翌日、栫井に呼び出された俺は男子便所に来ていた。
次の授業が始まる数分前。
大体の生徒は各々の教室に入っているお陰で人気はない。
しかし、だからと言ってこんな仕打ちはどうなんだ。
目の前に立つ栫井を恐る恐る見上げた俺は、相手から受け取ったそれをぎゅっと握りしめ「栫井」と名前を呼ぶ。
「……ねえ、これ、本当にしなきゃダメ……?」
「ダメ」
「自分がなんでもするって言ったんだろ」そうなんでもないように続ける栫井に俺は「確かに言ったけど、こんなこと……」と呟きながら自分の手に握り締めたそれに目を向ける。
遠隔操作リモコンローター。
と言うらしい。俗に。
ピンク色の掌サイズのそれは体内に挿入するもののようで、それを操るリモコンは栫井が持っている。
そして栫井はそれを挿入しろというのだ。
この場で。
「自分でやらないなら俺が入れるけど」
「いや、いい。……大丈夫」
「ならさっさとやったら?次の授業、それ入れたまま遅刻していきたいのかよ」
本当にこいつは嫌なところを突いてくる。
想像し、青ざめた俺はふるふると首を横に振り、小さく固唾を飲んだ。
別に太いバイブを挿入しろと言われているわけではない。
このくらい平気だ。
そう自分に言い聞かせた俺はなんだか逃げ出したくなるのを堪え、栫井から隠れるように個室に入る。
さっさと済ませよう。
ゆるめたウエストからローターを握り締めた手を下着に滑り込ませようとしたときだ。
開いた扉から栫井の手が伸びてきて、そのまま引っ張り出される。
そして、ローターを取り上げられた。
「ぁ、や、ちょ……ッんん……!」
慌てて取り返そうとしたときだ。
ゆるめたウエストに栫井の手がするりと入ってきて、その手は臀部を這い、そのまま割れ目を左右に広げられたと思ったとき小さな楕円の球体を中に捩じ込まれる。
この手際のよさ。
抵抗する暇もなくずぷずぷと体内奥深くへと挿入されるローターに腰を引いたとき、根本まで挿入された長い指が引き抜かれる。
体内に残った全身が強張った。
「とろい」
「これくらいで一々恥ずかしがんなよ、きもちわる」そして、呆れたような目でこちらを見下ろす栫井は指を舐め、皮肉げに笑んだ。
手に巻かれた包帯を見詰めながら、下腹部を押さえた俺は言い表しがたい感覚に言葉に詰まる。
ただ、耳が熱い。
▼
結局、ローターを入れられてからすぐ栫井から解放された俺は遅れないよう教室に入った。
入ったのは良いが、やはり、体内に挿入された異物のことが気になってしまい教壇に立つ教師の声が右から左へと流れていく。
体内の奥深くで小刻みに振動するそれを意識しないよう、椅子に座った俺はぎゅっと自分の膝を掴んだ。
静まり返った教室内。
そこには高揚のない教師の声とペンを走らせる音だけが響いていた。
こんな静かな場所じゃもしかしたらローターの音が周りに聞こえてるかもしれない。
そう考えたら頭がおかしくなりそうだった。
冷や汗が滲み、顔が熱くなる。
鼓動が乱れ、下腹部に力を入れ音が聞こえないよう中のそれを締め付ければ激しく内壁を擦られ、全身の筋肉がピクリと反応する。
「……ん……ぅ……っ」
ああ、なにやってるんだろうか、俺は。
恥ずかしくて恥ずかしくてまともに顔を上げることも儘ならず、全身を緊張させたまま俺は机の上の教科書を読むフリをする。
目が滑る。
もしかしたら聞こえてて皆知らないフリをしているのかもしれない。なんて如何わしい被害妄想が思考を占め、まともに集中できない。
そして、全身の血液が徐々に下腹部に集まり、あろうことか下着の中の性器が反応した。
いや、寧ろ今までよく我慢出来たと思う。
しかし、まずい。
非常にまずい。
