人たらし(本職)
店長がここに戻ってきたということは、犯人の手掛かりが掴めたということなのだろうか。
「て、店長!笹山は……」
「む、……あぁ、それが見当たらなくてな」
「見当たらない?!だ、大丈夫なんすかそれ……!」
狙われてるのが笹山と分かってしまった今、いくら犯人を炙り出すためだとはいえ笹山の身に危険が迫ってる以上心配せざる得なかった。
「どーせ便所だろ、便所……んな騒ぎ過ぎだっての」
そんな俺の横、言いながらエプロンから携帯端末取り出した四川はどこかへ電話を掛け始める。
そして苛ついたように「繋がんねえし」と舌打ちをした。
「誰も彼もが貴様のように携帯持ち歩いて店長の目の前で勤務中堂々と電話掛けれると思うなよと言いたいが……どこにも見当たらないんだ。……厭な予感がするな」
その店長の言葉を聞いて、いても立っても居られなくなった。
「お、俺……ちょっと表見てきます!」
「あっ、おいコラ原田!」
店内に笹山がいない、ならば。
そんな思いで店を飛び出し、階段を駆け上がる。
そのまま路上へと繋がる扉を開いたとき、すっかり日が暮れた夜の街が視界に飛び込んだ。
そして店の入口横。壁を背にぼんやりとしていた笹山は、勢いよく飛び出してきた俺を見てぎょっとする。
「さ、笹山……」
「……原田さん?って、わ、だ、大丈夫ですかっ?」
勢いつけすぎたあまり転びそうになったところを、笹山に抱き止められる。
ひょろりとしたシルエットとは裏腹に力強い腕はしっかりと俺を支えてくれた。
お陰で転ばずには済んだが、いつも笹山には助けてもらってばかりで情けなくなる。
「わ、悪い……大丈夫だ……それよりも、笹山は……」
「ああ、勝手に店出てすみません。……お客さんに見送ってほしいと言われて断れなくて」
そう、申し訳なさそうに眉尻を下げる笹山。
さっき店長たちが言ってた女の子のこと言ってるのか、なんとなく胸の奥がもやっとしたが、気づかないふりをした。
「あ……っ、ごめんなさい、俺」
そしてずっと俺を抱き締めたままだったことに気付いたらしい、ハッとした笹山は慌てて俺から手を離す。
離れる腕に、自分が僅かに名残惜しさを覚えてることに気付いた俺は慄いた。
「それよりも……原田さん、俺のこと心配してきてくれたのは嬉しいですけど、また店長に何か言われますよ」
俺が店長と付き合ってると思ってるのだろう、気を遣われることがこんなにも息苦しいとは思わなかった。
こんな状況になって、実際に危ないのは笹山の方だと分かってても、こんな風に騙すのは心苦しい。
「笹山っ、そのな……そのことなんだけど、笹山…………」
全部、嘘なんだ。そう言えたら少しは楽なのだろうか。
なんて、血迷った思考が巡ったとき。
「原田!」
地下へ繋がる店の扉が開き、店長が出てきた。
あの階段を駆け上がってきたのだろう。 ぜぇぜぇと肩で息をする店長は今にも死にそうだ。
「店長……っ?」
「勝手に飛び出すやつがあるか馬鹿者っ!!久しぶりにこんな運動したぞ!デスクワークに慣れたこの身体を虐めるのはやめろ!!」
「す、すみません……」
運動不足だったらしい、普段涼しい顔してる店長がここまで取り乱してるのは初めてみた。
「炙り出すとは言ったが俺の目の届く範囲にいろ……っ、お前もだ笹山……っ!」
こんな風に店長に怒られたことなかった俺はびっくりして、そして慌てて「ごめんなさい」と謝ろうとして、笹山に止められる。
「すみません、俺のせいなんです……原田さんは悪くありません……俺が、勝手なことしたから……」
「笹山……?」
「……じゃあ俺フロア戻りますね」
「おい、笹山」
止める店長の横を擦り抜け、「失礼します」と頭を下げた笹山はそのまま階段を降りていく。
これは……もしやこれは、また避けられてる。
露骨なまでの避け方に、俺も、そして避けられた店長も暫くショックで動けなかった。
「店長、俺、もう我慢できません……っ!あんな風に笹山に避けられるなんてもう……もう……!」
「分かった、分かったから落ち着け!」
「でも、このままじゃ笹山が……」
