亡霊が思うには


 04

「ってことで、一旦帰らせていただきます」

 屋敷内、応接室。
 そこにはソファーの上で寛ぐ花鶏一人がいて、一頻り事情を説明すれば花鶏は「なるほど」と静かに頷いた。

「そろそろ日が落ちる頃なので夜道には気を付けて下さいね」

 そして、いつもと変わらない柔らかい笑みを浮かべる花鶏。その言葉につられ、俺は応接室に取り付けられた窓に目を向ける。
 昼間見たときには曇っていたそこはすっかり晴れ、窓の外は真っ赤な夕日に照らされ赤く染まっていた。

 相変わらず、時間が経つのが早い。仲吉がいるからだろうか。今日は余計経過するのが早く感じた。
 そう一人感傷に浸っていると、不意に応接室の扉が開く。
 そこからひょっこりと顔を出した奈都は集まっていた俺たちに目を丸くし、そしてなにか悟ったようだ。

「仲吉さん、帰るんですか?」
「ああ。あ、でもまた来るから」

 尋ねる奈都にそう笑いながら返す仲吉。
 その言葉に僅かに口許を綻ばせた奈都は「そうなんですか」と安心したように頷く。

「おい仲吉、早く行くぞ」

 キリがいいところを見て、そう仲吉に声を掛ければ仲吉は「わかったわかった、急かすなって」と笑いながらこちらへと歩いてくる。

「んじゃ、お邪魔しました!」

 そして、外に繋がる扉のドアノブを掴んだ仲吉は応接室に残った二人にそう言い残し、そのまま応接室を後にした。

 ◆ ◆ ◆

「じゃあ持ってくるのは電気を使わないやつだけでいいんだな?」
「ああ」
「他にいるもんとかねーの?」
「……いや、それだけでいい。あんまでかい荷物だったら怪しまれるかもしんねえから気を付けろよ」

 車を停めてあるという崖へと歩く途中。そう忠告すれば、仲吉はヘラヘラと笑いながら「わかったわかった」と適当に頷く。
 本当にわかっているのか心配だ。
 あまりにも緊張感がない仲吉を横目に見れば、目が合う。またなにか口煩く言われると思ったのだろうか。俺が口を開くより先に、仲吉は「でも」と声を上げた。

「本当におばさんたちに言わなくていいのか?」
「なにが」
「準一のこと。通夜で久し振りに会ったけど、すっげー元気なかったぞ」

 そりゃ通夜でハイテンションになる身内はそうそういないだろう。
 思いながら、その仲吉の言葉に胸の奥が疼いた。
 まあ確かに、家族のことは気掛かりだった。
 が、だからといってこの山から出られることが出来ない今なにをすることも出来ない。
 どうやら、仲吉は押し黙る俺からなにか感じたようだ。

「こう、安心させるため手紙とか書いたら?僕は元気です〜みたいな」

 なんのホラーだよ。
 気を遣ってくれているのか、また妙な提案をしてくる仲吉に突っ込まずにはいられない。死んだはずの家族から手紙って普通に怖いぞ。

「……あの人たちの中じゃもう俺は死んだことになってるんだよ。無理して掘り返す必要もないだろ」
「えー、準一がまだいるってわかったら喜んで会いに来ると思うけどなあ」

 俺の言葉が納得いかないのか、そう不思議そうな顔をする仲吉。
 楽観的で脳みそお花畑な仲吉らしい意見だと思ったが、相手は仲吉ではなくうちの家族だ。
 まず俺がまだいるという話を信じてくれるかどうかすらわからないし、もし万が一信じてくれたとしても問題はある。例えば、相性だ。

「仲吉、お前なにか勘違いしてるようだけどな、相手がお前だから俺はこうして話せるんだよ」

 そうだ、幽霊はいると信じている仲吉だからこそこうして話すことが出来るんだ。
 残念ながら、俺の頭が堅いのは血筋らしくうちの家族は夢の欠片もないやつばっかだ。

「会いに来た全員が全員、仲吉みたいに俺の声が聞こえるかわからないだろ」

 そうだ、そこが問題だ。そうきっぱりと言い切れば、仲吉は少し意外そうな顔をする。
 そして「それって、俺が特別ってこと?」とまたよくわからないところに食い付いてきた。
 特別、特別か。

