アダルトな大人


 ベーコンレタスサンドウィッチ※

「原田さん、俺と阿奈、どっちが好きですか?」
「っ、い、やら……どっちも、や……」
「……俺のこと、好きだって言ってくれたのは嘘だったんですか?」
「っ、や、笹山……こわ、い……」
「ッハ! 馬鹿にしては大正解だよ、原田。あいつはやめとけ、わかっただろ?……俺よりもしつこくて何やっても喜ぶド変態だから」

 力の入らない体を四川に抱き締められる。乳首が擦れるとか、勃起したブツが当たってるとかそんな場合ではなかった。二人の間から逃げようにも逃げられなくて、抱き締められ、耳を舐められればゾクゾクと背筋が震えた。

「ぅ、や……も、戻る……ぅ……皆のところ……」
「帰すかよ。つか、んな調子で戻れんのか?」

 乳首を指で弾かれ、その衝撃に頭の中が真っ白になった。飛び上がりそうになる体を見て、四川はニヤリと嫌な笑みを浮かべるのだ。

「無理だよなぁ? ……それでもまあ、紀平さんと店長なら相手してくれるかも知んねえな。どちらにせよ、ろくな目には遭わねえだろうけど」
「や、だ……ッ」
「なら俺にしとけ。……な?」
「ん、んんぅ……っ」

 ちゅ、と唇を吸われ、思わず口を開いてしまえばそのまま入り込んでくる舌を絡められる。
 嫌なのに、相手は四川なのに、散々弄ばれたせいで中途半端に熱に浮かされた体はそれだけで反応してしまう。

「原田さん、俺は嫌なんですか?」
「う、や……っ、笹山……」
「っ、ん、……四川とばかりじゃなくて、俺にもキスしてください、原田さん……」
「待っ、へ……んんぅ……っ」

 いきなり四川から引き離されたかと思えば、背後の笹山に唇を舐められる。そのまま引っ込めそこねた舌を吸われ、のしかかってくる笹山に押し潰されそうになった。
 ちゅ、ちゅ、と顔中にキスをされ、それだけで快感の熱は膨らんでいく。は、は、と犬みたいに浅くなる呼吸に、収まりかけていた下腹部の疼きは一層激しくなった。

「っ、さ、さやま……っ」

 蕩けそうになるほどの熱に当てられ、力が抜け落ちそうになったときだった。

「……っ、あー……もう無理」

 そう、苛ついたように吐き出したのは、四川だ。
 どういう意味かと聞き返す暇もなかった。ヘアバンドを外した四川は、そのまま前髪を掻き上げる。

「阿奈、お前……」
「こういうのは、早いもん勝ちだろ。お行儀よく順番決める質かよ、俺ら」

 順番だとか、なんとか、わけわからないでいると、四川に腕を引っ張られ、抱き寄せられた。落ちてくる伸びた前髪の下、細められるその目にぞくりと腹の奥が震える。

「つーわけで、いただきます」

 足を開かされ、左右に押し拡げられるそこに押し当てられるのは勃起したまま生殺しだった四川のブツだ。硬く芯を持った熱い肉棒の感覚に息を飲む、まさか、こいつらがごちゃごちゃ言ってたのって……。

「っ、ま、って……っ」
「あ?」
「う、動くな……っ」

 紀平さんにケツぶっ壊れるくらい犯されたときのことを思い出し、堪らず俺は四川の腕を掴み、懇願する。

「お、ぉ、……おれが、動く……から……っ」

 情けないほど声が震えていた。喉も、ケツも、ひくりと震える。四川のお腹に手をつく俺に、やつは嫌な笑みを浮かべたのだ。

「そりゃあいい。……なら、しっかりリードしてくれよ。『原田サン』」

 こういうときばかり年下面するやつが憎い。けれど、やつに好き勝手されるよりかはましだ。
 ぐっと唾を飲み込んだ俺は、股の下にある四川のものを掴み、そのまま自分の肛門に押し当てる。
 あとは、このまま腰を落とせばいい。頭では理解できるが、二人の目から見た自分がどれほどの醜態を晒しているのかとかそんなこと考えたら体は石のように固くなるのだ。

