長男次男、帰宅。※
一瞬、兄がなんのことを言ってるのか俺には理解できなかった。
けれど、翔太の方は心当たりがあるようだ。
翔太は言葉を詰まらせる
「う……っ、だ、だって、あれは……」
「言い訳は無用です。少しでも貴方を信頼した私が馬鹿でしたね」
約束だとか信頼だとか。
二人が何を言ってるのか分からなかった。
というか翔太のやつが兄と繋がっていることの方が俺にとってはわりかし衝撃の事実だったぐらいだ。
「ま、待ってください、お兄さん……!」
再び歩き出す兄に連れられてやってきたのは浴室へと繋がる脱衣室だった。
そのまま奥まで歩いていき、スライド式の扉を開けばむわりと白い湯気が溢れ出す。そしてその先、どこかの老舗旅館にも負けないうちの自慢のクソでかい浴槽が広がっていた。ときうかなんでしっかりと湯が張られてるのだ。
懐かしさよりも何故ここにという恐怖が勝る。
「まっ、おい! 待って、待った! なに……」
そのままずかずかと進んでいく兄に血の気が引いた。そして、兄の腕から逃れる暇もなかった。
「ちょっ、待っ……」
兄の手が俺空離れる。そして浮遊感。
何故天井が視界に広がってるのか考えるよりも先に、自分が兄に放り投げられたことに気づく。
そして次の瞬間、どぼんと音を立て俺の体はホカホカの湯船に落ちたのだ。
最悪、兄に放り投げられることは多々あったので許せたがまた別にここで重大な問題があった。
――俺泳げない。
「おぼぼぼ!! ごぼ、がば!!」
「か、カナちゃん……っ! カナちゃん大丈夫?!」
「ぼがが!!」
「お兄さん、なんてことを……! カナちゃんは金槌なのに! ああ! こんなに浅いのに必死に藻掻いてるカナちゃん可愛いなぁ! 最早打ち上げられたサカナだよ!」
「……中谷君、色々だだ漏れてますよ」
翔太てめえ仮にも人が溺れてんのにてめえ。
浴槽に駆け寄ってきては助けるどころか携帯のカメラを起動させこちらへと向けてくる翔太は案の定兄に携帯ごと取り上げられていた。
「ああっ! 僕の携帯その3が!」
何台サブ携帯あるんだよ。
「……さて、中谷君。ここからは兄弟水入らずの時間です。一先ず、部外者である君には御退場願いますか」
流れるような動作で翔太の携帯その3を仕舞う兄。そして兄はパチンと指を鳴らした。
その音に反応するように浴場の扉からぞろぞろと黒服の屈強な男たちが現れた。そしてその男たちに囲まれた翔太は青ざめる。
「ちょっ、え、なにこのいかにもな人たち!」
「お客様だ。丁重に扱いなさい」
「はい、ミナト様」
残念ながら翔太に腕っぷしなんてものはない。あっさりと羽交い締めにされそのまま神輿担ぎされる翔太。
「え、ちょ、ちょっと待って! お兄さん……っ!」
「君には失望しましたよ、中谷君」
なんてことだ。いくらなんでも目の前で旧友が拉致られているのを見て俺は胸が苦しくなる。なんとか浴槽の縁を掴み、事なきを得た俺は「翔太」と担ぎあげられた翔太の名前を呼ぶ。
「カナちゃん……!」
「今までありがとう……っ」
「えっちょ、やめてそういう不吉なフラグたてんの! ねえ、カナちゃん合掌やめて?!」
翔太は黒スーツにつれていかれた。
そして翔太がいなくなった浴室内。
水を多分に含んだ服はクソほど重いが、いつまでもぬくぬくと温まってる場合ではない。
いくら翔太とは言えどここまでくれば事件だ。
「っ、は……おい、翔太をどうするつもりなんだよ……っ!」
「どうもこうも、お前には関係ないことだ。それよりも佳那汰……なに勝手に上がってきてる?」
そう兄がこちらへと歩いてきた。そして立ち止まり、俺の手を取った兄はそのまま再び浴槽へと落とすのだ。
「もがが! って、おいっ! だから人を……」
「俺は汚れを落とすまで風呂からあがることは許可しないが?」
「っ、なに、言って……」
「ちゃんとその汚い身体を洗えと言ってるんだ、佳那汰。……お前はとうとう人の言葉も分からなくなったのか」
「お前に言われたくなんか……っ」
ねえよ、と吐き捨てようとしたときだった。
スーツの上着を脱いだ兄は側にいた黒服にそれと翔太の携帯を預ける。そしてそのまま浴槽へと入ってきた兄にぎょっとした。
「な、なんでアンタまで入って……」
「お兄ちゃんだ」
「お前でもアンタでもないと言ってるだろう」眉間に深い皺を寄せたまま、兄は沈みかけていた俺の腕を掴み、湯船から引き上げる。
「っ、な、なに考えてるんだよ、おい……っ」
