アダルトな大人


 ラブハプニング(仮)

 店長室を出て、すぐのことだった。

「あ、店長。良いところに」

 丁度紀平さんに引きずられていた向坂さんと、それをちょっと離れた位置からついていっていた四川もといフォーリバーがいた。
 通路の上でジタバタしていた向坂さんは、俺の姿を見るなり「か、佳那汰様〜〜!!」と駆け寄ってくる。

「どさくさに紛れて抱き着いてんじゃねえ!」
「ヒイッ!!!」

 と、四川に怒鳴られ慌てて向坂さんは俺の影に隠れる。
 可哀想なんだか、自業自得なんだか、なんとも言えない。

「向坂さんがバケツの犯人だと言ったな」
「そのことなんだけど…………店長、ちょっと気になることがあってね」

 声を潜める紀平さんに、店長はニィと不敵な笑みを浮かべる。

「なんだ、紀平貴様もか。奇遇だな」

 ……も?

 というわけで、俺達は一度お互いの情報を整理するために別室へと移動することになったのだが…。
 紀平さんの口から衝撃の事実が飛び出すことになった。

「って、なんだよそれ、俺初耳なんだけど!」

 第一声は、今回のことについて蚊帳の外にいる四川のものだった。
 それは無理もない。恐らく渦中にいる俺だってそうだ。
 まさか、あの全ての原因でもあるであろうあの俺の写真が本当は笹山のロッカーに入っていたなんて。

「そりゃあ貴様には言ってなかったしな。……というよりも、紀平、貴様もだ。何故原田には言って俺には言わなかった」
「店長には後々伝えるつもりではあったんですけどね、悩むかなたんがいじらしくてつい」

 ついって、ついって!!!
 そんな可愛い女の子が言えばまあ許してやらないようなポーズでおちゃめぶられたところで全く心は踊らない。

「それで、向坂さんがしたのはタライだけだって言うし、あの写真のことも知らないみたいだし」
「…………」

 つまり、これって、やばいのは笹山なんじゃないのか?

「そ、それじゃあ………まだ終わったわけじゃないってことですか?」
「まあ、そういうことだな」

 終わったどころか、俺達は根本的なところを誰かさんのせいで見失っていたわけだ。
 紀平さんには色々言いたいことはあるが、そうとなると気を掛けるべきは他にある。

「佳那汰様……私、私も僭越ながらご協力します!元より私がちゃんと悪い虫を排除しておけばこのように佳那汰様を怖がらせることもありませんでした、私の、蛆虫のように役立たずな不甲斐ない私めのせいで!!!」
「こ、向坂さん落ち着いて…」

 落ち着いてください、と息巻く向坂さんを宥めようとしたとき。
 思いっきり向坂さんのすぐ横の壁を蹴る紀平さん。

「そうだよ、蛆虫さんはまだ頑張って生きてるんだから君も少しは男見せてみなよ」
「……は、はひ……ッ!!!!」

 いつの間にかに調教されてる……。
 向坂さんも向坂さんで楽しそうなので俺はそっとしておくことにした。

「それじゃ、善は急げだね。ほら阿奈、お前は店内に戻ってレジ見ながら品出し。よろしくね」
「はあ?!なんで俺が?!」
「頼りにしてるんだよ、ほら、よろしく」
「く…ッ!!俺ばっか蚊帳の外にしやがって!!覚えとけよ!!」

 寂しかったのだろうか。
 流石、人の扱いに長けてる紀平さんだ。カウンターへと戻る四川を尻目に、紀平さんはにこりと笑う。

「俺と向坂さんは不審者いないかもう一回探してくるよ」
「ああ、頼んだぞ」
「じゃあね、かなたん」
「あ、はい………」

 ひらひらと手を振り、紀平さんは先程同様向坂さんの首根っこ掴んで歩き出した。
「佳那汰様、佳那汰様!!」と向坂さんの鳴き声が聞こえてくるけどまあここは紀平さんに任せておいた方が良さそうだ。
 というわけで、再びその場には俺と店長、二人だけが残されることになったわけだが。

