職業村人、パーティーの性処理要員に降格。


 03※

 薬飲んで、暫く横になってるつもりがそのまま眠りこけていたようだ。部屋の外から聞こえてくる話し声に目を覚ました。
 窓の外は既に暗い。今何時ぐらいだろうか。まだ朝日は登りそうにないが。
 ……もう少し寝ようか、そう思いながら寝返りを打とうとしたときだった。部屋の扉が静かに開くのを感じた。
 こんな夜更けに部屋に入ってくるやつなんて、限られている。けれど、いつもならノックするのに。思いながら、起きようとしたときだった。ぎし、と大きくベッドが軋んだ。
 そしてそこには。

「……お前」
「………………」

 勇者がそこにいた。
 俺の上、押し倒すような形で乗り上がってくるやつに息を飲んだ。そして、この距離でもわかるほどの酒気に堪らず咽る。

「お前、酔ってんのか?」
「……お前が、先に帰るから」
「あれは、魔道士のやつが……っん……」
「……っ、お前、俺のこと避けてるだろ」

 最悪だ。こんなときに限って最悪の酔い方をしている勇者に頭が痛くなってくる。
 昼間と言い、性処理目的以外でもやたら俺に構うからなんだと思ったらそんなことを気にしていたのか。

「……飲み過ぎだ。さっさと自分の部屋に戻れ。そんなんじゃ、明日に響くぞ」

 酔っ払い相手に何を言ったところで寝耳に水だ。とにかく、部屋に連れ戻そうとするが押し倒してくる勇者の体はびくともしない。それどころか、黙れ、と言うかのように唇を塞がれ、堪らず噎せそうになる。

「っ、ん、ぅ……っ、ふ……」
「っ、お前は、俺のだよな。……だから、ここにいるんだろ? なのに、なんだよ……それ」
「っ、おい……酔い過ぎだ、馬鹿……っ」
「抵抗するなよ」

 囁きかけられるその声に、ごくりと固唾を飲む。
 窓から射し込む月明かりに照らされたその目は据わっていた。

「舌を出せ」
「……っ」

 なんで、こんなこと。
 熱で頭がぼんやりする。酒の匂いが気持ち悪くて、それでもその言葉に逆らうことはできなかった。

「っ、は、ん……ぅ……っ」

 犬みたいに突き出した舌を絡め取られ、そのまま口を開いた勇者に甘く噛まれたと思いきや先っぽを吸われ、そのまま唾液を塗り込むように舌の根からねっとりと絡め取られた。
 頭の奥がズキズキと痛む。さっさと終われ、そう思うことしかできない。
 体に伸びてきた勇者の手が服の下を這い摺る。咄嗟に、俺はその手を握り締め、止めた。
 勇者の目がこちらを向いた。

「ぉ、俺が……するから……お前はじっとしてろ」

 下手に触られたくなかった。それなら、口や手で処理して勇者を満足させた方がまだいい。そう思って申し出れば、勇者は「わかった」と応えた。
 よかった。これで拒否されたらどうしようかと思った。鉛のように重い上半身を起こし、俺の上で膝立ちになる勇者の股ぐらに顔を近付ける。そのままベルトを緩めようとして、勇者に前髪を掻き上げられる。

「口でしてくれ」
「……わかったよ」

 情緒などない。命じることをこなすだけだ。
 早く終わらせよう、そう下着の中から萎えきった勇者のものを取り出す。そもそもここまで飲んでいて勃つのかすら謎だが、勇者が満足すればそれでいい。思いながら、鼻呼吸へと切り替えた俺は目の前の垂れた亀頭をそっと持ち上げ、その先端にそっと唇を押し当てた。

「……っ、ん……ぅ……」

 こうしてみるとまだマシだ。……余計生々しさが増すが。根本まで咥えたら吐きそうだ。今日は舌だけで射精させることができれば。
 思いながら、先っぽだけ口で咥えてそのまま濡らすように亀頭を舐めた。一応は感じるらしい。勇者が小さく息を漏らすのを確認し、俺はそのままゆっくりとカリの溝をぐるりと舐め回し、口輪でやんわり締め付けながらも唾液を絡めていく。
 終われ、終われ、さっさとイケ。思いながら、勇者の腰を手を回す。やばい、気分が悪い。

「……熱いな、お前の口。溶けそうだ」
「……っ、ふ、ぅ……っ」

 熱があると言えば、こいつはやめてくれるのだろうか。一瞬迷って、やめた。心配させたくなかったし、されたくなかった。多分これは俺の悪い癖だろう。体調崩してるところなんて見せたくなかった。だから、誤魔化すように俺は更に執拗に舌を絡めるのだ。
 間もなくして先っぽから滲む独特の味の汁が滲み、手にしていたそこは芯を持ち始める。
 さっさと終わらせよう、そう思いながら一旦唇を離し、でろでろに濡れたその肉色のそれを裏筋からしゃぶろうとした。
 そのときだった。
 扉がノックされたのだ。コンコン、と控えめなノック音に、俺も、勇者も動きを止める。血の気が引いた。誰が、こんな時間に。

