アダルトな大人


 笑顔(圧)※

 笹山に連れて行かれたのはバックヤードの中だった。
 段ボールが積み重ねられたそこは殆ど物置状態で、人の気配は感じない。

「色々聞きたいことはありますが、取り敢えず一つだけ」

 いいですか、と笹山。

「ああ、なんでも聞いてくれ。……答えるのは内容にもよるけど」
「原田さんは、店長とお付き合いされたのではなかったんですか」
「あ……えーと……それはだな、色々事情があって」

 答えていいのか、どうなのか。
 元々ストーカー対策だったが、狙いが笹山と分かった今俺と店長が恋人のフリする必要もないんだよな。

「事情?」
「事情というか、勘違いというか……だからその、店長とのことは気にしないでくれ」

 俺の頭の中ではここで笹山は納得して一先ずハッピーエンド、となるはずだったのだが、笹山の表情はあまり変わらない。
 笹山?と顔を上げようとしたとき、思いの外その顔が近いことに驚く。
 覗き込まれるように見下され、長い髪が頬に掠める。

「そもそも、“これ”も店長が言い出したことなんですよね」
「まあ、そうだけど……もしかして、笹山怒ってる?」
「怒りますよ、誰でも。……けど、正直ホッとしてる自分もいます」
「へ、へえ……笹山も怒るんだな」
「もしかして原田さん、俺のこと聖人かなにかだと思ってませんか?」
「え」

 伸びてきた手がそっと頬に添えられ、思わずごくりと息を飲んだ。

「俺だってムカつきますし、傷付きますよ。……なんで教えてくれなかったんですか、こんな大事なこと。もっと早く」

 襲う、云々の空気ではない。
 これは本気のやつだ。笑っていない笹山の顔を見たのは初めてかもしれない。
 普段優しい人のキレた顔ってこんなにおっかないのか。

「あ、あー…………ごめんなさい」
「聞こえませんね」
「ご、ごめんって! ごめん! 本当に……ここまで面倒なことになると思ってなくて……」

 ごにょごにょと口篭れば、笹山は「それで、今度は俺を『襲え』でしたっけ?」と微笑む。
 それを言われたらなにも言えない。
 人の金の焼き肉と酒に眩んでいた視界が段々とクリアになっていくみたいだった。
 萎んでいく俺に、笹山は小さく咳払いをする。

「……まあ、こんなことになったのも全て犯人のせいですからね。鬱憤は別のところで果たすことにしましょう。然るべき相手に、ですね」

 相変わらず声は柔らかいものの、端々から感じる犯人へと怒りに思わず「は、はわわ……」となる俺。
 そんな俺に、笹山は「それでは」と軽く手を広げるのだ。

「……?」
「どうしたんですか、原田さん。……俺のこと、襲ってくれるんじゃなかったんですか?」

 ――なんだこの笑顔の圧は。

 いつもの俺の癒やしの笹山はどこにいったのだ、と後退れば背中に壁がぶつかる。
 気付けばあっという間に追い詰められていた。

「さ、笹山……」
「さっきみたいに抱き締めてくれないんですか」
「待って、笹山……心臓の準備が」
「そもそも貴方が言い出したことではありませんか、原田さん」

「それとも、襲われる方が好きですか?」と頬をふに、と指の腹で撫でられる。
 なんか、いつもとキャラ違くないか。
 あれなのか、犯人に見せつけるためのそういう演技ってことなのか、と名推理する俺。
 ならばここは、笹山に合わせるのが安牌ではないか。

「笹山、ごめん……」
「ごめんじゃ分かりませんよ」
「やっぱり、お、襲って……」

 なにを言ってるんだ、俺は。という思考はずっと頭に居座っていたが、もうここまできたらヤケクソだ。
 笹山の胸元にしがみついたとき、そのまま笹山に後ろ髪を撫でるように軽く引っ張られる。
 そのまま顔を上げさせられた矢先だった、唇に噛みつくが如く深くキスをされた。

