栫井と別れ、ローターをいれたまま再び教室へ戻った俺は体内がカチカチと音を立て震動する機械に身悶えながら放課後までの時間を過ごすハメになった。
正直、声を堪えるだけが精一杯だった。
波のように強弱つけてやってくる強制的な快感に朦朧とする頭の中、ただひたすら約束の放課後を待つ。

そして放課後。
何度か勃起する度にトイレに駆け込んで抜きつつ、周りになにを言われることもなく無事放課後を迎えることができた。まあ、口に出さなくても不審がられているかもしれないだろうがそんなこと考える余裕すら俺には残されていなかった。
荷物をまとめ帰り支度を済ませた俺はローターを抜いてもらうため、弱った足腰で栫井のクラスへ向かおうと教室を後にする。


「ん……っ」


歩く度に下腹部に違和感が走り、必死に平常を装う。
体内でバイブレーションがやけに大きく響いた。
なに食わぬ顔をして行き交う生徒たちの中に紛れた俺はガクガクと震えそうになる足腰に力を入れひたすら足早に人混みを通り抜けようとする。

そのときだった。


「おー、佑樹!ゆーうーきー!こっちこっち!」


教室前廊下。
不意に聞き覚えのある声に呼び止められ何事かと声のする方に目を向けた。
狭くはないその通路の壁際、そこに十勝直秀はいた。
その隣には栫井平祐が相変わらず不機嫌そうな顔をして立っていて、予期しなかった二人の登場に自然と鼓動が乱れる。
まだ心の準備が出来ていない。


「えっと……どうかした?」


無視するわけにもいかず、栫井との再会は寧ろ好都合かもしれない。なんて思いながら二人の元へ歩み寄る。
無意識に体が震えた。
十勝に異変を悟られないように気を引き締めれば、全身の筋肉は緊張する。
ぎこちない俺を一瞥し、栫井はふんと鼻で笑った。
含んだようなその嘲笑に顔が熱くなる。
そんな俺たちのやり取りに気付いていない十勝は無邪気な笑みを浮かべた。


「まあ特になにってわけじゃねーけどさ今からこいつと飯食いに行くんだけど佑樹もどう?」

「え?」

「え?じゃなくてさぁ、飯だって飯!ちょっとはえーけど食堂、晩飯食いに行こうって」


まさか、こんなタイミングで飯に誘われるとは。
前々からよく誘ってもらっていたからいきなりというわけではないが、俺からしてみれば有り難迷惑極まりない。


「あ、えっと……俺は……」


十勝には悪いが断ろう。
そう決心したときだった。

きゅるるる。
そんななんとも愛らしく気が抜けるような音が響く。
それが自分の腹の音だと気づくのに然程時間はかからなかった。


「お?おぉ?」


目を丸くして俺の腹部に目を向ける十勝。
食事どころじゃなくて昼を抜いたせいだろうか。
空腹を訴える腹を慌てて押さえた俺は「ぁ、こ、これは……」と後ずさる。
あまりの恥ずかしさに逃げ出したくなった。
が、十勝にとって腹の音は大して気になるものではなかったようだ。
にぱっと明るい笑みを浮かべる十勝は寧ろどこか楽しそうで。


「なーんだ、もしかして佑樹も昼抜いたのかよ!仲間じゃん!よっし、じゃあ一緒に行こうぜー!」

「え?あ、いいよ、そんな……」


「人がわざわざ誘ってやってんのに断んのか?」


どうしても俺と一緒に食べたいらしい十勝の誘いをなるべくオブラートに包んで断ろうとした矢先だった。
先程まで黙りこくっていた栫井は「いいご身分だな」と薄い唇を動かし、吐き捨てる。
その冷たい言葉に身がすくんだ。


