人類サンプルと虐殺学園


 01

この学園で暮らすのは大多数が魔物だ。
次点で妖怪で、シャルのような天界人が極めて珍しい事例のようだ。
ここが魔界だからというのもあるのだろうが、それでもとにかく魔物の数は妖怪よりも多い。

アヴィドに案内されてやってきた洋館は大きいが、本当にここにあれだけの魔物が全員収まっているのだろうか。最初見たとき抱いた疑問はすぐに解消されることになる。

魔物たちの暮らす寮――ヘルヘイム寮。

大きな体の魔物にも合わせてるのか、巨大な扉はアヴィドが前に立つと自動で開く。


「う、うおお……」

「さあこっちだ」


そう先を歩いていくアヴィド。続いて俺も遅れを取らないよう、黒羽の後ろからついていく。
アンティーク調のインテリアで固められた豪奢なロビーがまず目に入る。外の喧騒が嘘のように中は恐ろしいほど静かだった。


「誰もいない……?」

「ああ、このヘルヘイム寮を使ってるのは魔物の中でも限られた者だけだ。下賤な輩と同じ屋根の下で暮らせるわけがないだろう」


「ここは扉を潜った次点で勝手に屋敷が判別して、それぞれの寮へ送り届ける仕組みになっている」アヴィドの言葉に俺は唖然とした。
どんな仕組みなのか全くわからないが、アヴィド曰く『階級の低い者と同じ寮になることはない』らしい。


「その階級っていうのはどういう……」

「授業態度、日頃の行い、国への貢献度……この学園の卒業基準は聞いたか?」

「えと……確か、学園側に認められたら自由になれると……」

「ああ、そういうことだ。妖怪と天界人は異例だが基本うちは階級制度を徹底してる。SSS、SS、S、A、B、C、D、E、F、と大まかに九つの階級が存在しておりSSSが頂点とするとFが最下層。つまり監獄行きの者などはFランクだ。中間であるのはCクラスだな。このランクごとに寮が決まっており、今ここに俺たちがいるのはヘルヘイム寮SSS館、ここには暴れ回るようなやつらはいない」

「なるほど……」

「君は特別枠だから説明を受けていないのかもしれないが、このランクは一応ここにいる者なら全員振り分けられている。特例の少年と黒羽、君たちはSSS扱いだ。……けれど、うちの愚弟のリューグはFランクなのでここに来ることは不可能だ」


アヴィドの説明を聞き、ああ、と納得した。同時にホッとしたりもした。恩があるとはいえ、あいつと同じ寮だったらなにされるかわかったものではないしな。


「因みにテミッドは本来ならばA館だが今後のことも踏まえ特別にSSSに階級上げさせている。これは寮のことだけだ、その他の処遇は変わらない」


淡々と続けるアヴィドにテミッドはこくこくこくと頷いている。よほど嬉しいのかその頬は赤くなっていた。


「今回は部屋まで案内させてもらう。詳しい説明は……」


そう、アヴィドが言いかけたときだった。
かつり、と、足音が響く。ロビー中央にある二階へと続く巨大な階段、その上から何者かが現れたのだ。

褐色肌に青白い髪、そして鋭い目。冷たい印象を与える眼鏡のその青年は俺たちを見下ろしていた。


「随分と騒がしいと思えば……アヴィドさん、戻ってきてたんですね」

「ニグレド、丁度いいところに来たな。こいつらがさっき説明した生徒たちだ」


ニグレド、と呼ばれたどこか神経質そうなその男は階段下まで降りてきて、そして俺の前に立つ。
妙な圧があると思ったが、面と面向かってわかった。


「お前たちが親善大使とそのお仲間か。……私はニグレド。ニグレド・グレイだ。……アヴィドさんも一緒なら大丈夫だろうが、くれぐれも私の邪魔をしないでくれよ」


よろしく、と言いかけて出した手を振り払われた俺はそのまま固まった。
ニグレドは見下ろすようにこちらを一瞥し、まるで汚いものでも触ったかというように手を払うのだ。背後で黒羽の殺気を感じ、咄嗟に止めたがこのニグレドとかいう男、俺への敵意を隠すことすらしない。


「まあそういうな。……そうだ、いい機会だ。ニグレド、こいつらにこの館案内してくれないか?」


「な」と、俺とニグレドの声が重なる。


「何を仰るんですか、いくらアヴィドさんの頼みとはいえ何故私がそのような真似を……」

「だってお前この前人間界に興味あるって言ってただろ、これから人間界との交流も増えるだろうしまずは慣れとして話を聞いてみればいいじゃないか。ほら、なんだったか?お前が好きな日本の……」