「……おい、止まってるぞ」
「……っ、う、るさ……い……っ」
「無理なら先に言えよ、すぐにぶち込んでやるから」
「……ッ」

 くそ、こいつ、どうせ無理だと思ってるんだろう。そう思うとムカついたけど、対抗心に火がつく。
 膝を曲げ、腰をゆっくりと落とす。ぐぷ、と僅かに埋まる亀頭部分の感触に思わず腰が震えた。油断したら下腹部から力が抜け落ちそうだった。……それだけは避けたい。

「っ、ぁ……っ、ぐ、……ぅ……っ」

 ゆっくり、口から息を吐きながら、腰を落としていく。熱い。死ぬほど恥ずかしい。けど、痛い思いをするよりかはましだ。そう自分を鼓舞しながらぐっと更に腰を落とす。どれくらい入ってるのかわからない。背中を丸め、結合部を覗き込もうとしたとき、開いたそこに指が入ってくる。

「っ、な」
「そのまま……ゆっくりと息を口から吐いて下さい」

 何してるんだ、なんて、恐ろしくて聞けなかった。すぐ背後から聞こえてくる笹山の声に、ぐっと更に広げられるケツの穴に、恐ろしくなりながらも言われた通り呼吸を繰り返す。汗が滲む。指とは比べ物にならない肉厚感に飲まれそうになりながらも、徐々に、着実に俺の中へと入り込んでくるその性器に腰に力が入ってしまう。
 半分……いっただろうか。もうわからない、ヤンキーみたいな座り方でゆっくりと腰を落としていったときだった、眉間にシワを寄せた四川は体を起こし、そして、俺の腰に手を回した。瞬間、ずぶっと腹の奥へと真っ直ぐに突き刺さるような衝撃に思考が停止する。

「ッ、ぁ……ひ……ッ」

 四川の股の上、隙間なく密着した下腹部に血の気が引いた。こ、いつ、こいつ、やりやがった。吹き出す汗に、貫くような衝撃に、暫く何も考えられなかった。動けなくなる俺を抱きしめ、四川は笑った。

「……まあ、お前にしては上出来だな」

 鬼、悪魔、クソレイプ野郎。声にもならなかった。人の腰を抱いたまま、思いっきり下から突き上げられ、耐えられず俺は四川にしがみついた。

「っ、うそ、つきッ、動かね、ぇって……ッ!」
「あぁ? お前がチンタラしてっから悪いんだよ……ッ! こっちは餌目の前にお預けされてんだ、んなにボケっと待ってられるようなやつ、いるかよ……ッ!!」
「っぁ、や゛め、ぁ、お前なんて、嫌いだっ、大き……っんんぅッ!」

 人の言葉を無理矢理塞ぐ四川は、そのままディープキスかましてきやがる。クソ、クソクソ、あんなに恥ずかしい思いまでしたのに、この下半身バカのせいでただ恥さらしただけってのが悔しくて、早くこいつから逃れたいのにキスされて、余計強く抱き締められて突き上げられる。
 肌がぶつかる音が響く、奥、普通なら届かねえところを腫れた亀頭で叩き潰されるだけでくぐもった悲鳴が漏れる。痛みよりも、圧迫感、それと、痺れのような、鋭い快感にピストンの度に瞼裏で火花が弾けるような残像が見えた。

「っ、ん゛っ、ん゛ぅ、う゛〜〜ッ!!」

 やつの胸をバシバシ叩くが、唇も離れねえ。舌の根までしゃぶりつくされ、汗を舐め取られ、殺す気かと思うほどの執拗なキスに唇がふやけ、嫌なのに、ピストンされればされるほど段々気持ちよくなっていく。
 ケツ、壊れる。間違いなく。それなのに死ぬほど気持ちいい。

