすんなりと入ることがした。撚れば、引っかかることもなくすんなりと鍵は回る。そして、かちりと音を立てて錠は外れた。

「おい、今鍵開いたのか?」

 尋ねてきたのは南波だった。そうだ、他の皆からしてみたら俺が空気中に向かって鍵回してる変なやつに見えてるのか。
「はい」と慌てて答え、そして俺は「開けます」と念の為声を掛けた。
 先程感じていた恐怖は薄れていた。あの空気も。
 やはり気の持ちようで、すべて杞憂だったのだろうか。そんなことを思いながら恐る恐る扉を開いたときだった。
 扉の奥に会ったのは闇だった。
 真っ黒な、闇だ。光なんて見えない、黒く塗り潰されたその暗闇の中、一本の腕がこちらに向かって伸びてきた。

「お……」

 一瞬、何が起きたのか分からなかった。
 それは確かに腕だった。伸びてきた腕は俺の腕を掴み、そしてそのまま物凄い力で引っ張ってくるのだ。
 やばい、と感じる暇もなかった。そのまま頭から俺は地下への扉の奥まで引きずり込まれる。

「準一さん?!」
「準一ッ!!」

 奈都と南波の驚いた声が遠くなる。視界が黒く塗り潰され、まるで冷水の中に突っ込まれたような冷たい空気の中に身体を放り投げられるのだ。
 落下していく。そんなはずないのに、構造的には地下が広がっているはずなのにまるで奈落の底みたいに続く暗闇の中、やがて地上の声も聞こえなくなった。

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