「……っ」

「おい栫井、せっかくいい気分なのにそーいうこと言うなって!佑樹は行かねえとか言ってないだろ!なあ、佑樹」


そして、縮み上がる俺を庇ってくれる十勝はそう同意を求めるようにこちらを向いた。

ああ、まずい。まずいぞこの展開は。
ますます断れない。


「……うん」


自分の意気地無しめ。
思いながら、俺は十勝に小さく笑いかけた。
緊張のあまり、その笑顔はみっともなく引きつってしまう。





というわけで、十勝と栫井に強制連行された俺は学生寮にある食堂までやって来ていた。
まだ人の入りが少ない食堂内。
俺たちは大人数用の円卓テーブルを占領していた。


「なんだよ佑樹ーもっと食えよ!肉食えよ肉!」

「ありがとう。でも、あんま食欲ないから」

「お前もかよ。栫井といいあんま食わねーよな」

「お前といると食欲失せるんだろ」

「なんだよそれ、お前に言われたくないっての!」


言われてみれば、次々と運ばれてくる料理は大体が十勝の頼んだもので俺も一品くらい頼んだが栫井はというと飲み物にしか口をつけていない。
こいつはなんで食堂にいるんだろうかなんて思いながら左隣でジンジャーエールを口にする栫井を見る。
目が合って、慌てて顔を逸らした。気まずい。


「もういい、栫井の心配してやんねーから。がりがりになっちゃえばいいんだよー、ばーかばーか!」


そんな俺を他所にぷりぷりと怒る十勝。
そのなんとも低レベルな罵詈雑言に若干苛ついたのか小さく眉を寄せた栫井。


「いいからさっさと食えよ。冷えるぞ」

「あ、やばいやばい忘れてた」


そして十勝も十勝で単純だ。
手元の料理をスプーンで掬った十勝。
そのまま自らの口に運ぶかと思えば、あろうことか十勝はこちらへスプーンを近付けてくる。

そして、


「ほら、佑樹あーん」


満面の笑みを浮かべ、こちらへと乗り出してくる十勝。
だからなんでこの学園のやつはこうも人に食べさせたがるんだ。あれか、餌付けかなにかか。
思いながら狼狽える俺だったが、渋々それを口にする。
周りに人がいないことが救いだ。
いや、違う。目の前に一名一般生徒より質の悪い男がいた。


「どうだ?美味しいだろ?」

「……うん」


まあ、確かに味はいい。金を掛けているだけはある。
にこにこと嬉しそうに笑いながら訊ねてくる十勝にそう小さく頷き返そうとしたときだ。

いきなり、体内に埋め込まれた二本のローターの震動が激しさを増した。


「んぅっ!」


ガチガチと体内で震え、ぶつかり合うローターに奥を抉られ舌を噛みそうになった俺は慌てて口許を手で押さえる。
あまりの刺激に視界が眩み、背筋が震え、熱が膨れ上がった。


「ん?どうした?熱かった?」


明らかに異常を来した俺にさすがの十勝もなにか感付いたようだ。
そう心配そうにこちらを覗き込んでくる十勝になんだか泣きそうになりながら俺はふるふると首を横に振る。
どうやらそれがまずかったようだ。


「あははっわかった、舌噛んだんだろ。ドジだなー佑樹も!ほら、水水!」

「ちょ、待っ……」


水滴を滴らせたグラスを片手に迫ってくる十勝に嫌な予感を感じた俺は慌てて相手を制止しようとするが、一足遅かった。


「んく……っ」


開きかけた唇にグラスを押し付けられ、そのまま中の水を喉奥へと無理矢理流し込まれた。
なんだこれは、新手の嫌がらせか。
そう疑いたくなるようなお節介の数々に追い打ちを掛けられる俺は慌てて十勝の手首を掴む。
そして、無理矢理グラスを引き離した俺は唇から溢れる水を拭い「ゲホッゲホッ」と咳き込んだ。
頭がくらくらする。
背中を丸め、前屈みなって激しく咳き込む俺に十勝は驚いたような顔をし、そして心配そうに眉尻を下げた。


「あ、わり……。おい、大丈夫か?」


言いながら慌てて背中を擦ってくる十勝。
熱が回った全身にとって些細な刺激すら拷問に等しく、背骨をなぞるように優しく撫でてくるその手付きにびくんと肩が跳ねる。

心地好い。
しかし、今の俺にはその優しさはただの毒でしかない。


「とか、ち君……っあの、俺、大丈夫だから……も、ほんと……っ」


十勝の気遣いを邪なものに利用したくない。
ムラムラと胸の奥底から込み上げてくる欲望に流されまいとなけなしの理性を振り絞った俺は、そう、懇願する。
その声は想像以上に掠れ、震え、情けないひ弱なものになっていたがそれが精一杯で、なんだか感極まって泣きそうになったときだった。


