ヒーロー志望でしたが、手違いで三食宿付きヴィラン派遣会社に永久就職(?)することになりました。


 CASE.01『始まり』※

 昔からヒーローに憧れていた。
 ヒーローは人気商売。ありとあらゆる場面で活躍できるヒーローの数も飽和しきった現在、余程巨大なスポンサーや顧客を掴めなければ薄給だと言われ続けてきたがそれでもいい。むしろ金儲けがしたいとは思わない。とにかく誰かを助けたかった。その一心で書いた履歴書をありとあらゆるヒーローが在籍する派遣会社へと送った。
 ――送ったはずだったのに。

「テメェが善家良平か」

 何故、こんなことになってるのか。
 巨大な地下帝国のその中央に大きく聳え立つのは巨悪組織『evil』の拠点となるタワー型ビルだ。
 その最上階、ニュースでも見たことあるような顔触れに囲まれて俺は椅子に座らされていた。

「ま、いいんじゃねえか? 能力は大したもんもねえけど、丁度サンドバッグが壊れたばっかだしなあ」

 そう言うのは人喰いの鮫と呼ばれる尖った歯と青い髪が特徴的な粗暴な男・ノクシャスだ。
 ここ最近政界の要人とその側近を殺してテレビで見せしめにしたことで指名手配になっていたはずだ。

「というかそもそも、ここに連れてきちゃった時点でもう帰せないでしょ。……あ、もしかして僕の実験に使ってもいいよっていうボスの優しさかなあ?」

 そう俺の頬をぷにぷにと突いてくるのは白に近い金髪と白衣が浮いた男――モルグだ。人懐っこそうな柔和な雰囲気は見た目だけと俺は知ってる。証拠に、やつの白衣の下にはたくさんの拷問器具や薬物凶器その他諸々が仕込まれている。
 数多のヒーローを人工的に作り上げる特殊機関の元研究員でありながら、施設から貴重な資料とともに逃げ出し現在ではその技術で人工的にモンスターを作り出してるということでこの男も数年前から指名手配されていたはずだ。

「……どうでもいい、ってか、帰りたいんだけど……この話し合いもう意味ないでしょ」

 はあ、と深い溜め息を吐く全身黒ずくめで仮面を被った男に思わず息を飲む。
 最近巷で要注意人物と名高いナハトだ。ヒーロー界の暗殺者とも呼ばれている。俺も本物を見たことないが、その仮面だけはネットでも有名だった。ナハトは毎回自分の仕事現場に仮面を捨てていくからだ。
 コスプレかとも思ったが、この早々たるメンツの中だ。そっくりさんの集まりだとでも思いたかった。想像よりも二人に比べ少年のような声だったが、チラつく腰に携えた刀が余計俺の緊張感を煽るのだ。

「……とまあ、皆さん落ち着いてください」

 そんな中、気の抜けた声が部屋の中に響いた。
 場違いなほどの緩い声のする方へと目を向ければ、そこには着崩したシャツにサンダルという二日酔いのリーマン風の男がいた。ニュースでも見たことのない顔だ。
 そんな男を見て、ノクシャスは「遅えよ安生」と声を上げるのだ。

「いやはやすみませんねえ、お待たせしました。……けどよかったです、どうやらもう仲良くしてくれてたみたいで」
「安生さあ、これのどこが仲良くに見える? もしかしてもう老眼きてんの? 僕が視力十二にしてあげようか?」
「おっとモルグ君、それはお気持ちだけで結構ですよ。……と、言いたい頃は色々あるでしょうがこれはボスからの指令です。彼を君たちに紹介したのは仲良くしてほしいとのことでした」

 そうにっこりと笑う安生さん。その笑顔もどこか草臥れている。
 が、俺にとってはまるでこの状況が飲み込めなかった。それはこの三人も同じのようだ。

「ったく、仲良くだぁ? ボスも何考えてんだか、仲良しこよしさせてえなら下っ端連中のところにでも放っておけばいいだろ。俺らはベビーシッターじゃねーんだぞ」
「まあまあ、ボスも物好きだしね? 僕は別にいいけど。ボスがそういうのなら異論はないよ」
「……はあ、くだらない」
「ナハトも異論なしだって、多数決によりノクシャスの負け〜」
「ああ?! 勝手に勝ち負けしてんじゃねえこの改造野郎!」
「あはは、皆さんが優しい方々で良かったです。やはり、ボスの見込んだとおりですね」

