アダルトな大人


 逃げるが勝ち

 こんな姿見られては土砂降りの中はしゃぎ回ってきたアホと思われかねない。
 というわけで慎重に、人目を避けるように取り敢えず身体を拭いたかった俺は休憩室に向かったわけだが…。

「あれ?かなたん?」

 あ、終わった。よりによって今一番会いたくない人にぶち当たってしまった。終わった。

「き……紀平さん……ドモ」
「うわ、どうしたの?それ。新手の妖怪かとビックリしたじゃん」
「話せば長くなるんすけど」
「いいよ、言わなくても。なんとなくわかるから」

 まじで?と青褪める俺に紀平さんは得意げに笑う。

「かなたんも雨の中飛び出したんだね?」
「ち、違いますよ!」
「え?違うの?」
「当たり前じゃないですか、子供じゃないんすから……」

 って、も?
 紀平さんの言葉に引っ掛かった矢先、休憩室奥の扉が開く。そしてそこから現れたやつの姿に俺は言葉を失った。

「四川、お前どうしたんだよ、それ」

 頭からタオルを被った四川はどう見ても着衣水泳してきましたとほざいても納得出来るくらいには濡れているではないか。俺よりやばい。

「あららー言われちゃったね、四川。かなたんのが大人だったよ」
「………」

 笑う紀平さんと仏頂面のまま押し黙る四川。
 二人のやり取りからしてつまりこれは…。

「お前、こんな雨の中外に飛び出したのか?!」
「ちげーよ、降ってきたんだよ!」
「だから雨がでしょ?」
「…紀平さん、あんた適当なこと吹き込むのやめてもらえませんかね」

 青筋を浮かべる四川。
 どういうことなのだろうか。いまいち状況が飲み込めずに一人あたふたする俺に、四川は大きな溜め息を吐く。

「俺だって分かんねーけど、なんかタライと一緒に水が降ってきたんだよ。…倉庫で」
「倉庫で?!」

 っていうか、タライ?
 なんかデジャブを感じると思ったら先程司と俺に降り注いだ水を思い出す。
 もしかしてあれか。

「じ…実は俺たちもタライが降ってきたんだよ、水と一緒に」
「まじかよ」
「それで?どこで降ってきたの?」
「それが…便所で」
「へえ…トイレでねえ…」

 そう難しい顔をして考え込む紀平さん。
 俺達の他にも被害者がいるとなるとただの事故ではなくなるわけだ。いやそもそもタライが落ちてきた時点で事故もクソもないのだけど。

「それで?」
「え?」
「かなたんはトイレに誰といたわけ?」
「え?」
「いや、今俺達もって言ったよね?かなたんの他にもトイレにいた人がいたんだよね」

 まさかそんにところ突っ込まれるとは思ってもいなくて、本来ならば普通に白を切ればよかったのだろう。
 だけどただ便所にいたわけではなかった俺からしてみれば凡そ口にしたくないものがあるわけで、でもここで詰まるのはおかしくないか、なんて考えてる内に「え、あの、うッ、その」とまじでキョドる俺に紀平さんと四川の目がちょっと痛いんだけどなにこれ。

「何?言いたくない?」
「いや、別にそんなことないんすけど特に大したあれじゃないっていうかその」
「ならさっさと言えば良いだろ。なんでそこで隠すんだよ」
「隠してるわけじゃないけど……」

 やばい、なんか怪しまれてる。
 なんでタライ被害者である俺がこんなに問い詰められているのか甚だ理解できない。自業自得とか知らねえし。

「なんか怪しいなぁ…お前。まさか、お前がしたんじゃねえよな、タライ」
「んなわけねえだろ!言い掛かりはやめろよ!」
「じゃ、なんで言えねえんだよ」

 伸びてきた手に胸ぐらを掴まれる。思いっきり首元が開きそうになり、店長と司に着けられた痕のことを思い出した俺は咄嗟に四川の手首を掴むが、一歩遅かった。

「お前、それ…」

 やべ、と凍り付いたその時。休憩室の扉が開く。

「原田さん、なんで勝手にいなくなるんだよ」

 びしょ濡れの司が入ってきた。しかもご丁寧に状況説明までしてくれながら。

「つ、つつ、司……」

 しまった、この展開はまずい。
 咄嗟になんでもない振りしようとするけどどうしよう、頭が真っ白になって何も思い浮かばない。
 それどころか。

「司君、すごいねえ、それ。バケツでも被ったの?」
「……別に。バケツじゃなくてタライすけど」
「ってことは、こいつが言ってたのって時川のことかよ」

 まるでお前が犯人じゃなかったのかみたいな感じで落胆する四川。
 当たり前だろうが!と突っ込みたかったが、俺はというとそれどころではなくて。
 どうか、どうか、気付かれませんように。何をかと聞かれればあれやこれやと大量にあるのだが、取り敢えず全部。

「ん…待てよ?」
「な、なんだよ…」
「なら、まさか、お前…」

 ハッとする四川。
 まさか、気付かれたか、俺と司の間になにがあったのか。そう一気に血の気が引いた時。

「時川とグルになって俺にタライ落としたな?!」

 あっ、気付いてねえわ。よかった。

「ちげーから!つかなんだよ!お前そんなに俺を犯人にしてえのかよ!」
「だってお前と別れてからだぞ?!てめえが一番怪しいだろうが!」

 無茶苦茶な!

「まあ、ほら二人とも落ち着いて。こういう時は甘いものを食べてリラックスするといいよ」
「それ、紀平さんが食べたいだけですよね」
「そんなことはいいから、ほら、俺特製ホットミルク〜」

 いいながら生クリームを打ち込まれたマグカップを四人分運んでくる紀平さん。
 紀平さんこれホットミルクじゃない、ただの生クリームです。

「それに二人とも、そんな格好で彷徨いてたら風邪引くだろ。着替えてきなよ」
「そ、そうですね!俺、ちょっと着替えてきます!」

 珍しく紀平さんが助け舟を出してくれる。
 こういう時は逃げるが勝ちだ。何かを勘ぐられる前に証拠隠滅せねばならない。
 その一心でシャワールーム前、脱衣室へ向かった。

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