ドキドキ☆夏の肝試し〜お漏らしもあるよ!〜
「ねえ、かなたん。知ってる?うちの店ってさー幽霊出るんだよ」
ある日の休憩室にて。
ソファーの上に横になり、寛ぎまくっていた紀平さんはそうなにげない調子で訊ねて来る。
「ゆ、幽霊?」と目を丸くする俺に、紀平さんの言葉を聞いていた笹山は苦笑した。
「紀平さん、新しい方が入る度にビビらせようとするの、やめた方がいいですよ」
「いやホント。俺も信じてなかったんだけどさー、夜番の子たちが皆女の幽霊見たってさ」
「女……?!」
思わず釣られる俺。
「え、反応するのそこですか」と呆れたような顔をする笹山にハッとした俺は慌てて紛らすように咳払いをした。
「あ、や、……見たってやつら、寝惚けてたか見間違えたんじゃないんすか?ここ、女の服多いから余計」
「ふーん、かなたんって結構こういうの怖くない派なんだ」
「そりゃ子供じゃあるまいし。俺、オカルトとかそーいうのは信じない派なんで」
「へえ、意外だな。てっきりぷるぷる震えちゃうかと思ったんだけど…」
そう笑う紀平さん。
いつも誂われているだけに、ちよっとだけ得意気になった俺は胸を張った。
「ふふん、残念でしたね」
「いや、安心したよ」
「そうでしょう……って、え?」
「幽霊見たって騒ぐバイトの子たちが次々に寝込んでさ、無断欠勤当たり前だし直接会ってみれば震えるばかりで話になんないし?これ以上休まれたら厄介だからさー調べて欲しいんだけど、幽霊の噂について」
「お、俺がですか?」
予想だにしてなかった紀平さんの反応に、今度はこっちが狼狽える番だった。
「そーそー、かなたんオカルト平気なんでしょ?いやー助かった、俺、ホラーとかそういうの無理だからさ」
「え、いや、でも」
「別に大したことはないよ。ただ、夜の店を見回ってほしいだけなんだ。噂だとしても、その出処が気になるからね」
にこりと笑う紀平さんに、全身から血の気が引いていく。
確かに、怪談話は平気だ。平気だけど、実際に現場に行けというのは別問題であるわけで。
「ちょっ、あの、俺、やっぱ…」
「まさか、男に二言はないよね?」
止めます。そう、口を開こうとした矢先に釘を刺され、「うぐ」と俺は言葉を飲み込んだ。
横暴だ、横暴だ、こんなの。確かに偉ぶった俺も悪いのかもしれないが、だからって。
だからってここまでしなくてもいいんじゃないのだろうか。
「なんなら透と四川も連れて行っていいからさ、調べといてよ。今日」
「さらっと巻き込まれましたね」
「透も平気でしょ、こういうの」
「映画の話でしょう。自分で動くのなら別ですよ」
困ったように眉を寄せる笹山に、相変わらず紀平さんは大らかに笑うばかりで。
「ま、どっちも一緒だって」と笹山の肩を叩く紀平さんはいつになく楽しそうだった。怖い。
「いや、っていうか今日ですかっ?」
「どうせ夜もなんでしょ?俺、これから予定入ってるからさ。よろしくねー」
そういうなり、むくりと起き上がった紀平さんは言うだけ言って休憩室をでていこうとする。
慌ててその背中を追い掛け、呼び止めた。
「ちょっ、ちょっ、待って、紀平さん!」
「ん?なに?……まさか、出来ないなんて言わないよね?」
こちらを振り返る紀平さん。
笑みを浮かべているというのに目が笑っていない紀平さんに睨まれ、俺は「うっ」と言葉に詰まった。
そのまま何も言えなくなる俺に、紀平さんは「ま、そういうことだから」と先程までと変わらない笑みを浮かべる。
そして、
「頑張ってね」
それだけを言い残し、紀平さんは休憩室を後にした。
「横暴だ……」
「…あの人の前で得意不得意をいうのは危険ですね」
◆ ◆ ◆
「さて、これで全員揃ったみたいですね」
そう言って、笹山は通路に立つ俺たちを交互に見た。
つい先程、笹山から半ば強制的に連れて来られた四川は不愉快そうな顔をするばかりで。
「つーか、なんで俺まで付き合わないといけないんだよ」
そう今にも噛み付きそうな顔をして唸る四川に、笹山ははにかんだ。
「ああ、別に帰りたいなら帰っていいんですよ。俺と原田さんが二人で見回りしますので」
「ね、原田さん」と微笑みかけられ、あまり話をしを聞いていなかった俺は「お、おう」と慌てて頷き返す。
対する四川の表情は相変わらず険しいままで、寧ろさっきよりも悪化しているような…。
「お前らに任せられるかよ。とろいの二匹集まったらうっかりミス連発の大惨事になり兼ねない」