「こんな頭の悪そうな柄の服を着て……お兄ちゃんが許可したブランド以外の服を着るなとあれほど言ったのになんだこの下品な色は」
「っん、ちょ、おい……っ、やめろっ、脱がすな……っ!」
兄が何を考えてるのか今まで一度足りとも理解できたことなどなかったが、今日ほど恐怖を覚えたことはないだろう。
肌に張り付く濡れた服ごと引っ張りあげられ、脱がされる。そのまま兄はぐちゃぐちゃになった服を黒服へと渡した。
「ちょっ、待って、おいっ」
「下も脱ぐんだ、佳那汰」
「っ、へ、変態……っ、いやだ、やめろ来るな馬鹿……ッ!」
「……誰が馬鹿だと?」
変態はいいのかよ、というツッコミをする暇もなかった。
湯船を掻き分け逃げようとするが足が滑ってしまう。そんな俺を軽々と抱き止めた兄はそのまま躊躇なく人の腰を掴むのだ。
「や、やめ……っ」
「どうせろくな食生活をしてなかったんだろう。なんだ? この細さは。ちゃんと毎日三食食べてるんだろうな」
「た、食べてる! 食べてるって……っ!」
「嘘を吐け、ラジオ体操もサボっているんじゃないのか。どうせ夜遅くまで安い酒と身体を壊すようなカロリーのつまみを食って昼まで寝てるんだろう」
「ぐ……っ!」
なんで知ってるんだ。絶対翔太のやつがなんかチクってたんだろ、それかお得意のストーカーか。
「関係ないだろっ」と必死に兄に抵抗すれば、「あるに決まってるだろ!」と鼓膜破れそうなクソでかい声で逆ギレされ、「ひっ」と間抜けな悲鳴が出てしまう。
「う、な、なんだよいきなり……」
「……お前には今一度その頭に叩き込む必要があるようだな、佳那汰」
「は……」
そんなの、そこまで怒んなくていいだろ。と言い返す暇もなかった。抵抗虚しくぺろんと下着ごと剥かれた下半身。浴槽の縁に腰を下ろした兄はそのまま人の身体をうつ伏せに自分の膝の上に乗せるのだ。これはあれだ、毛づくろいをされる犬のポジションだ。
けれど、俺にはこの体制には嫌な思い出しかない。
「う、うそ、待て、待っ……う゛ぅッ!」
次の瞬間、バヂン!と音が浴室に響く。そして遅れてケツに衝撃と火花散るような痛みが走った。
まさか齢二十歳にもなって実兄に尻を叩かれる日が来るなんて思わなかった。
思うわけ無いだろう。
「こ、こんにゃろ……っ! ん゛に゛ッ! ぉ、待って! おに゛ッ、ぃ゛ッ! ぢゃ、ぁ゛……ッ!」
「……お兄ちゃんはがっかりだぞ、佳那汰」
「しゃ、べりゃッ! んぎ、ッ、待ッ、ん゛ぅ゛う゛……ッ!」
せめて喋らせろ、という叫びにもならなかった。
手首にスナップを利かせて尻を左右引っ叩かれる度に熱は重なるように熱くなり、じんじんと痺れたそこを叩かれるに連れ刺激は強くなる。
何度叩かれたのだろうか、十は叩かれた辺りで兄は手を止め、そして兄の膝の上から動けなくなる俺を見下ろしたままじんじんと熱を持った臀部を撫でるのだ。
すり、と指の腹で優しく表面の皮膚を撫でられただけで恐怖諸々でゾクゾクと腰が震え、喉が震えた。
「っ、ぅ゛……う゛ぅ〜〜」
「お兄ちゃんの愛が伝わったか、佳那汰」
「んな、わけ……ッ」
言いかけた瞬間、「なんだって?」と兄が手を構えるのを見て血の気が引く。「伝わった、伝わったっ!」と慌てて叫べば、兄はその手を下ろした。そして、再び優しく俺のケツに触れてくる。
過敏になったケツにとってはその感触だけでも耐え難いもので。
「ひっ、……や……っ」
「『お兄ちゃん、ごめんなさい』だ」
「……っ」
「『お兄ちゃん、ごめんなさい』って言うんだ」
「佳那汰」と、促すように耳元で囁いてくる兄に背筋が凍りついた。
せっかくここまできたのだ。兄の元から逃げ、なんとかここまで独り立ち……いや確かにヒモだったが、だったけどもそれでもだ。
ここで兄に従ってしまえば、またあのときと同じだ。
「っやだ……いやだ……っ」
そう声を絞り出した瞬間、こちらをじっと見下ろしていた兄の双眸がすっと細められる。
そして、
「そうか。残念だ」
「っぁ、い、いやだ、も、尻…っ」
「痛くなかったらお仕置きの意味がないだろう」
「――っ、ぃ゛、ひ……ッ!」
パン、と弾けるような破裂音とともに刺すような痛みに大きく仰け反り、堪らず目を見開く。
「は、ぁ゛……ッ、も、や……ッ」
「撤回するなら今の内だぞ、佳那汰」
「っ、それ、も゛、やだぁ゛……ッ!」
「……強情なのは変わらないな」
ケツが、ケツが割れる。
