「伊織さん、クリスマスはどうするんですか?」


六月某日。
場所は学生寮一階ショッピングモール内にあるゲームセンターのその更に奥を行ったところにある休憩室にて。
クーラーがガンガン効いたその室内、あまりにも季節外れな言葉を口走る安久に阿賀松は「あ?」と素っ頓狂な声を上げる。
そして、座っていたソファーの背凭れに深々と上半身を預け、少しだけ考え込んだ。


「さあな、どうすっかな」


まあ、そうなるよな。
なんて思いながらリラックスするための設備が整ったリラックス空間からやけに浮いた二人の世間話に聞き耳を立てていると不意にこちらを見た阿賀松と目があった。


「誰かさん次第だな」


そう口角を上げ、いやらしい笑みを浮かべる阿賀松に背筋が凍り付く。
嫌な予感が。


「もし予定がないんでしたらどこか海外にでも一緒に行きませんか伊織さん!うちの自家用ジェット機で伊織さんの行きたいところどこにでも連れて行きますよ!」


そんな阿賀松の様子に気付いていないのかすっかりハイになっている安久に向き直る阿賀松は「そうだな、気が向いたらな」と薄く笑う。


「はい!ニュルンベルクにストラスブール!シドニーにウィーン!伊織さんのお好きなところにどこまでもお連れさせていただきます!」

「……」


どうせならもう安久に是非とも阿賀松を世界の果てまで連れていってもらった方がいいかもしれない。
なんて思いながら仮にも恋人という立場の俺は内心冷や汗を滲ませる。





あの阿賀松がなにを考えているのかなんて手に取るようにわかった。
やつは俺にクリスマスに誘えと催促をしているのだ。
俺の勘違いならそれが一番いいが、あの『ほら、予定空けてやってんだからさっさと誘えよ。俺はお前と違って忙しいんだからな、ぐずぐずしてっと他の予定入れるぞ』と言うような挑発的な目は俺の考えすぎではないはずだ。
断られるならそれでいい。
阿賀松からねちねちやられる前に念のため俺は阿賀松をクリスマスデートに誘うことにした。





十二月某日。
もうすぐクリスマスイブだ。

カレンダーの日付を見た俺はどうしようと冷や汗を滲ませる。
阿賀松をデートに誘うと決めたものの、全くなにも考えていない。
万が一間違って阿賀松が俺と過ごしてくれたとして、デートの段取りがまともに出来ていなかった場合を考えたら胃が痛くなる。

念には念を。
というわけで俺は阿賀松とのクリスマスデートの段取りを取るため、そういうのに長けてそうな知人の元へ訪れることにした。

同日、生徒会室。


「なに?クリスマスデート?」


テーブルを挟んで向かい側。
ソファーに腰を下ろした十勝直秀はその単語に興味を牽かれたらしい。意外そうな顔をしてこちらを見た。


「こ、声でかいよ」

「あ、わりーわりー」


慌てて口許を押さえる十勝はにやりと唇を歪め「まさか佑樹がそんな年頃だったとはなあ」と意味ありげな笑みを浮かべる。
一応君とは同い年なんだけどなと冷や汗を滲ませる俺に構わず十勝は続ける。


「デートっつったらやっぱりあれだろ、遊園地にスキーにスケートに映画にショッピング!今の時期なら駅んとこのビル街、あそこ行ってみろよ。そこ今イルミネーションやってんだけどやっぱ人気らしいぜ。適当に口説きながらプレゼントやったら喜ぶからそのあとはやっぱホテルに連れ込んで……」

「ほ、ホテル……」

「あー今の時期どこも混んでるかな。んじゃどっちかの家に行ったりしてあれだな!」


得意気な笑みを浮かべた十勝の言葉にうっかり阿賀松との行為を想像してしまい熱くなる顔を俯かせ「いや、俺はそういうあれは、その」と口ごもる。
どうやらそんな俺の反応が気になったようだ。


「え?なに?デートなんだろ?まだヤってねえの?」

「ええと、あの」

「じゃあクリスマスで決めとかなきゃな!」


この手の下世話な恋愛話が好きなようだ。
狼狽える俺に『わかってるからなにも言うな』みたいな顔をした十勝はそのまま着ていた制服のポケットをまさぐり、なにかを取り出す。
そして「ほら」と言いながら俺の手に取り出したそれを握らせた。


「ちょ、なにこれ」

「なにってほら、誰かが避妊は大切って言ってたじゃん」


いきなりプレゼントを渡され動揺する俺に対し、にやにやと笑いながら声を潜める十勝。
避妊という言葉に引っ掛かった俺は慌てて手を開き、そこにちょこんと乗ったそれに目を見開いた。

そして、手のひらサイズの小さな袋に包まれたその避妊具に顔面に熱が集まるのがわかる。


「頑張れよー佑樹、せっかくのクリスマスだしな!」


そんな俺の反応に満足したのか、やけにいい笑顔で応援してくる十勝。
相手が普通の女の子だと思ってるのだろう。
なんでそんなものを制服に入れてるんだとか言いたいことは沢山あったが純粋に応援してくる十勝になにも言い返すことが出来ず「……あ、ありがとう」と顔を引きつらせた俺はそれを頂戴することにした。