「素直に『心配だからついて行く』で良いんじゃないの、そこは」
「うるっせえ」
どうやら四川もついて来るようだ。文句を言いながらもその場を後にしない四川に苦笑した笹山は俺に向き直る。
「取り敢えず、紀平さんに言われた以上ぐるっと見回りだけしておきましょう」
「そうだな、さっさと済ませて帰ろう」
というわけで、俺たちは閉店後の店内へと向かうことにした。
薄暗い無人の店内。
懐中電灯を手にした笹山を先頭に、俺達は恐る恐る中へと入る。
「てかなんで懐中電灯だよ…!普通に明かり点ければいいじゃん…!」
「だってほら、こっちのが雰囲気あっていいじゃないですか」
「おい、お前本当はものすごく楽しんでるだろ」
「実は、わりと」
呆れた顔をする四川に、笹山はにこりと柔らかく微笑む。
「でもそうですね、原田さんが転んでしまったら危ないので明かりを点けましょうか」
そう、懐中電灯をくるりと回した笹山は提案する。
なんで俺限定なんだ。
だがまあ、点けてもらえるのならそれが一番いい。
「それじゃ、ちょっと点けてくるので二人共ここで待っててください」
「さっさとしろよ」
「阿奈こそ、俺がいない間に原田さん虐めないでよね」
「虐めてねえよ。こいつが勝手に虐められてんだよ」
「なんだよその超理論」
なんてぎゃーぎゃー四川と揉めていると、にこにこと微笑む笹山は「では行ってきます」とだけ残し、そのままその場を後にした。
笹山が離脱し、静けさが戻る店内。
俺と四川は睨み合い、そのままふいっとそっぽ向く。
そうこうしているうちに十数分経過。
未だ、笹山は戻って来ない。
「おい、笹山まだかよ。流石に遅すぎるんじゃねえの?」
「知るかよ。便所にでも言ってんじゃね?」
「いくらなんでも、黙っていくような奴じゃないだろ、笹山は…って、おい!」
言い終わるよりも先に、さっさと店内へと歩き出す四川にぎょっとした。
電気がついていないのに、っていうか笹山もまだなのに!
「待てって!おい!笹山がまだだろ!」
「これ以上待ってられっかよ。さっさと終わらせる」
「でっ、でも……」
「なら、お前だけあいつ待っとけばいいだろ」
素っ気無いものいいだが、四川の言葉も分かる。
でも、と俺は先ほどまで自分たちがいた場所を振り返る。
薄暗いそこで、いつ戻ってくるかもわからない笹山を一人待つ自分を想像したら、背筋が寒くなった。
いや、断じて一人が怖いわけではない。ただ、ほら、こう、あれだ。絵面的に…すみません怖いだけです。
「お前一人で行かせれるかよ!…おっ、俺も行く……!」
だけど、素直にそんなことを言えるわけがなく、結果いつもの調子で慌てて四川のあとをついていこうとしたとき。
ふと、足を止めたやつはこちらを振り返る。そして、じっと俺を見た。
「な…なんだよ、文句あんのかよ…」
「いや、別に」
「別にって…」
「ただ、俺と一緒にいてえくらいビビってんのかと思ってな」
皮肉混じりに笑う四川に図星を刺され、かっと顔面が熱くなる。
「だ……誰がビビって……」
「てめえに決まってんだろ。顔、すげえことになってんの気付いてる?」
にやにやと笑う四川につられて、慌てて俺は顔を手で覆った。
更に四川は笑い出した。
「ほら、怖くないように手ぇ握ってやるよ」
一頻り爆笑し、ひいひいと肩を揺らす四川は言いながら俺に手を差し出した。
完全に、舐められてる。
今に始まったことではないが、図星だけに余計悔しくて。
うぐぐと歯を噛み締めた俺は四川を睨み、そして慌てて手を引っ込める。
「よ…余計なお世話だ…っ!別に怖くねえし……お前と一緒に来たくてきたわけじゃねえし」
「じゃあ一人で回れよ」
「ああ、そんくらい楽勝………………へ?」
「俺下の階見てくるからここ、頼んだぞ」
「は?え、あっ、ちょ、待てよ!おい!」
なんでそうなるんだ。
言うだけ言って、そのまま店の奥へと進む四川に慌てて声を掛けるが、あっと言う間にその後ろ姿は闇に埋もれる。
足音すら聞こえなくなった店内。
一人ぽつんと取り残された俺は、変に意地を張った数秒前の自分を殴りたくなった。泣きたい。
「うぅ…くそ……っ!四川の野郎……ッ」
しんと静まり返った店内。
棚を伝えに手探りで歩く俺は、今ここにはいない年下のバイトのことを思い出し、呻く。
それ以上に、あんな挑発にノッてしまった自分が腹立たしくて。
こうなったらさっさと見回って、さっさと帰ろう!