「まあ、そうなるんじゃないのか?」

 仲吉の言う特別がどういうものかわからなかったが、全員の中の一人と考えれば確かに特別なのかもしれない。
 少しだけ考えてそう答える俺は、そのままちらりと仲吉に目を向けた。そして、目を丸くする。

「……って、なんだよその顔」
「いや、なんか、そういうの、すっげーこう嬉しいなーって」

 耳を赤くした仲吉は目があえばそう気恥ずかしそうにはにかみ、慌てて顔を逸らした。
 そこまで大したことを言ってないつもりだが、仲吉の中での特別という言葉が意味あるものだったということだろう。今さらになってハッキリ答えてしまった自分が恥ずかしくなって気まずくなった俺は「そうだな」とだけ答え、顔を逸らした。

 すると、不意に向けた視線のその先に見覚えがある絶壁が映り込む。どうやら目的地に到着したようだ。

「お前これ登んのか」

 足を止め、見上げる。
 手摺に手頃な樹や蔦が生えたその斜面は緩やかだが、やはり見てるだけでも怖じ気付いてしまうようななにかを感じた。ただの怖がりなだけかもしれないが。

 恐る恐る尋ねる俺に対し、上を見上げる仲吉は「うん、何度かやってるし」と当たり前のように頷く。
 そういやこいつ廃病院の門よじ登るようなやつだった。忘れてた。

「本当に大丈夫か?」

 それでも、心配なものは心配だ。そう何度も尋ねる俺に、仲吉は「心配し過ぎなんだよ準一は。こんくらい余裕だって」と可笑しそうに笑う。

「……そうか?」

 そう確認するように尋ねれば、仲吉は「ああ」と大きく頷いてみせた。
 そして、仲吉が「んじゃ、また後でな」と笑いながら近くにあった木の幹に手を置いたときだった。

「ああぁああっ!!」

 後方から馬鹿みたいに煩い声が聞こえてくる。
「っ?!」辺りに不気味に木霊するその雄叫びにも似たその声にビクリと全身を緊張させた俺は反射で声のする方を振り返った。
 そして、木々の間。そこから現れたやつの姿に硬直する。

「仲吉じゃん、仲吉みっけー!!おい藤也、ほらあいつだ!仲吉だ!!仲吉来てんじゃん!!」
「……見ればわかる」
「なんだよもー準一のいけず!仲吉来てんなら教えてくれりゃあいいじゃん!せっかく飛び降りドッキリさせてやろうと思ったのにいー」

 顔形は瓜二つ、しかし纏う空気は対照的な双子の青年・もとい幸喜と藤也。
 このタイミングで現れるか。
 このまま会わなければそれが一番いい。そう願っていたが、どうやらそれは無理な願いだったようだ。
 俺同様現れた双子の青年に目を丸くする仲吉を一瞥した俺は、なんだかもう生きた心地がしなかった。生きてないが。

「あ、なに?あれも幽霊?」

 幸喜の姿に目を丸くした仲吉はそう、不思議そうな顔をして俺に尋ねてくる。
 あれ。確かに仲吉は幸喜を見てそう唇を動かした。

「お前、見え……」
「そうそう幽霊!つーか見えるようになったんだね、よかったよかった!準一が仲吉仲吉仲吉仲吉仲吉仲吉って煩かったからこれでようやく準一が寂しくならなくて済むんだ!おめでとう!」

 見えるのか。
 そう聞き返そうと口を開いた瞬間、こちらへとズカズカ歩み寄ってきた幸喜は笑いながらそう大袈裟に手を叩き、喜んでいるような仕草をしてみせた。
 馬鹿にしてるようにしか見えないのは俺が悪いのだろうか。

「……っ言ってねえよ」

 もしかしたらちょっとは言ったかもしれないが、幸喜には言っていないはずだ。
 仲吉の前でからかわれてなんだかもういたたまれなくなりつつそう否定するが、きょとんとした仲吉の視線が痛い。お願いだから真に受けないでくれ。
 こうして暴露されることが恥ずかしくて堪らない。

