アダルトな大人


 怪人フォーリバー

 司たちと別れたあとの休憩室にて。

「てっ、店長…どうするんですか、あんなこと言って…」
「大丈夫だ、あの脳筋集団にこの謎は解けん!」
「店長違いますよ!犯人を捕まえたらって話だったじゃありませんか!」

 あまりの店長の無鉄砲っぷりに流石の笹山もぷりぷりしていた。
 なんだかあれだな、確かに俺も店長にはこの野郎睫毛引き抜くぞとなったがこうも自分の代わりに怒ってくれる人間が居るというのは嬉しいものだな。
 しかし、当の店長はどこ吹く風で。

「ああ、そうだ。力技では相手を捕まえることは出来ないということだ」

「だから俺達は頭を使う!」ババーンと効果音が付きそうだが、俺達は別の意味で衝撃を受ける。

「て、店長……」
「かっこいい台詞なのにものすごく不安なんですが…」
「笹山!俺を誰だと思っている?この町内一の知的頭脳派美形とは俺を知って言ってるのか?!」

 ものすごく初耳だ。というか規模が小さすぎる。

「とにかく!まずは知能派らしく状況整理といくぞ」

 唖然とする俺達に構わず、気を取り直すように咳払いする店長。

「貴様らの話を聞くに、原田、そして時川にタライが落ちて、四川にも落ちた。…問題は何故紀平や笹山や俺に落ちていないかだ」
「紀平さんは怖かったからとか…ですかね」
「ならば四川はどうだ、あいつも人相はいいとは言えないはずだ」

 確かにそうだ。おまけに声でけーし態度もでけーしあの目付きの悪さ、紀平さんのがまだ愛想はいい。

「あの…もしかして、手が回らなかった、ということもあるんですかね」

 少し考え込む笹山はおずおずと口を開く。
 瞬間、

「その通り!!」

 勢い良く反応する店長に思わず心臓が止まりそうになった。

「恐らく犯人は一人だ」
「本当ですか?」
「全く信用していないな貴様!」

 信用していないというわけではない。けれど一人だと分かったところで犯人が捕まえられなければ司たちに何されるか分からないし不安極まりない。

「あとは落下する条件だ、それを辿っていけば自ずと犯人像は見えてくるはずだ」
「店長、分かってるんですか。犯人本人を捕まえないといけないんですよ?」
「勿論だ!分かってるぞ!」

 そんな俺の不安を汲み取ったのか、笹山も笹山でどことなく緊張している様子で。
 ますます全部嘘でしたと言い出しにくくなってしまう。でも、今なら司がいない。

「とにかく、色々試して見る外ない。実験だ、笹山、お前ちょっとレジに入ってろ」

 笹山、と口にし掛けたときだった。見事店長にセリフごと掻き消される。

「俺がですか?」
「ああ、俺と貴様どちらに落ちるかを試してみる」
「…分かりました」

 頷く笹山。笹山を囮にするつもりなのかと反論する暇もなかった。笹山は早速店内に向かった。
 そして、俺と店長も店内へ向かうことになる。


 ――店内へと繋がる職員用通路。
 笹山の様子を見に行こうとした矢先、店長に腕を掴まれる。

「よし、笹山が店内に戻ったことだし俺達は犯人を捕まえにいくぞ」
「はっ?!」

 一瞬言葉の意味がわからなかった。
 あまりの爆弾発言に見事思考回路ショート寸前の俺に、店長は「む、どうした?」と不思議そうに首を傾げる。全く可愛くない。ではなく。

「は、犯人って…もう分かってるんすか…?」
「そりゃこんなことするやつ、一人しかいないだろう」

 そう言って、店長はスーツから携帯端末を取り出した。何やら操作をしてすぐ、背後の用具入れから何かが聞こえてくるではないか。
 何事かと耳を澄ませれば、聞こえてきたのは…

『おい電話だぞ、さっさと出ろよ!うぜーんだよお前の着メロ!』
「こ、この人の声を勝手に録音した着ボは…!」

 聞き覚えのある着ボイスというか先日の俺じゃねーか!こんな羞恥プレイどころか嫌がらせ染みた真似をするやつな一人しかいない。
 咄嗟に、音の発信源、用具入れを開けばなんということだろうか。翔太がいやがった。というか詰まっていた。