そう意気込んだ俺は更に奥へと歩き進んでいく。
そして数分後。
「笹山ぁああ…!四川んん…!どこにいるんだよお……!」
数分前に固めたばかりの決意は既に崩壊寸前だった。
くそ、なんで俺がこんなことをしなければならないんだ。これも全部四川のせいだ。四川のばか。ばか四川。どこにいるんだよ…!
自分がどこを歩いているのかもわからなくなって、おまけに返事どころか人の気配すらしない店内に俺はなんかもう不安で死にそうで。
もういいや、もういい。俺はよく頑張った。あとはもう適当に紀平さんに報告すればいい。帰ろう。
そう自分に言い聞かせ、先程四川とはぐれた場所へ引き返そうとしたときだ。
かつり、と。店内の更に奥、暗闇の中で確かに足音が聞こえた。
おいおいおいおい、足音だよな…多分。嘘だろ。冗談だろう。なんだよこのタイミング。嫌がらせかよ。いや、でももしかしたら笹山という可能性もあるし…。
行きたくないけど、早く帰りたいけど、もし笹山だったらと思ったら一人きりという今の状況を打破することもできるし、もし違ったら……。
悩んでいる矢先、足音は近付いて来る。
かつりかつと、着実に、こちらへと。
「……ッ!……ッ!」
くそ、なんで俺がこんな目に。
歯をきつく食い縛り、全身に力を込めた俺。半分くらいヤケクソだった。
なるべく足音を立てないように俺は、足音の聞こえる奥へと進む。
ゆっくりと、まるで忍者かなにかのように息を潜めて。
幽霊なんか居ない。科学的に考えて思い込みによる脳が起こした錯覚の一種であるからにしてこういうあれはあれなわけであれなんだとにかくいないものはいない!怖くない!
必死に頭の中で繰り返し、薄暗い店内を突き進む。
店内、職員通路へと続く扉の前。最奥までやってきたはいいが、先ほどまで聞こえていたはずの足音が聞こえない。
もしかして、どこか間違えたか?
