人類サンプルと虐殺学園


 40

何故、こんなことになっているのか。
ヴァイスに連れられ、制服に着替えさせられた俺は様々な客で賑わうホールへと来ていた。
ヴァイスは溜まっていた注文をどんどん消化し、また新たに入った注文に取り掛かる。
正直、俺はこの男のことを許すつもりもないが、それでも同情してしまいそうなほどの忙しさだった。
というか……。


「魔法、使わないのか?」

「え?」

「アンタ、凄い魔法使いなんだろ。魔法使ってこう……ばーって終わらせたらいいんじゃないのか?そんなに一つ一つやるのって効率悪いんじゃ……」


ヴァイスは「ああ、そういうことか」と控えめに微笑んだ。


「確かに君の言う通りだ。けどそれをしないのには訳があるんだ」


なんとなく、学校の先生にでも諭されるような口調が気になったが、それよりもだ。
ヴァイスが客の前で魔法を使わない理由。
考えればすぐに分りそうなものだが……。
「君にわかるだろうか」当てたら褒めてあげようと何処までも上からなこの男にムッとしそうになる。ちょっと待て、考えろ。もしかしたらそれがやつの弱点になる可能性もある。
この建物自体にはすでにヴァイスによる魔法陣がかけられている。
それに、地下でもヴァイスは俺の目の前で魔法を使って見せた。ならば、魔法に制限がかかっている可能性は低そうだ。
なら環境が影響しているのか。
――例えば、何らかの理由で人前で魔法が使えないとか……。
いや違う、この男は俺たちの前で使って見せた。じゃあ、残る理由はただ一つだ。
この男は人前で魔法が使えないのではない、使わないのだ。
思えば、ヴァイスは妙な男だった。俺やテミッドのこと、いや、此処にいる客のことを実験の材料としか見ていないくせに、客の前ではそんな素振りなど一切見せずにへこへこ低姿勢で接客に勤しむのだ。そういえば店内と俺たちに見せる態度はまるで違うし……。


「魔法使いだってこと、隠してる……とか?」


恐る恐る指摘すれば、ヴァイスは「ふむ」と少し意外そうな顔をした。


「いい線をいっているね」

「……本当に?」

「僕はお世辞は言わないようにしているんだ」

「だとしても、そんなこと俺に言っていいのか?……何か理由があるんじゃないのか?」

「仮にもし君に知られたとしても、僕にとっては細事ということだ。痛くも痒くもない、人間にできることなどたかが知れているしね」

「な……っ」

「君が余計なことを口走ろうとした瞬間その生命活動を終えさせることは僕にとって容易いことだ。……そういうわけだから、君は僕のことよりも自分のこと案ずるべきだろうね」


……少しでもこの男のことを考えた俺が馬鹿だった。
元人間なんて関係ない、この男に人の心など持ち合わせてるわけがなかった。そんなの最初から分かっていたことなのに。


「……と、そろそろかな」


不意にどこからともなく鐘の音が響く。
ここに来た時に比べて魔物たちも入れ替わっているようだ。
人目も気にせずいちゃついている妖怪から目を逸らすので精一杯だった俺だったが、急にヴァイスに「曜君」と肩を掴まれぎょっとする。


「なに……」

「これから先は僕の後ろで大人しくするんだよ」


言われなくても、離れないようにするので精一杯だった俺はヴァイスの邪魔など、況してや暴れた記憶もない。
なんで、と聞くよりも先にヴァイスは答えてくれた。


「これから面倒な客が来るからね」


面倒な客?と聞き返すよりも先に、店内が一気に静まり返った。そして、聞こえてくるのは一つの足音だ。カツリカツリと、静かな足音にも関わらず妙な威圧感を覚える。そして、その足音の主は着実にこちらへと近づいてくるのだ。
ヴァイスの肩越し、その足音のする方へと視線を向けた俺は息を呑んだ。


「その面倒な客っていうのは、まさか俺のことじゃあないだろうな」



赤味かかった茶髪に派手な柄物のスーツ。
その肩には水色の蝙蝠がちょこんと乗っている。突然現れたその長身の男に、周りの魔物たちは三者三様のリアクションを見せるのだ。女たちは情欲の混じったような恍惚の表情、そして男たちは怯えや畏れを滲ませ。

アヴィド・マーソン――リューグの腹違いのお兄さんで、吸血鬼の……。


「やだなぁ、アヴィドさん。僕が貴方のことを面倒だなんて言うわけないじゃないですか」

「どの口で言ってるんだか。腹の中では何考えてるかわからないからな、お前のような輩は」


「なあ、少年」と、アヴィドの視線は確かにヴァイスの背後にいた俺に向けられるのだ。パタパタと飛んできた水色の蝙蝠が俺の肩に止まる。ぴーぴーと鳴くそれに、以前出会ったあの水色の髪のインキュバスが浮かんだ。


「アヴィド……さん」

「久し振りだな。まさか、こんなところで会えるとは思ってもいなかったが……」

「アヴィドさん、この子と知り合いなんです?」

「知り合いも何も有名人じゃないか。お前のような穴蔵暮らしの引き篭もりだったやつは知らないだろうが」


「ところで、こんなところで何をしている?少年も男だったということか?」なんて、含むような視線を投げ掛けてくるアヴィドにギクリとした。
この人……苦手なんだよなぁ、なんというか、何を考えてるか分からないというか……リューグのお兄さんなだけのことはある。