「っ、は、待ちに待ったチンポはんなに上手いかよ……っすっげーしゃぶりついてくるぞ、お前ン中」
「っ、だ、まれ、うるさ、ひぃい……っ」
「っ言えよ、認めろよ、気持ちいいですって。なあ、原田……っ!」
「だ、れがぁ……ッ! ぐ、ぅひ……ッ!」
「っ、なーに強がってんだぁ? ……素直になれよ……っ」
「ば、か……や……ろぉ……ッ!」

 肉同士がぶつかる音が響く。頭がおかしくなる。
 こんなの、気持ちいいわけないのに。乱暴に雑に犯され、それでも最奥をチンポの先っぽでグリグリされるとそれだけでお腹の奥が反応して、さっきイッたばかりのチンポからは半透明の液体がとろりと垂れるのだ。
 気持ちいい、これも、酒のせいだ。そうに違いないのだ。認められるか、でなければこんな。

「……阿奈、そのまま持ってて」
「俺、まだイッてねえんだけど?」
「どうせすぐイクだろ」
「チッ……ほら、さっさとしろ!」

 挿入したまま腰を四川に掴まれる。四川のブツで埋まっていたそこを左右に割り開くように広げられ、血の気が引いた。
 なんで、と青褪めた俺が振り返れば、笹山は優しく微笑んだ。「大丈夫ですから」と、なんの根拠もなく甘い声で甘やかしてくる。
 そして、無理矢理作られた隙間に押し当てられるそれに凍り付く。

「ま、ま、待って、お前っ」
「……すみません、原田さん。……少し苦しいかもしれませんが、すぐ……わからなくなるはずなので」
「な、なに、いって」
「言っただろ? 俺よかこいつのが性格悪いって」
「……抜け駆けしたお前が悪いんだろ」

 みちみちみちと絶対しちゃいけないような音が聞こえてくる。括約筋を無理矢理押し拡げられるその痛みに、それ以上の圧迫感、そして恐怖に俺は四川にしがみついた。
 ちらりとこちらを見て、四川は俺の頭を撫でるようにかき混ぜ、そして唇を押し付ける。

「っ、ふ、う゛ゥ、ん、ッ、う゛……ッ!」

 裂ける。裂けてる。ぜってーケツが割れてる。
 掻きむしるように四川の背中を掴んだ。紛らわしてやってるつもりなのか、珍しく慰めるような優しいキスをしやがるこの男が憎くて腹立たしくて逃げたくて、けれどそんな俺の意思を無視して背後から覆いかぶさってくる笹山の性器が抉じ開けるようにして入ってきては腹の中あらゆるものが押し上げられ、声にならない声が漏れた。
 二輪刺し、なんて、言葉が過る。
 呑気に抜いていた過去の自分が恨めしいくらいだ、こんなの拷問だ。やられた方は溜まったものじゃない。

「っ、は……ひ……ッ」
「……流石に、慣らしたとは言え狭いですね」
「っ、たりまえだろ、馬鹿が……」
「……ッ、は、ぁ……ッ」
「……原田さん?」

 ぐ、と笹山が動いた瞬間、腹の中で擦れる二本の性器の感触に体が抉られる。耐えられず、大きく仰け反ったとき、そのまま笹山に肩を掴まれ、抱き締められた。

「息、ちゃんとして下さいね」
「っ、は……ぁ……っ、はーー……ッ」
「……っそうです、上手ですね」

 瞬間、一気に体重が掛けられる。下から押し上げてくるそれに目の前が真っ白になる。パクパクと口を開くが、圧迫された喉からは声すらもでない。

「っ、原田さん……すごい、食い千切られそうです、貴方に……っ」
「――〜〜ッ! ぅ、ぐ、ひッ! ぃ……ッ!」
「酔ってもこんなに締め付けてくるなんて、最高ですよ……っ!」
「っ、く、ハ、まじ、サイッテーだよお前……ッ! こいつ泣いてんじゃねえかよ、可哀想になぁ……っ!」
「っ、ぅ、う……っ、ぎ、ひ……ッ! ぃ、ひ、ぁ、ぐ!!」

