アダルトな大人


 形から入る人々


 通路奥の空き部屋前。

「ふぎゅっ!」

 扉が開かれたかと思いきや思いっきり投げ飛ばされる。
 幸いソファーがクッション代わりになったものの此処最近俺に対する扱いが雑すぎる。
 もう少し丁寧に扱えと言いたかったが四川に優しさを求めてしまうこと自体が愚問だと薄々感じ始めていた俺は一先ず体勢を立て直そうとした矢先だ。
 背後から伸し掛かってきた四川に思いっきり頭を押さえつけられ、腕を拘束される。
 あ、やばい、この体勢はやばい、まじで動けない。

「て、てめえ、どういうつもりだ…!」
「はあ?んなこと一々言わなくてもわかんだろうが」
「何言って……っ」

 なんとかやつの下から這い出ようと藻掻くがあまりにも分が悪すぎる。
 軋むソファー。動こうとすればするほど四川の指が腕に食い込んでしまう。それどころか。

「腹減ってんだよ、食わせろよ」
「そ、そういう設定なのか…?」
「設定とか言うんじゃねえ!」

 あ、やばい触れてはいけないところに触れてしまったようだ。思いっきり腰を掴み上げられ、上半身が反り返る。

「てめえは黙って言う事聞いておけばいいんだよ」

 抱き竦められるように背中にやつの体が密着して、耳元すぐ傍から聞こえてくるその声に全身が緊張する。
 フォーリバーの台詞なのか四川の言葉なのか分からなかったがどちらにせよ根性がややひん曲がってる四川のものには変わりない。

「っ、や、な…ッ」

 腰から胸元に掛けて這わされる四川の掌。体をまさぐるその慣れない革手袋の感触に逆に体が竦みそうになる。
 ソファーの上、四川の手を退けようと身を捩ったそのときだった。

「おい、何をやってる」

 ババーン!という感じで扉が開かれたと思えば聞き覚えのある冷たい声。
 ああ、よかった、人選的には正直あまり会いたくない部類の人間ではあるがとにかく助かった、思いながら、声のする方に目を向けた。

「こ、この声はつか……さァ?!」

 思わず声が裏返ってしまう。
 だってそうだろう。俺の中ではわりかし地味なイメージだった司がどこぞの特撮悪役幹部みたいな全身黒ずくめの軍服になってるなんて。

「フォーリバー、それは保護対象だと言っておいたはずだ。…捕獲以上の真似は許可していない」
「つ、司、お前、お前もか…ッ」

 最早どっかのSMの人みたいになっているがなんかもう、この茶番に司まで関わってるというだけで生きた心地がしないわけだが。

「ときか…じゃねえ…ツッカーサー司令官…」

 マッ●ーサー元帥みたいに言うな。

「四川も司も、どうしたんだよ…ヤケクソになったのか?!」
「四川じゃねえっつってんだろ!」
「司じゃない。ツッカーサーだ」
「どっちでもいいわもう!」

 なんなんだその無駄なキャラ意識は!お前らさてはわりかしイメプ好きか?!その割には名前以外なんも変わってねーけど!

「こ、こんなことして許されると思ってんのかよ…ッ!」
「許してもらえないだろうね」

「……!!」

 背後、入口付近から聞こえてきたその軽薄な声に全身が強張る。ツッカーサーもとい司はゆっくりとその声のする方へと目を向ける。
 そして。

「…首領キヒラー」

 ポツリと呟かれたその捻りもクソもねえそのネーミングセンスにまさか紀平さんまで?!と戦慄した矢先のことだった。

「ま、せっかくなんだし気楽に行こうよ」

 現れた紀平さんは全身レーザーでも武装服でも鞭装備でもなければ最後に別れた時と変わらぬ姿だった。
 よかった普通だったと思ったがよく考えたらよくねえわ!素の姿で頭首は逆にこえーわ!

