アダルトな大人


 延長戦の特徴【休憩】※

 
「ッ、ふ、ぅ……っ」

 司に体重がかからないように、膝と腰、下腹部に力を入れようとするがぬぷ、と埋まる亀頭に我慢できなかった。
 挿入に耐えられず、バランスを崩してもたれ掛かる俺を抱き留め、司は震える腰を撫でる。

「そう、そのままゆっくり。……原田さん、息してる?」
「っ、ん、ひ……っ!」

 喉仏をすり、と撫でられぶるりと仰け反る体。
 思わず気が逸れてしまいそうになったとき、司にケツを思いっきり撫で付けられる。先っぽだけ咥えていたそこをやんわりと押し付けられただけでずぷ、と先ほどよりも深く埋め込まれる性器に堪らず声が漏れた。

「っ、待っ、ぁ、あぅ……ッ!」
「待てない、早くしないと無駄打ちしそう」

 なんだ、なんだ無駄打ちって?!

「そ、んなこと……っ」
「……それとも、手伝った方がいい?」
「…………〜〜ッ」

 衣装越し、臀部から背筋まで人差し指ですぅっとなぞられ、堪らず息を飲む。
 嫌な、嫌な予感がする。というかなんだ、デジャヴ感というか、こんなデジャヴあるはずないのに謎の嫌な記憶が蘇るのだ。

「い、いい……ッ、一人でやれる……から……」
「そう、頑張って」

 そう、司は無理強いすることなく(というかそもそもこの展開自体が無理強いというか悪質な誘導というかはさておき)俺をただ見てるのだ。何考えてるか分からない黒い目がじっとこちらを見る。隠すつもりもないといった司を気にするなという方が無茶だが、それでもこのままでいる方がよほど辛い。
 目を閉じ、息を飲む。そして、「ん……っ」と下腹部に力を入れながらも俺はゆっくりと腰を落としていく。

「ふ、ぅ……っ、ぅ、んんぅ……ッ」

 入って、来る。散々ほぐされた中に、指とは比べ物にならないほどの熱と質量が。痒かったところに手が届くような充足感に頭の中が熱くなる。
 司の上で股おっぴらげで、相手のものを自分の手で挿入する。普通にやってもらった方が何十倍もマシだということに気付いたときにはもう遅い。

 どれくらい入ったのかわからない。けど、ローションの滑りが良すぎて少しでも油断したら一気に奥まで入りそうで怖かった。だから、ゆっくりゆっくりと腰を動かす。目の前の司の顔が僅かに強張った。「原田さん」と司は何か言いたそうに俺の腿を撫でるのだ。

「待っ、う、うご……くな……ッ!」
「……あと少し、半分くらい入ったよ。俺の、原田さんの中に」
「い、うなぁ……っ」
「原田さんの中、熱くて、とろとろしててすごい気持ちいい。……早く全部入りたいんだけど」
「っ、ぅ……ふ……ッ」
「全部ちゃんと自分で入れれたらご褒美に奥、いっぱい突いてあげるね」

 ゆっくり、少しでも気を抜かないようにしてるのをキスされ、舐められ、恥ずかしい言葉で嬲られる。横槍を入れてくる司に「やめろ」と睨めば、司は目を細めた。笑ったのだと気付いたときには遅い。中に埋まったそれが明らかに勃起してるのだ。こいつ、と思ったとき。
 濡れた音が響く部屋の中に、バイブの音が響いた。どうやら司の携帯らしい。
 ポケットから取り出した司はあろうことか当たり前のように「はいもしもし」と出やがったのだ。
 普通出るか、こんな状況で。
 凍り付く間もなく、司は電話の向こう側の相手と話しながらもこちらにちらりと目を向ける。そして、そのまま臀部をなで上げるようにスカートを捲れ上げるのだ。早くしろ、とでも言うかのように既に半分ほど司のものを飲み込んだその付近を指先トントンと叩かれる。それだけでも過敏になった体には刺激が強く、ぶるりと肩が震えた。振動が性器に鈍く響くのだ。