ケツ丸出しのこの状況が恥ずかしいという段はとっくに越えていた。
空気の流れを感じてくる、と身構えたとき、来るはずのそれは来なかった。
「あえ……」
どうして、と振り返ろうとしたとき、大きく手を振り上げた兄の姿が視界に入り震えた。そして兄と視線がぶつかった。
――あ、これ死ぬわ。
「ひぅんんっ!」
浴室内に乾いた音が響くと同時に焼けるように痺れていた下半身が大きく跳ね上がる。
最早何度叩かれたのかわからなくなっていた俺のケツだが、ちょっと息を吹きかけられるだけでもびりびりと刺激を覚えるほど感度がイカれてた。
叩かれ続けたお陰できっと俺のケツは猿のように赤くなってるに違いない。
痛み諸々で涙と鼻水でみっともないことになっているであろう顔を腕で覆い、えずく。
「ぅう……も……ごめんなさい……っ、ごめんなさい、お兄ちゃん……っ」
「遅いな」
反抗なんてするものではない、この男を焚き付けたところでこの状況から抜け出せぬと嫌でも思い知らされた俺は早速掌を返したが、この男に慈悲などなかった。
けれど恐れていた刺激はこなかった。それどころか、大きく硬い手のひらで尻をするりと撫でられ「ひう」と腰が震える。
「っ、お、にいちゃ……」
「そのままじっとしてろ」
なんだ、何を考えてるのだ。あろうことか尻の割れ目に這わされる指にひくりと喉が鳴る。
そしてすぐ、とろりとした液体が尻全体へと垂らされてぎょっとした。
「ぁ、や、なにっ」
「言っただろ。その汚れた体を綺麗にしてやると」
ひんやりととろみを帯びたそれはボディーソープのようだ。垂らしたそれを薄く伸ばすように指の腹で臀部全体へと塗り込んでくる兄。
洗うとか、そういうあれじゃない。その手付きは。というか素手で洗うのはAVだけじゃないのか。
「っんぅ……! っひ、や、やだ……っ!」
「動くな。言うことも聞けないのか」
「だ、だって、なんで……っ」
なんでそこばっか、という声は声にならなかった。
ぬちゃぬちゃと音を立て、念入りに塗り込まれるソープに痛みや熱がやや緩和されていく。けれど、その代わりに尻に吸い付く兄の指がより生々しく感じてしまい地獄だった。
「強く叩き過ぎたか? 赤くなってるな」
「ぁ……ん、っ、く、ぅう……っ!」
「おい、逃げるなと言っただろ」
「っ、ぁ、いやだ……っ、その触り方……ッ」
「洗ってるだけだと言ってるだろ。発情期の猫のような声を出すな、佳那汰」
端ないぞ、とぬめる尻の肉を軽く抓られ「ひうっ」と腰が震える。そのまま湯船に落ちそうになるのを兄に抱きかかえられ、再度尻をしっかりと掴まれる。
指が食い込むほど強く掴まれたと思えば、そのまま左右の尻たぶを執拗に揉まれ息が上がった。
「っ、ぉ、にいちゃ……っ」
「もう痛くはしてないだろ。少しはじっとしていられないのか?」
「……っ、んなこと、言われても……ッん、ぅ……っ!」
こんなのおかしい。叩かれなくなった代わりに執拗に揉まれ、撫でられ続けたお陰で脳の変なスイッチが切り替わったようだ。
股間に熱が集まり、じんじんと性器の先っぽが痺れるように疼いてくる。
「お兄ちゃ、も、や、お兄ちゃん……っ」
これ以上触られたら本気でまずい。俺だって兄に散々尻を叩かれたあと勃起するような人間だと認めたくない。
そう必死に兄の腕にしがみつき、嫌々と首を横に振るが相手は兄だ。止められるはずがなかった。
それどころか、
「……なにを恥ずかしがっている。兄弟で恥じることなど何一つないはずだ。昔はよく洗いあっこしただろ」
こんな洗いあっこした記憶などあるわけないだろ。
「やめろって、や、ぁ……っ、だめ、お兄ちゃ……っ」
じんじんと痺れる臀部を滑るように這う大きな兄の手の感触に、腰が痙攣する。
優しい手付きが余計生々しく、もどかしさのあまりに体の奥が疼きはじめた。
逃げるように腰を動かそうとするが、赤く腫れたそこを撫でくり回されるたびに下半身から力が抜け落ちて儘ならない。
それどころか、
「どこの馬の骨かもわからない男には触らせて実の兄である俺には触られるのが嫌だと言うのか」
「っそ、じゃ、ないけど……っ」
「けど? なんだ」
くちゅくちゅと音を立て、満遍なくソープを塗りたくられ堪らず仰け反った。
逃げようとする腰を掴まれ、そのまま腿の付け根まで滑り込んだ兄の指先はそのままゆっくりと割れ目に近付く。
これは、そこは、やばい、やばい。洒落にならない。いや今でも洒落にならないが、だけど、それ以上は……っ!