 なんだ、なにが起きてるのだ。俺を抜きにしてなか重大なやり取りが交わされてる。かといって口を挟めば殺されてしまいそうなこの状況、物置と化していた俺の前にぺたりぺたりとスリッパを引きずり安生がやってきた。

「……というわけです、君も急なことで驚いてるでしょうが仲良くしてくださいね。良平君」
「あ……あの、拒否権は……」

 そう言いかけた瞬間、頬の横、高い背もたれの部分に突き刺さるナイフに息を飲む。

「……ボスの命令は絶対、聞こえなかった? その耳、飾りなわけ?」

 何も見えなかった。安生の肩越し、ナハトが口を開く。目元を覆う仮面のお陰で表情は見えないが、突き刺さるほどの殺意は本物だった。全身が硬直する。

「ああーっ、だめですってナハト君! 彼も別に断るとは言ってないんですから、ほら、その二発目もしまってください!」
「……チッ」

 し、舌打ち……?!
 今になって心臓が騒ぎ出す。俺は俺が思ってるよりもやばい状況なのではないか。
 唯一話が通じそうな安生さんに縋れば、彼は俺の恐怖に気付いたようだ。

「大丈夫ですよ、君は我々が手厚く保護します。そのためにまず最初にここに通したのですから」

 にっこりと微笑む安生さんに最後の砦すらも壊されたような気持ちだった。
 手厚くってなんだ、保護ってなんだ。けど、また否定的なことを言えば今度こそ首を掻きっ切られるのではないかという恐怖にこくこくと頷くことで精一杯だった。

 ◇ ◇ ◇

 この日本の地下にもう一つ国があるとは思わなかった。そもそも、地上で暮らす人間は本来ならば知り得ないことなのだろう。
 地下帝国ではヴィラン――所謂ヒーローの敵である悪人たちが生活を送っていた。とはいえ、ヒーローたちに守られてる地上のような平穏などとは掛け離れた暮らしだ。
 今までの自分が余程平和ボケしていたのだと思えるほどの行いが、この地下帝国では当たり前のようにまかり通る。腹が減れば殺してでも奪う、そこらにゴロゴロ転がる死体を清掃員が掃除し、それで集められた死体はそれを食料や材料として求める連中が金で買う。そんな世界だ。
 そんな地下帝国に聳え立つ『evil』本社ビル。
 驚くことにこのevilは歴とした会社なのだという。主に労働者派遣事業で成り立っているようだが、ヴィランにも派遣会社があるのか……いやヒーローでもあるのだからそうなのかと思う反面その派遣先だったり仕事内容は俺が目指していたヒーローとまるで正反対の内容だ。
 殺人盗み破壊活動詐欺その他諸々。
 まず依頼主が依頼を持ってきて、それをこの会社が派遣登録者の中から適合するヴィランに仕事を渡す。そしてそれが成立すれば依頼金の七割を渡すということらしい。
 おまけに無期雇用形態もあり、依頼を多くこなし信頼を得られることもできればこのタワー内部の寮で三食飯付き豪華なベッドで寝られるというわけだ。

 ……そして、今俺がいるのもその寮の部屋だ。
 ベッドの上、私物すらもない簡素な部屋の中俺は蹲っていた。
 夢だったらどれだけ良かっただろうか。何度逃げようとしたが、その都度いつの間にかに背後にはナハトがいた。
 そして、今も。

「……はあ、退屈」

 人の部屋のソファーに我が物顔で座ってピコピコとゲームをしてるナハトに俺はただなにも言えなかった。

「あ、あの……俺、もう逃げないので……その退屈でしたらわざわざここにいなくても……」

 いいですよ、と言いかけた矢先。すっと立ち上がるナハトに思わず口から心臓が飛び出そうになる。

「ご、ごめんなさいなんでもないです!」

 殺られる!と頭を庇ったが、いつまでたっても殴られることはなかった。その代わり、隣にナハトが座る気配がした。恐る恐る目を開けば、そこにはナハトがいた。近くで見れば見るほど白い肌、黒いフードの下、仮面越しにナハトがこちらを見ていることに気付いた。