十勝から貰ったコンドームをどうするかについてということも俺を悩ませたが、やはり大部分の悩みはもう少しで近付いてくるクリスマスのことだ。
十勝の言葉を思い出す限り、コースはなんとなく掴めた。
そうすれば、次の難関は十勝曰くイルミネーションの前で渡せというクリスマスプレゼントのことだった。
確かにプレゼントがあれば皆喜ぶだろうがそれは普通の人間のことだ。
しかし相手はあの阿賀松。
好き嫌いが片寄ってそうな上おまけに阿賀松が本気出したらなんでも手に入りそうだ。
阿賀松が喜びそうなプレゼントなんて早々思い付かない。
と言うわけで俺は学生寮一階の本屋に立ち寄りクリスマスプレゼント特集の雑誌を何冊か購入してみることにする。

やはり人気なのはアクセサリーのようだ。
他にもブランドものやら電化製品、食べ物などあったがどれもピンとこない。
こうなったら現金渡してほしいもの買わせるかと自棄になったが聖なる夜にイルミネーションの前で現金とか考えただけでロマンも糞もないことになったのでやっぱ止めよう。

どれくらい考えても思い浮かばないプレゼントに悩みに悩んだ末現実逃避に出た俺は先ほど同時購入したクリスマス特集の女子向け雑誌をパラパラ眺めていた。
恋人へのクリスマスプレゼントのランキングは順位が違うものの男向けのものと然程変わらず、どうしたものかと思いながらページを捲った俺はバンと現れた『プレゼントはあたし』の見出しに目を牽かれる。
まあ早い話一日好きにしていいよ的なあれだったわけだがもし阿賀松に一日も主導権を渡した日のことを想像してみたら生きた心地がしなかった。
それと同時に十勝から手渡されたコンドームの存在を思いだし、顔が火を噴きそうになる。


「…………はぁ」


一通り雑誌に目を通し、特に有意義な情報を得ることもなく雑誌を閉じた俺は小さく息を吐き、そして頷いた。
こうなったらもう自棄だ。
阿賀松が買わなさそうで尚且つ必要なものを買ってそれをプレゼントしよう。





クリスマス当日。
安久たちがいなくなった隙を狙って阿賀松を誘い出すことに成功した俺は阿賀松を連れて学生寮の外へ出た。


「珍しいなぁ、ユウキ君がデートに誘ってくれるなんて。通りで雪が降ってるわけだ」


それは関係ないと思う。
楽しいのか嬉しいのか面白いのかはたまた元からそういう顔なのか、にやにやと口許を歪める阿賀松に内心突っ込みつつ校門へと足を向かわせていたときだった。
車の扉が開く音がして目を向ければ、普通に待機していた自分ちの車に乗り込もうとする阿賀松がいる。
おまけに執事付きだ。


「先輩、なんで車」

「そりゃ寒いし面倒だしな」


そしてそう当たり前のように即答する阿賀松に顎が外れたような顔をする俺。
その反応に阿賀松は気付いたようだ。


「は?なにまさか徒歩でいくつもりかよ」


そう呆れたような顔をする阿賀松にビクッと反応する俺は「だって、車じゃ運転士さんが……」と口ごもる。
俺の予定ではというか一般的にはデートと言われたら手を繋いでうふふみたいなイメージがあっただけにあまりにもこう典型的なお坊っちゃんな阿賀松の性格を把握しきれていなかった俺は焦った。
車でデートもそりゃあるだろうがそれでは俺の予定が狂ってしまう。
しかし、当の阿賀松からしてみればそれは俺の言い分でありそんなこと知ったこっちゃない。


「いいだろ別に」


そう投げ遣りな口調で吐き捨てる阿賀松。
そう言われるのは目に見えていたが、やはり俺としたら困るわけで。
相手が相手なだけに説得することも出来ずどうしようと困惑する俺は項垂れ、押し黙る。
阿賀松を止めることも出来ず無言で相手をチラチラ伺えば、阿賀松は眉を寄せ、そしてイラついたように舌打ちをしたと思えばそのまま車から離れた。
そして、鬱陶しそうに垂れた真っ赤な前髪を掻きあげこちらを睨む。


「わかったわかったわかった、お前が寒さ知らずのバカってことはわかった。歩けばいいんだろ歩けば」

「あ、ありがとうございます…!」

「その代わり、俺を車から連れ出したんなら最後まできっちりエスコートしろよ」


「つまんねぇデートすんなら、そんときは覚えとけ」まさか阿賀松が素直にこちらに従ってくれるとは思わず、その阿賀松の態度に安堵した矢先だった。
不機嫌そうな顔してこちらを睨む阿賀松に綻んだ頬は再び強張り、俺は青ざめる。

早まったか。





それから渋々待機していた車を返した阿賀松とともに街へ繰り出したはいいが結果はなかなか悲惨なものだった。
映画館で従業員に「どの席になさいますか?」と聞かれれば「貸切で」とか言い出す阿賀松を宥め、スケートに行けば上手く滑れず「お前が滑ってどうすんだよ。靴で滑ろ、靴で」と笑われ、買い物に行き「先輩、この服似合いそうじゃないですか」と言えば「俺はなんでも似合うから当たり前だろ」と即答されるは逆に「ユウキ君、ちょっとこれ着てみろよ」と促されるがまま服を着れば「まるで七五三だな」と爆笑する阿賀松。

結果は散々だった。
というか阿賀松の俺の扱い方が散々だった。今に始まったことではないが。

あとはもうプレゼントにかけるしかない。
予め鞄の中に忍ばせていたプレゼントを握り締め、俺は店内に設置された時計を見た。
そろそろ学園の門限の時間だ。
阿賀松と寮へ戻らなければならない。
飽きてきたらしい阿賀松を連れて店を出た俺は学園に帰ることにした。
そしてその途中、俺はプレゼントを渡すために十勝に聞いた例のイルミネーションへ向かう。

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