アダルトな大人


 挑発は計画的に

 翔太と別れ、地下通路へ出た俺はとにかく妹を探すことにした。
 自分で動くのが嫌いなあいつのことだ、俺達を探すのに使用人たちをフル活用して自分だけ優雅に寛いでいるはずだ。
 そう判断した俺は地上へと向かうことにしたのだが、階段を上がったところで早速近付いてくる複数の足音に立ち止まる。
 つい反射的に身を隠した俺は、こっそりと壁から顔を覗かせた。すると、そこにはハルカの使用人らしい執事服の若い男たちがいた。

「佳那汰さーん、かーなーたーさーん」
「いるっぽい?」
「いねーいねー。つーかわかるわけねえっしょ、こんな馬鹿でかい屋敷で」
「だよなぁ、ハルカちゃんも無茶苦茶言うよなー」

 やけに私語が多い使用人たちは俺の知らない顔だ。
 ひたすら面食いなハルカのことだ。この口が悪い使用人たちも顔だけで選んだことに違いない。
 使用人を見かけたらハルカの居場所を聞こうと思ったが、馴れ馴れしいその態度が引っかかり、俺はそのまま身を潜めたまま会話に耳を立てる。
 一人の使用人のハルカへの愚痴から、連中の話題はハルカへと変わった。

「つーかあの女、人使い粗すぎんだよ。乳なしのくせに俺らをなんだと思ってんだよな」
「わかるわかる、いくら顔が良くてもあれじゃ絶対彼氏いないよなー」
「つか友達もいねえって、あれ」

 いるわけねえだろ。というか実際いないし。乳もねえし。
 負けず嫌いでとにかく見栄っ張りなあいつは口には出さないがあの性格で同等に立てるやつなんていない。
 使用人たちの言葉は事実だったが、なぜだろうか。無性に腹が立ってくる。

 そんな俺にも気付かずに、使用人たちのハルカへの愚痴は落ち着くどころかヒートアップするばかりで。

「あんな性悪、告られてもぜってー付き合いたくねえし」
「同感同感」
「ギリ、セフレならOKしてやらないけともねえけどな」

 まあ、あいつにこき使われている使用人なのだから愚痴ぐらいは好きに言わせとくか。
 そう、クールに立ち去ろうとしていた俺だったが、その中の一人が口にした聞き捨てならない言葉にぶちりと頭の血管が千切れる。
 気が付いたら、考えるよりも先に体が動いていた。

「おい、楽しそうに話してんな」

 使用人たちの目の前に立ち塞がった俺。
 いきなり現れた目的の人間に流石に驚いたのだろう。先程まで下品に笑っていた連中は「あっ」と目を丸くした。

「うちの妹がなんだって? ……俺も話に混ぜてくれよ」

 暫く使っていなかった拳を固く握り締め、ぽきぽきと骨を鳴らしながら俺はにっこりと微笑んだ。



 前からよく、俺がなにか問題を起こす度に翔太に『カナちゃんはもっとカルシウム摂るべきだよ』と怒られていたが自分ではそこまで短気だとも喧嘩っ早い熱血野郎とも思ったことはなかったが、今、俺がその類ということがわかった。
 妹の性格の悪さもよく知っている俺だが、赤の他人に馬鹿にされると自分まで馬鹿にされたようで酷く頭にくるわけで。

「あいつが性格ブスなのは知ってんだよ! こそこそ言う暇あるなら本人に言ってやれっ!」

 セフレ発言した使用人を思いっきり殴りつければ、もろ拳を食らった使用人は尻餅をつき、「っぐっ!」と呻き声を漏らした。
 いきなり殴りかかる俺に目を丸くした他の使用人たち。
 俺自身が自分の行動に一番驚いているわけだが、頭とは裏腹に開いた口は止まらなくて。

「そんな勇気もねえくせに、あんな世間も知らねえブスに色目使ってんじゃねえよバーカバーカバァーカ!」

 同僚をヤラれ、「この野郎……ッ!」と殴りかかろうとしてくる使用人に殴られるよりも先に蹴りを食らわせる。
 それを切っ掛けに次々と殴り掛かってくる連中を殴り、殴られ、文字にするなら乱闘騒ぎ。
 素面のときに喧嘩するのは久し振りだ。だからだろう、一度頭に登った血はそっとやそっとじゃ収まらなくて。

「家出してたくせに今更おにいちゃん面かよッ!」
「残念ながらおにいちゃんなんだよっ! 俺も! あんなドブスと血が繋がってるんだよ!」

 興奮しているせいか、殴られた体に痛みはない。
 今、自分が複数人を相手にしているという事実は結構あれだ、なんかこう更に気分が盛り上がってくるわけで周りが見えなくなってくる。

「俺の妹に文句があるやつは俺に言え! まとめて相手してやる!」

 なんてこと、言っちゃうわけで。まだ一人も倒したわけではないというのに。空気に流されて。
 だからだろう、周りの空気の変化にも気付けなかった俺は色々見落としていた。

「おい、なんの騒ぎだ?!」

 騒ぎを駆け付け、数人の使用人たちがやってくる。
 ぞろぞろと現れる使用人たちに、負傷した使用人たちは救世主と言わんばかりにいやらしい笑みを浮かべた。

「は……っ、丁度いいや。おい、お前らこっちに来い!」

 どうやら現れたやつらもハルカの使用人のようだ。
 ぞろぞろとやってくる奴らは、俺の姿を見るなり驚いたように目を丸くする。それは、俺も同じだった。
 前方と後方を塞がれ、逃げ場を無くした俺はまさかと息を飲む。

「お兄さんがまとめて俺らの相手してくれるんだってよ」

「なあ、佳那汰さん?」にやにやと笑う使用人。
 まさかの予想的中に微笑みかけられた俺は青褪めた。
 いや、確かに言ったけど、言っちゃったけど、この人数は無理だ。

「あ……なんかお腹の調子が……」

 急激に冷めていく脳味噌。すっかりと平静を取り戻した俺はそこでようやく自分が追い込まれていることを理解し、逃げることにした。妹の屈辱を晴らす?やっぱいい。そういうのは兄に任せておこう。

 しかし、

「おい、どこにいくんだよ!」

 背後から肩を掴まれた。
 うん、まあ、逃げられませんね。

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