「……俺がここにいるのはお前のためじゃない。ボスの命令だから。……お前に命令される筋合いはないんだよ」
「へ、へぁ……」
「その情けない声やめてくれる? ……イライラする」
「ご、ごめんなさい……っ」
「……はあ、つまんない……それもう飽きたし」

 そう言って、俺から興味を失ったようにナハトは再びゲームをピコピコと弄り始める。
 最初何考えていて怖いと思っていたが、その印象は今も変わらない。……けど、思ったよりもちゃんと受け答えしてくれるのが意外だった。

 日中、基本はこのタワーの中ならばを自由に行き来してもいいということになっていた。
 ……ただし、そのときはノクシャス・モルグ・ナハトの中の一人を必ず側につけておくこと。部屋の中でもそうだ。
 今はノクシャスは出払い、モルグも仕事中ということでナハトがいた。
 現実味はまだ沸かない。あのナハトが俺の隣でゲームしてるなんて。

 ずっと、ヴィランのことが怖かった。ただの敵だと思っていたのに、こうしてみれば俺とそう年齢の違わない人間なのだ。……殺されかけたこともあったが、数日彼らかと寝食をともにしてなんとなく妙な親近感が湧き始めていたのも事実だ。

「あ、あの……ナハトさん」
「……なに?」
「と、トイレ……行ってきていいでしょうか……」
「…………」

 やばい、余計なこと言ってしまったか。
 いきなり無言でゲームをスリープモードにし、それをサイドボードに置くナハトに心臓が止まりそうになる。

「……いいよ」
「え」
「早くしなよ」
「あ、は、はい……」

 同い年くらいと思ってても下手に出てしまうのはもう性分だから仕方ない。何度もお前にヒーローは向いてないと言われてきたことがあったけど、今だったら分かる。ヒーローはヴィランに敬語なんて使わないし目の色を伺うこともない。
 俺はナハトの視線を感じながらも立ち上がり、そのまま部屋に付属してある便所へと向かう。そして個室の扉を開き、ファスナーを下ろそうとしたときだった。いきなり背後の扉が開いた。

「ひっ!!」
「……声デカ、うるさい」
「あ、あの、なに」
「早くしろよ、出すんだろ」
「え」
「おしっこ。……さっさと出せよ」

 血の気が引いた。この人は何を言ってるのか。
 当たり前のように個室に入ってきて小便をしろと促してくる背後の男にただ血の気が引く。

「……し、ますけど……その、なんで」
「お前が妙なことしないよう見張ってんの」
「……っ」

 そこまでするのか。手際も鮮やか、殺害現場は必要以上に汚さず、ターゲットだけを確実に切り刻むという一部の変態評論家からは『ナハトの殺害現場は芸術品』とも言われるほどの完璧主義のヴィラン・ナハト。そんな男が俺に目の前でおしっこをしろと言うのだ。尿意も引っ込む。

「あ、あのっ、やっぱ……いいです」
「なんで? 十一時間ずっと溜まってるだろ、お前の腹の中」
「……っ、な……」
「糞づまりで死なれても困るんだけど。……ボスに顔向けできないから」

 糞づまりなんてそんな言葉使わないでくれ、と恥ずかしさでどうにかなりそうになっていた矢先、ナハトは付けていた手袋を外した。現れたのは顔同様真っ白で筋が浮かぶほどの細く骨張った手。その手は背後から伸び、俺の代わりにファスナーを下ろすのだ。

「まっ、待って、ナハトさ……ッ」
「うるさい、黙れ」
「っ、ぁ、ちょ……ッ!」

 苛ついたように下着ごとずるりとずり下げられれば、恐怖と緊張で恐ろしく縮こまった性器が現れる。
 ナハトに見られてる。あまりの恥ずかしさにどうにかなりそうだったがナハトは特になにも言わず、それどころか躊躇なくその亀頭を弄り始めるのだ。長い爪にカリカリと尿道をほじられれば、尿意とは違うものが腹の奥から込み上げる。