 入ってきてる、腹ン中で動いてる。同時にピストンされてみろ、息する暇もなくて、アルコールのお陰で痛覚麻痺してるのがまだ救いだったがそれでも腹の中で擦れる異物感と感じたことのない感覚に何も考えられなくなる。
 跳ねる体を抱き込まれ、最早誰に抱き締められてるのか、どちらにキスされてるのかもわからなかった。濡れた音が、酒の匂いが、肌がぶつかるような音が、それを現実だと知らしめてくれるのだ。

「っ、ふ、ぅ、……っ、う、ひいっ……ッ!」
「原田さん、息、口から吐いて……吸って……っ、そう、……大丈夫ですから……絶対、気持ちよくさせますので……っ、ね」
「っ、も、抜い……っぬけ、ぬけって、死んじゃう、死ぬ、お尻、おかしくなる……っ!!」
「……っ手遅れだ、諦めろ、明日からはオムツ生活だな……けどまあ、コイツならオムツプレイも喜んで付き合ってくれるから安心しろ」
「ぅ、んうう……ッ! っは、や、おむつ、いや、だぁ……っ!」

 思考が飛ぶ。まじで、死ぬ。頭と体が切り離されたみたいに、まるで悪い夢でも見てるようだった。それなのに、自分の膨れた腹の中で動く二本のチンポは現実なのだ。
 おまけに、それは萎えてくれるどころか先程よりも大きくなってやがる。直接流れ込んでくる二人分の鼓動はより一層大きく響き、自分の心音かと錯覚してしまうくらいだ。

「っ、原田さん……泣かないでください……っ」
「っん、ぅ、……は……ッ、ささ、やま……っ」

 唇を舐められ、反射で口を開けばそのまま首ごと抑えられ、深く唇を塞がれる。腰を掴まれ、更に加速するピストンに腹を突き上げられ、ガクガクと痙攣する腰に最早感覚はなかった。宙を向いたままの性器からは精液なのか先走りなのかわからないような半濁の液体を垂らし、四川は垂れるそれを指に絡め、潤滑油代わりにするように肛門の周囲に塗り込むのだ。

「ん゛っ、ぅ、お、ッ、ふ……っ、む、ぅ……ッ!」
「っ、は……やべ……っ、キツ……ッ」
「っ、ぅ゛っ、ふ! ぅぐ、ぅ゛、んんぅ゛ッ!」

 競り上がってくる、腹の八分目まで。いやもっと上か。
 浮いていく腰に、出し入れの度に大きく捲れ上がるそこに、俺はもう分けわからず笹山の舌を、二人の性器を受け入れることしかできなかった。
 そして間もなく、体の中で大きく鼓動が響いたとき、どちらのものかわからないまま中で射精された。どちらが先かわからないが、間もなくして、四川が小さく声を漏らした。二度目の中出しだ。断続的に、それも大量に注がれる精液。キツく抱きしめられる体に、濡れた太い舌が引き抜かれる。
 一気に満たされる体の中、俺は、受け止めきれず垂れてくる精液が腿を流れていくのを感じながら意識を手放した。




 ……。
 ……………。
 ……………………。

「なかなか顔出さないから嫌な予感はしていたが、なんだこの期待の裏切らなさは!大体貴様らにはTPOというものがわからないのか!」
「うわぁ、一番言われたくない人から言われちゃったね。どんまい二人とも」
「茶化すな紀平!貴様も貴様だ!寝るなら帰れ!!」
「だからぁ、こうやって起きたんだからいいじゃないんですか?ね、店長。ほらカリカリしない」
「ふざけるな!泥酔した素人にいきなり二輪しかけて失神させるなんて言語道断!やるならまずは時間をかけて拡張してそしてよく濡らして挿入しろ!貴様らがいつも棚に並べているプラグはなんのためのものだ!!」
「……す、すみません」
「せーん」
「四川貴様ふざけているのか?なあ?ふざけているんだろ?いいだろう貴様は一から教育し直さなければならないらしいな」