「チッ!」

 予想外の翔太との再会に更に脳味噌オーバーヒートしていると用具入れから飛び出す翔太。
 咄嗟に動けないでいると、

「逃すか中谷!」

 店長は素早く翔太を捕獲する。
 あの逃げ足の速さだけは異常な翔太を素手で捉えるとは店長何者だと思ったけど今はそんなことを気にしている場合ではない。

「くそ、離せ!」
「しょ、翔太!お前先に帰ったんじゃなかったのか!」
「帰ったさ!帰ってカナちゃんのエプロンに忍び込ませたペン型盗聴器の音声を聞きながら次のイベントに向けて新しい衣装作ろうと思ったのにとんでもないことになってたから慌てて戻ってきたんだよ!」
「お前…………………………」

 何か見慣れないペンがあるなって思ったらお前…。そしてなんでちょっとキレ気味なんだ俺もキレたいんですけど…。

「カナちゃん、嘘だよね、そこの睫毛ともあのムッツリ野郎とも付き合ってないよね。あくまでも体だけの関係だよね、心までは許してないんだよね」
「ということは、やっぱり貴様の仕業か」

 やっぱり、ということは翔太が犯人だと思ってたというのか。確かにこいつならやりかねないが。

「仕業?もしかしてタライのことを言ってるんですか?それなら僕じゃないですよ、第一、僕が戻ってきたのはつい今ですからね」
「お前、本当かよ」
「それに、僕なら水に毒混ぜてカナちゃんがいないところでぶっ掛けるよ」

 ああ、確かに。と納得しそうになる自分が悲しい。

「本当ふざけるなよ犯人の野郎、僕のカナちゃんにまねで水を掛けやがってカナちゃんがびしょ濡れになるし…びしょ濡れ…びしょ濡れカナちゃん……うっ」
「おい!本当にお前の仕業じゃないんだよな!」
「僕は違うよ、断言もするよ。証拠ならほら、さっき店に来る前で近くのコンビニで買った包丁のレシート」
「さらっとなんつーものを!あまりの物騒さに店長も青褪めてるじゃねーかよ!」
「……わ、わかった、貴様が無関係なのは分かった。…しかし、こうなったらまた分からなくなってしまうな」

 そうだ、そこが問題だ。
 再び考え込む俺と店長に翔太は「あの」と口を開く。

「店長さん、タライの被害にあったのは時川君と四川君だよね」 
「ああ、そうだが」
「僕の盗聴器と隠しカメラからして四川君の糞野郎がタライを被ったのはカナちゃんにちょっかい出しやがったその後で、その間無害そうな顔して有害以外の何者でもない時川君が僕のカナちゃんを汚しやがっているところにタライ犯はタライを落としたみたいだね。どうせやるならもっと先にしろよ役立たずのゴミ」
「なるほど…いつの間に勝手に店にカメラを取り付けたのかは置いておいてそれは重要な手掛かりになるな…」

 なんかところどころ問題発言がぽろりどころかぼろぼろ飛び出している気がなくもないが、ちょっと待てよ。とすればだ。

「ってことは、もしかして俺のせいか?」
「ご名答だねカナちゃん」

「共通点はカナちゃんにちょっかい出したやつがやられてるってことだよ」と、翔太はにっこり笑った。その不気味な笑顔を一生忘れることはないだろう。

 俺が原因である。そう翔太は言うがそうなると一つ謎が出てきてしまう。

「で、でも!紀平さんには何もなかったぞ?」
「紀平のやつにも何かされたのか?!」
「うっ、いや。えと、ほら、店長も…」

 しまった、墓穴を掘ってしまったようだ。
 見る見るうちに翔太の顔が引き攣っていくがそれでもなんとしても笑おうとしてるから余計恐ろしいことになっているではないか。

「そのことだけど、多分準備をしてたんじゃないかな」
「準備…ってことは」
「やはり単独犯か」
「だね、もしかしたらって思ったけどやっぱり…」

 ぽつりと何かを呟く翔太の顔は険しい。
 なんとなく不穏なものを覚え、「翔太?」と聞き返せば翔太は「いや、なんでもないよ」と首を振る。
 いつもだ、翔太は肝心なことを話してくれない。
 兄に俺の監視を任せられていたということも言ってくれなかった。
 あの兄の命令に背くことは出来ないと分かっていても、もう少し話してくれたっていいのではないかと思う。別に寂しいというわけではないが、そんなに頼りないのだろうかと凹むのだ。残念なことに否定できないが。

