アダルトな大人


 司とクリスマス

『おい原田、今から店に出れないか?くくくっ、言わなくても分かる。どうせ暇なんだろ?一人寂しくクリスマス特集のテレビ眺めながらコンビニのケーキ食うくらいなら働け!礼は弾ませてやる!』

 そう、近所のコンビニで買った一人用のクリスマスケーキを丁度食べようとしていた俺の携帯に店長からのクソ失礼極まりない電話が掛ってきたのは数十分前のことで。
 無視してやろうかと思ったがあまりにも図星を刺されてしまい返す言葉も見つからなかった俺は仕方なく、そう、仕方なく店に向かうことにした。
 別に一人が寂しかったからではない。断じて違う。この際店からのシフト要請でもいいから誘われないだろうかなんて別に期待していたわけでもない。…そう思いたい。

 ということで、店内入り口。

「おお!原田!待っていたぞ!」
「どーも。……って、あれ?店長だけっすか?」
「いや、笹山もいる」
「おはようございます、原田さん」
「おう、おはよ………おお?!」

 レジの方から顔出した笹山に俺は驚いた。
 こういうのが土色っていうのだろうか、なんか今にも倒れそうなくらい疲労感を全身から滲ませた笹山につい言葉を失った。

「だ、大丈夫か、笹山。なんかゾンビみたいになってるけど」
「大丈夫だと思うんですが…原田さんが来てくれたので、少しだけ休もうかと思います」

 そう言うなりよろよろと店内を後にする笹山の背中に「お大事に」と声を掛けるが、届いたかはわからない。

「全く、クリスマスだからといってデートだの旅行だのと浮かれて…あいつらには少しはバイトを優先させた笹山と予定もなく一人寂しいクリスマスだけは嫌だと渋々店に出て来た原田を見習ってもらいたいところだ!」
「だ…っ、別に違いますから!人聞きの悪いこと言わないでくださいよ!帰りますよ!」
「わかった!悪かった、俺が悪かったから帰らないでくれ!今は手が足りないんだ!」

 そう嘆く店長は珍しく本当に困っているようで、あの店長にこうも泣き付かれるとちょっと気持ちよかったり。

「俺と笹山と、他にはいないんすか」
「そうだな。一応片っ端から連絡して来るように言ったのだが、紀平は着信拒否だし四川は出ないし、他の奴らはほぼ全滅だな。後は……」

 そう、店長が言い掛けたときだった。
 バイブ音が響き、ハッとした店長は急いでスーツから携帯端末を取り出した。

「ああ、どうした?…そうだ、少しの時間だけでいいから出られないか?今はもうとにかく人出が足りなくてな。ああ、今のところ俺と笹山と原田だが……」

 そう、店長が言い掛けた矢先のことだった。
 勢い良く店内の扉が開いた。
 何事かと扉の方を振り返れば、そこには携帯を手にした司がいて。

「…………ども」

 そう短く呟く司は走ってきたのだろうか、僅かに息を切らす司に俺と店長は顔を見合わせた。

「なんだ、お前飲み会はいいのか?」
「店長から頼んできたんじゃないすか。…人出、足りてないんすよね」
「ああ、そうだが…悪いな、助かる」
「いえ」

 マフラーを緩め、そのままスタッフルームへと向かおうとしていた司はふと足を止め、こちらを振り返る。

「原田さん、クリスマスまでバイトとか頑張るじゃん」
「頑張るっつーか、まあ、呼ばれたから来ただけだけど」
「中谷さんとどっか出かけるんじゃなかったんだ?」
「へ?」

 予想していなかった司の言葉に、ついアホみたいな顔になってしまう。
 なんで翔太の名前が出るんだよ、と思ったが、そういやこの前翔太からクリスマスイベントがあるから来ないかと誘われていたのを思い出す。
 イベントと言っても男ばかりだと言うので断ったのだけれど、もしかしたらそのことを言っているのだろうか。