「えと、俺は……」

「制服着ているということは……なるほど、この店の手伝いをしているのか。なら丁度いい。少年、俺に付き合ってくれ」

「え?」

「ちょっと……アヴィドさん、困りますよ。この子には僕の手伝いをしてもらってるのに……」

「人手が足りないならうちのクリュエルを貸すぞ。それなら構わないだろう」

「……貴方、本当に強引ですね」


名前を出された水色の蝙蝠は俺の頭の上でぴっ!と飛び上がる。なんで蝙蝠に擬態してるのか、というかなんで俺の頭の上で寛いでるのか、聞きたいことは色々あったがこれはチャンスではないだろうか。
アヴィドに協力してもらって、なんとかテミッドたちを助けることができるかもしれない。それに、アヴィドとヴァイスは何やら相性よくなさそうだし。


「それともなんだ、何か不都合でもあるのか?」

「……はぁ、いいですよ。わかりました。……貴方の頼みとならば聞き入れないと後が恐ろしいですからね」

「え」


いいのか?と驚く俺に、ヴァイスは視線を流してくる。そして、俺の頭の上にいたクリュエル蝙蝠を摘み上げるのだ。


「伊波君、彼の取扱にはくれぐれも気をつけるようにね」

「人を危険物みたいに言うな。ほら、行こうか。……伊波」

「は、はい……」


やけにあっさりと認めてくれたヴァイスにも驚いたが、今は一先ずやつの監視下から逃れられたことを喜ぼう。

一メートル離れたら死ぬんじゃないかとヒヤヒヤしたが、魔法は解けていたらしい。アヴィドに肩を掴まれ、俺は店の奥、上層のフロアへと移動することになる。
……というよりも、薄々感じていたがやはりこの人目立っている気がする。リューグも悪い意味で目立つ人物らしいし、その兄もまた然りということか。直接モーション掛けてくる無謀な者はいないものの、この俺でもアヴィドに向けられた熱い視線を感じるほどだ。

そのままアヴィドはフロアを離れ、件の個室へと移動した。その、お互いの合意を得てあんなことやこんなことをするらしいその部屋へだ。俺を連れて。
俺は合意したつもりではないが……いや、アヴィドについていくと決めた時点で合意になるのだろうか。そんなことを考えてる内に通されたのはフロア同様薄暗く淫靡な雰囲気の部屋だ。扉を開けばすぐ目の前にはベッドみたいに大きなソファがドーン!と待ち構えてるではないか。
「ここから先は邪魔者もいない。楽にすればいい」とアヴィドは言った。できるわけがないだろう。けれど、いつまでも棒立ちでいるわけにも行かない。促されるように俺はソファの縁に腰を下ろす、そして、その隣にアヴィドが腰を下ろすのだ。近い、というか、なんだこれ、すげー気まずいというか俺が意識し過ぎなだけなのだろうけど。


「……あの、ありがとうございました」


何か、何か言わないと。このままでは確実になんか……こう、くんずほぐれつなことになってしまいそうな気がする。危惧し、口を開く俺にアヴィドは「なにがだ?」と流し目でこちらを見るのだ。う、顔がいい。……。


「え、あの……ヴァイスから助けてくれたんじゃ……」

「違うな。俺はただ君を借りたんだ」

「へ?」

「……君も、ここがどういう趣旨の店かわかっているのだろう」


薄暗い照明の下、アヴィドの笑みが余計艶かしく見える。
遠くから聞こえてくる官能的なクラシックジャズに、頭がクラクラするような甘い匂いはアヴィドからするのだろうか。
そっと伸びてきた冷たい指先に顎の下を撫でられ、耳元で囁かれた瞬間、ぞくりと頭の奥が熱くなるのだ。


「そ、それは……その……っ」

「ヴァイス――そう名乗るあの男は今までにも実験と称して何人もの同胞を殺してきた重罪人だ。同胞殺しの罪は重い。本来ならば死刑も免れないが、何をどうやったのか監獄の主と取引をし、ノコノコと地上に戻ってきてはまた同じことを繰り返そうとしている。そして、この店をその殺戮の場にしてだ」


「エッチなことを……え?」


予想の斜め上のアヴィドの言葉に、思わずアホのような声が出てしまう。固まる俺に、アヴィドも目を丸くした。そして、笑う。


「……伊波、お前、そんなつもりで俺についてきていたのか?」

「あ、いえ、これは……っその!」

「いや、その認識は間違いではない。表向きはここは不死者専用の風俗店だ。……そうだな、お前がそんな風に思うのも間違いではない……が……くく……っ」

「……ッ!……ッ!」


全部、全部巳亦のせいだ。巳亦があんなことするから、俺の思考まで変になっていってしまってる!
顔が熱くなって、俺はもう顔を上げることもできなかった。声を殺して笑うアヴィドに、俺はもういっそ殺してくれと泣きたくなった。

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