亡霊が思うには


 04

「奈都はなあ、すぐキレちゃうからやだよなあ。こうもっと明るくなれないのかなあ、奈都。いつも遊びに誘っても無視するし」
「それを嫌われてるって言うんですよ。あまり奈都君をいじめるねはやめなさい、そのうち祟られますよ」

 難しい顔をして唇を尖らせる幸喜に、花鶏は困ったような顔をした。
 そりゃあわざわざ怒らせるようなことを言ってたら嫌われるだろうな。幸喜はというと花鶏の注意に「それはやだなー」と軽い調子で答えるだけで、改善する様子も見当たらない。

「あ、そーだ。準一、外行かね?雨も止んだっぽいし、いいだろ」

 不意に、幸喜は隣に座る俺の顔を覗き込みながらそう聞いてくる。
 さっき断ったばかりだというのに、なかなかしつこいやつだ。もう一度断ろうとして、俺はふと耳を澄ませる。
 確かに、先程まで聞こえていた雨音はいま全く聞こえない。どうやら幸喜の言う通り雨は止んだようだ。

「なーいいだろー。せっかく仲良くなったんだからさ、この辺案内したいんだよ」

 返事に迷う俺の腕を掴み、幸喜はだだっ子のようにガクガクと俺の体を揺する。無駄に力が強い。
 この辺に案内できるような場所があるように思えなかったが、丁度いい。じめじめとした湿っぽい屋敷内に隠ってばかりじゃ気分まで湿っぽくなってしまう。
 幸喜と二人で出歩くのはあまり気が進まなかったが、今は外の空気が吸いたかった。

「わかったから離せって、腕もげたらどうするんだよ」

 いいながら、俺は掴んでくる幸喜の腕を離した。
 ちょっとした冗談のつもりだったが、自分で言って怖くなってくる。

「なんだよ、行きたかったんなら最初から言ってくれればよかったのに。まあいいや!んじゃ行こうぜ!」

 だからなんでそんなに上から目線に物を言うんだ。
 幸喜はそう言うと笑みを浮かべ、「花鶏さんお留守番よろしくね!」と花鶏に声をかける。

「あまり遅くならないようにしてくださいね。あと、迷子にならないよう気をつけること」

 お母さんかよ。にこにこと笑いながらそう続ける花鶏に、俺はなんとなく情けない気分になる。
 誰が迷子になるんだよ、幸喜か?と思ったが昨日の夜自分が迷子になりかけたことを思い出し、慌てて花鶏から視線を反らした。

「わかってますって!どーせ外には出られないんですからそんな遠くまでいけないんだし」

 言いながらソファーから立ち上がる幸喜は、「早く行こうぜ」と俺を促す。
 外には出られない?何気ない幸喜の一言に、俺は顔をしかめた。
 そう言えば、幸喜は地縛霊だと言っていた。それが本当かどうかはわからなかったが、もしそれが事実ならば地縛霊だということとなにか関係しているのだろうか。
 もう少し詳しく聞こうかと思ったが、あまりにも幸喜が急かしてくるので『後ででもいいか』と俺はソファーから腰を持ち上げる。

 幸喜に引っ張られるようにして俺は応接室を後にした。
 赤黒いカーペットが敷かれた廊下を歩き、俺たちは一階へと続く階段を使って一階へ降りる。
 ロビーまでやってきて、不意に背後に寒気を感じた。慌てて振り向けば、そこには藤也が立っている。

「幸喜、どこに行くんだ」

 名前を呼ばれた幸喜は、いつの間にかに背後にいた藤也に驚くわけもなく「外だよ外」と笑いながら続ける。

「準一がどーしても行きたいって言うからさあ、俺が案内してるわけ。なに、藤也も来る?いまなら出血大サービスで俺のナビゲーション付き」

 いつ俺がそんなことを言ったのか、幸喜には是非その辺りを詳しく説明して頂きたい。ちゃっかり脚色する幸喜をじとりと睨むが、幸喜は「準一顔怖いよ」と笑うだけだった。憎たらしい。