「なに?俺嘘ついてないよねえ、藤也」
「知らない」
「はいノリ悪い!人前だからって緊張してんなよ、そーいうときはカボチャって思えばいいらしいよ!知ってた?」

 そんな俺を他所に、相変わらず支離滅裂な言葉を並べる幸喜に対し藤也は「どうでもいい」と素っ気なく一蹴し、そしてゆっくりとこちらに目を向ける。

「……もう帰るの?」

「どうでもいいとか寂しいこと言うなよ」とわざとらしく頬を膨らませる幸喜を無視してこちらへと歩み寄ってくる藤也。
 そう静かに尋ねてくる藤也は隣の仲吉を一瞥した。

「ん……まあ、長居させるわけにはいかないし」

 幸喜がいる手前、また来るとは言わない方がいいだろう。そう悟った俺ははぐらかすように小さく笑い返した。
 すると、どうやら俺たちが気になったようだ。きりのいいところでくいくいと服を引っ張ってくる仲吉は「つーかなに、あとりんさんたちのお友だち?」と小声で尋ねてくる。
 幸喜本人ではなく俺に聞くというその判断は間違えていない。しかし、無駄に地獄耳な幸喜には無意味だった。

「あれ、あれあれあれ、なに?もしかして花鶏さんにも会ったわけ?奈都とも?南波さん……はまあいいや。もー、一番俺らが楽しみにしてたのに最初に会いに来てくれないなんて!馬鹿!仲吉の馬鹿!準一の馬鹿!」

 そうぷんぷんと怒ったような仕草をする幸喜に耐えることができず「お前が勝手にいなくなってたんだろ」と突っ込めば「一緒にしないで」と言う藤也と声が重なった。
 あまり嬉しくないのは状況が状況だからか。
 さっさと仲吉を帰らせたいところだったが、こうなったら仕方がない。
 幸喜に拗ねられるのも厄介なのでさっさと紹介してさっさと仲吉には帰ってもらうか。

「取り敢えず……えーと、藤也と、あっちのテンション高いのが幸喜」

 そう目を向け、アバウトに二人を紹介する俺。
 すると、仲吉は「ん?」と不思議そうに目を丸くさせる。

「二人いんの?」
「え?」
「茶髪の子しか見えないんだけど」

 どういうことだ。とつられるように目を丸くした俺はそのまま側に立つ藤也に目を向ければ、相変わらず無表情の藤也は無言で俺から顔を逸らす。
 まさか、南波さんと一緒か。

「俺の弟で藤也っていうのがいるんだけどまあ恥ずかしがり屋さんだから二酸化炭素かなにかって思ってよろしくしてやってよ!」

 そんな俺たちの様子からなにか察したようだ。
 相変わらずの調子で続ける幸喜はそのまま仲吉の前に並び、にこりと三日月のように目を細め、笑む。

「因みに俺が幸喜ね。お前のことは準一からよく聞いてるよ。改めてよろしくな、仲吉」
「……ああ、よろし……」

 何気ない仕草で仲吉に手を差し出す幸喜に、これまた何気ない仕草でそれを握り返そうと手を伸ばす仲吉。その不自然に丸まった幸喜の手に目を向けた俺はぎょっと目を丸くした。
 そして、咄嗟に幸喜の拳を掴み慌てて仲吉から離す。

「準一?」
「こんなところで愚図ってる暇ないだろ。ほら、さっさと行けよ」
「ん、……ああ」

 握手の邪魔をされたのが意外だったのか驚く仲吉に構わず俺はそう促した。
 必死さが滲み出たようで、少し感じが悪くなってしまったが仲吉を離れさせるためだ。後で謝ろう。思いながら、固められた幸喜の指を剥がす。

「んじゃ、またな」

 そう少し寂しそうにする仲吉だったが、すぐに笑顔を浮かべその場を離脱する。
 残されたのは俺と南波と双子のみ。僅かにゆるくなった幸喜の手の中、いつの日かと同じように仕込まれたガラスの破片をもぎ取った俺は自分の手の平に傷を付けるのも構わず固く握り、遠くへ投げ捨てた。
 手で握って隠せるくらいの大きさだったが、使い用によっては重傷に追い込むこともできる。