「っ、ふ……ぅ……ッ」

 唇を噛み、ゆっくりと腰を落としていく。今自分がどこにいるのかすらわからなかった。長い、気が遠くなる。まだ入るのか、つか、早くイケよ。悪態をつくことでしか保てない。油断すれば情けない声が漏れてしまいそうで、内壁を押し広げるように入ってくるそれを必死に受け入れるのだ。司は動いていない。わかってるからこそ、まるで一人遊びのようのようで余計恥ずかしさが上回るのだ。
 酷く長い時間のように感じた。気付けば全身は汗だくになってて、最も深いところ、そこを亀頭が当たった瞬間、じんじんと痺れるような熱が広がった。隙間なくくっついた俺と司の下半身に、全部入ったのだと安堵したのもつかの間。

「……どうせなら、俺よりも本人に聞いた方がいいんじゃないですか?」

 代わりましょうか、となんでもないように電話口に続ける司は言い終わるなり持っていた携帯を俺の頬に押し付けた。無機質な、嫌な感触。

「…ぅ、え?」

 一瞬、状況が飲み込めず、目の前の司の仏頂面に目を向ければ「原田さん」と名前を呼ばれる。

「声、聞かせてあげれば。皆、心配してるよ」

 この男は、とんでもない男だ。
 ようやく全部入ってほっとする暇もなく、下半身を揺さぶるようにして奥をトントンと撫でる司に俺は声を上げそうになり、唇を噛んで堪えた。
 なにが、心配だ。こいつ、この、こいつ。
 あまりの出来事に言葉も出てこない。頭の奥脳汁がどろどろと溢れるようだった。
 声を聞かせる。なんてこと、出来るわけがないだろう。だって、こんな状況だ。無理だ。絶対無理。
 どれくらい無理かというと、ウエイトレスの服装で外をほっつき歩くよりも無理だ。
 全部俺だけど。

「原田さん」

 浮かして逃げようとする腰をがっちりと掴まれれば浮かすことすらできない。
 奥までみっちりと中に司のものを咥え込み、動けず絶望する俺へトドメを刺すかのように携帯端末からは『かなたん?』と聞き覚えのある声が聞こえた。
 ――紀平さんだ。
 聞こえてきた心配そうな声に、益々頭が混乱する。

「原田さん、何か言わないと。……余計心配されるよ」

 こいつ、涼しい顔していけしゃあしゃあと。
 横髪を耳に掛けながら、空いた片耳のピアス穴に舌を這わせる司に心臓が止まりそうになる。司が喋るたびに深く繋がったそこから振動が伝わってくるのだ。何か言わないとと思うけど、もし司が喋ってる途中なにかしてきたら俺は平常でいられる自信はまるでない。

「……きひらさ、ん」
『ああ、よかった。……ようやくかなたんの声が聞けたね』

 久しぶりの紀平さんだ。状況が状況だからか、紀平さんの声が余計優しく聞こえてなんだか俺は泣きそうになっていた。否、若干既に泣いていた。

「っ……ごめんなさ、い……俺、ほんと、こんなつもりじゃなかったんです……っ」
『なに? どうしたの、いきなり』
「バイト、辞めるとか、ほんとそんなことになるなんて思わなくて、さっきのあれは、おねがいします、なかったことに……――っ」
「原田さん、焦り過ぎ」

 言いかけて、くちゅりと音をたて司の舌が耳朶の溝を這う。ひ、と言いかけた言葉ごと息を呑んだ。

「……落ち着いて、紀平さんも心配するよ」

 くにくにと剥き出しになっていた乳首を捏ねられ、堪らず仰け反りそうになる。こいつ、この男、ここまで行動と言動が一致してないやつがいるか。わざとか。

「っゃ、やめ……」

 耳と胸、それから奥の突き当りを亀頭で柔らかく刺激され、堪らずその胸にしがみつきそうになったとき。

『やめ?』
「…っ!」

 そうだ、今は電話中だった。
 ちょっかい掛けてくる司に流されそうになったところを紀平さんの声のお陰で現実に引き戻される。

「原田さん、会話」

 そんな俺の様子を楽しんでいるのか、相変わらずの無表情のまま司は囁きかけてくる。そのまま悪戯に這わされる舌は拡張した穴を優しく舐るのだ。こいつ、という怒りを堪え、俺は咳払いをし、ごまかした。