「俺は……いい。面倒臭い」

 藤也はそれだけを言えば、階段を登っていく。
 顔は同じのくせに幸喜と違ってやけに消極的なやつだな。思いながら、俺は階段を上がっていく藤也の後ろ姿を見送る。

「なんだよ、つまんねーやつだな。せっかく俺が誘ってやってんのに」

 藤也の後ろ姿を一瞥する幸喜はそう不満そうに呟けば、「まあいいや」と気を取り直した。

「ほら、準一もなにぼさっとしてんだよ。歩く歩く」


 幸喜はそう俺に笑いかければ、さっさと出入り口の扉に歩み寄る。
 本当、色々無頓着なやつだな。
 思いながら、俺は幸喜に急かされるまま歩き出した。

 蝶番の扉を押し、そのまま外へ出る幸喜。
 閉まりかける扉を開き、後を追うようにして俺は館を後にする。

 さっきまで雨が降っていたにも関わらず、真っ青な空には太陽が登っていた。
 ここが山だからだろうか、それとも雨の名残があるからだろうか。降り注ぐ陽射しを受けても尚、屋敷付近の空気はどこかじめじめとしている。四方から蝉の鳴き声が聞こえてきた。
 陽射しが少しキツかったが、それもそのうち慣れるだろう。

「……」

 先に屋敷を出ていた幸喜は、空に目を向け顔をしかめる。
 俺同様に眩しいのだろう。どこか具合悪そうにも見えたが、死人が具合悪そうというのもおかしい。
「……どうした?」いきなりしおらしくなった幸喜に、俺は声をかけた。

「いや、いつも日が出てないとき行動してるからさ、ちょっと眩しいっつーか……なんというか」

 手で目元を覆った幸喜は、瞼を擦りながらそう呟く。
 やはり、俺と同じらしい。どことなく調子悪そうな幸喜だったが、「日陰通って行こう」と気を取り直す。
 俺の返事も待たずに林の中に入っていく幸喜。別に日陰を歩くこと自体には異論はなかったので、俺は黙って幸喜の後についていった。
 湿った空気とぬかるんだ土のせいか、余計じめじめしていて暑く感じたが汗はでない。
 確かに、便利といっちゃあ便利なのかもしれない。
 幸喜は幽霊になった方がましだと言っていた。いまならその意味がわかる。
 それと同時に納得してしまう自分がなんとなく嫌だった。
 足元に木の葉の影ができていて、その隙間から目映い陽射しが差し込んでくる。少し眩しかったが、別に死ぬほどキツいというわけでもなかった。

「なあ」

 黙って歩く幸喜の背中に、俺は声をかける。
「なに?どーしたの?」幸喜はこちらに振り返りながら聞き返してきた。

「どこ行くんだよ、今から」

 さっきからなにも言わない幸喜に、俺は訝しげな視線を向ける。
 案内とか言ってたくせに、これじゃただ連れ回されているようなものだ。
 せめて目的地を教えて欲しいと続ける俺に、幸喜は少しだけ考える。

「あそこだよ、準一が見事に頭から突っ込んでいたあそこ。準一だって気になってたんじゃない?体がどうなっているか」

 そう笑う幸喜に、俺は初めて双子と出会った場所を思い浮かべた。ただの煩いやつかと思っていたが、どうやら勘はいいらしい。
「まあな」幸喜に図星を指された俺は、素直に頷いた。
 もしかしたらまた崖に突き落とされるんじゃないかと思っていたが、幸喜が嘘をついているようには見えない。
 自分の無惨な姿を見たいと思うほど俺はマゾではないが、まったく気にならないわけじゃなかった。
 俺の返答に口許に笑みを浮かべる幸喜は、再び前を向き足を進める。

 それから暫く林の中をさ迷った。
 どこを見ても木しかなくて、俺には自分がいまどこを通って来たのかすらわからない。
 もし俺が一人で来ていたなら、間違いなく道に迷っていただろう。幸喜の様子をみる限り、どうやらその心配もなさそうだ。慣れているだろう。地面の上を歩くその足はしっかりと目的地に向いているような気がした。