「アヴィドさん!……っ、わかりました、やればいいんでしょう。わかったからそれ以上は勘弁してもらえないですかね……っ!!」


何を言おうとしたのか、顔を真っ赤にしたニグレドはアヴィドを止める。そして満足したようにアヴィドは笑うのだ。


「伊波、ニグレドは根はいいやつだ。ジャパニーズカルチャーについて教えてやってくれ」

「アヴィドさん!!」

「そう怒るな、それじゃ俺は用事があるからこれで失礼する。またな、少年」


青くなったり赤くなったりするニグレドを残し、アヴィドは颯爽と姿を消した。一人残され、ぜえぜえと肩で息をするニグレドだったがいきなりこちらを睨んでくるのだ。


「……とにかく、私も暇ではない。何故私がこのような雑用しなければならないのか甚だ理解できないがアヴィドさんの言いつけならば仕方あるまい。……さっさと付いてこい」

「なあ、あの、さっき言ってたジャパニーズカルチャーって……」

「いいから黙って付いてこい!!」


そこまで怒らなくてもいいじゃん!とむっとするが、アヴィドの言った通り悪いやつではないのか……?それにしてもなんだろうか、気になるな。


「伊波様、あの者は一度伊波様への口の聞き方を躾るべきではないか」

「いや、良いからそんなの……ってか、駄目だよ黒羽さん、ここでは穏便にしないといけないんだからね……っ!」

「……承知した」


本当にわかったのか、不服そうではあるが黒羽も腰の短刀から手を離してくれた。

気付けばニグレドは既に二階に行ってるようだ、「何をしてる!さっさとこい!」と飛んでくる声に慌てて俺たちも向かった。


 ◆ ◆ ◆


「SSS館はこの学園唯一最上の施設、最高の料理、高品質のサービスを受けられる場所となっている。姿は見えないがいつでも呼べば駆け付けるサービス係がいるから何か不便があると呼べばいい」

「呼ぶって……」

「『喉が渇いた』」


そうニグレドが口にしたときだ、なにもない場所からいきなり紅茶の注がれたティーカップが現れた。注ぎたてなのだろう、芳しいその香りを確認し、ニグレドはそのままそれに口をつけるのだ。


「……まあこういうことだ。姿は表さないがこの屋敷には至るところに姿のないハウスメイドが存在する。なに、彼女――或いは彼らに意思はない。やましいことがない限り利用すればいい」


妖精、ということなのだろうか。不思議だ。
俺もニグレドの真似をして「喉が渇いた」と呟けば今度はグラスに入った炭酸ジュースが現れる。


「お、おお……!すごい!」

「おい、これに毒が仕込まれる可能性はないのか」

「何者かが細工をすれば可能だろうがここは魔界の上級魔術師たちが作り上げたSSS館だぞ、出来るとすればその者たちに匹敵するレベルの魔力を持ってなければ不可能だ。……政府直属の魔道士なら可能だろうがな」


つまり、普通の魔物には不可能というわけだ。
言われてグラスに口をつければパチパチと口の中でコーラが弾ける。すごい、俺が欲しかったものまで当てるなんて本当に魔法みたいだ。


「伊波様、美味しいですか……?」

「テミッドも飲んでみるか?」

「え、ぼ、ぼくも……いいんですか……?」

「ああ、俺の飲みかけでいいなら」


ほら、とグラスを手渡せば、テミッドは恐る恐る唇をつける。そしてちびちびと舐めたあと、びっくりしたように目を開いた。


「伊波様、これ、電気が流れてる……?」

「いやこれはこういう飲み物なんだ、……炭酸苦手か?」


ふるふると首を横に振り、テミッドはもう一度ええいと口を付けた。さっきよりも量飲んだテミッドはびっくりした顔のまま俺を見るのだ。


「パチパチ、楽しい……です、伊波様」

「そうか、よかった。コーラっていうんだ。俺も好きなんだ」

「コーラだとっ?!」


そう、テミッドに笑いかけたときだった。
突然声を荒げるニグレドに何事かとぎょっとする。


「コーラ……まさかカラメルとパクチー、ライムと炭酸水で組み合わせるというあの伝説の飲み物のことか……っ?」

「え、な、何言ってんだお前……っ!」

「お、俺にも一口くれないか……っ!何度試しても上手くいかなかったんだ、実際に口にしたことのないものだとハウスメイドたちに伝達出来ずにいつも紅茶しか出してくれないんだ……!」


なんでそんなに必死なんだ。しかも一人称変わってるし。ガクガクと掴みかかってくるニグレドに内心狼狽えつつ「わかった、わかったから」とテミッドから返してもらったグラスをニグレドに手渡す。それをもぎ取るように受け取ったニグレドはごくごくごくと一気に飲み干しやがった。


「あー!お前全部……っ」

「……っぷは、これが……ジャパニーズコーラ!!」

「いやジャパニーズじゃないと思うけど……」

「想像を遥かに凌駕する舌を溶かし痺れさせるような強炭酸……!そして喉へ流れ込む清涼感と内臓を虐めるかのような甘ったるい砂糖の味……!素晴らしい!」


「……………………伊波様、何か危険なものでも渡したのですか」

「い、いや……普通のジュースなはずだけど……」


自分の世界に完全に入ってしまったニグレドにあの黒羽までドン引きしている。テミッドに至っては俺の後ろに隠れてしまっていた。

そして俺たちの視線に気付いたらしい、ハッとしたニグレドは慌てて眼鏡を掛け直し、空になったグラスをハウスメイドに片付けさせた。


「……失礼、少々取り乱してしまった」

「少々……?」

「つまりこういうことだ、活用していくといい」


強引に話を切り上げたぞ、この男。
「次は部屋まで案内しよう」とそそくさと歩き出すニグレド。俺たちはその後についていく。

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