流石に勃起はまずい。
落ち着け、冷静になれ俺、なんでもない授業で勃起してるなんてバレたら一生むっつりのレッテルを貼られてしまうぞ。
そう、自分に言い聞かせるように頭の中で繰り返したときだった。
不意に隣から「齋籐」と声をかけられる。
志摩だ。
「教科書見せてくれない?忘れちゃってさ」
このタイミングでかよ。
最悪のタイミングでそんなこと言い出す志摩に内心青ざめつつ、つい反射で「あ、いいけど……」と答えてしまう。俺の馬鹿。
そして、志摩は歯切れの悪い俺に疑問を抱くわけでもなく「ありがとう齋籐」と嬉しそうに笑いながら机をくっつけてくる。
密着する机と机。その間に教科書を置く。
瞬間志摩の膝がぶつかり、慌てて俺は勃起を隠すように内股になった。
教科書を覗き込むようにこちら側に顔を近付ける志摩。
横を向けば頭がぶつかりそうなくらい縮まったその距離に、俺はぎょっとする。
「あの……っなんか、近くない?」
「近い方が見やすいじゃん」
「それに、齋籐の顔がよく見えるし」そう笑う志摩。
また意味のわからないことを言い出した。
俺の顔より前の黒板を見てくれと言いたかったが、呆れて言葉にならない。
呆然と志摩の顔を眺めていると、不意に太股に志摩の手が乗せられる。
それだけで全身は硬直し、そっと付け根まで撫で上げられればみるみる内に全身から血の気が引いていくのがわかった。
撫で上げる志摩の指先が、勃起で膨らんだ下腹部に触れる。
まさか、気付かれていたのか。
いや、まあ、あんな内股の引き腰になってたら誰でも気付くだろうが。
「し、ま……っ」
「なあに?齋籐」
薄い笑み。
ナチュラルにセクハラ染みたスキンシップをかましてくる志摩の手を慌てて払い除けようとするが、瞬間、体内のローターの振動が大きくなった。
「ん……っ」
きゅっと唇を結ぶが完全に声を殺すことは出来ず、小さく喘ぎを洩らす。
嫌な汗が滲んだ。
近くに栫井がいるのだろうか。心なしか激しくなったローターの動きに、それと対になったリモコンを手にした生徒会副会長の顔を思い浮かべる。
締め付けた内壁に嫌な振動が走り、奥歯を噛み締め感触を堪えた俺は我慢出来ずに志摩の手から逃げるように立ち上がった。
椅子がガタリと大きな音が立て、辺りの生徒たちの視線が一斉にこちらを見る。
「す……すみません、具合悪くなったので保健室行ってきます」
生徒同様なにごとかとこちらを振り返る担任にそれだけを伝えた俺はそのまま教室を飛び出す。
「え?」と目を丸くした志摩がこちらを見ていたが、構わず廊下へ出た俺はそのまま便所に駆け込んだ。
「っは、ぁ、っくぅ……ッ」
個室に入る時間も惜しく、辺りに人気がないのを確認した俺はその場でベルトを緩め、肛門から出たコードを引っ張ろうとしたときだ。
音もなく便所へと人が入ってきて、俺はそのまま硬直する。
そして、現れた人物に顔を青くした。
「かこ、い……」
「なに抜こうとしてんの?」
目の前までやってきた栫井は「まだ全然経ってないじゃん」といいながら俺の手首を掴み、制止する。
なんで栫井がいるのかということやもしかしてずっと見張っていたのかということより、中のローターを抜けないという事実に焦った。
「だって、これ、無理だって」
「無理じゃない」
即答。
なんにでもないように続ける栫井は逃げようと身動ぎさせる俺の体を引き寄せ、そのまま耳元に唇を寄せた。
「やるんだよ」
低く、高揚のない冷たい声。
それとは裏腹に熱を孕んだ生暖かい吐息を吹き掛けられ、ゾクリと背筋が震える。
慌てて逃げようと腰を引くが、腕を引っ張られ耳朶を舐められた。
薄く長い舌に耳朶の凹凸をなぞる。