 そんな沈む俺を知ってか知らずか、店長は切り替えるように手を叩いた。

「こうなったら道筋が見えてきたな。俺達が何をすればいいのか」
「何をって……ハッ」

 もしや、まさか、と凍り付く俺の隣、翔太は頷いた。

「囮作戦だね」

 そう、翔太が静かに呟いたのとそれはほぼ同時だった。

「ようやくそこに辿り着いたのかよ、おっせーなぁ」

 どこからともなく響き渡るその聞き覚えのあるクソ偉そうな声。
 嫌なくらい耳元で聞いてきたその声を聞き間違えるはずもない。

「こ、この声は!」
「しせ……ん?!」

 まるでタイミングを見計らったかのようなその声に俺達は声のする方を振り返った。そして、凍り付く。
 まず目に付いたのは顔の上半分を覆う派手な真っ赤な獣を模したマスク。
 そしてそれに合わせた赤を貴重にしたレーザーコートを素肌の上から羽織ったコスプレ露出狂がそこにはいた。

「四川じゃねえ!か…怪人フォーリバーだ!」

 四川阿奈、もとい怪人フォーリバーに俺達は文字通り言葉を失う。

「え…何やってんのお前…」
「う、うわぁ…四川君…」
「四川貴様…」

「やめろ!そんな目で見んじゃねえ!」

 どっからどう見ても四川であるが、なんなんだこいつは。怖いくらい似合っているのが逆に物悲しい。
『四川ー台詞台詞ー』とどこからともなく聞こえてくる野次(というより紀平さんの声)にハッとする怪人フォーリバーもとい四川。

「と……とにかく!残念なことに俺達にもそこのアホが必要なんだよ!」

 そうずびしと指された指。それはどう見ても俺に向けられていて。

「アホって……もしかして俺か?!」
「えらいねカナちゃん!よく自分だってわかったね!」

 馬鹿にされているような気がしないでもないが、今はそれどころではない。

「冗談じゃねえ!なんで俺がお前らに協力しなきゃなんねえんだよ!」
「おい、もう忘れてんのかよ馬鹿。別に協力してもらわなくてもいいんだぜ?」
「は?…って、うわ!」

 笑う四川(自称怪人フォーリバー)にどういう意味かと戸惑った矢先のことだった。
 いきなり腰に腕を回されたかと思えば、次の瞬間体が宙に浮かぶ。デジャブ。

「カナちゃん!」
「原田!」
「残念だったなぁ、ま、頭脳派は頭脳派らしくクロスワードパズルでもやってろ!」

 そう、人を荷物か何かのように担いだ怪人フォーリバーは店長たちに向かって吐き捨てる。恐ろしいくらい適役すぎて店長たちも返す言葉を無くしている。
 気持ちは分からないでもないが、この展開はあれだ。やばいのではないだろうか。

「離せ、このっ」

 そのまま通路を歩き出す昼間はしがないアルバイト、しかし真の姿は夜な夜な人を食い荒らす怪人フォーリバーこと四川の腕を引っ掻く。

「暴れんな、落とすぞこの馬鹿!」

 馬鹿とはなんだ馬鹿とは!
 でも落ちたくないので慌てて手を引っ込めたその時だ。

「なんの騒ぎで……って、原田さん!……と、え?!阿奈!?うわ、お前…その格好…」

 騒ぎを聞き駆け付けたようだ。不安そうに覗き込んでくる笹山は真っ赤な露出狂を見るなり青褪めた。無理もない。
 そんな笹山の登場に、怪人フォーリバーは忌々しそうに舌打ちをする。

「チッ…来やがったな……行くぞ!暴れんなよ!」

 その言葉と同時に走り出す怪人フォーリバー。
 そんなことされたら担がれている俺にもろ衝撃が来るわけで。

「うおわああああ!!」
「カナちゃん!カナちゃーん!どうせならもっと可愛い悲鳴上げて!」
「うるせええええ!」

 そんな器用な真似出来るか!そう言葉に鳴らない悲鳴を上げながら、俺はそのまま連れ去られることになった。

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