生徒会役員には授業を免除することが出来、まあ、別に出てもいいのだが正直面倒なので俺は有り難くその依怙贔屓的制度を行使し、本来ならば教室で授業を受けているこの時間帯、俺は生徒会室で溜まった仕事をしていた。
といってもその仕事もすぐ終わり適当にソファーで寛ぎながら本を読んでいたときだった。
ふと生徒会室の扉が開く。
ノックがないということはどうやら他の役員がやってきたのだろう。


「おい五味、ちょっといいか」


すると聞こえてきたのはくぐもった聞き慣れた声。
「なんだよ」本から目を離し扉に目を向けた俺はそのまま目を見張る。

そこにはマスクをかけ厚着し過ぎてもこもこになっている生徒会長様がいた。
眼鏡が曇ってる。


「……ってどうしたんだ芳川、お前」

「実は昨夜から風邪気味でな、ゲホッ……それで今日ちょっと休みゲホッゲホォッ!」


しかもなんか大変そうだ。
血ヘド吐く勢いで噎せ返る芳川におろおろしながら立ち上がった俺は慌てて芳川の背中を擦る。
厚着のお陰で背中がわからない。


「お……おい、大丈夫か?休むなら俺から言っといてやるから部屋戻ってゆっくりしとけよ」

「……悪いな、五味。そうさせてもらう」


よろよろと姿勢を正した芳川はそのままこちらを見た。


「そこで五味、お前に頼みたいことがあるんだが……」


そして、マスク越しに芳川は呟く。


「……頼みたいこと?」


ああ、なんとなく嫌な予感がする。
小さく頷く目の前のもこもこに俺は断ることも出来ず、とにかく話を聞くことにした。



そして数時間後。


「……」

「……」


生徒会室室内。
ソファーに腰を掛けた俺の向かい側におかれたソファーの隅、悩みの種は背中を小さくなって座っていた。

齋籐佑樹。
芳川が目を掛けている二年生であり、俺としては苦手……というよりなんかこう絡みづらいタイプの生徒だった。
齋籐も俺に対し苦手意識を持っているのも間違いないだろう。
怯えたように俯き、ちらちらとこちらを伺ってくると思えば目があったらすぐ逸らして慌てて項垂れる。
なんかこう、話し掛けるのも可哀想になってくるやつで。

そして、風邪っぴきの芳川が俺に託したものはこいつの世話だった。

本当、厄介なことをしてくれる。


「あの、会長は……」

「あ?」

「すっすみません!……なんでもないです」


これからどうしようかと考えていた矢先だった。
叱られたと勘違いしたらしい齋籐はビクッと震え慌てて俯く。
ほらほらほらきた、なにも悪いことをしていないはずなのにいたたまれなくなるほどの罪悪感が。


「会長なら風邪ひいたから今日は休むってよ」


取り敢えず問い掛けに対してだけ答えれば心細そうに眉を八の字に寄せた齋籐は「そう、なんですか……」と小さく呟く。
落胆した肩。
悪かったな、お前の大好きな会長さんじゃなくて。
あまりにもあからさまな反応になんとなく面白くなかったが、まあ、無理もない。
芳川を訪ねてきたのに本人がいなければ元も子もない。
だからといってこのままノコノコ帰すわけにもいかないのだが。


「取り敢えず、なにか飲むか?」


手元のグラスがなくなったので注ぐついでについでにそう声を掛けてみれば「いえ、そんな、お構い無く」と齋籐は慌てて首を横に振る。
「そうか」とだけ呟けば、そこでまた会話は途切れた。


「……」

「……」


話し掛けたらビビられるし、だんまりしてても退屈させるだけだろう。
こういうとき、十勝のような性格が羨ましくなる。
思いながら俺は居づらそうにしている齋籐に目を向けた。


「あの、一応俺あいつから代わりにお前を見てくれって頼まれてるからさ、なんか用あるんなら言えよ」


どうすればいいのかわからなくなったのでそう正直に話してみれば目を丸くした齋籐が「先輩が……?」とこちらを見上げた。
意外そうな反応をするやつに俺は「ああ」とだけ頷く。