「ああ、なんか誘われたけど断った。一日部屋でゴロゴロしてたな、今日は」
「……へえ、そうなんだ」

 そう、呟く司は相変わらずなにを考えてるのかわかりにくいけれど、それでも先程よりか表情が柔らかくなってるのがわかって。

「…………ま、一日よろしく」
「ああ、頑張ろうな!」
「…………」

 そこ無言かよ。
 ということで、忙しくも聖なる一日が始まった。



 閉店時間を過ぎ、全ての仕事を終え店の外に出た時は既に日が昇り始めていて。

「ああ、朝日が眩しい…眩しいぞ、笹山…俺達は生き抜くことが出来たんだ…」
「店長、何のキャラですか…寝惚けないで真っ直ぐ歩いて下さい、看板にぶつかりますよ!」
「うっ」
「…ああ、もう…」

 死にかけてる店長を引き摺るように誘導して歩く笹山の後ろ、俺と司は歩いていた。
 よくぞこの聖夜を切り抜けてくれたと泣いて喜んだ店長が飯を奢ると言い出して店を出たのはいいが、既に店長の体力に限界が来ているようで。

「すみません、俺ちょっと先に上がらせていただきますね。今更眠気が来てしまって…」
「ああ、わかった。ゆっくり休めよ」
「ありがとうございます。原田さんたちもゆっくりしてきて下さいね」

 そう言って、店長を適当なベンチに座らせた笹山はそのまま駅の方へと歩いていった。
 路地裏、残された俺と司(と眠りコケる店長)の間には沈黙が流れる。
 き、気まずい。
 何か喋らなくては、と咄嗟に「なあ」と口を開いた時、「あの」という司の言葉とタイミングが重なってしまう。

「…………なに?」
「え、いや、なにっつーか…そっちこそなんだよ、なにか言い掛けたじゃねえの?」
「俺は、別に大したことじゃないから」
「じゃあ、そっちから先に言えよ」
「…………」

 だからなぜそこで黙る。
 促そうと顔を上げた時、司と目があった。

「二人っきりになったけど、どうする?……って聞こうと思ったんだけど」
「え?あ、まあ…そうだな。どうする?」
「原田さん、今日の予定は?」
「特にねえけど…」
「それじゃあ、俺の好きにしていいってこと?」

 単刀直入すぎるその言葉に、びっくりして目を丸くする。
 真っ直ぐにこちらを見詰めてくる司に言葉が詰まり、すぐに返事をすることができなくて。
「原田さん」と呼ばれ、胸が弾む。

「す、少し…だけなら…」
「少しだけ?」
「お酒、少しだけならいい…と思うぞ」
「…………お酒?」
「え?飲み行くんじゃないのか?」
「…………まあ、行くけど」

 なんでそんなにちょっと不服そうなんだ。
 今の話の流れ的に飲み会の話だったんじゃないのか?え?違うのか?
 もしかして司は俺の考えていることとは別のことを言っていたのかと思ったら、「まさか」と顔が熱くなってきて。

 先に歩いていく司に置いていかれないよう、その背中を小走りで追いかける。

「なあ、司」

 咄嗟にコートの裾を掴めば、司は「なに?」と目だけを動かしこちらを見た。
 その耳元に口を寄せ、奴に聞こえるくらいの声量で呟けば、司はきょっとしてこちらを見る。

「…………ッ」

 そして、なにか言いたそうにして言葉を飲み込んだ司は、いきなり方向転換して歩き出した。
 まさか、怒ったのだろうか。

「つ、司……?」
「帰る」
「え?」
「家に帰る」
「ええっ?!」

 やっぱり怒ったのか。
 どうしようかと思い、狼狽えているといきなり腕を掴まれた。
 そして、

「…………俺んち、来る?」

 いきなり立ち止まったかと思えば、そう尋ねてくる司に俺は驚いて。
 僅かに赤くなった司に、迷った末、俺は「司がいいなら」と頷き返した。

 おしまい



 ▼ オマケ ▼


 司「せっかくのクリスマスだしケーキ買おう」
 原田「俺は別に」
 司「買おう」
 原田「わ、わかった、わかったからそんなに引っ張るなって」

 

 警察「君、ちょっと君!そこでなにやってるんだ!」
 店長「俺達はともに死線を潜り抜けた謂わば戦友だ…何者にもこの絆を引き裂くことは出来ない……ムニャムニャ…」
 警察「君、起きなさい!家はどこにあるんだ?君!」


 司「…………やっぱり帰ろう」
 原田(すっかり忘れてた)


 home 
bookmark