「すみません……っなんでも、ないです」
『そ? ……ならいいけど。随分と具合悪そうだけど大丈夫?』
「は、はい……っ、だ、い……ッ! ぅ、じょ、ぉ……ッお、ぶ……ッ! ……っ、ふ、れ……しゅ……ッ」
『あまり無理しちゃだめだよ。……今司君がそこにいるんだっけ?』
「ええ、いますよ。……原田さんのことならご心配なく。俺がちゃんと面倒見るんで」

 ぐぶ、ぬぷ。と、司が動く度に腹の中で粘つく音が響き、それが紀平さんに聞こえていないか気が気でなかった。さり気なく俺から電話を取り上げた司は暫く紀平さんと何か話しながら俺の胸を弄るのだ。必死に声を抑え、足を閉じて快感を和らげようとすることもできない。電話の片手間、そんな俺を楽しむようにただ司は俺の体に触れてくるのだ。
 そんなとき、不意に司に「原田さん」と名前を呼ばれる。

「さっきの電話の人、誰?」
「で、んわ……?」

 電話って、なんだ。どれだ。グチャグチャになった脳みそはまるで役に立たない。司は俺の反応見て悟ったようだ。また紀平さんと話し始める。

「……紀平さん、原田さんは知らないみたいですけど。ええ、じゃあ。そういうことで」

 失礼します、と言うなり司は携帯端末をベッドの端へと放り出す。

「司、も、終わった……?」
「……」

 つかさ?と顔を覗き込んだときだった、司は俺の腰を抱き抱え、そしてそのまま下から突き上げてくる。

「つか、……っ、待っ、ぁ、うそ、ちょ、待っ……ッ!」
「……電話、長すぎ。絶対あの人わざとだよ」
「っ、ぁ、ひ……ッ! や、だめ、つかさ……つか、ぁ、奥ッ、だめッ、つかさぁ……ッ!」
「……はぁー……っ、生殺し……キツ……」

「取り敢えず、一回出させて」なんて、言いながらも揺さぶるようなピストンを止めない司に俺は言葉を吐き出すこともできなかった。

「ぁ、つか、さっ、つかさ、ッ、や、もっ、ゆっく、り……っ、ゆっ……ぅ……〜〜ッ!」

 ローションが溢れようがお構いなし、硬く勃起したブツにごりごりに押し潰されるだけで脳汁がどっと滲み出し、何も考えられなくなる。さっきまで撫でられるくらいだったのに、いきなり腰を捕まえてしつこくハメられ、逃げようとしても抱き締められて更に深く突き当りをねっとりと突き上げてくるのだ。気持ちいい。なんて死んでも言いたくないけど、これだ、これがほしかったと思ってしまう自分には死にたくなった。

「っ、原田さん……可愛い、ちゃんと我慢できたね、それに一人で挿入もできたし……っ、偉い偉い」
「っ待っ、ぁ゛、あっ、やだ、つかさ、そこいやだっ、やだ……っ!」
「ここが良いんだ。……中、すごい痙攣してる」

 快感を逃さないように腰をやんわりと抑えつけられ、本来ならば早々触れられることないそこをこれでもかというほど亀頭で舐られ、隈なくしゃぶり尽くされるのだ。司の声も気持ちいい、腰も、触れられるだけで快感を余計高められるみたいで自分が自分じゃないみたいで怖かった。
 結合部から下品な音を立てローションが溢れ、それでも構わず司は更にペースを早めた。最早声にもならなかった。やり場のない手を司の背中に回し、俺は落ちないようにするのが精一杯だった。

 長い間のようにも、たった数分の間のことのようにも思える時間だった。根本まで挿入された状態で腹の奥底に吐き出される精液の熱を浴びながら、俺はただ呼吸を忘れていた。
 首筋に司の吐息がかかる。司は俺の奥深く根本まで挿入したまま動かなかった。どくどくと注がれる精液。
 というか待て、長い。
 注がれる大量の精液にぶるりと背筋が震える。そして長い射精が終わり、どぷりと受け止めきれなかった精液が漏れた。司は俺から腰をゆっくりと引くのだ。

「っ、ふ、ぅ……っ」
「……ごめん、やりすぎた」

 濡れた音ともにずるりと引き抜かれる性器。閉じることもできないそこからごぽ、と溢れる精液の感触にまた震えたときだ。
 司の手が伸び、前髪を撫でられる。そして顔を覗き込んでくる司は「ごめんね」と軽く額に唇を押し付けたのだ。

