名探偵原田、始動。
「かなたんさ、最近変なことなかった?」
場所は変わって人気のない通路。
やけに抽象的な質問をしてくる紀平さんに「変なこと?」と首を傾げれば、紀平さんは少しだけ難しい顔をした。
「そうだな、例えば不審な人を見かけたとか」
「いや、特にないっすけど…それがどうしたんですか?」
「いやね、ちょっと気になることがあって」
「それって、笹山となにか関係あるんですか」
「ん、まあね。…なかなか鋭いね、かなたん」
そう笑う紀平さん。
さっき笹山を探していた紀平さんのことだからもしや、と思ったのだが当たりだったようで。
「これなんだけど」
そう、紀平さんが取り出したのは黒い封筒のようだった。
「…これって」
差し出されるがまま受け取ってみるのはいいが、反応に困ってしまうわけで。
助けを求めるように目を向ければ、紀平さんは「読んでみて」と促してくる。
勝手に開けていいのか迷ったが、既に封は切られているようで。
迷いながら封筒を開いてみれば、中には一枚の用紙が入っているわけではないか。
それを取り出し、開いた俺は思わず顔を顰めた。
「うっ……!」
そこには、新聞から切り抜いた文字が切り貼りされていた。
『近付くな』
そう、一言だけ。
「お……俺、これ見たことあります、火サスで……!」
「お、奇遇だね。俺もだよ」
ただならぬ既視感を与えてくるその便箋。
別に使い古された伝統的な方法とかそんなことはさておき、問題はこれが紀平さんの手にあるということだ。
「…やっぱり、脅迫文ですよね。これ」
「だろうね。これがさ、更衣室のところにあったんだけど」
「ということは内部の犯行である可能性が高いということですね!」
「いやそれは知んないけど、っていうかすごい生き生きしてきたね、かなたん」
鋭い指摘に「そんなことないですよ」と慌てて首を横に振ってみるものの、正直、まあ、こう、推理ドラマよろしく格好良く犯人を突き止める探偵には憧れていた時期が俺にもあったわけで。
……うん、ぶっちゃけテンション上がってます。
「まあ、他人ごとならそうなんだろうけど。この手紙があったの、かなたんのロッカーなんだよね」
「なるほど、つまり犯人は俺に恨みを持っ……って、え?」
俺っ?!
さらりと告げられた驚愕の事実に頭の中がこんがらがってきた。
え、なんで俺が。というか俺に近付くなってどういうこと?悲しいくらい女の子とお近付きになれない俺に物理的距離を詰めることすら許されないということか?
考えれば考えるほど惨めになるほど野郎で埋め尽くされた俺の日常に更に気が滅入っているところに紀平さんは容赦なくトドメを刺してくる。
「んで、これが封筒の中に一緒に入っていたわけだけど」
言いながら取り出したのは数枚の写真のようで。
受け取った俺は、自分の目を疑った。
「ん?んんん?」
もしや俺の知らないところで俺は女の子とお近付きになっていたのだろうか。なんて思いながら数枚目を通してはみたがどれも女の子の姿は映っていない。
それどころか、
「俺ばっかじゃん!」
綺麗に写り込んだ俺の生写真。
どれもバイト中のもので、調子こいて段ボール一気に担いで転ぶ数秒前のものからつい最近男子便所の詰まった便器と格闘していたときのものまである。しかしやはり目立つのは店内での雑用時のもので。
「そ、かなたんの言うとおり、かなたんが買ってるみたいだねえ、恨み」
「なんで俺が?っていうか、誰ともお近づきになれてもないんすけど…」
それにしてもこの写真、女の子の姿すら入り込んでいないんだが。
誰に近付くなと言っているのだろうか。
気になって、もう一度一枚目から見直していたらそこでようやく俺は「あっ」とある共通点について気が付いた。
便器と格闘していたときも、段ボールの中身ぶち撒けそうになっていたときにも、側には笹山が写り込んでいたのだ。
「え、え、嘘、まさか…」
青褪める俺に、紀平さんも気が付いていたらしい。
「そのまさかだろうねえ」とまるで他人事のように笑った。
「ま、仕方ないよ。透人気高いし」
「俺男なんですけど!?」
「うん」
「なんで女の子に妬まれるんだ…!」
確かに笹山が女の子ならばと思ったことは多々あったが、だからと言ってこの仕打ちはないだろう。これならば一生誰の恋路に立ちふさがることもない空気になった方がよかった。
「取り敢えず気を付けときなよ。これがロッカーにあったってことも気になるしね」
「…わかりました」
「うん、じゃあ呼び出してごめんね。戻っていいよ」
そういって笑いながら手を振る紀平さんに「うっす」とだけ応え、俺は肩を落としたまま店内へと戻っていく。
やはり、聞きたくもなかった事実を知った後の足取りが重い。
「……本当は透のロッカーにあったって、言ったほうが良かったかな。…………まあいいか」