「おい」


背後から聞こえてくる淡々とした声。
それと同時にもう片方の肩を掴まれる。


「吐くなら便所に行け」


またなんか文句言われるのだろうか。
思いながら、背後に立つ声の持ち主もとい栫井を振り返ろうとしたとき二の腕を引っ張られ、無理矢理椅子の上から引き摺り下ろされる。


「あ?なに?佑樹吐きそうなの?」


「って、あ……おいっ、栫井!」そして、そのまま引っ張られ強制的にテーブルから引き離される俺。
驚いたように声を掛けてくる十勝の制止を振り払い、栫井は俺を引きずったまま大股で食堂を出ていく。
いきなりの栫井の行動には戸惑ったが、抵抗する気力も残っていなかった俺はされるがままに栫井についていった。

食堂を出て暫く歩いてそして栫井は足を止める。
厨房へと繋がる通路。
普段従業員が出入りする以外使用しないそこは運よく人気がなく、密会するにはなかなか都合のいい場所のように感じた。
ようやくローターを抜いてくれるのだろうか。
肛門を締め付けるように内股になる俺は若干上の空になりつつ目の前の栫井を見上げる。
そして、目があった。


「酷い顔だな」


今度は逸らさないでいると、ローターを操作した張本人はそう小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
そして「あいつがバカでよかったな。お前分かりやすすぎるんだよ」と呆れたように喉を鳴らして笑った。
お前のせいだろ。
そう言い返したら楽なのだろう。


「そんなこと……っぁ、ちょ……栫井……っ」


それでも悔しくて、慌てて言い返そうとしたとき下腹部に栫井の手が伸びてくる。
そのままベルトを引っ張られ、何事かと目を丸くした俺は慌てて栫井の手を掴んだ。
が、それに構わず栫井は俺の下腹部をまさぐる。


「苦しいんだろ?抜いてやるよ」

「や、いいってば、自分でするからっ」

「うっさい」


一蹴。
ガチャガチャと慣れた手つきでベルトを外され、膝上までスラックスをずり落とされた。
同時に半勃ちになった性器で盛り上がった下着が露になり、慌てて隠そうとしたが構わず下着の中に手を突っ込んだ栫井はそのまま肛門から出た二本のコードを掴む。

そして次の瞬間、力任せにそれを引き抜いた。


「くッ、んんぅ……っ!」


奥まで埋め込まれていた二つのローターは震動でブルブル震えながら内部を這うように外へと飛び出す。
あまりの勢いのよさに内壁が引っ張られ、甘い刺激に声にならない声を漏らした俺は背筋を仰け反らせ、そのまま背後の壁に凭れかかった。
コードを手にした栫井の手には二本のローターがぶら下がり、カチカチと音を立て激しく震えている。


「は、ぁ……あぁ……っ」


こんなものが自分の中に入れられていたのだろうか。
目の前で大きく震えるその球体を見詰め、俺は固唾を飲む。
顔が熱くなり、異物を取り除かれ物寂しさを覚える下半身を引き締めるように足をもぞつかせた。
冷静を取り戻す体とは裏腹に胸は昂り、呼吸が荒くなる。

そのときだった。
不意に栫井と目が合い、白い手がこちらへと伸ばされる。


「かこ……」


栫井。
そう名前を呼ぼうとした矢先、顎を掴まれ上を向かされる。

ああ、この展開は、あれだな。
なんてぼんやりと思いながら近付く栫井の顔を眺める。

キスというよりそれは唇に唇を押し付けたような雑なものだった。

「ん、んん……っふ、ぅ……ッ」


触れ合う唇から相手の高くはない体温が流れ込んでくる。
ちゅ、とリップ音が響き、舌を入れられるのだろうかと薄く唇を開いた。
が、それ以上栫井はなにもしてこなかった。


「ぁ……」


唇が離れ、数秒間見詰め合う。

眉を寄せ、なにか言いたそうにこちらを睨んだ栫井は自分の唇を拭い、そしてそのまま俺を引き離せば男子便所を後にした。

物足りない。
そう感じてしまう自分は大分毒されているようだ。
手遅れかもしれない。

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