 それから数十分後。

「おい、まだつかないのかよ」

 昨日花鶏と共にあの幽霊屋敷に行ったときはこんなに時間がかからなかったような気がする。
 さほど疲れはしなかったが、流石に気になった。

「んーふふふっ。おっかしーなー、俺の記憶だとこの辺りだった気いすんだけどなあ、ふふふ」
「はあ?」

 笑いながらそんなことを言い出した幸喜に、俺は顔をしかめた。
 それって道に迷ったってことじゃないのか。
 笑って流そうとする幸喜は、「いや大丈夫大丈夫だから、すぐつくって」と宥めるように俺に言う。

「ちょっと待てって、取り敢えず止まれよ。これ以上迷ったらどうすんだよ、おい止まれって」

 尚も止まろうとしない幸喜に、半ば呆れながら俺は幸喜の肩を掴んだ。

「だあーかーらー、大丈夫だって。すぐつくすぐつく。そんな顔すんなって、俺を信じろ!」

 ようやく足を止めた幸喜は、楽しそうに笑いながらいう。
 信じてついて来た結果迷ってんだろうが。言い返してやりたかったが、なんだか気力が沸いてこない。
 幸喜のテンションと反比例してテンションが低下してくる俺。機能してないはずの胃がきりきりと痛み出した。
 実際幸喜の言い分も理解できたが、やはり死んだばかりだからだろうか。
『どうせ死なないから大丈夫だ』と幸喜のように割り切ることができなかった。

「お前、道わかんねえんならさっきどうやって帰ってきたんだよ」

 あまりにも危機感のない幸喜に、俺は呆れたような顔をして問い掛ける。
「あー、さっき?」周りを見渡しながら、幸喜は少し考え込んだ。

「この辺の道は藤也が覚えてるからさあ、俺はよくわかんねえんだよねえ。あいつ昔っから記憶力がよくてさあ、俺の自慢の弟なんだよな」

 遠い目をした幸喜はそう笑いながら言う。
 話題が逸れていっている。というか幸喜が兄なのか。
 落ち着きぶりからして藤也のが兄かと思っていたから、どうでもいいことに驚く。
 いや、違う。どっちが兄だとかそんなことはどうでもいい。
「最近は反抗期突入してっから冷たいんだけど」すっかり頭は双子の弟のことでいっぱいになっている。
 よっぽど藤也のことが好きなのだろう。美しい兄弟愛を邪魔をするつもりはないが、今はそんなこと言っている場合じゃない。

「話変わるけど、どうするんだよ。これから」

 幸喜の話が長くなりそうだったので、俺は強引に話を切り上げることにした。
 どうするもなにも、どちらにせよ移動しなきゃ始まらないのはわかっていたが一応幸喜にも確認を取っておく。

「ん?なにが?」

 幸喜はというと、まったく人の話を聞いてなかったようだ。非情に嘆かわしい。

「だから、これからどうするかって言ってんだよ。俺の死体がある場所はわかるんだよな」

 俺は怒りを堪えながらそう幸喜にできるだけ分かりやすく話すが、あまり変わっていない。
 俺の死体か。自分で言っててなんとなく可笑しくなってくる。

「まあ、俺は勘がよろしいからな。そんなこと余裕でわかるぞ」

「かっこいいだろ?」と笑う幸喜に、俺は適当に「かっこいいかっこいい」と相づちを打つことにした。
 そう胸を張る幸喜は、親に褒められた子供のように見えた。
 そんなによろしい勘なら、普通道に迷うなんてヘマせずに目的地に辿り着くはずなんだけどな。
 幸喜があまりにも嬉しそうに笑うので、なんとなく怒る気になれない。

「まあ、とにかく歩かなきゃはじまんないしな」

 俺は言いながら周りを見渡した。
 大きな樹が至るところに生えており、そこから伸びる枝葉が空を覆うようにして影をつくっている。どこかから聞こえてくる蝉の鳴き声が、一層大きくなったような気がした。