『済まない、夜分遅くに。……苦しそうな声が聞こえたから、気になった。……あれから風邪の具合はどうだ?』

 ――騎士だ。
 扉を見ていた勇者の目がゆっくりと俺を見下ろす。風邪だと?聞いていない。そう、言いたげな目だ。
 応えようとして、後頭部を掴まれ、やつの腰に顔を押し付けられた。そして、そのまま唇に亀頭を押し付けられ、再び咥えさせられる。嘘だろ、と抵抗することもできなかった。

「っ、む、ぅ……っ」
「こいつの具合なら問題ない。……今はもう元気そうだ」

 そう、普段と変わらない調子で答える勇者にぎょっとする。言いながらも、俺の口の中、頬の裏側に亀頭を押し付けるように舐めさせてくる勇者に血の気が引いた。

『勇者殿?……そうか、貴殿が一緒なら心配なさそうだな。……失礼した、また手助けが必要なら呼んでくれ』
「ああ、ありがとう。……それじゃあ、おやすみ」

 ごぷ、と胃液が溢れそうになるのを必死に堪え、喉に押し込む。苦しい。隣の部屋の扉が閉まる音が遠く聞こえた。騎士が部屋に戻ったのだ。勇者はそれを確認して、俺の口から性器を引き抜いたのだ。

「っ、ゲホッ! ……ぅ゛、えッ……」 
「……なんで言わなかった?」
「っ、な、にが……」
「風邪のことだ。……通りで、体温が高いと思ったら……っ」
「…………」

 怒ってる。勇者が。俺に。
 口から溢れる唾液を拭う。……口を今すぐ洗って、清潔な水を飲みたい気分だった。

「……言ったら辞めたのか?」
「…………っ、お前」
「酔い、覚めたみたいだな」

 そう口にすれば、勇者の顔が険しくなる。
 ……見たことない顔だ。不快感、いや違う、これは……。
 …………どちらにせよ些細な問題だ。酔いが抜けた方がまだいい。そう、再び勇者のものに手を伸ばそうとしたとき、勇者に止められた。
 驚いて顔を上げれば、勇者は「もういい」と吐き捨てるのだ。

「……帰る」
「帰るって、そのままか?」
「…………」

 ベッドから降り、服を着直す勇者の背中に思わず声を掛けるがやつは何も言わない。そのまま部屋を出ていく勇者に、俺は結局止めなかった。
 再開したところであの空気では耐えられなかっただろう、お互い。……それにしても、勇者が怒る意味がわからなかった。今まで、これよりも酷いことをしてきたくせに、今更体調不良時に口淫を気にするやつか?
 もう、知るか。寝れるならラッキーだ。そう思うしかない。
 結局その夜は口を念入りに濯いでまた寝ようとする。不完全燃焼。体の中に燻ったままの熱は収まることはなかったが、流石にこのまま自慰に耽るほどの気力も体力もなかった。
 それにしても、この部屋の壁、思ったよりも薄いようだな。
 ……次は騎士に聞かれないように気を付けなければ。思いながら俺は目を閉じた。

 …………。
 ………………………………。

 翌朝。
 それから誰にも邪魔されることもなくぐっすり眠ることになる。

 そして次に目を覚ましたとき、日は既に高く昇っていた。
 しまった、寝過ごした。
 普段ならば他の連中の朝食の時間に合わせて起きてたのに。思いながら体を起こそうとして、全身が汗で濡れてることに気付いた。
 ……熱い。……明らかに悪化してる。喉にも違和感があるし、絶対昨夜勇者のせいだ。思いながらも起き上がろうとすれば、鈍い頭痛と関節痛に堪らず呻いた。
 そんなときだ、部屋の扉がノックされる。
 こんな時間に誰だろうか。もうすでに勇者たちは出掛けてるだろうから宿屋の女将さんが飯を持ってきてくれたのか?
「はい」と掠れた声で応えたとき、扉が開いた。現れたのは予想してなかった人物だった。

「スライムの次は病原菌にやられたんだって?本当、雑魚はこれだからやなんだよなぁ」

 そこにいたのは魔道士だった。胃によさそうな軽食を乗せたトレーを片手に部屋の中へとズカズカ入ってきた魔道士はそのまま机の上にそれを置くのだ。なんでこいつがここに、とか色々言いたいことはあったが、それよりも。