「あれれー、準一って人が話してんの邪魔するような意地悪な人だっけ」
「あんなもの持って握手しようとするやつに言われたくねえよ」
「んふふふ、せっかくこっちに来たんだから仲間外れは可哀想だろ?」

 含んだような笑い声。やはり好きになれない。
 幸喜がなにを考えているか手に取るようにわかっただけに気分が悪くてしょうがない。

「血出てるよ」

 そう指摘する幸喜につられ、自分の手の平に目を向ける。
 先ほど、破片を奪った拍子に傷付けてしまったようだ。まあ、それ以外にも原因はあるのだろうが。

「お前のせいだろうが」

 服の裾で手の平から滲むそれを拭い、幸喜から隠すように傷を治す。
「そんなに仲吉殺されたくないんだ?」相変わらずにたにたと笑う幸喜の視線からなんとなく嫌なものを感じ、咄嗟に後ずさった。

「そんなにムキになっちゃうなんて、……かわい」

 反射神経というものだろうか。いくら表面上強がっても逃げたがっている本能が出裟婆って身がすくんでしまう。
 瞬間、伸びてきた幸喜の手に手首を掴まれた。その手と指の感触に、全身が粟立つ。
 眼差しが、視線が、向けられた全てのものが気持ち悪く感じてしまい、ああ、またトラウマが悪化してるななんて思いながらなんかもう心臓を鷲掴みするような嫌なものがぞわりと背筋を這い上がってくる。

「っ、……なに」
「なに?なにがって?せっかく仲吉と遊ぼうと思ったのに逃がされちゃったから、こうなったら準一で遊ぼうかなって」

 当たり前のようにそう笑いながら詰め寄ってくる幸喜を振り払おうとするが、幸喜の手は離れない。触られた箇所が疼く。

「どうしてそうなるんだよ」

 めり込む幸喜の指の感触に全身が緊張し、腹の奥底から不快感が込み上げてきた。
 気が付けば壁際に追いやられ、背中に固い地面の感触が当たる。こいつの思考回路にはつくづく呆れさせられる。
 目の前に迫る、周りなんて気にしないその事故中心的思考回路の持ち主から視線を逸らした俺は幸喜の顔面を手の平で覆い、そのまま無理矢理近付く顔を引き離した。
 助けを求めるように南波に目を向ければ、「見てません、見てませんから俺のことは気にしないでください」と慌てて目を覆いながら背中を向ける南波。
 いやまあ期待してはなかったが、場違いながらなんか変に気を遣わせてしまったことが申し訳なってくる。

「幸喜」

 ぐぐっと腕を剥がそうとしてくる幸喜と揉み合いになる俺を見兼ねたのか、黙って傍観していた藤也はそう静かに幸喜に声をかける。

「んーなに藤也、しょうもないことだったら切腹な」
「今狸があっちに」

 狸?
 なにを言ってるんだ藤也は。
 そう思った矢先だった。

「え?!狸?!まじまじまじ?!ちょ、どこ、狸どこ!」

 すさまじくテンションをあげる幸喜は弾けたように馬鹿でかい声を上げ、そしてぱっと俺から手を離す。
 そんな幸喜に驚くわけでもなく、藤也は「あっち」と屋敷がある方角を指差した。

「早く言えよな藤也!ちょ、俺行ってくる!早く捕まえた方が勝ちだからな!」

 そう興奮した幸喜はそのテンションのまま屋敷の方へと走っていた。
 それをヒラヒラ手を振りながら見守る藤也。そしてなにがなんなのかわからず唖然とする俺。

「……」

 狸に負けた。いや勝たなくていいが。なんだかこう、腑に落ちない。

 どうやら俺はまた藤也に助けてもらったようだ。全身の緊張を緩めた俺は、思いながら藤也に目を向ける。すると、ふと目があった。

「準一さん、手」

 そして、藤也はそう静かに俺の手元に目を向ける。つられて視線を落とせば、鬱血で腐ったような紫色に染まった手が目につきぎょっとした。
 幸喜に触れられていたせいだろう。普通にビビる。