「ゆ、るさね……から、まじ……いっぱい出しやがって……」
「ぶっかけた方がよかった?」
「そ、そういう問題じゃないっ」

 思わず突っ込んでしまう。
 しかしようやく開放されたと思えば安堵のあまりにベッドに倒れ込む。司はそのままベッドから降りた。そして。

「一回休憩しようか」

 え?休憩?まだやんの?という俺の死にそうな顔を気にするわけでもなく、そのまま司はそのまま寝室を後にした。
 そしてしばらくもせず帰ってきたやつの手にはペットボトル。そしてうちの店で並んでるようなものがわんさか握られていたのを見て俺は飛び上がる。少しでも司の優しさにきゅん……とした俺は馬鹿だったようだ。

「な、なんつーもん持ってきてんだ! ……っ、ま、まさか休憩って……!」
「ローターとバイブどっちがいい? イボ付きディルドもあるけど……原田さんディルド好きなんだっけ?」
「す、すす好きじゃねーよ!」
「……そんなんだ。四川が言ってたけど」

 あの野郎、違うって言ってたのにあの野郎……!
 この場にはいないクソ生意気な先輩スタッフの顔を思い浮かべる。怒りと恥ずかしさのあまりわなわなと震えていると、ベッドの上へと乗り上げてくる司に驚いて俺は更に後ずさった。
 司は手にしていたペットボトルのキャップを開く。そしてごく自然な動作でそれを口に含み、そのまま俺に口移ししてくるのだ。

「っ、ちょ、ぅ……ん……ッ」
「……ちゃんと飲んで」
「っ、ふ、……ぅ……っ」

 あれ、なんだこれ。こんなことされたの初めてなはずなのに何故かデジャヴを感じる、それも最近のようにだ。
 逃れることができず、言われるがまま口を開けばドサクサに紛れて今度は舌が口の中に入ってくるのだ。水を飲ませるのなんて全部口実みたいに意思を持って絡んでくる司の舌から逃れることもできない。顎を固定され、流し込まれる水が喉奥へと通り抜けていくのを感じながらもそれを受け止めることしかできない。

「ん、つか……さ……っ、きゅ、うけい……って……」
「ん。俺も、……そのつもりだったんだけど」

 下着の中、既に形がくっきりと浮かぶほど勃起した司の下腹部が視界に入り血の気が引いた。
 逃げようとするが腿を掴まれ、あっという間にベッドの上に転がされた。丸出しのそこを隠す暇もなかった。先程まで散々犯され、間抜けに口を開いたそこに指を捩じ込んだ司は残ったままの精液を掻き出す。細くはない指先に過敏になっているそこを擦られた瞬間、ビクリと体から跳ね上がった。そしてよくAVで見るようなピンクローター手にする司に青褪めたを

「っま、待て! 待て待て……っ! も、無理……っケツが死ぬ……っ! 休憩なんだろっ!」
「……じゃあこっちのがいい?」

「へ」と声を上げる間もなく、俺の腿を掴んだまま司は俺の片足を思いっきり開かせる。いやこれもかなりキツイのだがこの男、涼しい顔をしたまま人の金玉にローター押し付けやがった。押し付けやがったのだ。

「っ、ひ、ィ!」
「中に挿れたくないならここに固定しておこうか」
「っ、や、だっ、やめろ、つか……ッ司ぁ……ッ!」
「……すごい声。こんな格好してんのに玉責められんの好きなんだ?」

 ああ、やばい。新しい扉開けてしまったのが自分でもわかる。ローターとはいえ普通のバイブとかに比べたら微弱な玩具だ、とAVとエロ本による穿った知識から思っていたがこいつ敏感な部分押し当てられるとまじで気持ちいい。やばい、イッたばかりなのにもうイキたくない。ベッドの上這いずるように四つん這いになろうとするが、再度ずるずると司に抱き戻され、がっちりと掴まれた腰の間、弱いところにローターを押し付けられるのだ。