「ん、ぅ……っ」

 今俺、笹山にキスされてる。
 ふわふわとした頭の中、肉厚な舌で唇を舐められればいとも簡単に舌を招き入れてしまうのだから恐ろしい。

「っ、ん、ん……っ、っは、笹山……っ」

 息継ぎしようと唇をそっと離そうとするが、笹山はそれを許してくれなかった。
 顎下を撫でられ、再度唇を塞がれる。
 にゅるりと濡れた舌が口の中に入ってきて、そのまま俺の舌ごと絡み取るのだ。

「は、ふ……っ、ぅ……」

 どさくさに紛れて腰から尻の辺りを撫でられれば、それだけでびくりと身体が震えた。
「逃げないでください」と言うかのように挿入された舌を重ね合わされ、根本から絡め取られる。
 くちゅくちゅと粘膜同士が音を立て、酸素が薄くなった頭の中、俺は笹山の舌を受け入れることしかできなかった。

「っ、ん、う、……っ」
「……原田さん、キスは好きですか?」
「わ、かんね……」
「俺は好きですよ」

「特に、こうやって恋人みたいに触れるキスは」ちゅ、と目尻、頬、唇の端へとキスする笹山。唾液で濡れた唇を指先で揉まれ、最後に軽く吸われて見つめられるだけで頭の奥がやべーくらいとろとろになってた。

「っ、ささやま……」

 ――やばい、これ。

 そう、顎の下をすりすり撫でられながらも目の前の男を見上げる。
 キスされただけなのに、エプロンの下、衣類を押し上げるように勃起してる自分に気付いた俺は軽く絶望した。
 笹山にバレたくなくて恐る恐る身体を離そうとするが、それが悪かったようだ。
 逆に笹山に腰を抱き寄せられ、密着する下半身に血の気が引く。

「あれ、原田さん……」
「う、待ってくれ、これは不可抗力で……っ!」
「ああ、良かった。……ちゃんと、気持ちよくなってくれたんですね」

『良かった?』と首を傾げるよりも先に、ごり、と更に下半身を重ね合わされ息を飲んだ。
 臍の辺りに笹山のが当たっている。笹山も勃起してるのだと、そして現在進行形で大きくなっていることに気付き、顔が熱くなった。

 待て、これは本当に思ったよりもやばい。

「さ、笹山、ぁ……っ、ちょ……んん……っ!」

 一旦休憩させてくれ、と懇願するよりもさきに再び唇を重ねられればその先は言葉にならなかった。
 パンツ越しに尻を揉みしだかれ、更にぐぐっと下半身を押し付けられるのだ。潰れる、とかそんな問題ではない。

「っは、……っ、ん、……っ! 待って、笹山、お、お、お前……っ!」
「……すみません、原田さん」
「さ、笹山……?」

 なんに対する謝罪なんだよそれは。
 そう息を飲んだときだった、そのまま抱き締められ、肩口に顔を埋めてくる笹山に「ひいっ」と乙女の如く黄色い悲鳴が漏れてしまった。
 いい匂いがする、というかどさくさに紛れて首筋に吸いつかないでくれ!

「っ、や、ぁ……っ、笹山……っ、くすぐったい……っ」
「原田さん……因みに、どこまでだったら大丈夫ですか?」
「ど、どこまでって……なん、ぅ……っ、ぁ、なに……っ」
「……先に言ってもらわないと、多分俺、……最後までやってしまいそうな気がして」

 はあ、と吐息が吹きかかり、つられて全身が熱くなった。
 ――流石笹山、どこかの誰かさんたちに比べてちゃんと理性はあるらしい。
 けれど、だ。

「ど、どこまで……っ?」

 ごりごりと臍に押し付けられる勃起した性器の膨らみ。強請るように尻の谷間に無理矢理食い込まされ、布越しにケツの穴をぐにぐにとなでてくる指。
 笹山、お前も一応ちゃんと男なのか。分かるけど、その動きやめてくれ。
 なんて俺の声が届くわけもなかった。