「それでは、俺達も向かうか」
「向かうって…?」
「無論、犯人を炙り出すためだ」

 びしっと指差す店長に、俺は不安とドキドキと心強さでよくわからない気持ちになったがそれは不思議と不愉快なものではなかった。





 犯人を捕まえに行くとか行っていた店長について行ったはいいが、辿り着いた先は店内だった。
 どうして店内にきたんだ。店長の考えがわからず戸惑ってると、店長はそのままカウンターにいた四川に声を掛ける。

「四川、笹山はいないのか」
「あー、あいつならなんか、商品案内に行ってっけど」
「…ふむ」

 言われてみれば、レジを任されていたはずの笹山の姿が見当たらない。

「どんなお客様だった?」
「ハッキリとまで覚えてねえけど…あの様子からしてあいつ狙いの女だろうな。しつこく絡んできてたし」
「…女か」

 嫌な予感がする。と、そこまで言って四川も気付いたらしい。

「っと……もしかして、その女が?」
「可能性でしかないがな。…どこに行ったかは分かるか?」
「確か、あっちの方だった気するけど…わかんね、あんま見てなかった」
「まあいい。原田、お前はここにいろ」
「えっ?お、俺も…………」

 行きます、と言い掛けて口を閉じる。
 紀平さんが言うことが本当なら、お、俺のストーカー?……とやらがいる可能性があるわけだ。
 正直かわいい女の子ならありっちゃありだけど、余計ややこしくなるのは目に見えてる。
 それに、

「駄目だ。…お前はここにいろ」
「うっ………」
「もしお前の身にこれ以上何かあれば、あの鬼のようなブラコン男が何しでかすかわからんからな…………」

 た、確かに……。否定できないのが悲しい。

「一先ず四川、こいつのことを頼んだぞ」
「はあ?なんで俺が……」
「暇だろ、見るものが一個増えたと思えばいい」
「ああ、確かに……」

 確かにってなんだよ!俺は商品と同等か?!
 色々言いたいことはあったが、ここは大人しくしておいた方がよさそうだ。

「別に監視なんてなくても俺はちゃんとここにいますから」
「その発言がフラグにしか聞こえんのだが…………四川、頼んだぞ。笹山のことは任せておけ」

 そんなこと言われたら店長のそれもフラグにしか聞こえない。
 四川は最後までなんで俺が…と不満げな顔だったが、店長に睨まれると「はいはい」と面倒臭そうに返事をしていた。
 く…くそ、俺だって不本意なのになんでこっちが微妙に傷つかなきゃなんねーんだ…。


 店長が笹山の後を追っていったあと。
 残された俺はというと、同じく残された四川とカウンターで突っ立っていた。

「本当お前ろくなことに巻き込まれねーよな」

 すると、四川にそんなことを言われる。この野郎と思ったが、言い返す言葉もございません。
「悪かったな」とむっとなる俺に、やつは睨むようにこちらを見た。
 ……無駄に縦も態度もでかいせいで威圧感があって嫌な感じである。

「……お前がストーカー被害ねえ。時川の野郎といい、クソ睫毛といい、趣味悪すぎだろ」
「な、なんだと?!」

 この野郎、自分がモテるからって人がモテたら僻むのはおかしいだろ?!
 流石に温厚な俺も頭にきたが、正直、四川の言葉には悲しい話一理あった。

 司や店長はさておきだ、ストーカー被害に遭う理由がない。
 ……というか心当たりがないのだ。ここ最近女の人に惚れられるようなこともなかったし、そんなラブハプニングあれば忘れることもないだろう。