このままではどんどんしおしおになってしょぼくれていくのが目に見えてる。
いくら訳有だとはいえ、笹山がそんな風に元気なくなっていく様をこれ以上見るとなると流石に俺も堪えてきた。
それは店長も同じだったらしい。
「確かに一理ある。このままではうちの店の唯一の良心枠である笹山がグレかねない」
「グレ……」
「わかった。こうなったら強硬手段を取る」
「強硬手段?」
「……本当はお前には危険な橋は渡らせたくなかったんだがな、しかしこのままではお前のほうが何しでかすか分からん」
そう、やけに勿体振った言い方をする店長が気になったがそれよりもだ。
打開策があると聞き、思わず俺は頭を上げた。
「わかりましたっ、俺にできることならなんでもします!」
そして、そう拳をぎゅっと握りしめたときだ。
「本当か?」
店長はそう一言、静かに問いかけてくる。
その目に、言葉に、思わず「え」と声が出てしまう。
「本当に、なんでもするのか?」
「あ、えと……痛くないことなら……」
笹山とまた今まで通り仲良くできるならと食いついたのだが、そんな風に念を押されるとだんだん不安になってくる。
いや、別に笹山が云々とかではなく、店長の『なんでも』という言葉が別の意味を孕んでるように聞こえたからだ。
ハラハラする俺に、店長はふっと溜息をつき、そしてやれやれと肩を竦める。
「まったく、そうやって人の話を聞く前に頷くものじゃないぞ。……紳士である俺だからよかったものの、紀平辺りにそんなこと言ってみろ。本当になんでもやらせるぞアイツなら」
「う、うぅ……だって……」
「しかし、話が早くて助かる」
そしてそれもほんの一瞬、いつもと変わらない、寧ろいつも以上に自信に満ち溢れた不遜な笑みを浮かべた店長にゾッとする。厭な予感、それも、結構なかなかの。
「原田、耳を貸せ」
「は、はい……」
恐る恐る耳を貸す。そして、俺は店長から聞いたその作戦に目を剥く。
「……ええっ?!お、俺が……?!」
「なんでもすると言っただろ。やりたくないのなら別の手段も考えあるが、現状これが一番手っ取り早い」
あくまでこの問題を早急に片付けるためだ、と続ける店長だが……俺は店長のとんでもな作戦にすぐ頷くことができなかった。
でも、確かに店長の言葉は一利ある。
……これが上手く行けば、ストーカー野郎をとっ捕まえられるということか。
強硬手段というにはあまりにも力技ではあるが……。
「……わかりました、俺、やります!」
「よく言った!それでこそ俺の見込んだ男だ!」
言うなり、目を輝かせた店長は俺の頭に掌を乗せ、犬かなにかを撫でるみたいにもみくちゃにする。
「うわ、ぷっ、ちょ、てんちょ……」
「佳那汰、お前には面倒な役割を任せることになるがこの件が片付いたあとにたらふく焼き肉奢ってやる!」
焼き肉……?!焼き肉だと?!
「ああそうだ、一番高いコースで酒も飲み放題だ。笹山も……中谷も連れて行くぞ、紀平と四川と時川は……俺に逆らったから留守番だな」
焼き肉!飲み放題!酒!酒!酒!
全部片付けて祝杯だ!
ここ最近ろくなことなかったが店長の言葉を聞いた瞬間落ち込み掛けていた心が一気に燃え始めるのがわかった。
「言っておくが全て片付くまではお預けだからな」
「わかりました!!俺、ぜってー捕まえます!!」
「おお、その意気だ!お前はお前にできることをやってみせろ、後のことは全部俺に任しておけ!」
店長が少しだけかっこよく見えた。
そんなこと言えば絶対「貴様が俺を褒めるのは奢らせるときだけだな!」と拗ねるだろうから言わないけど、けどだ。なんかすげーテンション上がってきた。飯と酒ってすげーや。
うっす!!と頭を下げ、俺は飲み会会場に向かう軽やかな足取りで店に戻った。
戻りながら、自分に任された役目を反芻する。
『お前の方から笹山を襲え。勿論フリでいい。そうすれば、何かしら犯人の動きがあるはずだ』
そこをとっ捕まえる。なんて、店長は簡単なことのように言ってみせるのだ。
本当に、俺には真似できそうにない。したくもないが、そんな破天荒さは嫌いではない。