「……勝手に人の部屋に入ってくんなよ」
「俺だって好きで来たわけじゃない。ついでだ、ついで」
「……ついでだと?」
「それにしても、ひっでえ声。……他の連中も俺を医師かなにかと勘違いしてるらしくてな、『お前の風邪を診てほしい』ってよ」
「……え」
「そんで、俺だけお留守番。流石勇者のお姫様だ」
「……ッ」

 揶揄するような言葉に不快感を覚えた。
 というよりも、あいつか。よりによってこの男に俺の看病任せたのは。あんな別れ方をしたから余計何考えてるのかわからない。

「それで、食欲は? 飯は食えそう?」
「……まあ」
「じゃ、好きに食えよ。女将さんがわざわざお前なんかのために病人向けの味付けにしてくれてるらしいから」
「あ……ありがと」

 なんて、言うつもり無かったお礼の言葉が口が出てしまい、魔道士の目がこちらを向いた。

「お前が俺にありがとう、ねえ?……病気ってのは偉大だな、人を心から弱らせる」
「……口喧嘩したいだけならもう帰れよ、俺は、別に看病なんていらない。これくらいなら、寝てれば治る」
「お前のそれは治んねえよ」

 どういう意味だよ、と魔道士を睨んだとき、やつは目を細める。

「病は気からだ。魔法でどうにかしたところでまたすぐにぶり返すだろうしな」
「……ッ」
「それでもいいって言うなら試してやってもいいけど」
「試すって……」
「人生が楽しくなる魔法掛けてやるよ。全部がどうでも良くなって、気持ちいい魔法」

「試してみるか?」と意地の悪い笑みを浮かべる魔道士に、背筋が震えた。全部がどうでも良くなる。それは、俺にとってはあまりにも恐ろしい文句だった。

「っ、いい、自力で治す」

 そう声を絞り出せば、魔道士はふ、と微笑んだ。

「……そうだな、それがいい」

 ……初めて俺はこいつの自然な笑顔を見た気がする。それとも、俺がこいつのことをちゃんと見てなかっただけなのか。わからないが、その笑顔を向けられたときなんだか胸の奥がざわついたのだ。

「とかいって、どうせお前のそれも勇者が原因なんだろ」
「っ……な、んで」
「そりゃ、見りゃわかる。というかお前の悩みなんて勇者関連以外で有り得ねえだろ」
「……そんなの、わかんないだろ」
「……勇者も、あいつも今朝様子おかしかったしな。それに、昨夜も酷かったんだぞ。普段はあんな酔い方しないくせに酒はどんどん飲むわ、周りの客にも絡むわ……お陰で俺はまともに酔えもしなかったからな」

 よりによって勇者の愚痴を俺の前でするのか。
 普段の俺ならムカついて殴りかかってるだろうが、昨夜の勇者のことを知ってるだけに何も言えなかった。確かに、そもそも俺は勇者が酔ってるところなんて見たことない。況してや、あんな酔い方するイメージすらなかった。

「勇者と喧嘩したのか?」

 やけに楽しそうに聞いてくる魔道士に、ついむっとしそうになる。

「……別に、お前には関係ないだろ」
「ああ、関係ないな。お前が勇者と仲違いして臍曲げようが俺にとっては痛くも痒くもねえし?」
「……」
「けど、俺としては勇者の機嫌が悪いのは面倒だからさっさと仲直りしてほしいんだけど」

 魔道士の口から出た言葉は意外なものだった。
 仲直りしてほしいというのもだが、寧ろそこよりも――。

「……機嫌が悪い?」
「口には出さないし話し掛けても普通だけど、見ればわかる。冷静とは言えない。そもそも回復役の俺を置いてクエストに行くこと自体賢いとは言えないしな。おまけに、お前なんかのために」

 相変わらず余計な一言が多いが、この男もこの男なりに勇者のことを心配してるのだと思うと意外だった。……けど、勇者の機嫌が悪いなんて。
 普段温和で、誰にでも優しくて柔らかいあの男が。胸の奥に広がるもやもやが更に固まる。……落ち着かない。

「……悪かった」
「は? 何が?」
「……勇者のこと、あいつが怒ってるの……多分俺のせいだ」
「知ってる。というか、見りゃわかるだろ。あいつはお前のこと大好きだしな」
「……そんなこと、別に」
「……っは、驚いた。それ謙遜のつもりか? それとも本気で言ってんの?」

「だとしたら、あいつも可哀想だな」と魔道士は皮肉混じりに笑うのだ。憐れむように、可笑しそうに、猫のように目を細めて。その嘲笑混じりの言葉が不愉快で、「なんだよ」と言い返せばやつら肩を竦めるのだ。

