アダルトな大人


 修羅場だよ!全員集合! *店長side

「井上様、あの、付き合っている方は……」
「…いませんが」
「そ、その、年下なんて如何ですか? なんて…!」
「………………」

 ここはの家の娘らしき女に引っ張られ、連れてこられた客間にて。
 見た目からして、原田の妹だろう。原田妹と向かい合うように正座をさせられた俺は目の前で一人照れたようにもじもじする原田妹に冷や汗を滲ませた。そして、斜め隣で呑気に茶菓子を食っている司(俺も食っていないのに!)に小声で助けを求める。

『…司、まさかとは思うがもしかしてこれはあれか? 見合い的なあれか? あの流れか?』
『よかったですね、店長。おめでとうございます』
『ちょ、ちょっと待て! あの女、どうみなくても高校生だろ?! 捕まる! というかそれ以前にここの娘ということはあの男の妹ということになるじゃないか!』
『そうですね』
『冗談じゃないぞ…! 俺に死ねというのか!』

 原田のことだけでも恨まれているというのに、俺の妹にまで手を出したとかなんとか言い出して飛びかかってくるに違いない。考えただけでぞっとした。

「井上様?」
「ええ? ああ、まあ、恋愛に年の差などは関係ありませんからね」

 美し過ぎるというのも罪ということか。適当に笑顔ではぐらかしてみれば、原田妹は「流石ですわっ」と目を輝かせた。

「私の見込んだ通り、懐が広い方でいらっしゃいますのね!」

 ……なんか余計喜ばせてしまったようだ。
 職業柄女性を邪険に扱えない自分をこれほどまでに憎く感じたことがあっただろうか。

『店長、言ってることと違いますよ』
『分が悪すぎるんだよ』

 好かれても駄目、嫌われても駄目。俺にどうしろって言うんだ、あの人は。この場にはいない黒尽くめの男の姿を思い浮かべた時、襖が開いた。

「お茶入りました」
「ああ、どうも」

 卓上に置かれる二人分の湯のみ。
 乾いた喉を潤すため、俺は湯気上がるその湯のみを手に取った。

「どうですか、お味は」
「香りがとてもい……って塩!!!」

 塩、まさに塩。一瞬海が目に浮かぶほどの塩っぷりに堪らず俺は噴き出した。
 そして、小さく噎せながら顔を上げれば、そこにはまさに今思い出していたその人が居て。

「昨日振りじゃないですか、井上君。今日は何の用で?…まさか、うちの弟を追い掛けてきた上に人の妹まで誑かそうとしているつもりじゃないだろうな」
「っごほ、っせんぱ……っ」

 なんということだ。よりによってこのタイミングか……って塩辛い!地味な嫌がらせしやがってこの男め…!俺の自慢の喉を痛めようとは小癪な!

 色々言いたいけど口の中がジャリジャリして喋れない。そんな俺の前、先輩の前に出たのは原田妹だった。

「お兄様っ、井上様は悪くありません! 私が引き止めていて、それで…」

 慌ててフォローする原田妹を一瞥した先輩だったが、すぐにその傍にいた使用人たちに視線を向けた。

「私がいない時は来訪客を家に上げるなと伝えておいたはずですが、どういうことですか」
「も、申し訳ございません、ミナト様…」
「貴方達には一から教育をし直す必要がありそうですね」

 細められた目に、若い使用人たちは青褪める。ご愁傷様と心の中で呟いた。しかし、俺も他人ごとではないだけに笑えない。

「それより波瑠香、佳那汰がいなくなったとはどういうことだ」
「そ、それは…その…申し訳ございません、止めたのですがあのグズ、私の言葉も聞かずに…」
「佳那汰が逃げ出すことはわかっていただろう、なぜその時点で眠らせない」
「申し訳ございません…っ私の失態ですわ…!」
「…話の続きは後だ。先に佳那汰を探し出せ」

「ただし、傷は付けるなよ。佳那汰に跡を残していいのは俺だけだ」とてもではないが兄妹がする会話とは思えない。というかこの女さり気なく毒吐きやがったぞ。原田家の血は恐ろしい。

『店長、本当に原田さんのお兄さんなんですか』

 無表情ながらもやたら殺伐した兄妹が気になったようだ。小声のつもりだろうがしっかり聞こえるボリュームで聞いてくる司に、俺は『残念ながらな』と頷き返す。

 それにしてもどうしたものだろうか。二人の話を聞くからに原田佳那汰が逃走を測ったようだが、あいつもよくやる。この人の敵に回るような真似をわざわざするとは。
 しかしまあ、それでこそ俺が見込んだ奴なだけはある。

「なんだか廊下が騒がしいですね」

 と、そんなときだ。
 ざわつき始めた屋敷内。ばたばたと複数の足音がこちらへと近付いてくるのが気付いてくる。
 こんなつるつるに磨かれた廊下を走り回るような真似をするやつなんて、俺の記憶には一人しかいない。

「なにを騒いで…」

 騒がしい声にコメカミを引くつかせた先輩がそう襖に近付いたときだった。
 スパーンと音を立て、勢いよく襖が開かれる。そして、そこには想像していた通りの光景が広がっていて。

「おい、ハルカてめぇ……っひぃ!!」

 なぜか大きなワイシャツ一枚の原田佳那汰は、実の兄である先輩の姿を見るなり萎縮する。
 勿論、いきなりの闖入に驚いたのは原田佳那汰本人だけではない。

「佳那汰?!」
「カナ兄?!」

 絶句する兄妹の表情は次の瞬間凍りついた。
 原田佳那汰のその後ろ、のそりと現れた長身のそいつは何故か上半身裸で。
 予想外の人物の登場に、兄妹同様俺は目を見開いた。

「四川、なんで貴様までここにいるんだ…っ!」
「それ、こっちのセリフだっての」

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