「……どこまでって、言われても……っ、ぉ……っん、や、ちょ……っ、それ……っ」
「俺は、原田さんの嫌がることはしたくありませんので」

 こんな状況じゃなければ、きっと俺は笹山にころっと堕ちていたに違いない。
 もうここまで来たら「挿れさせてほしい」と笹山に言われた方がまだ素直に頷けるかもしれない。けれど、笹山はそうはしないのだ。
 俺の口から言えと言うのだ、この男は。

 ガチャガチャと緩められたベルト、そのまま下を脱がされそうになり、下着一枚身につけた下半身はより更に笹山のものを感じるのだ。

「お、襲うって……言ったの、お前じゃん……っ」
「……原田さん」
「な、んでも……いいから、も、焦らすな……っ!」

 そう、これは店長の作戦であり俺の意思ではないので問題ないのだ。
 ぐりぐりと押し付けられる性器の熱を遮る布の存在が邪魔で、笹山のエプロンの下、その下半身に手を伸ばせば再び笹山にキスをされるのだ。
 俺の手の上から手のひらを重ねるように握られ、そのまま自分のベルトを緩める笹山。

「っ、ん、ぅ……っ、う……っ」

 エプロンの下、下着から取り出されるそれを握らせられ息を飲んだ。エプロンの裾を持ち上げるほどパンッパンに膨張し、反り返った性器からは笹山の鼓動が流れ込んでくる。
 舌先を絡めながら、笹山に性器を握らされた。

「原田さん」と吐息混じり、至近距離で見つめられて名前を呼ばれてみろ。逆らうことなどできるわけがない。それどころかぎゅっと熱くなる下腹部を押さえながら、俺は笹山の意思に応えようと恐る恐る手のひらの上の性器を扱き始めた。

「ん、ぅ……っ」

 バックヤード内には異様な空気が流れていた。
 ぬちぬちと粘ついた水音を立てながら、俺は笹山とキスをしながらそのエプロンの下に隠れた性器を扱く。
 オナニーとはワケが違う。まだ直接実態を見ずとも、親指と人差し指では指が回らないほどの太さに勝手に呼吸は浅くなっていくのだ。
 それは笹山も同じのようだ。いつもの優しい笹山からは考えられない、見たことのない男の顔をした笹山に舌ごと食われそうになりながら胸を弄られる。
 そして戯れにエプロンの下へと伸びた手に、薄手のシャツの上から胸の先端を摘み上げられた。

「っ、ん、ぅ……っ、ぁ、んむ……ッ!」
「手が止まってますよ、原田さん」
「や、っ、そこ、やめろ……っ」
「嫌ですか?」

 柔らかく指の腹で転がされ、それでも更につんと尖ったそこをカリカリと引っかかれればそれだけで手が止まってしまいそうになる。

「ぃ、や、じゃ……ない、けど……っ」
「じゃあ、問題ないですね。原田さん」
「ん、っ、ぅ……そ、そうなのか……っ?」

 もうなにがなんだかわからなかった。
 きゅっと指先で乳首を柔らかく引っ張られれば、考えていた言葉も全部吹き飛んでしまう。
「俺のも扱いてください」と笹山に囁かれ、快感に流されてしまいそうになりながらも俺は言われるがまま笹山の性器を撫で、手のひら全体を使って再び手コキを再開させた。

「は、ぁ……っ」

 先程よりも明らかに質量は増し、ずっしりと重くなった性器の感触、そしてドクドクと脈打つ鼓動にどうしても下半身が疼くのだ。
 別に被虐嗜好なんてない、はずなのに。
 胸を愛撫されながら扱いていると段々意識はもやがかったようにぼんやりとしてくる。
 辺りに充満した濃厚な性の匂いに、よりぼうっと脳の奥が熱く痺れるのだ。
 ――だからだろう、“これ”の硬さに惹かれてしまうのは。
 執拗なキスに酸欠気味の頭に理性なんてものはあまり残っていなかった。

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