「しかしまあ、あいつもなんでお前なんだろうな。勇者とはただの幼馴染なんだろ?特別恋仲だったわけでもないだろうし」
「っ、な……お前……」

 勘繰るようなその目が不愉快で、「違う」と声を荒らげればやつは更に楽しげに笑った。

「そうムキになるなよ。本当ガキだな、乳臭いガキだ。……まだ勇者の方が大人びてる」

 下世話な色を含んだようなその言葉、その目つきに耐えられず、俺は魔道士の腕を掴んだ。細身の見た目のわりに、がっしりとした腕。昨日、俺の体を捕まえていた腕だ。

「お、まえ……あいつに妙な気起こすなよ」

 そう、咄嗟に声を絞り出せば魔道士は目を丸くした。それから、堪えられないといったように吹き出したのだ。

「何言ってんだ? 俺が? あいつに? ……冗談」

「確かにあいつの顔はいいけど俺の好みとはかけ離れてる」そして続けるその言葉に、顔が熱くなる。品定めするような目、そんな汚い目であいつを見たことに対する怒り。具合悪いのもどっか行って、「お前」と更に掴みかかったとき、魔道士の手が手のひらに重ねられた。

「っ、なに……」

 妙な触れ方をするやつにぎょっとして、咄嗟に手を離そうとするが絡められた指は離れない。それどころか、指の谷に触れるその指はそのまま俺の手のひらごと握り締めるのだ。驚いて顔を上げれば、すぐ鼻先にあるやつの顔にぎょっとする。

「――……俺が好きなのは寧ろ、逆だ。飼い慣らされてない全身の毛逆立てて歯向かってくるようなやつを一から教え込むのが好きなんだよ」

 なあ、と細く華奢な指が重ねられる。一瞬、その言葉の意味がわからなかった。その目がじっと俺に向けられてるのも。

「手、やめろ、離せよ……っ」
「っ、はぁ……相変わらず雑魚だな、お前。俺にも力負けするなんて、本当勇者に甘やかされてきたんだろうな」
「っ、……!」
「勇者、あいつは警戒心が強い。……おまけにお前のことになると人一倍敏いやつだった。
 ――でも、正直安心した。やっとお前と二人きりにしてくれたんだからな」
「……っ、な、に言ってんだ。お前」
「本当にわからないのか?」

 軋むベッド。乗り上げてくる魔道士に背筋が冷たくなった。

「……せっかく昨日は我慢したのに、本当、つくづくツイてないな。お前がちゃーんとあいつに捨てられるまでは手を出すつもりはなかったんだがな」
「は、おい……ッ」

 少しはまともなところがあると思っていたのに。これは、悪い夢なのか。すり、と頬を撫でる手のひらに全身の毛がよだつ。
 メイジ、と震える声で呼んだとき、そのまま顎を掴み上げられ唇を重ねられた。

「っ、ふ、……ッ」
「……ようやく、俺のこと見てくれた」

 警報。警笛。頭の中がガンガン鳴り響く。覆い被さってくる魔道士の前髪が額へとかかり、濡れた唇にふ、と息を吹きかけられただけでぞわりと全身の毛がよだつようだった。
 なんで、キスされたんだ。
 こいつに。なんで。
 頭の中が真っ白になる、焦り、動揺。

「っ、や、なんで、お前、嘘……ッ、俺のこと、嫌いだって…………」
「……そう言わねえと、勇者のやつがうるせえんだよ。俺の性格知ってるからな、あいつは」
「こ、いうことも、嫌いだって、シーフが……っ」
「シーフなあ? ……あいつは口が軽い。だから、そういうことにしておいた。女も色も嫌いだって。――その方が信用されやすい、こいつは不能だって余計な誘いもされなくなるしな」

 軽薄な笑い。
 俺の嫌いな感情のこもってない取り繕っただけの胡散臭い笑顔。
 それで、今は俺を見るのだ。理解できない。頭が混乱していた。それもそうだ、こいつはずっと、最初から俺に対して冷たかった。
 見下げるような目、言葉で嬲って、嘲笑う。何度も腹立って眠れない夜もあった。それも、全部。

「っ、……全部、嘘だったのか」
「ああ。でも、お前のこと虐めてやりたいってのは本当。一目見たときからその生意気そうな顔を歪ませてやりたくてずっと……ずーっと楽しみだった」

「だから、昨日は大変だった。そのあと暫く勃起が収まんなくてな、一時間は便所から出れなかったよ」普段は勃起すらすること早々ないのにな、なんて、そう上品に笑うこの男は本当に俺の知ってる魔道士なのか。熱が見せてる悪い夢なのではないのか。愛おしそうに唇を撫でるその手のひらに、目の前が暗くなっていく。
 ずっと、ずっと嫌われてるのだと思った。けど、蓋を開けてみればどうだ。
 俺は何も知らない。何も知ろうとしなかった。
 その結果が、これだ。
 嫌いだった男に押し倒され、キスをされ、聞きたくもない告白をされる。
 ……まだ悪夢の方がマシだ。

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