校舎内、教室。
予めなにかあったときのために教室に置いていたジャージが活躍する時が来るなんて、いいのか悪いのかよくわからない。
専用のロッカーを開き、中を探してみる。
ない。どこにもない。
まさか、と先程の女装野郎の顔が脳裏をよぎる。
いや、流石にそれは、と思いたいところだがここ最近エスカレートする嫌がらせに断言は出来なくなる。
と、いうか……。
「へくしゅっ」
寒い。
ぶるりと肩が震える。
ぎゅっと自分の体を抱き締め、なにか拭くものはないかとロッカーの中身を漁っていると、ふと背後から足音が近付いてくる。
そして、小馬鹿にしたような笑い声。
「ぶっさいくなくしゃみだな」
「さ……櫻田く……ふぇっくしっ!」
「うわっ、鼻水飛ばすなよ!……きったねえ」
顔を引きつらせる櫻田。
誰のせいだと思ってるんだと思いつつ振り返れば、その腕には見覚えのあるものが抱かれていた。
「そのジャージ……」
「あ?気が付いた?せいかーい。齋藤先輩のジャージでーす」
指定のものだから確信はなかったのだが、やはりそうらしい。
本当、つくづく分かりやすいというかなんというか。
しかし、わざわざ本人から差し出してくるのはありがたい。
どうせ、ただでは返してくれないのだろうが。取り敢えず。
「返してよ……っ」
「なんだよその目ー。お前まさかあれか?俺が盗んだんだとか思ってねえ?失礼だよなぁ、せっかく拾ってやったってのによー」
嘘だ。絶対嘘だ。
不満そうに唇を尖らせる櫻田に顔が引き攣る。
しかし、ここで食いかかっていったところで勝ち目がないのは一目瞭然で(情けないことに)。
取り敢えず合わせとくか、と俺は額から滲む冷や汗を拭う。
「それは、悪かった。ごめんね。……あの、それ、そろそろ返してくれないかな」
「どーしよっかな〜」
「は?」
「だって、犯人扱いされたってのに大人しく渡すのもあれだよなぁ」
うぅ、嫌な予感。
勿体ぶるような口調、わざとらしい視線。
やはり、この手でくるか。
俺は内心息を吐く。
「そうだ。じゃあ返してもらいたいんなら俺の言うこと聞けよ」
「やっぱいいよ、それ。好きにして」
「は?!いやいやいや、返して欲しいんだろ?!簡単に諦めんじゃねえよ!」
「いいよ、別に。……新しいの買い直すから」
「腹立つくらいの金持ち思考だな……!」
と、言われても、相手は櫻田だ。
なるべくなら関わりたくもないし、ろくでもない目に遭うぐらいならその為の出費なら痛くも痒くもない。
しかし、櫻田も櫻田でしつこいやつだった。
「いいから、見栄張んなって。寒いんだろ?ほら、震えてんじゃん。風邪引いたらどうすんだよ」
誰のせいだと思ってるんだ。
「いいってば、これくらい……慣れてるから。……へくちっ!」
やばい、寒気が。
こうなったら、保健室にでもいってタオルを借りるか。
いや、あそこにならジャージも置いているはずだ。
思いながら、フラフラと教室を出て行こうとしたとき、伸びてきた長い足に思い切り蹴飛ばされた扉はピシャリと音を立て閉め切られる。
はっとして顔を上げたら、不満そうな櫻田がいた。
「俺の言うこと聞いたら返すっつってんだろ?なんでそこまで意地になるんだよ!ばっかじゃねーの!」
「だっ……だって、櫻田君の言うことって、ろくなことがないじゃないか……」
「はぁ?てめぇ、喧嘩売ってんのかよ」
「ちが、そういう意味じゃないけど、だって、そうじゃん」
「売ってんじゃねえかよ!」と櫻田に突っ込まれる。
頼むから耳元で怒鳴らないでほしい。チンピラみたいで怖い。似たものなのだろうけど。
「くそ、人が優しくしてやろうとしてんのに……いう事聞きやがれって、おいこら!」
優しい人はおいこらとか言わない。
どうしよう、なんかめっちゃ怒ってるし……早く逃げたい……。
迷って、違う扉へて足を向けた途端、伸びてきた手にがしっと肩を掴まれた。
「っや、痛い、痛いよ……っ」
まさか、暴力に走る気か。
まずい、と脳が叫ぶ。
慌てて櫻田から逃げようと腕を振り払うが、肩を掴む櫻田のちからは増すばかりで。
代わりに、思いっきり体を扉に叩きつけられる。
顔に扉のひんやりとした感触が当たり、青褪めた。
相手に無防備に背後を晒すようなこの体勢では、首を動かすことすら儘ならない。
終わった。
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