「で、でも…………もしかしたら俺に一目惚れした人がいるかもしれたいだろ……」

 言いながら声が萎んでいく。自分で言ってて自信なくなってしまうのが余計悲しい。

「…………一目惚れ、ねえ?お前に?」
「なんだよその目は!さては疑ってんな?!言っとくけどなあ、俺だって小学生の頃はバレンタインにチョコレートの一つや二つもらってたんだぞ?!」
「お前、小学生のチョコで競ってる時点で悲しくねえのかよ」
「う゛っ」

 …………ぐうの音も出ない。
 正直小学生の頃も義理チョコだったのだが、流石に言ったら心までも砕けそうなので黙っておく。
 中学生以降は恐ろしいほどもらえなかった。
 というより周りに近付いてくる女子という女子もいなくて、気付けば翔太がいるくらいだし……。
 ……俺の青春時代はなんだったんだ。せめて今くらい夢を見させてくれ。

「………薄々気付いてんだよ、どうせ今回のストーカー騒動だって本当はおに……兄がまたなんか余計なことやらかしてんだろうなって。俺に惚れてストーカーしてくれるやつなんているわけねーってさ……薄々気付いてんだよ…………」
「怒ったり凹んだり忙しいやつだなお前」
「だ、誰のせいだと………っ」

 精神攻撃してきたのはお前だろ?!
 そう、文句の一つや二つ、ええいまとめて九つくらい言ってやれ!と振り返ったときだ。
 視界が陰る。気付けばすぐ側に四川の顔があって、ぎょっとする。

「っ、お、おい……な……に…………んぅっ!!」

 顎を掴まれたかと思いきや、噛み付くように唇を重ねられる。

 嘘だろこいついくら周りに客がいないからと言ってアホなのか?!
 驚きのあまりに逃げ損ねたが、慌ててやつの胸を叩けば四川は余計深く唇を重ねてきやがった。

「っ、馬鹿…この……っ、んぅ…………っ、ふ、や……おい……ッんん……ッ!!」

 壁に押し付けられ、入ってきた舌に口の中を舐め回される。
 客側からは四川の背中しか見えないにしてもだ、こいつ、店長が戻ってきたらどうするつもりなんだ。
 とかそこまで考えてハッとした。いやそもそもキスしてんじゃねーよ。

「や、め………っんぅ……ッ」

 ぐちゅぐちゅ音立てて粘膜同士が絡んでは開きっぱなしの口の端から唾液が溢れる。
 周りが気になりすぎて集中できないのに、舌を取られてねっとりと舐られれば頭の奥がぼうっと熱くなって、全神経が口の中いったみたいに周りの音が聞こえなくなった。

「っ、ふ……ぁ……ッ」

 やばい、せっかく収まったと思ったのに。
 体の芯が熱くなるのを感じる。やつの舌の動きを神経一本一本繋がったみたいに感じてしまって、堪らずぎゅっとやつの服を掴んだときだった。
 入り口の方から扉が開く音がして、四川は俺から口を離した。

「………お前みたいなちんちくりんに興味あるモノ好き、一人いりゃ十分だろ」

 糸を引く唇を舐め取り、四川は溜息を吐くように吐き捨てる。
 どういう意味かわからなかったが、一先ずは手を離してくれたことに安堵する。そして、俺は慌ててささっと四川から離れる。

「ああ?!んだよやめただろうがよ、逃げてんじゃねえ!犯されてえのか?!」
「おお、お、お前がそんなんだから逃げてんだよ!あっち行け…こ、このキス魔!」
「はあ?!今度はキス魔呼ばわりかよ!気持ち良さそうにしてたのはどこのどいつだ?!」
「し…っ、してねーし!!」

「煩いぞ貴様ら!!何をカウンターで騒いでる!!」

「「……っ?!」」

 どうやら俺たちの声に反応して戻ってきたらしい。
 早々キレてる店長の声量に驚く俺の横、「あんたの声が一番うるせーよ」と四川は舌打ちをする。違いない。

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