「まあ、あいつほど器量よくねえからあんま期待すんなよ」


そう笑えば、緊張したままの様子の齋籐は「いえ、十分助かります」ときっぱりとした口調で言い切り、そして強張った頬を僅かに綻ばせる。


「じゃあ……あの、これ分からないところ教えてもらっていいですか?」


いいながらソファーの側に立て掛けていた鞄を持ち上げた齋籐は中から教科書を取り出し、恐る恐る微笑んだ。

よりによって勉強かよ。





「それで……だからここをこうしたらこうなるだろ?」


言いながら齋籐の隣に腰を掛けた俺はテーブルの上に広げた教科書を覗き込み、練習問題の解き方を説明する。
なんとか理解しているようだ。
それを隣から眺めていた齋籐は「あぁ、ほんとですね」と驚いたように呟く。
そして、こちらに目を向け微笑んだ。


「先輩って教えるの上手ですね」


いつもバカな後輩たちに教えてるからな、なんて答える気にもなれなくて俺は「はは……」と乾いた笑いを浮かべる。
しかしまあ、やかましい十勝や全く人の話を聞こうとしない栫井と比べ物静かで飲み込みがいい齋籐の相手をするのはかなり楽だ。
手がかからない後輩なんてそりゃ芳川も可愛がるわけだよなあなんて思いながら齋籐に練習問題を解かせる。
そして暫くして「出来ました」と声を掛けてくる齋籐からノートを預かり、目を走らせた。

飲み込みはいいが、物覚えはあまりよくないようだ。


「ほら、ここ間違えてるぞ」


言いながら齋籐の前にノートを置き、書かれた問題の答えを指で指せば「あっほんとだ……」と齋籐は慌てて消ゴムに手を伸ばす。
そして、取り損ね長い指が消ゴムを弾いた。
俺の目の前まで転がってくる消ゴムを拾おうと手を伸ばしたとき、不意にこちらへと腕を伸ばした齋籐の手が触れる。


「……あっ」

「……うお」


咄嗟に顔を上げればすぐ側には齋籐の顔があって至近距離で目が合う。
沈黙。
なんのラブコメだ、これは。
なんて思いながら目を逸らすタイミングを見逃しそのまま相手の目を見詰めているとじわじわと齋籐の顔が赤くなっていく。
もしかしてこいつ赤面症なのだろうかとかそんなことを考えながら気を紛らすように視線を逸らそうとしたときだった。


「ゴホッ」


「「っ!」」


背後から聞こえてきた咳払いにビクッと肩を跳ね上げた俺と齋籐は同時にそちらを振り返り、そしていつの間にかに立っていた人物に目を見張った。

上着は脱いでいるが相変わらずマスクをつけた芳川はレンズ越しにこちらを見下ろしたまま「……調子はどうだ?」と問い掛けてくる。
いつからいたんだこいつは。
いきなり現れた芳川に嫌な汗が滲んだ。
それは齋籐も同じのようだ。


「か、会長……大丈夫なんですか?」

「なに、昼飯食ったらすぐに下がった」

「あの、でも顔赤いですよ」

「気のせいだ齋籐君」


「数学をやっているのか?俺も手伝おう」そしてソファー越しにテーブルを覗き込む芳川はそう言って軽く俺の肩を叩く。

バトンタッチの合図。
場所を変われということだろう。


「悪いな、五味」

「……いや、気にすんなこれくらい」


立ち上がり、芳川と入れ換わるように向かい側のソファーに腰を下ろせば齋籐の隣に芳川は座る。
よく見知った人間が現れ安心したのだろう。
緊張したように、それでも嬉しそうに笑う齋籐になんとなく、こう、もやもやする。

というかなんで残念がってるんだ、俺は。

思いながら、目のやり場に困った俺は気を紛らすように手元のグラスに口をつけた。
空だった。


おしまい

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