アダルトな大人


 終わりよければすべてよし

 夢うつつの中、身体を何度か揺すられハッとする。

「原田さん……、原田さん? 大丈夫ですか?」
「ぅ、え」

 落ちてきた声に目を開けば、そこには心配そうな顔をしてこちらを覗き込む笹山のドアップがあるではないか。
 心臓停まるかと思った。

「……すみません、原田さんのペースを考えずに俺……」
「ぉ、ぉれ、……なんで……」
「え? 記憶飛んじゃったんですか?」
「あ……」

 しゅん、と項垂れる笹山。
 がっしりと腰に回された腕に気付いたと同時に、開きっぱなしのケツの穴につい先程までのあれやそれを思い出す。

 ――そうだった、俺、笹山にとんでもないことを頼んだんだった。

 どうなったんだ、と慌てて笹山から離れようとしたとき、体の奥が痺れたように震え、よろめく。

「っ、ひ、ぅ」
「……っ、と、大丈夫ですか?」

 伸びてきた腕に抱えられ、無理しないでくださいね、と覗き込んでくる笹山に思わずきゅんとした。って、違う。待て、きゅんとかしてる場合ではないのだ。

「さ、ささやま……」

 もう大丈夫だから離してくれ、と目を上げたとき、ばちりと笹山と目があった。
 まだ性行為の余韻がどこか漂ってるバックヤード内、ほんの少し俺達の間に沈黙が流れる。
 そして、

「……原田さん」

 いや、違う。そうではないのだ、いや、囮になるのならこれでいいのか……?
 今にもキスでもしてくるのではないかという笹山に思わず頭が真っ白になったときだった。

 バン!と勢いよくバックヤードの扉が開く。
 そして、

「や、やめろーー!」

 聞こえてきたのは聞き慣れないか細い声。
 何事かとバックヤードの入口に目を向ければ、そこには見知らぬ男がいた。

 ーーいや、まじで誰だ。

「笹山ぁ! ぼ、僕の佳那汰君に……へぶ!!」

 そして、そのまま笹山に襲いかかってくる不審者に動じるわけでもなく、そのままひょいと避けたと思えば男を背負投をする笹山。

「笹山ァ?!」
「あ……すみません、つい」
「つい?!」

 あまりにも動きが早すぎて思わず突っ込んでしまった。

 そして、見事あっさり笹山に返り討ちされた不審者の男はバックヤードの床の上に伸びていた。
 恐る恐る脈を確認したら生きていたのでよかった。笹山、「原田さんは優しいですね」じゃないんだよ。俺はたまにお前がちょっと怖いよ。

「って、ま、待て……つーかなんだよこいつ……」
「見た感じうちのスタッフではなさそうですけど……」

 そう、伸びた男を囲んで覗き込む俺と笹山。
 その笹山の言葉に俺はつい最近の記憶を掘り返し、はっとした。

「……こいつ、見たことあるかも」
「お知り合いの方ですか?」
「いや、名前はしんねーけど……前にAVコーナーで意気投合したお客さん」

 あまり客の顔を覚えたりするのは得意じゃねーけど、あまりにもコアな知識を持っていたお客さんだったので思い出す。
「……そういうパターンもあるんですね」とやや一歩下がる笹山。やめてくれ、ここで引かないでくれ。

 と、そんなやり取りをしていたときだ。

「なるほど、そういうことか」

 うんうんと当たり前のように俺と笹山の間に立っていた睫毛スーツ男に飛び上がりそうになる。

「て、店長?!」
「……店長、随分といいタイミングですね」
「そう怖い顔をするな。寧ろ空気を読んでやったんだ、感謝してほしいくらいだがな」
「感謝もなにも原田さんが身を呈してくださったんですよ。こんな危険な真似、万が一なにかあったら……言っておきますが、俺は今回の件は根に持ちますからね」
「おーおーおー、言うではないか! しかしまあ、笹山が一緒ならば問題ないと判断したのは間違いではなかったようだな!」

 フハハ、と大きく口を開けて腕組み笑う店長に笹山は付き合いきれないと言いたげに肩を竦める。
 けれどまあ確かに店長の言う通り、笹山がいてくれてよかった。

 ……ん?これならもしかして俺、最初から別になにもする必要なかったか?
 …………いややめよう、考えるのは。

「しかし、随分と安らかな顔で眠ってるな」
「すみません、つい……」
「ついでここまで綺麗に仕留めるやつがいるか。まあいい、お陰で余計な手間は省けたしな」

 言いながらスーツからドピンクの手錠を取り出した店長はそのまま男を拘束する。
 なんだこの絵面、とその様を見守っていたときだった。

「佳那汰様!」

 開きっぱなしになっていた扉から再び誰かがやってきた。
 とはいえど、この店で俺を様付けする人間なんて一人しかいない。

「……向坂さん?! なんでここに……」
「向坂さん、遅かったではないか。ほら、真犯人はこいつだったようだ。……ほう、ちゃんとメンバーズカードがゴールドではないか。やるな」

 当たり前のように男の私物を漁り、個人情報諸々チェックしていく店長。あまりにも手慣れすぎてるところには目を瞑っておこう。

 はふはふと駆け寄ってきた向坂さんはぜえぜえと息切れしながら俺たちに向かい合う。

「井上様、笹山様……この度はご協力ありがとうございました。こいつが佳那汰様に不貞を働いた輩ですね」
「いや、不貞を働いたのはどちらかといえばこちら……げほん! ……まあ、なにがともあれこいつが真犯人だったわけだ、これにて一件落着だな」
「向坂さん、でしたっけ……。この方はどうなるのですか?」

 色々ぽろぽろしてる店長はさておき、神妙な顔をする笹山の言葉に確かにと頷く。

「無論、然るべき場所で然るべき処遇を受けてもらうつもりではありますが……その前に未奈人様が『生かしたまま連れて帰ってこい』と仰られていたので、一度こちらで身柄を預からせていただこうと思います」

 俺は無言で十字を切った。南無。

「……じゃあ向坂さん、家に帰るのか」
「ええ、そうなりますね」

 佳那汰様はどうされますか、と言う目で見てくる向坂さんに俺は勢いよく首を横に振り、手でを作った。
「そうですよね」と向坂さんは寂しそうに笑う。

「ですが、またいつでも……帰りたくなったら帰ってこい、と未奈人様は仰られていました」
「う……」
「それと、波瑠香も……『井上様が一緒だったらいつでも帰ってきていいわよ』と」

「「丁重に断っておいてくれ」」

 思わず店長と台詞が被ってしまった。不覚。

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