「……ん、ああ」
「……大丈夫?」
「これくらいなら、すぐ」

 言いながら、鬱血の跡を消した俺は「ほら」と元に戻った手を掲げてみせた。
 それを一瞥した藤也は特に顔色を変えるわけでもなく「そう」と小さく目を伏せ頷く。

「あの人、もう帰ったの?」

 そして、仲吉が立ち去った後に目を向けた藤也はそう尋ねてくる。
 言わずもがな、仲吉のことなのだろう。

「いや、ちょっと色々頼んでてな。また後で来るよ。夏いっぱいこっちいるって言ってたからこれから毎日くることになるだろうけど」
「毎日?」
「……って本人は言ってたからな」

 驚いたように僅かに目を丸くさせる藤也に、やっぱ言わなかった方がよかったかもしれないと後悔せずにはいられない。どんな顔をすればいいのかわからず、誤魔化すように苦笑を浮かんだ。

「準一さんはどう思うの?」

 そして、ようやく口を開いたと思ったら藤也はそんなことを問い掛けてきた。
「は?なにが?」いきなりの質問にそう聞き返せば、藤也は押し黙る。目が怖い。
 どうやらそれくらい自分で考えろと言っているようだ。

「あの人が毎日来てくれるようになって嬉しい?」

 やがて、諦めたようにそう小さく息を吐いた藤也はそう改めて聞き直してくる。
 仲吉の名前を呼ぶ気はないようだ。

「……正直、心配だけど、まあ……嬉しいかも」

 あまりにも単刀直入な藤也の質問になんだかこちらが照れ臭くなりながらもそう答えれば、藤也は「そう」とだけ頷いた。
 今の質問にどのような意図があったのか、藤也はそれっきり黙り込んでしまう。
 新手の羞恥プレイ的ななにかなのか。

「……そうだ、お前なんで仲吉から隠れてたんだよ」

 会話が途切れ、沈黙に耐えきれなくなった俺はそう気になっていたことを藤也に尋ねることにした。すると、藤也はなんでそんなことを聞くんだとでも言うような意外そうな目でこちらを見る。

「別に、わざわざ出る必要なかったし」

 そして、ツンとそっぽ向く藤也はどこか冷めた口調で続ける。
 言われてみれば、確かに藤也は初対面の相手と握手するようなフレンドリーな人間ではない。
 初めてあったときも、最初はあまり話し掛けられたりそういうことをされたこともなかった。
 今でもたまに素っ気なく感じるが、そう思えばましな方かもしれない。

「せっかく紹介しようと思ったのに」
「俺をあの人に?」

「……なんで?」そう、何気ない調子で言ったつもりなのだが藤也は気になったようだ。
 意味がわからないとでも言うかのように見据えられ、なにかまた余計なこと言ってしまったのだろうかと心配になる。

「なんでっていうか……ほら、色々お世話になったし」

「やっぱ、そういうのってちゃんと言っておきたいだろ」自分でなにを言っているのかわけがわからなくなって、次第に語尾が弱くなる。
 嘘ではない。冷たいところもあるが、なんだかんだ藤也は優しい。
 仲良くしてほしいとまで我が儘は言わない。なにかあったとき仲吉を守ると考えたものの、やはり一人手は不安要素が多くなるべく藤也の力を借りたかった。
 そういうことを含めて二人には仲良くしてもらいたいと思ったのだが、やはりこんなことを言えば藤也にキレられそうだ。
 一人百面相をする俺に対し、藤也は「変なの」と呟き小さく笑う。

「様子見て考えるよ」
「様子見って」

 笑う藤也にも驚いたが、その言葉に戸惑わずにはいられない。
 保留ということだろうか。素直に喜べばいいのかわからない。
 俺たちの会話を盗み聞きしていたらしい南波は「彼氏連れてきた娘の父親かよ」と鼻で笑う。そして藤也に睨まれて四っつん這いで草むらに突っ込んでいた。

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