「っんぅ、ぁっ、や……ぁあ……っ!」
やめろ、と言いたいのに、兄の指先一つ一つに体は翻弄され、湯船の熱気諸々で蕩けそうになる脳みそでは呂律が怪しくなってしまう。
くちゅりと音を立て、割れ目をなぞってくる指先は徐々にそこへと近付いていき、あまりの緊張に息が詰まりそうになった。
「だめ、や…っお兄ちゃん、手、放して…放せよぉ…っ」
「お兄ちゃんは、ずっと心配していたんだぞ。佳那汰が飛び出して、居場所を突き止めても毎晩まともに眠れなかった。本当は引きずってでも家に連れて帰りたくて仕方がなかった。でも、お前が決めたことだから、俺は中谷君に頼んで佳那汰を陰から見守ることに決めた」
なにを言っているんだこいつは、と呆れる暇もなく託しまくる兄は一息つき、俺から手を離す。
それも束の間。
安堵するよりも先に、「なのに」と低く地を這うような声で唸る兄。
瞬間、露出した肛門に指をねじ込まれた。
「っひ、ぃッ」
息の詰まるような圧迫感。
一瞬、確かに目の前が真っ白になり、ぐぐっと更に奥深く体内へと入り込んでくる指に現実に引き戻される。
「中谷君から毎日届いていたはずの連絡が途切れたかと思えばどういうことだ。俺はお前があんなところで働いていると思わなかったぞ、佳那汰。よりによって、どうして」
「っぁっ、そこ、だめ……っ! お兄ちゃん、やめろって、やだ……っ!」
「お前が悪いんだぞ、佳那汰」
嘆くわけでも憤るわけでもない、その淡々とした平坦で冷たい声はどこか幼い子供を叱り付けるような気配すらあって。
次の瞬間、ソープを絡め根本までずっぽりと深く挿入された指がぐっと最奥を引っ掻き、電流が走ったような感触に「んんぅっ!」と背筋が震えた。
「はっ……ぅ……うぅ……っ」
視界が潤む。
乱れた呼吸を整える余裕すらなく、背後の兄の存在に、忘れていた、忘れたかった自分が帰ってきたみたいに全身が震えた。
「やはり、外へ出すべきではなかったんだ」
「あっ、や、いやだ……っ、も、お兄ちゃ、お兄ちゃん……っ」
音を立て、中を丁寧に隈なく指で擦られれば、違和感とはまた違う感覚が込み上げてくる。
俺は、この感覚を知っている。
知っているだけに、こんな状況でそんな感覚を覚える自分が恥ずかしくて嫌で嫌で堪らなくて、やがて、体の奥で熱とともに渦巻く感情は涙となって目頭から溢れ出した。
しゃくり上げ、我慢が出来ず泣き出す俺に兄はそっと手を伸ばし、濡れた髪を撫でられる。
優しい手。
小さい頃、すごく大きく感じたその手は今でも大きくて。
「安心しろ、佳那汰」
耳もとで囁かれるその声は、今日初めて聞いた兄の感情が篭った声だった。
「もう二度と、お前を俺の目の届かないところに置かせはしない」
微笑む兄、原田未奈人に俺は全身の血の気が引いていくのを鮮明に感じた。