アダルトな大人


 フラグ壊してまたフラグ

 それにしても、なんだったんだろうかさっきのは。
 不自然な落下をした荷物に今更ながらも違和感を覚えずにはいられない。

 …やっぱり、あの脅迫文が関係しているのだろうか。

 ひと通り片付けを終え、便所掃除へとやってきた俺。
 今日も絶好調に汚い。
 何故家に帰るまで我慢できずに店内の便所でオナホを開封するのか、エロ本を開くのか、オナニストならマナーを弁えろと叱咤したいところだが使用済みコンドームが個室に落ちてるのを見て爆発しながらもようやく見栄えがましなくらいには掃除を終えたときだ。

 便所の扉がゆっくりと開かれる。
 使用客だろうか、ちゃんと清掃中のプレート出しておいたのに。
 なんて思いながら個室から顔を出した時。

「…ここに居たんだ」

 便所へ入ってきたのは司だった。

「ん?トイレか?悪いけど、まだそっち終わってないからしたいんなら店員用んところ使ってくれ」

 そう、司を追い返そうとするが司は用を足す素振りもなく真っ直ぐ俺の方へ向かってきて。
 大きな鏡が一面貼り付けられた洗面台の前。
 目の前までやってきた司になんだか気圧され、一歩後退ったとき。

「原田さん」

 と、肩を掴まれる。

「店長と付き合ってるって…本当?」

 静かに尋ねられ、ぎくりと全身が緊張する。
 確かにそういう作戦ではあったが、やはりこう、不意打ちは心臓に悪い。
 誰かを騙すことも、同様。

「え。あ……まあ、そんな感じかな…」

 我ながら嘘が下手だとは思うが、司は信じてくれたようだ。
 だってほら、めっちゃ目怖いし。
 あ、ちょっと待って司さん、そんなに掴んだら腕痛いですから。

「……ふぅん、そうなのか。そんなに店長がよかった?」
「ぅ、え?」
「店長が一番上手かったから付き合ったんだろ?」

 いつもと変わらない無表情なのに、それが余計怖くて。
 というかちょっと待て、なんだその不純極まりない理由は。そんなこと一言も言った覚えはないぞ。
 と、そこまで考えて脳裏に紀平さんの笑顔が浮かぶ。
 紀平さんめ、尾ひれはひれどころか赤身が白身レベルになってんじゃねえか。

「ちょ…ちょっと待てよ、違うから、どうしてそうなるんだよ、誤解だってば!」

 このままではとんだ面食い尻軽野郎になってしまう。
 なんとかそれだけは避けたくて、慌てて否定する。
 けれど。

「じゃあ、付き合ってるってのも嘘なのか?」
「い、いや…それはそうだけど…」

 やはり誰かを騙すというのは息苦しい。
 しどろもどろと肯定すれば、僅かに和らいでいた司の目が鋭くなってしまって。

「…………」
「あの、司………って、お、おい!」

 咄嗟に、伸びてきた手が後頭部に回される。
 驚きのあまり転びそうになったところを司の腕に支えられ、そのまま唇ごと塞がれた。

「んっ、んんんーっ!」

 なぜそうなる!
 ツッコミたかったが、ビックリしたのと司の無表情が怖いのとで上手く動けなくて。
 されるがまま、這わされた舌に唇を舐め回される。
 先程の熱がまだ残っていたようで、強引なキスに収まりかけていた体の火照りが蘇ってきた。

「っ、ちょ、つか…っ、んぅ…っ!」

 完全に誤解されている。
 それだけは理解できて、とにかく誤解を解こうと必死に司の胸を叩くがビクともしない。
 それどころか、後ろ髪に指を絡められ、更に深く唇を重ねられて。

「っ、ぅ、む…ぅう…っ」

 司の体重を支えきれず、よろよろと後ずされば洗面台にケツが当たる。
 唇の割れ目をなぞられ、そのこそばゆさに堪らず唇を開けばその僅かな隙間から舌を捩じ込まれた。

「っ、は、ぅ…んん…ッ!」
「…原田、さん」

 真っ直ぐにこちらを覗き込んでくる黒い瞳がただただ羞恥を煽ってくる。
 歯列をなぞられ、歯の裏側、上顎と咥内を司の舌で舐め回されれば感じたことのない感覚にお腹の奥がぞくぞくしてきて、開きっぱなしになった唇から唾液が止まらない。

「んっ、……」

 音を立て、唾液ごと吸われれば恥ずかしさのあまりなんだかもう俺は星になりたい。

 上手く息が出来なくて、器官まで犯されそうな気配すらあって、なんかもう司が怖くて、どうすることも出来ず司の服を掴んで震えを堪える。
 こちらを見ていた司の目が僅かに細められたと思った矢先、ちゅぽんと濡れた音を立て舌を引き抜かれた。

「…原田さん」
「つ、司ぁ……」

 だから、誤解なんだってば。そう言いたいのに、まだ口の中がぞわぞわして上手く喋れなくて、なんだかもう上手く言葉に出来ないもどかしさでぐずり掛けたとき。
 少しだけ、困惑したような司だったが、それもほんの一瞬のことで。
 俺の首元に目を向けた司の目付きが一瞬にして危ないことになっていることに気付いた俺は、そこでようやく先程紀平さんに注意されたことを思い出す。
 やべぇ、キスマ隠すの忘れてた。

「……なんか、ムカつく」

 ぽつりと呟いた司に「え?」と聞き返そうとした矢先のことだった。
 首元、いきなり顔を埋めてきた司はそのまま首筋に舌を這わしてきて。

「っ、ちょ、司…っ、ん…ッ」

 まるで鬱血痕を上塗りするかのように強く吸われ、引っ張られるような微かな痛みに全身が強張った。
 身を捩って逃げようとしても、背中に回された腕に抱き締められて逃げられない。
 舐められた後が痺れるように熱くて、吹き掛かる吐息に、伸し掛かってくる体重。
 バランスを崩しそうになったが、洗面台に手をつくことでなんとか回避出来た。

「っ、司ってば!おい…っ!」

 あまりにも強引過ぎる司に、やつの髪をぐいぐい引っ張って引き剥がしてやろうとするけれども司は素知らぬ顔で。

「ッ司、」
「…他に、どこに付けてもらったわけ?」
「ど、どこって…」

 そんなの一々覚えてねえよ。
 つい店長との行為で夢中になっていた自分まで思い出してしまい、顔がかあっと熱くなる。
 口籠る俺に、司はやっぱり怒っているようで。

「…」

 着ていたTシャツの襟首に指を捩じ込まれたかと思えば、そのままぐいっと大きく引っ張られる。

「っ、ちょ、あ、こら!何して…っ」
「原田さん、店長と良かったから付き合ったんだろ?」
「……へ?」

 いや、それは紀平さんが余計な改竄施しただけであって俺にはそんなつもりは毛頭もない。

「っだから、それは…」
「…なら、店長より気持ちよくしたら付き合ってくれんの?」

 だから、どうしてそうなるのだ。
 しかしそれはつまり司は俺と付き合いたいということになってしまうわけで遠回しな告白か?!と思ったがこんな素敵な状況でそんな言葉吐かれたところで嫌な予感しかしなくて。

「お…俺は、店長と付き合ってるから……」

 司とは付き合わない、と首を横に振れば司の周囲の空気が凍り付く。
 なんでだ、ホイホイ乗り換えるよりかは一途貫いた方が好感度高いんじゃなかったのか。なんでさっきよりも司がキレるんだよ。もうやだ帰りたい。

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