「っ、ぁ、あッ、や、めろ……ッやだ……っ、司……ッ!」
「もっと強い方がいい?」
「っばかッ! ぁ、うそ、うそやめろっや、ぁ゛ッ! ひ、ィ……ッ!」

 シーツを掴み必死に逃れようとするがそんな俺を引き摺り戻して更に責め立てられるのだ。アッという間に固くなったチンポを掴まれ、司は四つん這いになる俺の背後に立ち、そのまま手で扱いてくる。

「ぁ、や、め……っ、手、駄目だ……っ、だめ、だって……ッ!」
「……そんなにここ好きなら今度睾丸用の玩具用意しとくね」

 今度ってなんだ。さらっと恐ろしいこと言う司になんだかもう俺は死にかけていた。

「ぁっ、あ……ッ、ぁ、出るッ! また、俺……っ!」

 競り上がってくる熱に、今度はあれほどしんどかったケツの奥が寂しくなってむずむずしてくる。揺れる腰に合わせ、司はドサクサに紛れて俺のケツにチンポ押し付けてきやがるのだ。

「う、動くな……っ、司……っ」
「……は、……やば、俺もイキそ。……ねえ、一緒にイこ。原田さん」
「っ、ひ、ィ! っ、や、待っ! ぁ、っ、あぁ……ッ!」
「原田さんもう少し我慢して……っ、ん、そうそう、……イイ子」

 あ、あ、と振動に合わせて声が漏れる。なにがなんだかわからなかった。頭の中が白く染まり、空っぽになったはずのそこからまだ何かが放り出される。瞬間、ケツにぼたぼたと降り注ぐ熱い液体。息をするのも忘れていた。
 もう分けわかんねえ。動く気力すらなく倒れる体だがローター当てられたままの下半身だけはビクビクと痙攣したままだった。




 休憩とは一体なんだったのか。
 朝かも昼かも夜かも分からぬまま、気付けば俺は天井を見上げていた。

「も、司嫌い…」
「原田さんが誘ってきたじゃん」
「そうだけど、そうだけどな、お前人には限度ってのが……」

 ベッドの上。
 ケツは空のはずなのにまだ中に何かが入ってるような気がしてならない。スカートが捲れようがもうどうだってよかった。轢かれたカエルよろしく股おっ広げたまま動けないでいる俺に司は何かを差し出してくる。

「はい、これ。俺の服。裸よりましだろ」
「あ、ありがと……」

 ここまで来るのにどんだけ回り道をしたのだろうか。ようやくこの布切れと化したウエイトレス服とおさらばできる。
 そう安堵しながら服を受け取ろうと腕を動かした時だ。ジャラリ、と音を立て手首が締め付けられる。……忘れてた。両手首をしっかりと拘束した手錠の存在を思い出し、青褪める。

「ん?ん?!」

 ガチャガチャと激しく手錠を引っ張り、千切ろうとするが――無理だった。くそ、俺にもっと力があれば。いやせめて筋肉、シックスパックなんて贅沢言わないからビーチで女の子にキャーキャー言われるくらいの体を!なんて言ってる場合ではない。

「司、これ、外れない。どうしよう」

 最後の頼り、司に縋る。
 それに応えるよう、俺の背後に腰を下ろした司はそのまま手首をそっと優しく掴んでくる。そして司は手錠を調べ始めた。

「鍵つきみたいだな。原田さん、鍵は?」
「わかんない。多分、あいつが」

 あいつもとい翔太の糞野郎の顔が浮かぶ。……そうだ、あいつ今頃帰ってきたころだろうか。怒ってるか、心配してるかもしれない。アホみたいに気持ち悪いやつだけど、たまに優し……くはなかったな。散々な目に遭わされた記憶しかない。

「わかった。ちょっと待ってて」

 翔太のことを思い出して感傷的になっていると、不意に司がベッドを降り、再度部屋を出ていった。
 そして暫くも経たない内に司は戻ってきた。
 ――ペンチを握って。

「なんでお前そんなモノ」
「俺もよく手錠の鍵捨てるから、念のため買っておいた」

 ……捨てるのか?自発的に捨てるのか?
 どういう意味か知りたくなさすぎて深く聞けずにいると、「原田さん、背中こっち向けて」と司に背中を撫でられる。
 相変わらず読めないやつだ。
 俺司に命じられるがまま俺は背中ごと司に向け、そのまま軽く腰を持ち上げるように後ろ手に拘束された腕を差し出した。