「なっ、ナハトさん、待って……ッ」
「……まだ? 出ない?」
「ぁ、う、ッ、ん、……ッ!」
「感じてないで早く漏らせよ」

「ほら」と、片方の手で腹部を押さえつけられればその力に下腹部、老廃物を溜め込んでいたそこを圧迫され目を見開く。全身の毛穴が開く感覚。逆らえないほどの圧迫感に声が漏れ、尿意からはちょろりと尿が飛び出した。

「……やっとか、でもまだ出るよね」

 これ、と更に亀頭を柔らかく揉まれた瞬間、チョロチョロと漏れていた量は増していく。そして次第に勢いを増し、ナハトの指を汚さないようにしなければと必死に堪えようとしていた俺の意思は呆気なく無視された。
 ジョボボボ!と勢いよく放出されるそれを見て満足するどころか、更に下腹部を押される。その度勢いを増し、便器が飛び散る尿。「きったねえな」とナハトが吐き捨てるのを聞きながら、俺は最後の一滴までナハトに搾り取られるのだ。

「っ、は、……う……ッ」
「終わった?」
「……は、い……ッ」
「あっそ、じゃあそれ綺麗にしといて。……シャワー借りるよ、お前のせいで汚れたから」

 はい、と答える気力もなかった。
 そのまま便所から出ていったナハトに、ようやく俺は脱力する。見られた、色んなものを見られた。恥ずかしくて死にたいのに、ナハトは全然気にしてないし……いや、きったねえなって言ってたな。
 なんだか大切なものを失った気がするが、それ以上にすっきりしている自分自身にただ困惑していた。

 結局トイレの掃除をし、部屋へと戻る。下着もジャージも着替え、ベッドへと倒れ込んだ。まだナハトの指の感触が下腹部と性器に残ってるようだった。
 遠くから聞こえていたシャワーの音が止む。そして洗面台の扉が開いた。

「……善家、服ない?」

 そして、現れた見知らぬ美少女に思わず息を飲んだ。
 艷やかな黒髪、そして伏し目がちな長い睫毛。雪のように白い肌は風呂上がりだろうか、僅かに上気していた。いやよく見ろ、美少女だと思ったが体は男だ。それも細身ではあるが俺よりも筋肉ついてる……。

「ど、どなた……ですか?」
「……はあ? くだらないこと言ってないで早くしてくれない?」

 その美少年から聞こえてくるその声は間違いなくナハトだ。普段仮面を被ってるから知らなかったが、まさかこんな顔をしていたのか。正直女の子だったら一目惚れしていたが相手は男――それも依頼は絶対こなす暗殺者だ。
 それでもこの少年に性器を弄られていたのだと思うとまた別の恥ずかしさが込み上げてきて、両手で顔を覆い隠す俺にナハトは「……おい」と不機嫌丸出しの声を漏らす。

「……お前さあ、隠す場所違うだろ」

 そして、いきなりぎゅっと性器を掴まれ息を飲む。

「……面倒だから変な癖つけんなよ、善家」

 そして、サイドボードに置いたままになっていた仮面を嵌め直したナハトは笑った。薄い唇が歪み、全身の血が熱くなる。
 そして固まる俺の股間をぺしんと叩き、ナハトはそのまま俺の部屋のクローゼットを漁って人の服を着出すのだ。
 心臓の音は未だ止まない。


 ◇ ◇ ◇


「よおナハト、お疲れ」
「……ノクシャス」
「ボス直々にお前宛の仕事だってよ。久しぶりじゃねえか? ここ最近は俺ら陽動隊ばっか働かされてたからな」
「そうだね。……」
「どうした? まさか腕鈍ってねえか不安てこたぁねえだろ」
「……俺を誰だと思ってんの?」
「そう怒んなよ。ここ最近お前にあのガキ任せっぱなしだったから悪いなって思ってたんだよ、たまには息抜きしてこいよ」
「……別に」
「あ?」
「……なんでもない。……それよりもノクシャス、あのガキ……他のやつみたいに扱うなよ。ボスからの命令なんだからね」
「わぁーってるよ、ほら、さっさと行け」
「…………」

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