人類サンプルと虐殺学園


 05

そしてやってきた通天閣六階。
団体用の広間があるそこには余程の団体か体格のいい客がこない限り使うことはなかったのだが、今日はやけに賑わっていた。

エレベーターから降り、まず目に入ったのは広間前の入り口スペースだ。様々なサイズの靴や下駄が無造作に転がっている。
そして広間へと繋がる扉の向こうからは決して上品とは言い難い笑い声がゲラゲラと聞こえてきた。
声からして結構な人数がいることがわかる。……なんか柄悪いな。というのが正直な感想だ。
玉香もここにいると言ったが、大丈夫なのだろうか。と要らぬ心配までせずにはいられなくなる。


「まーたアイツら靴脱ぎ散らして……少しここで待ってるアル」

「あ……」


ホアンはひっくり返った下駄を戻し、そのまま仕切りを開いて中に入っていく。

大丈夫なのか、と声をかける暇もなかった。すぐに仕切りは閉じられたが、ちらりと見えた中の様子に慄いた。
なんというか、想像したとおりだ。食い散らかして宴を楽しむ妖怪たちがそこにはいた。
ほんの一瞬だが、俺が今まであってきた妖怪とは違う……いや、違わないか、言われてみれば輩寄りの吸血鬼を俺は知ってる。


「……大丈夫かな、ホアン……」

「何かあれば自分が行く。……心配は不要だ」

「黒羽さん……」


心強いが、ここはビザール通りだ。仮にも公共の場であるここで乱闘騒ぎを起こしてまた監獄行きは避けたい。
黒羽に実力行使させることなく済ませたいのだが……。

なんて思ってると、すんなり仕切りが開き、ホアンがひょっこりと顔を出した。


「お待たせアル」

「ホアン」

「マオ、この子が例の人間アルヨ」


そう、ホアンと一緒に現れたそのマオなる妖怪に俺は「あっ!」と声を上げた。


「あーボクかぁ。態々ここまでオレに会いに来た熱心なファンって言うのは」


ぴょこんと跳ねた黒髪に猫目、そして笑んだ口元から覗く鋭い牙。


「お、お前……っ!あのときのっ!」


今日、通天閣から出るときに擦れ違ったやけに馴れ馴れしい猫っぽい男だ。そいつがそこにいた。

……というか、待て。ファンって言ったか?この猫男。


「ボクとはまた会える気がしたんだよなぁ。ほら、人間式に握手でもしておく?」

「し……しない……っ、それよりも、エンブレムを返してくれよ!」

「ん?エンブレム?なんの事ぉ?」


単刀直入に切り出せば、マオは当たり前のようにしらばっくれる。猫なで声が余計鼻についてムカついたが、ここで掴みかかってしまって万が一仕切りの奥の仲間たちが出てきたときは面倒だ。

ぐっと堪えようとした、そのときだった。


「しらばっくれるな。太陽を模した銀色のエンブレムだ。……貴様が拾ったという話は既に上がってる」


俺とマオの間に立つように割って入ってくる黒羽に、マオはおおっと目を細めた。臆することなく、絡んでくる黒羽にニヤニヤと厭な笑みを浮かべ。


「にゃるほどなぁ、ホアン。オレを売ったわけだ」

「アンタの手癖が悪いからこうなるアルヨ。悪いことは言わないアル、運営陣敵に回したくないなら素直に返しとけアル」


諭すようなホアンの言葉にムッとすることもない、マオは寧ろ楽しそうに大きな口を釣り上げ、凶悪な笑みを浮かべた。


「やーだね!」


そう、マオが口にしたと同時だった。
閉じられた仕切りが一気に開いた。そして、いつの間にかにそこにいたのか俺たちの様子を監視するように並ぶ妖怪たちがいて。警戒態勢。武器は持っていないものの、体格のいい連中のその拳は凶器のような分厚く、それを硬く握りしめている。
そんな妖怪たちの前へと歩いていくマオは、連中をバックに立つ。そして、どこからか取り出したのか銀色に輝くそれを取り出し、俺に見せつけるように天に翳すのだ。


「理由でなんであれ君が手放したものをオレが手にした。だから今のこのエンブレムの所有者はオレってこと」

「っ、無茶苦茶な……」

「知ってる?こんな小さな魔鉄が裏ではこんな学園から出れるほどの高値で取引されてるらしいんだ」

「…………」

「ああ、そこの烏天狗。動くなよ。動いた瞬間このエンブレムはオレが握り潰すから」


見えないところでマオの首を狙っていた黒羽は、その指摘に言葉に詰まる。


「けど、オレはさ。案外この狭っ苦しいハリボテの世界は気に入ってんだよな」

「何が言いたいんだよ」

「オレにとってはここから出られるほどの資金よりも、人間のボクと遊ぶ方が楽しいって話」


マオの真意がわからず、思わずやつの顔を見たときだった。


「人間の子、それとそこの天狗。ここで出会ったのも何かの縁だ。
――オレと勝負していかないか」


勝負、という単語に緊張する。
変わらない敵対心丸出しの黒羽と、やれやれと言った顔のホアン。……相変わらず緊張がないやつだと思ったが、そのホアンの表情の理由はすぐにわかることになる。


「……勝負って、なんだよ」

「おお、かわいー顔して乗り気だな。いいよ、そういうやつはオレは好きだ」

「……っ、貴様……」


「勝負の内容はこれだ」


構える黒羽も無視して、マオが合図したときだ。
妖怪たちはどこから取り出したのか大量の酒瓶をドン!と奥のテーブルに乗せる。様々な国の酒、それも見たことのないものもあれば樽のままのものもある。
具合が悪くなるほどの濃いアルコールの臭気に、思わず俺は後退った。

こいつらが言う、勝負というのはまさか……。


「オレと飲み比べで勝てたらこのエンブレムは返してやるよ」


――アホなのか、余程の酔狂なのか。
それだけでいいのか、と思う半面、俄人の身体では収まりきれない量の酒の量に俺は目眩を覚えた。

マオがどれほど飲めるのかも分からないが、そもそもアルコール類を禁じられてる年齢の俺は一度も飲んだことがない。妖怪相手に勝てるのだろうか、と気が遠退いたとき。


「貴様が先に潰れれば勝ちということで構わんのだろう」


「え、ちょ、黒羽さん……」

「……その勝負――受けて立つ」


マオに対峙する黒羽の言葉に周りの妖怪たちは一気にワッと湧き上がる。そんな観衆の声など耳に入っていないかのように睨み合う黒羽とマオ。
黒羽さんがどれほど飲めるのか知らないが、なんだろうか。
口元を三日月型に歪めて笑うマオがなんだか企んでるように見えて、怖かった。

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