いやでも、確かに足音はこちらから……。
「おい、貴様なにをしている」
「びゃあああ!!!」
瞬間、掛けられる声に雷が落ちたかのような衝撃が背筋を突き抜ける。
聞こえてきたその偉そうな声が聞き覚えのあるものかどうかなんて判断するよりも先に、一気に全身の筋肉が弛緩した。
そう、弛緩したのだ。
やばい、と思ったときには時既に遅し。
力が抜けた腰にじわりと熱が滲み、それは下腹部から腿へと広がっていく。
「あっ…あぁ…っ、うそ、うそ……」
一度緩んだそこは止まることを知らず、慌てて手で抑えてなんとか止めようとするけれど、そんな俺の意思とは別にどんどんと溢れてくる熱は着用していた衣類に足首へと流れ落ちて、やばい、ガチ漏らしじゃねえか。
俺が一人びびって一人勝手に漏らした。
それだけならまだよかった。
けれど……。
「原田?!お前こんな時間になにして……」
目の前に現れた店長は、俺の姿を見るなり驚愕する。
「ひっ」と小さく声を漏らした俺は、恥ずかしさだか情けなさだか恐怖だかで立っていることができず、そのままへなへなとその場にしゃがみ込んだ。
「おい、どうし……」
「うぅ……見ないでくださいぃ……」
音もなく溢れるそれは衣類から滲み、しゃがみ込んだそこに水溜りを作る。
それが恥ずかしくて隠したい衝動に駆られるが、混乱した脳みそは上手働かなくて、それどころか店長の目線が俺の下腹部に向けられると余計頭の中がこんがらがって。
「……ごめんなさい、も、俺、駄目です、俺、俺…っ」
情けないことに、弁解するために喋ろうとすればするほど声に涙が交じるばかりで。
体操座りをするように膝に自分の顔を埋めて赤くなった顔を隠したとき、「ふっ」と頭上で小さく笑う声が聞こえた。
「〜〜っ」
「……悪い、まさかここまで驚くとは思わなくてな」
「ほら、泣くな」と破顔した店長は俺の顔を上げさせてくる。
穴があったら入りたい、とはまさにこのことだろう。
いつもと変わらない店長の態度が余計辛くて情けなくて、じわりと視界が歪んだ。
「うぇ…」
「おい、泣くなって言っただろう」
「だって、泣きたくもなりますよ…」
「いい年して漏らしたからか?」
「いっ、言わないでください…っ!」
「なにを恥ずかしがる必要がある。事実だろう。ほら、立て」
「無理です…」
「腰が抜けたのか?」
それもあるが、絶対濡れてるであろう下半身を人目に晒したくなかった。
蹲ったまま押し黙る俺に、やれやれと言わんばかりに苦笑した店長は「仕方ないな」と呟いた。
仕方がない?仕方がないとはなんだ。確かに仕方がないが、仕方がないだけはないだろう。自分で言ってて意味がわからなくなってきた。
なんて、一人テンパっている時。
いきなり腰を掴まれ、「ぎゃあっ!」と飛び跳ねた俺は慌てて店長の手を掴んだ。
「な、なななな、なにやってんすか…!」
「なにって、脱がしてやろうとしただけだ。なんだ?なにを想像したんだ?まさか『そのままでは辛いだろう』と気遣った人の好意を邪なものと勘違いしていないだろうな」
「よっ邪も何も……」
店長の存在自体邪ではないのかと言い返しそうになり、俺は口を噤んだ。
店長の言葉も一理あるし、だとすれば俺は勘違いなんちゃってむっつり野郎になる。
そもそもこの状況でなにを言ったところで格好付かないわけで。
「まあ、そのままでいたいなら好きにすればいい。…因みに俺はそういう趣向も嫌いではないから安心しろ」
何一つ安心できないのが店長クオリティ。
「…うぅ」
素直に言うこと聞くのも癪だが、だからといってこれじゃ気持ちが悪い。
店長がいなければ即脱ぐのだが、というかそもそも店長がいなければこんなことにならなかったのだろうがその辺はもうこの際どうでもいい。
でも、やっぱりこのままは耐えられない。
「お、脱ぐのか?」
「あ、あっち見ててくださいよ!」
「一々照れるな。貴様の色気のないストリップショーを見ても変な気すら起きない」
む、むかつく。それはそれでむかつく。なぜだ。
挑発とはわかっていても真に受けてしまうのは性なのだからどうしようもない。
くるりと店長に背中を向けた俺はそのまま潜れるようにして履いていたものを脱いだ。
案の定下着までぐっしょり濡れている。
……最悪だ、何回言っても足りない。最悪だ。
「随分と我慢していたのだな」
下着まで脱ごうか迷った矢先のことだ。
