数日後。


「へくちっ」


あのあと、結局櫻田にジャージを返して貰えず、それどころか腰痛裂傷と症状悪化したと思えば今度は本格的に風邪を抉らせてしまったようだ。
ついてないどころの問題ではない。


「おい、先輩」


鼻をぐずらせる俺を見兼ねたようだ。
ふと、櫻田が不機嫌な顔をして声を掛けてくる。


「なに?」

「ん」


そして、上着のポケットからなにかを取り出し、それを投げてくる櫻田。
もちろん反射神経があまり優秀ではない俺はそれを落とし、慌てて拾い上げた。
それは、新品の風邪薬のようだった。


「あんたのきたねえくしゃみ、耳障りだからさっさとなんとかしろよ」


だから誰のせいだと……。
どこまでも憎まれ口を叩く生意気な後輩に内心反論しかけたとき、俺はそこでようやくやつなりに気を使ってきているのだと気付いた。
非常にわかりにくい。
わかりにくいが、


「あ……ありがとう」

「は?ありがとうとか意味わかんねえし!馬鹿だろ、あんたホント」


どうやら照れているようだ。
いつも以上に険しい顔をする櫻田がなんとなく憎めず、俺はつられて苦笑する。
こう思う自分も異常なのかもしれない。
なんて、考えていた時だった。


「齋藤君、風邪なのか?」


不意に、背後から聞き慣れた声がした。
目を輝かせ尻尾をぶんぶん振り始める櫻田とは対照的に、ギクリと硬直した俺は恐る恐る振り返る。


「か、会長……」


まさか、このタイミングで。
と、背後に立つ会長を見上げようとした瞬間だった。
伸びてきた指先に顎を軽く掴まれたと思った矢先、目の前に会長のドアップが。
そして、こつんと額に冷たい感触が触れる。


「っ?!」

「……本当だ、すごい熱だな。今日は大人しく自室で休んでた方がいいんじゃないのか」

「え、あの、えと……」


ぽぽぽ、と全身の体温が益々上昇するのがわかった。
というか、やばい。
これは、やばい。
青褪める俺が体調不良からかと思ったようだ。
額を離した芳川会長は困ったような顔をする。


「無理するな、部屋まで送ってやる」


なんで、会長は優しいんだ。
いや、優しいことに越したことはないんだが、このタイミングはやばい。というか、櫻田の前では。
腕を掴まれ、早速連行されそうになる俺は「いいです、いいです……っ」となんとな粘ろうとするが、遅かった。
次の瞬間、ぺちーんっ!と顔面になにかが飛んできた。


「てめえなんか、風邪抉らせて一生部屋に籠もってろ!」


どうやら、というかやっぱり櫻田が投げてきたらしい。
怒り諸共で顔を真っ赤にした櫻田は吼えるだけ吼え、そのまま駆け出した。
まるで恋人の浮気現場を目の当たりにしたような櫻田のリアクションに戸惑いながら俺は投げつけられたそれを手に取る。
……冷えピタだ。


「あ、こらっ!櫻田!齋藤君になんてことを!」


声を荒げ、櫻田を叱る芳川会長の横。
わりと優しいのかもしれない、と思いながら俺は頂いた冷えピタを難有くポケットにしまう事にした。


おしまい

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