 頭上でバタバタと足音が響き、すぐ側から聞こえてくる喧騒に脳味噌を揺さぶられる。
 割れるような頭痛、そして吐き気。更には鉛のように重い全身に、節々の痛み。
 あまりの不快感にゆっくりと瞼を持ち上げればその場にいた全員の目がこちらを向いた。
 見慣れない天井。
 ここはどこだろうか、と考えたところで俺は店長たちに半ば強引に居酒屋に連行されたことを思い出す。
 それで酒飲んで……えーと、なんだっけ。おかしいな、思い出せない。

「原田、やっと目を覚ましたか!」

 一番に反応したのは店長だった。安堵の色を浮かべる店長の表情、そして、この身に覚えがありすぎる最低のコンディションにそこで俺は自分が『またやってしまった』ことに気付く。

「店長、もしかして俺また飛んでました…?」
「ああ、こいつらのせいでな」

 そう、店長は背後で正座する笹山と両手足を拘束され強制正座をさせられていた四川を指した。
 しょんぼりと項垂れる笹山に、つまらなさそうな四川。

「ふ……二人がどうしたんですか?」
「どうしたって…………原田お前、まさか酔ったときの記憶がないのか?」

 呆れたような顔をする店長。
 その血相から不安を覚えながらも恐る恐る頷く。
 昔からなのだ。酔うと記憶が飛ぶ。
 俺が酔っぱらったとき一緒にいたやつらは皆してなにがあったか口を閉じていたが、酷いときは目が覚めたら警察署や病院、ごみ捨て場にいたなんてこともあった。暴れるときもあれば無関係の人様に突っかかってしまうときもあったという。だから翔太には酒禁をするよう言われていたのだが、今日はついハメをはずしてしまった。
 おまけにこの周りの向ける目、そしてこのちょっと憐れみを含んだような気遣い……間違いない。まさかまた自分がなにかやらかしてしまったのではないだろうか。

「……質が悪いな」
「お、俺なんかしたんですか」
「いや、寧ろお前が…」

 そう店長が言いかけた矢先だった。
 咄嗟に店長の口を塞いだ紀平さんはそのままにこりと笑う。

「そだね、べろんべろんになっちゃってたみたいでさ、あっちこっちぶつかってたようだから体痛くなってるかもしれないけど一応目立つところはこっちで応急処置しといたから多分大丈夫だと思うよ」
「応急処置?……って、いっでぇ!!」
「……はは、だろうね。まあそういうことだから、酷くなったら言ってね。病院に連れていくから」

 びょ、病院……?!
 確かに少し動いただけで響くケツの痛みといい、腰痛といい、ただ事ではないというのはわかった。
 しかし、いくらなんでも酔ったケツ拭いを紀平さんたちにお願いすることはできない。
「迷惑かけてすみません」と慌てて謝れば、紀平さんは「俺はなんもしてないよ」と小さく笑う。そしてゆっくりと目を開くのだ。

「……それよりかなたん、罰ゲームがまだだったね」
「へ?……罰ゲーム?」

 記憶にない、それでいて嫌なものしか感じさせないその単語に思わず身構える。

「あれ?まさかこれも覚えてないの?……かなたん言ったじゃん。飲み比べで俺に足舐めろって」
「えっ、な、なんすかそれ」

 酔った俺、なんてことしやがるんだ!
 座る俺の前までやってきた紀平さんに思わず後ずさる、が背後の壁にそれを阻まれた。
 にじり寄る笑顔の紀平さんに、血の気が引いた。