「だからさっき言ったじゃん。歩いたらいつかつくって」

 仕切り直す俺に、幸喜は面白くなさそうに唇を尖らせる。
「そうだったな、忘れてた」下手に下に出たらややこしそうだなと悟った俺は、そう適当に謝ることにした。

「なら仕方ないな!」

 幸喜も幸喜で単純なやつだ。俺の言葉に納得したのか、幸喜はそう楽しそうに笑う

 機嫌を持ち直した幸喜と林の中を歩くこと数分。

「ん?あれ?……おい、準一」

 不意に、先を歩く幸喜はそう言いながら後をついてくる俺を呼ぶ。
「どうした?」草むらの側で足を止める幸喜に、俺は聞き返した。
 幸喜の隣に並んだ俺は、幸喜の視線を辿る。
 草むらのその先には、どこか見覚えのある景色が広がっていた。
 かなりの高さがある絶壁に、その側には俺だったものが転がっている。
 雨で流されたのか、あまり血は目立たなかったがそれは直視できるような状況ではない。
 昨夜見たときと印象が違うように感じたのは、やはり陽に照らされているからだろうか。それだけなら、まだよかった。ひしゃげた頭部も許容範囲内だ。
 そこにはもう一人、俺たち以外の人間がいた。

「……仲吉」

 俺の死体の側でうずくまる友人の姿に、俺は無意識に名前を呼んだ。
 もちろん、仲吉に届くわけがない。

「なんだ、まだあいついたのか。よくここまで来れたなー」

 隣で可笑しそうに笑う幸喜は、草むらを掻き分けそのまま仲吉の元に足を向けた。
 幸喜が草むらの上を通るたびにガサガサと派手な音がし、「なにやってんだ」と俺は慌てて幸喜を呼び止める。
 確実に、仲吉にも聞こえてたはずだ。なのに、仲吉は死体の側でしゃがみこんだまま動かない。

「ほら、こいつまったく俺に気付いてないっしょ。こういうやつって脅かし甲斐がないからつまんねーんだよなー」

 俺の制止も聞かずに死体の元までやってきた幸喜は、間に死体を挟んで仲吉の向かい側に屈み込む。
 確かに、幸喜のいうことは本当のようだ。あんなに幸喜が近くにいるというのに、仲吉は特に反応もしない。ただなにも言わずに、じっと地面を見つめているだけだ。
 泣いているのだろうか。それとも、生で見た死体にショックを受けて動けないのか。
 俺にはわからなかったが、なんとなくこのままわからなくていい気がした。

「準一もこっちこいよ」

 笑いながら幸喜は大声で俺を呼ぶ。
 楽しそうに手を振ってくる幸喜に、俺は顔を強ばらせた。

「……帰るぞ」

 俺は、そう言って幸喜たちに背中を向ける。とてもじゃないが、俺にはあんな痛々しい仲吉の姿を近くで見れる自信がなかった。
 それに、仲吉だって俺に見られたくないかもしれない。俺だったら、我慢できない。
 わざわざ連れてきてくれた幸喜には申し訳なかったが、俺はいち早くこの場から離れたかった。

「えーなんでだよ。せっかくお友だちに会えたんだろ?つめてーなあ準一は」

 つまらなさそうな声をあげながらも、幸喜は立ち上がる。
 冷たいのか?俺は。
 じゃあどうすればいいんだ。近付いて慰めろとでも言うのか。俺は死んでるんだ。仲吉だって、俺のことが見えない。声も届かないし、どうしようもない。
 なにもできないのをわかってて、友人を傍観するのなんてただの苦痛にしかならない。

「いいだろ、どっちでも。死体が見れただけで満足だ、俺は」

 言いながら、俺は幸喜を置いて歩き出した。
 幸喜を連れていくためとはいえ、我ながら意味のわからないことを言ったと思う。
 強く言う俺に、後ろからついてくる幸喜は「あれか?難しいお年頃ってやつか?」とか言って、一人笑い出した。馬鹿にするような幸喜の言葉にムカついたが、否定できない自分が悲しい。

