花葬


 08

「……ッ、ぁ……」

 本能的な恐怖に支配される。弱味を見せてはいけない、つけ上がらせてはならない。そう分かっているのに、その花戸の目を見た瞬間ぶるりと背筋は震えた。

「間人君、君は……お兄さんやご両親にも大層大事に育てられてきたんだろうね」
「……ッ、……」
「君みたいな子に育ったのはその賜物だよ。……ああ、本当に――本当に、感謝しないといけないな」

 瞬間、伸びてきた手に髪を掴まれる。無理矢理顔を挙げさせられるように引っ張られ、あまりの突然のことに硬直した。

「っ、い゛……ッ」
「警戒心が強いのはいいことだけどそうじゃないだろ? 俺は、君の新しい家族になるんだ。君は君のお父さんやお母さん、お兄さんにも俺に対するような態度を取るの?」
「っ、ぉ、お前は……ッ家族なんかじゃ……う゛……ッ!!」

 言い終わるよりも先に頬を叩かれた。痛みよりも衝撃の方が強かった。
 手加減されてるのだとわかっていたが、一度叩かれてまだ熱の引いていないそこを再度打たれれば通常よりも痛みは鋭く突き刺さるのだ。

「っ、ふ、ぅ……ッ」
「ああ、可哀想に。君の可愛い頬が真っ赤だ」
「さ、わ……っ、るな……」
「痛む? そりゃそうだろうね。……君の苦しむ姿を見てると俺も堪らなく辛くなる」

 そう、花戸の指が頬にそっと触れる。
 じんじんと熱を持った皮膚の上を滑るその指先。また打たれるのかと思い、無意識の内にはね上がれば花戸はそのまま俺の体を抱き締めるのだ。
 ふわりとあの匂いが広がる。頭の奥でじわりと花開くような甘ったるい、匂い。

「やっぱり、ちゃんと君の家族になるには……作り直すしかないのかな」

 極度の恐怖と緊張で呼吸が浅くなった。耳元でそんなことを嘯く花戸に、俺は思わずその顔を見た。

「お前、今……なんて……」
「君が余計なことを考えなくてもいいように、君のお父さんとお母さんもあいつのところに送っておこうか」

「そうしたら、君は余計なことを考えなくても済むんだろ?」そう、なんでもないように口にする花戸に爪先から全身の熱が引いていく。
 その言葉を理解すらしたくなかった。
 この男は、この男は――。

「お、まえ……ッ!」
「家族三人も揃っていたら寂しくないだろう。それに、君には俺がいる。俺がずっと、君の側にいるから問題ないはずだ」
「やめろッ!!」

 自分でも驚くほどの大きな声が出た。
 花戸は少しだけ驚いたように目を丸くして、そして、ふっと優しく微笑むのだ。

「大丈夫だよ。ちゃんと、苦しまずにすぐに楽にさせる。君の大切な家族だからね」
「やめろ、父さんと母さんに手を出すな……ッ!」
「それは君次第だよ、間人君」

 何が、好きだ。何が大事にしたいだ。
 この男の言葉は全て嘘だ。俺のことなんて一ミリも考えていない。頭にあるのは自分のことだけだ。

「君が考えを改めてくれるなら、考えてあげるよ」

 優しい声で吐き出す言葉は脅迫そのものだ。
 顎の下、首の付け根へと伸びる指先に優しく撫でられる。皮膚の厚さ、感触を確かめるように。指の先を食い込ませるのだ。

「今日から、君の家族は俺だけだよ」

 間人君、と囁かれる言葉は悪魔の囁きそのものだった。
 頭から熱が引いていくのを感じながら、俺は硬く目を瞑った。

「……分かったから、父さんたちには手を出さないでくれ」

 実家のリビング、兄の遺影の前でうなだれる両親の背中を思い出した。これ以上、こいつの好きにはさせたくなかった。壊されたくなかった。踏みにじられることも耐えられなかった。
 そんな俺に、花戸は笑うのだ。嬉しそうに、目を開いて。「ようやく分かってくれたんだね」と、俺を抱き締めるのだ。

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