「おい紀平……お前酔っ払いの言うこと真に受けるなと言ってるだろ。原田は記憶が飛んでるんだぞ」
「大丈夫ですって、俺が全部覚えてるんで」

 畳の上を滑る足首を掴まれ、そのまま甲を撫でるように靴下を脱がされる。やめてください、と足をバタつかせようとするが、素足を晒され、足の指の谷間をなぞられれば背筋が震えた。そして、あれだけ傷んでいた下腹部にずぐんと甘い疼きが走る。
 な、なんだ……これ。何だこれ……!

「いいです、紀平さんっ!止めてください、そんな真似…っ」
「いいよいいよ気にしなくても。こういうのは無礼講だからね、かなたんもかなたんで鬱憤が溜まってるんだろうし。一応薬のせいでもさ、無理矢理ヤっちゃったことは申し訳ないと思ってんだよね」

 ちゅ、と見せ付けるように甲を軽くキスをされる。それから、躊躇なく丸まった親指へと這わされる舌に、光るピアスに、息を呑んだ。
 こちらを見上げる紀平さんの言葉にこの前のことを思い出し顔に熱が集まった。

「きひらさ、ぁ…っ」
「……でもまあ、かなたんがこういうのが好きってのは意外だったけど」
「も、いいですから……っ、て、店長、助け……」
「くそ、何故だ。土下座して足を舐めるのを強要される間抜けな紀平が拝めるはずなのになんだこの敗北感はっ!」
「おい、助けろっ!」

 思わず突っ込んでしまったではないか。
 くそ、店長はこんな調子だし、四川は縛られてるし、笹山。そうだ笹山なら、と視線を向けれたとき、思いっきり足首を引っ張られ、ちゅぷっと足の指ごと口に含まれるのだ。

「ぁ……や、も…っやめてくださ、いぃ……っ、笹山……っ、止め……」
「は……原田さん……ごめんなさい、俺には止める資格は……っ!」
「な、何言って……ぇ……っ!」

 青褪めた笹山はごめんなさい、と怒られた犬みたいに震えてるし、そもそもなんで笹山まで正座させられてるのかわからないが今は紀平さんだ。

「かなたんって蒸れやすいんだね」
「い、言わないでください……っ」

 そして臭うな、とひっくり返された体を無理やり動かして這いずり逃げようとしたときだ。

『こちらになります』

 襖の外から聞こえてきたスタッフの声。あれ、そういえばここ予め借りてた個室と違う気がする。なんて思ったときには何もかもが遅かった。
 ガラリと音を立て開かれる襖。
 濡れたつま先。触れる熱い舌と、そんな舌の感触にひゃってなる俺。襖の向こうには、大学生くらいの男女混合グループ。
 そしてこちらはホスト崩れの柄の悪く尚且つむさ苦しい男集団。そん中で足を舐められてる俺。一瞬時間が止まった。
 いや別に一期一会なやつらに見られたくないところを見られたところでそれは一時的な自己嫌悪で済む話だが、もし、もしだ。
 そんな一期一会なやつらの中に見知った顔があったらどうなるだろうか。
 血の色みたいに真っ赤な赤い髪に、黒フレームの眼鏡。
 両脇をアニメグッズで固めたふりふり系美少女と派手なメイクのゴスロリ系美少女を両脇に、挟まれるようにして立っていたその赤髪の男を見て俺は凍り付いた。
 そして、それは相手も同じだ。

「……カナちゃん?」

 聞きなれた、耳障りのいい柔らかい声。
 赤い前髪のその下、レンズ越しに映るその目は確かに俺を見ていた。

「……しょ、うた」

 最悪のタイミングで現れた親友の名前を口にしたとき、俺は改めて事態の深刻さを理解したのであった。

【ep.4 飲んだら乗るなハメるな誘うな襲うな】END


 home 
bookmark