その湿った舌先は耳の穴まで侵入し、入り口付近を掻き回されればすぐ耳もとでぐちゅぐちゅと水音が立ち、壁面を這いずる湿ったその肉の感触にまるで頭の中まで犯されているような錯覚に陥る。
「っぁ、や……んん……っ」
中で舌を動かされる度に栫井の吐息が吹き掛かり、全身がゾクゾクと震えた。
そしてそのままずるりと舌を引き抜かれれば、同時に全身から力が抜け落ちそうになり咄嗟に栫井のシャツを掴む。
体同士が密着し、至近距離で目が合った。
なんとなくこの雰囲気は危ないな、なんて思いながら慌てて栫井から離れようとしたとき、腰に回された栫井の手が下着の中に滑り込んでくる。デジャヴ。
「ふ、ぅ……ッ」
臀部を撫でるように這わされたその骨っぽい指先は肛門に辿りつくなり、既にローターが入れられ慣らされたそこに入り込んでくる。
時間が経ちすっかりほぐれたそこに挿入される二本の指は震動でか入り口に近付いていたローターを押し、そのまま更に奥へと押し返そうとした。
その体内をまさぐるような乱暴な栫井の指の動きに身を震わせた俺は慌てて栫井を止める。
「や、っ奥はやめて……っ」
「なんで?」
「だって、なんか……いやだ」
そう、絞り出すような声で懇願すれば栫井は興味無さそうに「へえ」とだけ呟く。
その口許は確かに笑っていて。
瞬間、栫井は構わず震動するローターを奥まで挿入した。
今朝入れられたときよりも更に奥へと捩じ込まれるその痛みにも似た刺激に堪えられず俺は「ひっ」と息を飲む。
人工的に加えられるその刺激に腰が疼き、無理矢理捩じ込まれたことによって内壁が裂けるような痛みに涙が滲んだ。
「ぁ、や、な……んで、栫井……」
「お前、自分の立場わかってる?。誰に命令してんだよ」
「ちがっ、そういうつもりで言ったんじゃ……んんっ!」
慌てて訂正しようとしたときだった。
体内に埋め込まれていた指が引き抜かれたと思えば、栫井は制服から二本目のローターを取り出す。
それは既に体内に入れられているものよりも一回り大きく、そのローターを片手に近付いてくる栫井から逃げようとするが、下半身に力が入らない。
乱暴に腰を掴まれ、ずらされた下着からほぐれた肛門にそれを挿入されそうになり慌てて栫井の手を振り払おうとするが先程同様強引に捩じ込まれた。
「あ、うそ、やだ……っ栫井、抜いて、栫井っ」
ミチミチと内壁を押し広げるに侵入してくるその異物に目を見開いた俺は栫井のシャツをぎゅっとひっぱり、息苦しさに似た痛みを堪えようとするがやはりキツい。
泣きそうになりながらそう悲鳴にも似た声を上げるが、栫井は構わず中のローターを奥へ挿入する。
やがてそれは既に挿入されていたローターが入っている箇所まで辿り着き、腹の中で二つの異物がぶつかるのを感じた。軽い恐怖だ。
まだ一つしかスイッチが入っていないからいいのだろうが、これから二つのローターにスイッチが入ったときのことを考えれば生きた心地がしない。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、指を引き抜く栫井は「放課後」と唇を動かす。
そして、
「放課後まで着けて過ごせよ」
「途中で外したりでもしたら違うもんここに入れて歩いてもらうから」本当、無茶苦茶だ。
確かになんでもするとは思っていたが、栫井の性奴隷になったつもりはない。
「返事は」
それなのに、やつの冷めた目に睨まれれば反発心は急激に萎えていく。
「……わ、わかり……ました」
俺も、大概だな。
思いながら、二本のローターを体内に埋め込まれた俺は小さく頷いた。
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