花葬


 09※

 家族の顔が脳裏をよぎる。父、母――そして、兄さん。
 優しくて、頭がよくて、俺にとって憧れだった兄さん。そんな兄さんが何故こんな男に捕まってしまったのか、未だに俺はこの男――花戸の言葉を信じることができなかった。
 それでも、唯一この男の言葉で真実だとわかることはあった。
 この男が兄さんを殺したのだ。
 そして、今度は俺も兄のように殺すつもりなのだと。
 花戸にとって些細なことなのだろう、人の尊厳を弄ぶことも、踏み躙って潰すことも。
 それが分かったからこそ余計、恐ろしかった。兄や俺だけではなく両親にまで手を出す、そう口にしたあの男が。


「う゛ぉぐ、う……ッ!」
「あは……ッ、間人君のナカまた締め付けてくるね……っ、嬉しいなぁ……全身で俺のこと受け止めようとしてくれてるんだね」

 黙れ、黙れ黙れ。
 ベッドの上、人を背後から犯しながら腰を撫でてくる花戸にただ嫌悪感が込み上げる。
 口の中、奥歯で噛んだシャツの裾がなければきっと罵倒の言葉が漏れていたことだろう。それだけは避けなければならない、今だけは。

「ふっ、ぅ゛」

 すでにこれまでの花戸との行為で異物を咥えさせられることに慣れつつあった肛門は、深々と挿入される花戸の性器を拒むことはできなかった。
 ただ一方的に体内を舐られ、奥の奥まで文字通り犯されるのだ。
 熱した鉄杭をぶっ刺されるような衝撃をベッドシーツを掴むことで緩和しようとするが、そんなこと花戸の前では無意味な抵抗に等しい。
 少しでも腰を浮かせて逃げようものなら、花戸は俺の腰を掴み引きずってでもさらに奥、結腸へと続く肉の壁を限界までパンパンに張り詰めた性器の先端、その亀頭で突き上げてくるのだ。
 骨がぶつかるような音に混ざって、濡れた肉が潰れるような音が自分の腹の奥から発せられる。
 腹を突き破って口から亀頭が飛び出すのではないだろうか。そんな恐ろしい想像を働かせる暇すらもなかった。

「は、ぅ゛……ッ、ううぅ゛……ッ!」

 思考する暇もなかった。背後に覆いかぶさってくる花戸は逃がさまいとでもいうかのように執拗なピストンを繰り返す。その都度最奥から全身へと電流のような衝撃が走り、衝撃を受け流すことができなかった下腹部、内腿がぶるりと震えた。
 生理現象で勃起した性器は花戸の動きに合わせて揺れ、シーツの上にぽたぽたと先走りと精液が混ざったような半濁の体液を滴らせる。
 恥も何もない、今俺にできることは少しでもこの場を耐え忍ぶことだけだった。

 こんなサイコ野郎のご機嫌取りなんてマネ、俺だってしたくない。それでも、今この場で花戸を拒めば両親にも手が伸びる。そう考えただけで耐えられなかった。
 せめてこの場だけでもいい、花戸を油断させる。この男をどうにかすることは後から考えればいい。
 そう自分を鼓舞しながら、ただ耐えた。まだ前回の挿入の熱も腫れも引いていない中をどんだけ性器で摩擦されようとも。皮膚に指が食い込むほど尻を掴まれ、マーキングでも施すかのように隈なく性器から滲むやつの体液を塗り込まれようとも。全身を弄られ、まるで恋人かなにかのように項や肩口、背骨や至る所に唇を押し付けられ痕をつけられようとも。窄まり、異物を拒むための壁を力ずくで抉じ開けられ、内臓までも奴に犯されようとも。絶対に。
 このとき、喉の奥から込み上げる強烈な吐き気と爪先から指先まで広がる恐怖、嫌悪感を堪えられたのは瞼裏に焼きついたいつの日かまだ家族全員揃って笑いあっていた記憶があったからだ。
 絶対に、この男だけは許さない。この男だけは――。

「……間人君……ッ、」

 伸びてきた奴の手により、口の中、轡代わりに噛んでいた裾を抜き取られる。瞬間、咥内に新鮮な空気が広がった。
 霞む視界の中、花戸は俺の前髪を掻き上げる。そのとき確かに奴と視線があった。
 顔なんて見たくもない。それでも、奴から視線を逸らすことができなかった。違う。逸らさなかった。
 真正面から奴の目を睨み返す。それが今俺にできる意思表明であり、唯一の抵抗だったからだ。花戸はなにを勘違いしたのか興奮したように「間人君」と俺を呼ぶ。深く、根元まで収まったそれで中を味わいながら呆けた顔をして腰を振り続ける花戸。声を上げてこの男を喜ばせることすらもしたくなかった。

「間人君……っ」
「ふ、ッぐ、」
「間人君……間人君、はぁ……ッ君は、本当に……ッ」
「ッ、う゛、ぎ……ッひ、ぃ゛……!!」

 奥歯を食いしばる。歯が欠けてしまおうがどうでもいい。耐えろ、耐えろと口の中で何度も繰り返したとき。
 視界が陰る。鼻先には花戸の顔があった。そして、唇に触れる柔らかい感触。睫毛がぶつかる音が聞こえた、そう錯覚を覚えるほど唇が触れ合った瞬間、あらゆる雑音が消えた――そんな気がしたのだ。
 この男からキスなんて嫌というほどされた。それなのに、そんな風に感じたのはこんな乱暴で独善的な性行為の最中にも関わらず、あまりにも優しく、そして触れた唇が微かに震えているように感じたからだろう。
 それも、ほんの少しの間のことだ。すぐに獣じみたピストンで奥を突き上げられ、思考は途絶え喉奥からは呻き声とともに唾液が溢れる。

 下半身の感覚などなくなったに等しい。
 いま犯されているのが己の体かどうかすら確信持てないほど肉体と意識は乖離していく。そうすることでしか、自分自身を守ることができなかった。

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