「……ん」
「誘ってんの?」
「ちっ、ちげーから……っ!早く切れよ!」

 何を言い出すんだ、こんな時に。というかまだやるつもりなのか。こいつの性欲は底なしか?
 ケツを守るためにおずおずと腰を落とし、そのまま司を待った。……が、司はじっとこちらを見たままなにも言わない。そして気付いた。まさか、こいつ。

「お…お願いします、外して下さい…」

 そう渋々呟けば、「わかった」とペンチを握り直した司は再度俺の手首を掴んだ。指示待ちどころかおねだり待ちだから余計たちが悪い。
 背後で司が動く。
 手錠の鎖が小さな音を立て、そして次の瞬間ぶつりと音を立て鎖は引き千切られる。
 そして。

「うおっしゃああああ!!やっと!開放されたああ!!!」

 腕を束縛するものがなくなり、とは言うものの千切れたのは鎖だけで手首には手錠がしっかり残っているが、俺にとっては些細な問題だった。
 ようやく、ようやく服を着れる!人としての権利を得られる!

「よかったね、原田さん」
「あぁ、ありがとな司」
「いいよ、別に。あのまま放置しとくわけにもいかなかったし」

 そうそっぽ向く司はそうなんでもないように続ける。
 もしかしてこいつやっぱり結構良い奴なのかもしれない。

「司……」

 さっきまでクレイジーセックス野郎だとかストライクゾーンが沼とか無尽蔵金玉とか好き勝手心の中で罵倒してごめんな。そしてありがとう。
 そう心の中で呟いた時だった。
 俺の感謝の念が届いたのか、不意に肩をそっと抱かれる。顔を上げれば司と目があった。
 瞬間。僅かに、あの射精しても滅多に表情変えない司が微笑んだ。

「じゃあ、気を取り直して」
「……え?」
「え?じゃないだろ。……アナルの休憩もう終わっただろ?」


 言いながら人のケツを揉む司。
 ――前言撤回、こいつはただの性欲過多の絶倫野郎だった。





「じゃあ、結局バイト辞めないんだ」
「あれは、あいつが勝手に言っただけなんだって」

 翌日。
 結局泊まることになってしまったが、一晩も眠れば全身の気怠さは抜ける。ケツはひりひりしたままだが。
 そしてなんとか復活した俺は司と一緒にマンションを出た。見慣れたマンションなのに隣にいるのが司だからだろうか、周りの風景がどれも新鮮だった。
 隣を歩いていた司は目線だけをこちらに向けてくる。

「あいつって?」
「んーなんつーか、友達のような、保護者のような……」
「恋人?」
「んなわけないだろ!……第一あいつ、二次元以外興味ねーし」

 そう答える自分の声は思ってたよりトーンが落ちてしまい、まるで拗ねてるみたいになってしまつ。

「二次元にしか興味ない、ね。……ふうん」
「な……なんだよ」
「言わない」
「は?」
「…………」

 なんだよ、なんで若干面白くなさそうな顔してるんだよ。いや元々こんな顔だっけか?
 行為中は嫌なくらい饒舌なくせに普通に話してると本当に大人しいというか、よくわからないやつだ。……とそこで思い出す、そうだ俺ほぼ初対面の相手と何やってんだ。

「ま、辞めなくてよかったな」

 駅前通り、裏路地。
 飲み屋が並ぶ路地を抜け、その一角にある階段のまで歩いていく。こうして誰かと出勤するのって初めてだな、とか思いながら司に付いて階段を降りていく。
 然程馴染み深い場所ではないのに、酷く懐かしく感じるのはなぜだろうか。不思議だ。

「着いたよ、原田さん」
「やべえ……どんな顔しよ」
「普通でいいだろ、別に」
「で、でも電話……」

 と言いかけてハッとした。そうだ、あのときそれどころじゃなくて有耶無耶になっていたが司のせいで紀平さんと電話したんだ。
 やべえ思い出してきたら死にたくなってきた。つかどんな顔してまじで会えっていうんだよ……。

「いつも通りでいいよ」

 どうせ本気にされてないだろうし、なんて続ける司。他人事だと思って。恨めしいが確かにくよくよ悩んだところで今更感は拭えない。
 司に促されるがまま俺は目の前の扉を開いた。



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