 仲吉の姿を見て、改めて自分が死人であることを痛感させられた。
 仲吉の中でもう俺は死んでいるのだ。いくら仲吉が馬鹿だからとはいえ、流石に気付いているだろう。あれが俺だってことを。
 あんな場面に出会すぐらいなら、ずっと屋敷にこもっておけばよかった。
 あんな場面に出会さなければ、きっと俺は仲吉はなにも知らないままいつものように過ごしているだろうと思い込めたのに。
 考えれば考えるほど思考がこんがらがってきて、仲吉のことを考えると酷く気分が億劫だった。
 仲吉はどんな気持ちで俺の死体を見ていたのだろうか。この場に幸喜がいなければ俺はどうしていたのだろうか。
 もし仲吉に俺の声が届いたとすれば、俺は仲吉になにを言うのだろうか。

「準一、準一って」

 ふと、後ろからついてくる幸喜が大きな声で俺を呼ぶ。
 林の中。
 考え事をしていて上の空だった俺は、幸喜の声に少し驚く。呼び止められ、俺は慌てて足を止めた。

「……なんだよ」

 俺は幸喜の方に目を向ける。
 つられるように足を止めた幸喜と向き合うような形になった。

「そっから先、行き止まり」

 幸喜は、そう言って俺の背後を指差した。俺は幸喜の指す方へ振り返る。そこには先ほどと変わりない風景が続いていた。
 見渡す限りの樹に、緑。
 行き止まりって、道がないとかって意味じゃないのか。確かに樹が多いだけに歩きにくそうだが、崖や川など道を塞ぐものは見当たらない。

「なんかあるのか?」

 見る限り、物理的な行き止まりらしきものはない。
 あれか、よくSF映画とかにある結界とかそういうかっこよさげなものでもあるのだろうか。あったとすれば、傑作だ。

「気になるなら自分で確かめてみれば?実際、その方が早いかも」

 鼻で笑う俺に、幸喜はにやにやと笑いながらそう提案する。挑発するような含んだもの言いをする幸喜に、俺は目を細めた。
 誰がそんななにかあるような場所にいくかよ。普段の俺ならそう言うだろうが、なんとなく挑発的な幸喜の態度が気に入らなかった。
 もしこれが幸喜のハッタリだとすれば、俺はなにもない場所にびびったということになる。まあ、なにもない場所にビクビクしながら挑むのも、なんともかっこつかない話だが。
 どちらにせよ、俺がからかわれているのには違いないだろう。

「わかった。どこに行けばいいんだ?」

 考えた末、俺は幸喜の挑発に乗ることにする。
 あまり冷静な判断とは言えなかったが、まあいい。俺は死んでるんだ。どうせない命なら体を張った方が得だろう。半ばやけくそになりながら、俺は幸喜が指差した方へ足を進ませた。
「頑張ってねー」後ろから楽しそうな幸喜の声が聞こえてくる。
 頑張らなければいけないなにかでもあるというのか。
 幸喜の発言に、俺はようやく自分のとった行動に後悔する。
 一歩、二歩と進み、俺は幸喜の方に振り返った。にやにやと笑う幸喜が、「あと五歩くらい」と俺に声をかける。
 五歩か、五歩目になにか起きるとでもいうのか。
 ありがたいような、迷惑のような忠告をしてくる幸喜に、俺は前を向き一歩踏み込んだ。
 瞬間、

「……は?」

 前に出した右足に酷い激痛が走り、予期せぬ痛みに俺は思わず間抜けな声を漏らす。
 まるでノコギリかなにかでふくらはぎを切断されたような焼けるような痛みに、とっさに俺は退いた。
 慌てて右足に目を向けるが、ちゃんと足はついている。
 移動したからだろうか、先ほどのような謎の痛みも今は感じなかった。

 List 
bookmark
←back