「きっ、紀平さんまで……」

 少なからずともまともだろうと思っていたが、いやまだ二人に比べたらまだいいが、なんだろうかこの恐怖感。

「あはは、いやーだってせっかくなんだから形から入ろうよって提案してみたんだけどね、まさかここまでなんてさ」
「なッ!あ、あんたがやらねえと手伝わねえって言い出したんだろうが!」
「は?お前は自分から着替えたんだろ」

 真顔で返す紀平さんに四川は「うぐっ」と言葉に詰まる。
 紀平さんが首領という時点で察しはついていたが段々力関係が見えてきたぞ。

「まぁこれならほら、宣伝にもなるからいいでしょ」

 そして、無理やり四川を黙らせた紀平さんは笑い掛けてくる。この人めっちゃ楽しんでる。
「値札貼っておきましょうか」「言いながら税込み五百円を俺に貼るな!!」となにやら揉めている怪人と司令官はこの際おいておこう。
 この場合、全ての主導権を握っているキヒラ…紀平さんに話をした方が早そうだ。

「かなたん、ごめんねしせ「怪人フォーリバーです」…怪人フォーリバーのせいで」
「おい!あんたが命令したんじゃないですか!」
「き、キヒラーさん…」
「あ、かなたんもノッちゃうタイプなんだ」

 と思っていたが、どうやらここに連れてこられたのは紀平さんのお陰のようだ。
 だとしたらそう簡単には帰してもらえるだろうか。

「ま、それならよかった。お詫びと言ってはなんだけどほら、かなたんの分も用意しておいたから」

 お詫び?
 顔を上げれば、どこからともなく紀平さんが取り出したのは日曜朝9時の女児向けアニメに出てきそうな魔法少女服。恐ろしいことにその衣装は明らかに女児サイズでも無ければ女もののサイズではなく、紳士サイズだった。

「嫌だ、く、来るなぁー!」
「首領キヒラー…原田さんが嫌がってます」
「とかいいつつ期待してるんだよ。ほら、しせ「フォーリバー!」…フォーリバー、そいつを拘束しろ」
「はっ?なんで俺があんたの命令…」
「へぇ〜、首領の命令が聞けないと」

 笑う紀平さんに、四川が青褪める。
 職権乱用だ、と突っ込みたかったが今は四川の下っ端怪人の立場を心配してる場合ではない。
 どさくさに紛れてさっさと逃げようとするが、

「チッ…!」

 思いっきり服を掴まれ、引き戻される。

「っぁ、てめ、くそ、この露出狂!」
「ほっとけ!」

 どうやら本人も気にしていたようだ。
 同情するが、だからといって易易と捕まる気にはならない。と言った傍から柱に縛り付けられたのでもう無理だ。俺は諦めることにした。

 どうしてこうもついていないのか。
 四川と掴み合いになった結果、なんとか魔法少女に転職せずには済んだが代わりに雑に柱に括りつけられてしまう結果になってしまった。余計悪化してるとかわかってる。

「原田さん………………可愛い」
「前々から思ってたけどお前の可愛いの基準はおかしい」
「いやいや、俺も前から思ってたんだけどさ、かなたんって荒縄とか似合いそうだよね」

 紀平さんの目が笑っていない。まじだ。まじで荒縄があったら使う気満々の目だ。

「き、ひら、さ…」
「ツッカーサー君」
「はい」
「俺が囮になるから君は、上、行ってきてよ。仕組みは分かるだろ?」

 上?上ってどこだろうか。…じゃなくて、ちょっと待て、囮ってことは…。

「しかし、頭首キヒラー…」
「頭首と司令官、どっちが偉いか知ってるよね」
「……」
「偉い人の命令は絶対だよね、ツッカーサー君」

 やばい。しかも紀平さんじゃなくて完全に頭首キヒラーの方だ。
 正直キヒラーもツッカーサーもいつもとどう違うのかわからないが完全にこの状況を楽しんでいるのは見て明らかだ。

「…御意」

 あっ、 ツッカーサー司令官そういうキャラなのか、なるほどわからん。 

 渋々ながらも出ていく司に安堵するも束の間、残ったのは自称怪人露出狂と一番敵にしたくない人だ。
 これは司にいてもらった方がよかったのではないかと思いたくなる人選だが、司がいたらいたで余計悪化しそうな気がしてならないので取り敢えず俺は柱と同化することにした。

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