すぐ背後から店長の声がして、ぎくりとしたときにはもう遅かった。
「ぅ、わ」
「男性用吸水性伸縮性ばっちり万能プレイ用紙オムツでも履くか?勿論給引きだが」
ぬっと伸びてきた白い手に下着のウエストをぐいっと引っ張られ、慌てて俺は店長から離れようとする。けど、抱きすくめられるように体重を掛けられれば引き離す事ができなくて。
「オム…っ、い、いりません!そんな、」
もこもこした紙オムツ履くくらいなら開き直ってノーパンどころか全裸で町中徘徊した方がましだ。あ、ちょっと待ってやっぱりどっちも無理だごめんなさい。
「遠慮するな、どうせ誰かは漏らすだろうと思って発注しておいたんだ。まさか、こうも早く使うときがくるとは思わなかったけどな」
履く前提かよ!……って、ちょっと待った。店長のその言い方ではまるで、
「て、店長…知ってるんですか、噂」
「噂?」
「店に、なんか女の人の霊が出るって」
「店長、もういいですよ」
不意に聞こえてきたどこか高揚のない声に俺は口から心臓が飛び出そうになるのを必死に堪え、そして声のする方を見た。
そこには髪の長い女……じゃない、その骨格はどうみても男だ。というか、こいつは。
「司っ?!」
「どうも、原田さん」
ずるりと被っていたカツラを脱ぎ捨てた司は相変わらずの調子で小さく会釈する。
対する俺はそれに返す余裕はなくて、自分の姿と情けないことになっている下着のことを思い出し、咄嗟に手で隠したが勿論遅い。
「な、なんで…司が…え?」
いきなり現れたやつに、ただでさえこんがらがっていた俺の頭は更にこんがらがる。
「なんだ、もういいのか?」
「ええ、データも充分に取れたので」
「で、でーた?」
不穏な響きに思わず聞き返せば、こちらに向き直った司は小さく頷いた。
「ああ。大学のレポートのため、店長たちに許可を取って店員のやつらで実験をした」
「レポート…?ってか、店長たち?」
「偽の噂を流すために紀平さんにも協力してもらった」
なんだって。
笑顔で面倒を押し付けてきた紀平さんを思い出し、全身から血の気が引いていく。
まさか、全て知った上であの人は俺を試そうとしたのか。
となると、よからぬ可能性が沸いてくるわけで。
「……じゃ、じゃあ、四川とか笹山も、あいつら知って……」
「四川は知らないだろ」
「笹山のやつは気付いてたみたいだけどな」
店長の一言に、なんだか頭を殴られたような気分だった。
あれか、ようするに俺はハメられたということか。
そう頭の中で理解した時、四肢からがくりと力が抜けていく。
「な…なんだよそれ…」
なんだかもう立って居られないほどの脱力感に襲われ、その場にへたり込む俺。
二人の視線がこちらを見下ろす。
「原田」
「お前の課題のせいで、漏らしたってことかよ…俺…っ」
「でも、いいデータが取れた」
目の前。視線を合わせるように屈み込んでくる司は「ね」とデジカメを取り出した。
その画面に写ってるのは、その、もろ俺が漏らしてますっていう現場写真で。
無表情のままとんでもないバクダンを持ってきやがる司に俺は声にならない悲鳴を上げた。
「なっ、お、おい!なに撮ってんだよ!!」
「あくまでも個人用の資料だから大丈夫」
「なにが大丈夫なわけ?!全然大丈夫な要素見当たらねーけど?!」
「おい、時川」
青褪める俺を宥めるように肩にぽんと手を置いてくる店長は、そのまま司に目を向けた。
そうだ、たまには店長らしく店員の行き過ぎた行動を止めてもらわなければならないはずだ。
よし、バシッと言ってやれ!
「あとで俺にも回せよ」
まあなんとなく嫌な予感はしていたけど当たって欲しくなかった。少しでも信じた俺が馬鹿でした。
店長の言葉に「高いですよ」と笑う司。
「早速個人用資料漏洩してんじゃねーか!!」
閉店後の店内。
静まり返ったそこに、一晩俺の咽び泣く声が響き渡ることになった。
◆ ◆ ◆
「で、どうだった?幽霊」
「…すっげー可愛くてロリ巨乳の貞子がいました」
翌日。
にこやかな笑顔で問い掛けてくる紀平さんに精一杯の皮肉を込めれば、紀平さんは目を細める。
「へぇ?俺はお漏らしして泣いちゃった子がいるって聞いたんだけどな〜」
「店長!おい!店長!」
「なんだ?!そいつに話したのは俺ではないぞ!時川だ、時川!!俺はただお前の汚れた下着を『使用済み下着〜ちょっぴりマニア向け〜』コーナーに並べただけだ!!」
「店長!!」
おしまい