アダルトな大人


 大凶。探しもの見つかる。*翔太side

 カナちゃんと同じ店でバイトする。
 無事その任務を達成することは出来た。
 出来たはいいが肝心のカナちゃんがいなくなってしまった。
 面接を終え、部屋の中に置き去りにしたカナちゃんが気になって帰りにカナちゃんが好きなお菓子を手土産に帰った時のこと。
 鍵のかかっていない扉。薄暗い室内。不自然に開いたリビングの扉。
 そこにいたはずのカナちゃんは跡形もなく消えていた。
 全力で街中を探したがカナちゃんは見つからず、このときのためにカナちゃんの靴にGPSを仕込んでいたのに裸足で出ていったらしく追跡不可。まさか誘拐されたんじゃないかと気が気ではなかった。だとすると、心当たりはある。
 もしかしたらと僕はあの忌々しいアダルトショップへとに来ていた。もちろんそこに探し人はいない。
 ドサクサに紛れて押し付けられた制服代わりのエプロンを着て再度店内に出て探すがカナちゃんはいない。
 その代わり、やけにキャンキャンとうるさいバイトがいた。

「おい眼鏡、初日早々サボってんじゃねーよ!」
「サボってないよ。僕はその場にいるだけで空気を清浄する機能があるからね、こうやって座ってるだけでも身の回りが綺麗になっていくんだ」
「ば、馬鹿にしてんのかお前……!」
「すみません中谷さん、こいつ人見知りらしくて。……ほら阿奈、新しい人に噛み付くのいい加減にしろよ」

 きゃいんきゃいんうるさいのが四川阿奈、終始薄ら笑い浮かべてる腹黒そうなのが笹山透。だと言うらしい、さっき聞いた。正直興味ないが、やけに目立つ二人組なので覚えてしまった。
 笹山君の言葉になんとなく引っかかる。
 詳しく聞いてみようか聞こうとしたときだ。

「や、調子はどう?」

 耳障りのいい、爽やかな声。
 ……出た、あの男だ。
 ずり下がる眼鏡を持ち上げ、姿勢を正せばそこには紀平辰夫がいた。
 あの夜、居酒屋で僕のカナちゃんに馴れ馴れしく触った上カナちゃんの足に、足に。思い出しただけでも全身の血が煮え滾りそうになるのを必死に堪え、僕は「まあ」と当たり障りのないように答えた。

「笹山君が分かりやすく教えてくれるので勉強になりますね」
「おいおいおい! なんで俺の名前が消えてんだよ四川さんと笹山君だろうがよ!」
「ちょっとこのバイトの方が先程からちょっかい掛けてきて仕事がしにくいんですけどね」
「あららーダメじゃん四川、いくら遊んで欲しいからって」
「こ、この野郎…!」

 ビキビキっと青筋を浮かべる四川阿奈。
 見兼ねた笹山が「阿奈、どうどう」と四川の肩を叩けば、「俺は動物じゃねえ!」と更に四川は吠えた。僕は聞こえないふりをする。

「随分と浮かない顔だね。なにか心配事?」

 そこまで僕は分かりやすいのだろうか。
 ポーカーフェイスのクール系イケメン男子を自称していただけにそんな風に指摘されることに驚いた。

「……まぁ、色々あるもんで」
「へえ、そりゃ大変そうだね」

 全く他人事な調子で相槌を打つ紀平辰夫。
 白々しい口調に真意が読めない軽薄な態度はあまり得意ではない。
 この店の人間に僕とカナちゃんの関係は話していない、あくまで通りすがりという体で面接にきたのだ。勿論目的は復讐である、カナちゃんの可愛いお尻に傷をつけたこのチンピラ崩れみたいな柄の悪い男に復讐するためだけにここにきた。

「ま、考え事もほどほどにしておきなよ。心配しなくても、すぐ解決するだろうから」

 紀平辰夫はそれだけを言い残し、さっさとその場を離れていく。
 紀平辰夫の言葉がやけに耳に残った。
 ……すぐに解決するってなんだ?僕の悩みでもわかってるかのような言い草ではないか。もしかしてあの男がカナちゃんを攫ったんじゃないだろうな。
 ああ、カナちゃん。どうせなら全裸にしとくべきだった。馬鹿だとは思ってたけど、まさかあの格好で部屋を出るなんて思わなかったんだもん。完全に僕のミスだ。僕の作ったあのカナちゃん専用ウエイトレス衣装が完璧すぎてカナちゃんてば普通の服感覚で出ちゃったんだ。お馬鹿だから。

「おい、今日朝礼あるってよ」
「はぁ? だりぃ、勝手始めとけよ」
「阿奈、そんなこと言わないの」

 聞こえてくるバイトたちの声を聞き流しながら、一人カナちゃんの安否を心配していた時だった。
「中谷さん」と笹山に呼ばれる。

「中谷さんもどうぞこちらへ」

 それどころではないのだが、多少合わせないと辞めさせられる可能性もある。出来るだけ、合わせないと。
 僕は先を行く笹山たちの後を追いかける。
 それにしてもこの笹山という男、結構いい奴そうだ。まあ、どうせ猫被ってんだろうけどね。この手のやたら人当たりのいいイケメンは性癖が極端にイカれてるか性悪だと僕のシックスセンスが叫んでいる。
 朝礼はさほど時間はかからなかった。
 今日が初日ということで挨拶だけして、あとは売上がどうとかこうとか。それを右から左へと受け流してるとアッという間に解散。カナちゃんが心配で仕事をする気にもならない。やっぱ腹痛で帰ろうかな。もしかしたらカナちゃんが帰ってきてるかもしれない。
 そんなことを考えていたときだった。
 不意に店の扉が開いた。

「もう客かよ……朝っぱらから元気なこって」

 陳列してた四川阿奈が面倒臭そうに呟いた。そうか、お客様か。朝帰りのカップルかそれとも元気なやつか、興味本位で振り返ったとき。
 僕の笑顔がこわばった。
 扉の向こう、入ってきたのは一人の男。それは、僕にとって酷く見慣れたもので。
 ずっと、探していた顔で。

「……おはよーございます」

「か、なちゃん」と、無意識の内にその名前を口にしていた。
 その呼びかけに気付いたのか、こちらを見たカナちゃんは「ひっ」と青褪める。『ひっ』ってなんだ。もっと他に言うべきことがあるんじゃないのか。そう、駆け寄ろうとした時だった。カナちゃんのすぐ背後で、影が動いた。

「……どーも」

 影、もといカナちゃんの後ろから現れた黒髪の男に僕は凍り付いた。

 home 
bookmark